ブリスブルクのAランク冒険者
==ヴァルトール帝国・郊外ブリスブルク・露店街==
まさしく青天の霹靂、それも赤黒い邪悪な雷が宿屋に落ちたかと思えば空が紫色に発光した。
露店街の商人達は不吉を嫌うーーーー中でも紫は最悪だ。
そして、神妙な面持ちで空を見上げる彼らの不安は最悪の形で現実となった。
「り……竜! 飛竜だ、逃げろ!」
一人の男がそう叫んだのを皮切りに、大勢の人が行き交う露店街の大通りは地獄絵図と化した。
空に翔け昇る無数の黒竜、それを恐れて我先にと逃げ惑う民衆。女子供関係なしに押し除けられ、将棋倒しの波が起こり、地に伏した人々の上を人の足が文字通り土足で踏み込む。
ーーそこへ一体の竜が現れ、さらに人々の命を踏み躙る。
また一人、逃げ遅れた少年が今まさに竜の毒牙にかかろうというところで“一陣の風”が吹き荒れた。
「風、お願い」
邪竜アンピプテラの首が吹き飛び、可憐な少女が空を舞う。
人々は歩みを止め、彼女へ賞賛の声を上げた。
「風の戦乙女だ! 冒険者が来てくれたぞ!」
頭と胴を両断されたモンスターの死骸は魔力の痕跡だけを残し霧散する。
民衆はBランク冒険者メリー・ロゼットを讃え、祈りを捧げる者までいたが彼女の表情は変わらない。
それどころか、険しい表情で遠方を眺める。
「人が多過ぎる、これじゃニアが本気を出せない」
ニアへの心配を募らせるメリー。
目線の先には数体のアンピプテラが目視で確認出来る。
すぐにでも援護に向かいたいところ。
しかし、そんな彼女の背後に“凶悪な赤い瞳”が迫る。
ーーどこから⁉︎
川沿いを低空飛行で近づいて来た邪竜は衆人環視をくぐり抜け、彼らのすぐ近くまで詰め寄っていたのだ。
彼女の反応が遅れたのは仲間の危険に対する不安と焦り、そしてそれ以上に人だかりと喧騒によって視覚と聴覚が遮られていたことが原因だろう。
今から振り返って反撃することは難しい。
回避に徹すれば直撃は避けられるかもしれないが、群衆に被害が出る。
その迷いが彼女の剣をさらに鈍らせた。
その時ーー
「来たれ、炎軍」
女性の静かな詠唱とともに数え切れない“火炎の矢”が飛来、硬い鱗を貫通しアンピプテラは串刺しとなり内から焼かれて消えた。
メリーが空を見上げればそこには燃え盛る牛車が宙に浮かんでいた。
最早それは牛車と言うよりも“戦車”という方が正しいのかもしれない。かの戦車は熱波を撒き散らしながら高度を下げ、“黒ドレスの淑女”を降ろすと魔法陣の中へ消えてゆく。
「あの程度の召喚獣に背後を許すなんて、スーパールーキーも大したことないのね」
「あ……あなた様は!」
「あのお方は!」
人々から憧憬の眼差しを一身に受け、橙色の長い髪をなびかせる女性。豊満な胸を張り、背の低いメリーを見下すように流し見る。
そこへひとことーー
「おばさん、誰?」
ものの一瞬で場を凍りつかせるメリー、恐ろしい子。
しかしながら、それはおばさん呼ばわりしたことよりむしろ“彼女を知らないこと”に対する驚きからであったようだ。
「おばっ……! コホン、若くて可愛いからってあんまり調子に……」
「メリー」
「えっ?」
「メリー・ロゼット、おかげで助かった。ありがとう」
「あ……あぁ貴方の御名前ね。何よ……ちゃんとお礼くらいは言えるじゃない。私はクレン・ブローニャ。Aランク冒険者、煉獄の女帝とは私のことよ」
小さな顔、細長い手脚、くびれた細腰を強調する黒いドレス。
その仕草に至るまで、彼女の全てから妖艶さが溢れ出ている。
「うん、クレン。覚えた」
しかし、フェアリータイプのメリーには効果がいまひとつのようだ。
彼女のあっけらかんとした様子に牙を抜かれ、Aランク冒険者クレン・ブローニャは苦笑いで溜め息をつく。
「はぁ……本当に私のことを知らないみたいね。まぁいいわ、残りの召喚獣もこの私が殲滅して来てあげるからよーく背中を見て大いに学びなさい」
そうこうしているうちに騒ぎを聞きつけた若い衛兵達が続々と現れ、事態の収束にあたる。
いくらか怪我人は出ているものの死者までは出ていないようだ。
「た……助かりました! 煉獄の女帝様! 風の戦乙女殿! あとは我々衛兵にお任せ下さい!」
「うん、任せた」
大きく背の開いたドレスを見せびらかすようにポーズをとっているクレンをよそにメリーは早々に飛び立った。
取り残された炎髪の淑女も慌てて戦車を召喚し直し、空色の髪の少女を追う。
「あーんもう、待ちなさい! 今日は私が一番目立つの! 私も久々にチヤホヤされたいのー!」
ある意味悲痛なその叫び声も既に届かないほどの上空にメリーは居た。
「ニア……どこ?」
パッと目についたアンピプテラの数は三。
次の瞬間、その内一体が巨大な“雷撃の柱”に飲み込まれた。
「いた……!」
最速で真っ直ぐ一直線にニアの元へ文字通り飛んで行くメリー。
まるで一筋の彗星のようで、それはもはや飛行というより落下と呼ぶべきスピードである。
そんな彼女の目に飛び込んできたのは、鎧の男に大剣を向けられたニア・ヴァルトールもといニア・グレイスの姿だった。
「ニア!」
考える間もなく、減速することもなくメリーは鎧の男に切りかかる。
突然の出来事にも動じることなく、鎧の男は微笑むのだった。
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