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コツコツと

 古く地球には石器時代と呼ばれるものがあった。科学技術はおろか、文明さえまだ未熟なその時代に人類は石から様々な道具を作ったという。現代人の持つ高度な知識や利器が無くとも、彼らは己が身のみでそれを成し得た。

「原始人も同じ人間なんだ、俺だって道具の一つや二つ作ってみせるさ」

 拠点から少し離れた川辺りに立つ俺は足元に転がる石をザリと踏み付ける。大小様々な石は川の流れに弄ばれて不揃いな形をしている。磨かれ角の無いものからぶつかり合って割れたもの、それは材質さえどこか違って見えた。

 俺は手近に転がっている少し大きな石を持ち上げて、落とす。ガンッと音を立てる石に変化はない。だが落とされた石を再び持ち上げてみれば、その下には僅かに砕けた小石があった。

 石に硬度の違いがあるのは誰でも知る所だろう。ダイヤが硬いだのオリハルコンが強いだの、ゲームでも頻繁に扱われる共通認識だ。ただの川辺りにそんな物が落ちている訳はないが、とかく何の変哲もない石にもその差というものは十分にあった。

「まずは材料になる石選びからだな」

 俺は見た目から種類の違って見える石を二つ選び取り、それぞれをぶつけ合わせる。分かりやすくどちらの方が良いなんて事はないが、繰り返していればそれとなく違いが分かってくる。

 石を拾っては打ち付け続ける。鈍い衝撃に次第に俺の手は痺れを覚えていく。それでもアレコレと石を比べていれば、眼前には様々な割れ方の石が並んだ。

「これなんか綺麗に割れてるな」

 幾つもの破片の中で一等平らに割れた石を手に取る。破片そのものは小さくて手の入れようがないが、これが大きな破片なら加工もできだろう。

 俺は川辺りを歩いて同じ種類の石で大きな物が落ちていないかと探す。これみよがしに違っていればすぐに判別もできたというのに、俺の目には石の差異など殆ど無いように見えた。おかげで割ってようやく間違いに気付くなんて事を繰り返す羽目になる。

「なんだってこんな石ころ然とした物が当たりなんだ。黒曜石とか大理石みたいに見た目で分かるくらいの物なら楽だったのに」

 辺りに積み重なった目当ての物とは違う石に溜め息が漏れる。石器作りは前途多難だとでも言いたげなその山を俺は思いのままに蹴り飛ばした。

 空はまだ明るい。焦るには早過ぎるだろう。俺はその場にしゃがみこむとまた一つ一つ石を手に取り打ち始めた。



 ガンガンと川辺りに音が響く。打てども叩けどもそれは甲高い音ばかりを鳴らした。どれも望んだ石ではない。

 俺はひたすらに石を拾っては叩く。手元には不格好に砕けた物だけが積み重なっていく。その歪さが不意に不出来な自分への嘲笑と重なった。――お前は本当に何も出来ない駄目な奴だ。誰が言ったかも分からない、そんな言葉が脳内で反響した。

 疾うに顔を俯かせた太陽は赤々と俺を照らしている。延々と聞き続けた殴打音は鼓膜に貼り付いて離れない。川のせせらぎさえも濁流の様な轟音に思えて仕方なかった。

 成果の出ないままに繰り返す単調な作業は想像よりも精神を疲弊させる。ガンガン、ガンガン、ガンガンガンガン――。頭がおかしくなりそうなのか、もはやおかしくなっているのか。叫び出したくなる衝動を堪えてただ石を打ち続ける。

 拾った石の選定などする余裕はない。取り憑かれた様にただ無心で繰り返す。何時間も何時間も繰り返しているのに行為の終わりは未だ見えない。

「方法を、間違えたのか、でも、今さら……」

 一度でも箍の外れて狂わされた情動は些細なきっかけ一つでいとも容易く再びを起こす。賽の河原もかくやと、襲い来る虚無感が俺の眦を湿らせた。

 物語の主人公ならばこんな所で挫けはしない。けれどそれは彼らが主人公だからだ。努力の先に成功が約束されているからだ。俺とは違う。

 ネガティブが顔を覗かせて俺を笑う。とんだ被害妄想だと、一蹴する事もできない。長く伸びた影が胸の内に染み込んで重い。

 ガンガン、ガンガン。石を打つ。ガンガン、ガンガン。また間違えた。ガンガン、ガンガン、ガンガンガンガンガンガンガンガン――パキン。

「…………あ」

 石同士のぶつかる耳障りな殴打音は、不意に、唐突に、なんの脈絡もなく、それを鳴らした。小気味よい、鼓膜にこびりついた不快な音を祓う様な心地の良い軽やかな響きだ。

「ああ、俺は……俺だって……」

 手の中から転がり落ちた石はのっぺりとした面を晒している。俺はもう一度石を叩く。パキンと音を立てた石はまるで板の様に割れて剥がれた。

 俺は堪らず駆け出すと落ちていた木の葉に石の破片を這わせる。破片はゆっくりと、しかし綺麗に葉を切り裂いていく。

「……はは、ははは、ナイフだ、ナイフができた!」

 それはただの石の破片だ。しかし側面は薄く鋭利で、木の葉程度ならばいとも容易く切ってみせる。手の平とさして変わらない大きさのそれは、十分に刃物と呼べるだけの代物になっていた。

 俺は落として割らない様に慎重に運ぶ。今のままでは刀身だけの危険物だ、使える様に加工する必要がある。

 小石を拾った俺はカツカツと小さく叩いて周囲の鋭さを潰していく。ナイフとして使う部分だけ残して、丸められた側面は上手く鈍らになってくれた。それでも力を込めれば紙くらい切れそうな様子に扱いには気を付けねばと思う。

 俺は妙な高揚感と共に完成を喜ぶと量産の体制に入る。なにせ武器は必要だ。日中に他の生物と遭遇していないのは今だけの幸運かもしれない。万が一の時に自衛の手段さえ無いのは寿命を縮める。

「もしかしたら肉が食べられるかもしれないし」

 パキン、パキリと音を立てて石が割れていく度に薄く開いた唇が歪む。吊り上がっていく口角は喜色を隠そうともしない。

 全て上手く出来たとは言い難い。いくつかは小さ過ぎたり形が悪かったりと使い物になりそうになかった。それでも多くの破片が手に入った。十分過ぎる結果だった。

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