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法則にいち早く気付くことの重要性

作者: sybsyb

 大学生の男3人を乗せた車が山道を走ること1時間。都心を出発してからは2時間半がたっていた。

 大学生の一人が運転免許をとったということで、他の二人をドライブに誘ったのがきっかけだった。今のうちから色々な道に慣れておきたいということで、目的地を決めずに県外の山間まできていた。周り一面木々で生い茂っており、走っている場所が山のどのあたりなのか見当がつかなかった。

「さすがにもうこの景色も飽きてきたな」助手席に座る男が運転手に向かって言った。

 都会生まれ、都会育ちの3人は、最初は眼前に広がる山々に盛り上がっていた。しかし、今は助手席の男は携帯をいじり、後部座席に乗っている男は、帽子を顔全体に覆い被せて寝ているようだった。

「日帰り温泉でもあれば、そこ行こうよ」

「それはあり。近くにあるか調べて」

 はいよ、と助手席に座る男が言った。調べている間も代わり映えのない景色は進み、車内には軽快な音楽が流れていた。

 そのとき、突然山の上から何かが降ってきた。運転している男が気づいたときにはもうその物体と車が衝突し、鈍い音が聞こえた。男はすぐに急ブレーキをかけ、車は停止した。

 助手席の男は「なんかぶつかったよね?」と運転手を見て驚いた。運転手の男は両手でがっちりとハンドルを握りながら、1点に前を見つめていた。顔面が蒼白だった。

「やばいかも」運転手の男は言った。

 後部座席の扉が開いた音がしたため、助手席の男が後ろを振り返ると、先ほどまで寝ていた後部座席の男は既に車の外に出ていた。助手席の男も後に続いた。

 車のすぐ後ろにぶつかったものはあった。全身に枯れ葉や細かい土が付着していたことから、山を転げ落ちてきたのがわかった。

 4,5才くらいの子どもがうつ伏せで横たわっていた。

 全身のいたるところで血が流れており、少しずつ血だまりができてきていた。助手席の男は心肺蘇生をしようととっさに子どもに近づいた。しかし、子どもの開きっぱなしの眼球をみて、手をひっこめてしまった。

 これはもう無理だ、と助手席の男は心の中でつぶやいた。

 後部座席の男も同じように考えているのか、何もせずに子どもをじっと見ていた。

「嘘だろ」運転手の男が子どもに近づきながら言った。「どうしようもなかったんだ。こんな何もない場所で急に子どもが山の上から落ちてくると思うか? しかも、こんな車が走ってくるタイミングで落ちてくるなんて……。あんなの避けるのは無理だろう!」

「大丈夫。わかってるよ。俺もちゃんと見てたから。あれは不可抗力だ」

 助手席の男は言った。実際には携帯に目を落としていて、子どもが落ちてくる瞬間は見ていなかった。「とりあえず、警察と救急車を呼ぼう」

 助手席の男はそう言って立ち上がり、助手席へと戻った。そして、置いていた携帯で119番を押そうとしたときに、横から手が伸びてきて、助手席の男はびくっとのけ反った。

 手を伸ばしたのは、運転手の男だった。

「待て。今警察を呼んだら、明らかに俺たちがこの子どもを殺したと疑うだろ」

「疑うだろってそれはもう実際に俺たちの車が轢いたわけだし、しょうがないだろう。すぐにでも通報するべきだ」

「簡単に言ってくれるな。運転していた車は俺ので、運転手は俺なんだよ。偶然が重なって人が一人死にましたが、わざとじゃありませんで話が終わると思うか?」

 それは運転手の言うとおりだった。いくら偶然に起こった事故とはいえ、なんのお咎めもなしで終わるとは思えなかった。「じゃあどうするんだよ」

「それなんだけどさ」二人が振り返ると後部座席の男は言った。

「たぶん親はあそこじゃないかな」

 後部座席の男がそう言って、山の上を指した。指した方向を見ると、確かにその部分だけ木々が伐採されており、よく見るとちょっとした小屋もあるようだった。

「あそこから子どもが落ちてきたのか」

「たぶんそうだと思う。俺が車を飛び出したときに、何かが視界に入って、あそこを見たら人影らしいのがあった」後部座席の男は言った。

「本当か」運転席と助手席の男は二人同時に聞いた。

 後部座席の男はゆっくりと傾いた。

「あそこに行って、親と話してこよう。警察への通報はそれからだ」運転手の男は言った。

 助手席の男は、通報を後回しにする理由を運転手の男に聞きたかったが、何も言えなかった。

 三人は、子どもの遺体を山道から少し離れた場所へ移動させた。そして、車に積んでいたビニールシートで子どもの体全体を覆って、遺体を見えないようにした。死体に触りたくないなどと騒ぐ者はおらず、誰も何も発しないまま、淡々と作業は行われた。

 作業が終わると、すぐに三人は車に乗り込み、目的の場所へと向かった。カーナビで確認すると、ちょうど進行方向先5分ぐらい進めば、到着する場所のようだった。

 車の中では、つけっぱなしにしていた軽快な音楽が鳴り響いていた。

 5分後、3人は目的地に着いた。

 そこは、公共用のトイレがあるだけの、山道の道中にある休憩所のような場所だった。車は5台ほど止めるスペースがあり、現在は自分たちの車を含めて4台が止まっていた。

 車を止めて、3人は車の外へ出た。

 トイレ横の見晴らしの良い場所に何組かの人の固まりがいた。様子を見たところ、3組のグループがいるようだった。それぞれ、30代の夫婦、男2人と女1人の20代のグループ、最後に50代の女1人という構成のようだ。

 20代の男2人と女1人のグループは1人の男と女が手をつないでおり、カップルのようだった。男が一人余るようで、カップルにコブ付きで男がいる組み合わせのようだった。50代の女性一人は、山道を歩きにくそうなパンプスに、いかにも高そうなショルダーバッグを身に着けていた。

「あれが親か?」

 運転席の男は30代の夫婦を見ていた。ここにいる人の中で、一番組み合わせが妥当なのは、やはり30代の夫婦だった。

「だと思うけど……」助手席の男は言ったが「やっぱ違うかも」と訂正した。

 それというのも、その夫婦は子どもを探している様子が一切感じられなかった。自分の子どもが山から滑落していることがわかっていたら、こんな場所でのんびりと景色を見ているわけがない。滑落しているとわかっていなくとも、小一時間子どもが見えなければ、とっくに慌てているはずだ。

「じゃあ他の人たちか?」

「それもどうだろう。みんな誰かを探そうっていう雰囲気には見えない」

「じゃあなんだ? ここにはあの子の家族はいないっていうのか?」

「わからんよ。とりあえず様子を見よう」

 助手席の男はそう提案し、運転席の男は腑に落ちないという表情ながらも頷いた。

 確かにどうなっているのだろうと、助手席の男は考えた。事故現場からここに到着するまでにすれ違った車はなかった。つまり、子どもの連れはここにいる人たちか、もう先の道へ進んだことになる。さすがに子どもをおいて先へ行くなんて想像ができなかった。しかし、ここにいる人たちを見ても、ピンと来るものはなかった。

 この場所に到着してから、小一時間が経過した。

 子どもの家族がトイレをしているのかとも考えたが、トイレからは一向に人は出てこなかった。そして、先ほどの3組は、いまだここに残っており、3組が3組ともただ景色を眺めたり、こちらをたまに見ているぐらいだった。

「これどうなってんだ?」

 運転席の男は痺れを切らすように言った。確かにこのままでは何も進展しなさそうな状況だった。

「とりあえず話を聞いてみようか」助手席の男は言った。

「なんて話しかけるんだよ」

「とりあえず世間話をするだけでもいいだろう。少し話せば、あの子どもの家族かどうかぐらいはすぐわかる」

 まぁそうだな、と運転席の男は言った。そして、先陣を切って、30代ぐらいの夫婦のもとへ歩み寄った。二人も後に続いた。

「あのーすみません」運転手の男が夫婦に話しかけた。すると、二人は顔を見合わせた後に、ニコッとこちらに笑いかけた。

「ここらへん俺たち来るの初めてでして。近くに人が集まりそうな観光スポットとかお店があるかわかりますか?」

 運転席の男が夫婦に尋ねた。すると、

「順番だよ」

 と夫のほうが笑顔で言った。

「……はい?」

 運転席の男は夫の言ったことがわからず、聞き返した。しかし、夫は笑顔を崩さないまま、何も答えなかった。

 そのあとも、運転手の男は先ほどの質問を、先ほどよりも丁寧に尋ねたが、夫婦は相変わらず笑顔を崩さないまま、何も言わなくなった。

 運転手の男は振り返り、どういうこと?とでも言いたげな表情をしていた。

 確かにどういうことだ?と助手席の男も思った。それと同時に、ふと視線を感じたため、周りを見ると、いつのまにか他の二組はこちらを見ており、助手席の男と目が合うと、皆一様に笑顔を作った。

 薄気味悪いな、助手席の男は思った。

 それと同時に、この3組に感じていた違和感の正体に助手席の男は気づいた。

 20代のカップルと男のグループは、余っている男に彼女がいれば、山にダブルデートで来たということが理解できる。また、50代の女性は一人で山へドライブに来たという恰好には見えない。強いて言えば、渋々夫のドライブに付き合ってきたという雰囲気だった。30代の夫婦は、まさに子どもがいてもおかしくないと疑ったばかりだった。

 つまり、3組ともが、必要な人が足りていないのでは、と助手席の男は考えた。

 そのとき、さきほど夫の言った言葉を反芻した。

 ――順番だよ――

 順番? なんの? 助手席の男は謎の発言をした目の前の夫を見た。よく見ると、笑顔は作っているが、どこかぎこちない笑い方だった。

 その瞬間、助手席の男は恐ろしいことに気づいた。と、同時に下の山道のほうから車が走ってくる音が聞こえてきた。

 はっとして、助手席の男が周りを見渡すと、全員が大学生たちににじり寄っていた。

 助手席の男はとっさに下を見た。そして、山道を進む車がちょうど自分たちの真下付近にくるのを確認してから、運転席の男の腕をつかんだ。そして、そのまま遠心力を使って崖下へと投げ飛ばした。運転席の男はそのまま落下し、ちょうど自分たちが子どもとぶつかったあたりの手前で、運転席の男と走っていた車がぶつかるのが見えた。

 一瞬、かすかに鈍い音が山中に響いた。

「おい! お前……」

 運転席の男がぶつかるのを見届けてから、後部座席の男は助手席の男に叫んだ。「お前なにやってるんだよ!」

「順番」助手席の男がつぶやいた。「こうしないと自分が死ぬところだった」

「はぁ? 意味わかんねぇよ」

 そういいながら後部座席の男は、助手席の男と下の事故現場を交互に見た。運転席の男を轢いた車はすぐにとまり、車から人が出てきた。

「頭を下げろ。こっちに気づかれる」

 助手席の男は後部座席の男の服を引っ張ると、その手を後部座席の男は払いのけた。

「いいから黙って今は俺に従え。いいな?」助手席の男は言った。

 後部座席の男は信じられないといった表情で見ていた。

 助手席の男は考える。数分後にはあの車もここに到着するだろう。助手席の男は震えながらも、笑顔を作る練習を始めた。 

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