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雨が降る

 日暮れを迎え拠点へと戻った俺は慣れた手付きで芋を腹に詰める。疲れた身体が訴える空腹にも慣れたもので、腹の虫を騒ぐ前に慰めるのももはやお手の物だった。

 俺は簡素な食事を済ませると、作ってきたばかりの破片を取り出す。辺りはもう薄暗くなってきているが、焚き火のおかげで近くはまだ明るい。手元で作業をするだけの余裕はあった。

「格闘技を習ってたら小さいナイフでも……いや駄目だな、戦えてる姿なんて浮かばない」

 カンカンと小さく破片を叩いて形を整える。戦闘スキルなんて欠片も持たない俺が作ろうとしている物は、その不得手さを間合いで補う為の槍に使う刀身だ。

 本音を言えば弓矢を作って遠距離から獲物を狩ることが出来ればその方が安全だろう。だが素人が有り合わせで作る粗雑な弓を、同じく素人が使って動く生き物に当てられる確率の低さは想像するまでもない。あらぬ方向に飛ばして作った矢を無くす確率の方がよっぽど高くて現実的だった。

 しかし槍ならその心配はない。戦える自信はないが、適当に振り回すだけでも威嚇にはなる。投擲にでも使わない限り手元から無くなる事もまずない。今の俺にはピッタリに思えた。

 炎の明かりだけが手元を照らす暗闇の中で俺は慎重に破片を叩く。酷く単調な作業ではあるが日中のそれとは違って終わりのある安心感は心強い。鼻歌に興じる程の余裕は無いまでも、比べれば十分に気楽な作業だった。

 パキパキと破片を細かく割っては都度落ちている葉で試し斬りをする。見様見真似の石器作りはどこで間違うか分かったものではないから慎重だ。しかし今の所は何の問題もない。楽しくなる程に順調過ぎる。

「枝の先に括りつけるならこのくらいの大きさで十分か」

 大きな石の破片は砕かれて木の葉大の刀身になった。後は上手く枝に括りつければ槍になる。だがそこまでの作業を暗闇でこなすのは難しい。そも縄が無いのだからやりようもない。

 俺は黙々と破片の加工だけを繰り返す。槍の穂とナイフをいくつか作りたい。素人作の石器だ、いつ壊れても対処できる程度には数を用意しておくべきだろう。

 燃える木の弾ける音と石のぶつかる音だけが暗闇に響く。乾いた音はどこか心地良さを感じさせる。ヒーリングミュージックでも聞いている様な落ち着きに俺は思わず欠伸を漏らした。

「同じ作業の繰り返しはやっぱり眠くなるな」

 日は疾うに暮れたとはいえ、元の世界でならまだまだ好き勝手に過ごしていた時間だろう。だが環境や生活の変化もあり俺の身体はその動きを緩慢なものに変えていく。

「……寝るか」

 このまま続けた所で作業効率は良くない。それに船を漕ぎながら作業してせっかくの破片を駄目にしてはこれを集めた自分自身に顔向けできない。

 くぁと大口で欠伸を一つ。俺は加工した石器を一纏めにするとシェルターへと潜り込んで眠りについた。



 普段であれば太陽の眩しさが目覚めを誘う朝の一幕は、しかし今日に限って重苦しい鉛色によって幕を開けた。いつもより酷い寝癖も相まって寝起きの気分は最低だ。

「昨日まであんなに晴天だったのに」

 朝とは思えない薄暗さの中に香る雨のニオイに俺は無意識に舌打ちを溢した。元の世界なら雨が降ろうがどうとでもなるがここは異世界。何もかもが足りていない異世界なのだ。

「火だ、とにかく火を守らないと」

 俺は雨を凌げる物を探す。俺自身はシェルターに入れば平気だが、焚き火はそうはいかない。消えてしまえば再び着火するのに苦労するのは目に見えている。また延々とペットボトルとにらめっこをするのは御免だった。

 睨むように空を見上げる。今にも降り出しそうだが幸いまだ曇り空、急げばなんとかなるかもしれない。

 木の枝や落ち葉、石でも何でも俺はとにかく掻き集める。シェルターを作った時にかまどよろしく焚き火の周りに石を積み上げていた過去の自分に礼を告げ、俺は石壁を厚く高く補強していく。

「焚き火が届かない高さなら燃え移る心配もないよな……?」

 焚き火の周りはぐるりと石で囲めたが、しかし上部は話が違う。大きな石ならば探せば見付かるだろうが、下手に乗せたら崩れて火まで消えかねない。リスクを思えば試すのは躊躇われる。仕方ないと俺は十分な高さがある事を目視して木の枝を重ねて蓋にした。

 パチパチと音を立てる炎に蓋は燃やしてくれるなと祈ってシェルター同様に木の葉を重ねる。風で吹き飛ばされる懸念は一層分の枝と端に重ねた重石に潰してもらう。やはり崩れてしまわないか不安になるが、俺の少ない知識ではこうする他には思いつかなかった。

 そうこうしている内に雲はより厚さを増していく。豪雨にでもなりそうな、まだ朝だとは思えない暗さが俺の胸にも陰りを落とす。

 起きてから何も口にしていない身体は空腹も喉の渇きも訴える。だが時間的な猶予がある様に思えない俺は急いで川辺に向かうと煮沸もせずに水を飲んだ。初めて川の水を口にした時は平気だったのだからとは希望的観測だ。俺は喉の渇きだけ満たすとすぐにシェルターへと戻った。



 大粒の雨が騒音を奏で始めたのは俺がシェルターに戻ってすぐの事だった。ゲリラ豪雨も宛らの礫の様な雨だ。それは辺り一帯から音を奪い、世界から取り残された様な孤独感をひしひしと募らせる。

 雨の中で活動する事はできない。風邪をひいても治す薬はなく、怪我をしても手当ての道具はない。だからただジッと雨雲が通り過ぎるのを待つ。

「……ああクソ、雨水を溜める用意でもしておけばよかった」

 何もしない時間は心に焦りを生む。自身の不用意を自覚して苛立ちが募る。ネガティブな感情が顔を覗かせる度にまた追い詰められていく様な感覚に襲われた。

 異世界に来て自分の情緒はグチャグチャだ。奮い立たせても崩れ落ちて、前を向いてもすぐに俯く。耐える事だけは誰よりも得意だと思っていたのに、そんな小さな矜持さえこの世界は踏み潰していく。

 世に蔓延る異世界転生物語の主人公達はよくも平然としていられるものだ。チートという拠り所が彼らにはあるのだろうが、それでも慣れない地で過ごすのは心細いだろう。かく言う俺はこんなにも辛いのにと、いっそ感心さえ覚える。

 シェルター内に敷いた木の葉に雫が落ちる。昨日のネガティブを引き摺っているのかもしれない。気力だけで嗚咽を飲み込んだ俺は一度考えるのを止めた。

「疲れてるんだ、異世界に来てから頭を使い過ぎたから。こんな雨の日くらい休んでもいいだろ」

 二度寝をする余裕なんて異世界にはなかった。けど今日くらいは良いだろうと俺は瞼を閉じる。昨日は十分に働いた。一昨日も、その前も、ずっと働き詰めだった。だから心身ともに限界を迎えてネガティブになっているんだ、それだけだ。

 身体を丸めて小さくなった俺は打ち付ける雨音を子守歌に再び眠る。そこに混ざる雨以外の歌声にこの時の俺はまだ気付いていなかった。

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