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気持ちを新たに

 少し腫れぼったい瞼を擦りながら手作りのシェルターで朝を迎えた。完全な野宿よりは過ごしやすい夜を越えて、俺は気怠げに日の下へと這い出る。

「流石に五日目にもなると色々と気になりだすか」

 芋やらメスティンやらを手に川へと向かおうとした俺は自分の姿をふと見下ろす。異世界に来てから風呂どころか着替えすらしていない俺の格好は控え目に言っても清潔さとは縁遠い。学生服の質が良いお陰でかろうじて浮浪者然とならずに済んでいるだけと言っても過言ではない。

 自然の中を方々探し歩いているのだから汚れるのは仕方のない話だ。だが衛生観念のある現代日本で生きていた身としてはいい加減に気が滅入る。なにより不衛生が病気を招くのは長い歴史が証明している事であった。

 俺は一度荷物を置くと拾い集めていた枝を検める。二股に分かれた物があればいい。長さもあれば尚良しだ。

 ポイポイと拾っては捨て拾っては捨てを繰り返し、枝の見分をする俺はすぐに良さげな物を二本見繕う事ができた。後は長さを揃えた枝を適当な幅を空けて地面に突き立てて、その間に別の枝を架ければ簡易な物干しが出来上がる。

「……バランスが悪い。後で大きめの石でも置いて倒れ難くしておくか」

 物干しができたならやる事は一つだ。俺は再び荷物を纏めると今度こそ川へと向かう。

 そう離れていない場所にシェルターを作ったお陰で往復に時間はかからない。洗った芋を焚き火にかけた俺は再び川に戻るとワイシャツを脱いだ。

「お婆さんは川へ洗濯にって言うし、水洗いでも綺麗になるだろう」

 土で汚れたワイシャツ抱えて川へと浸かった俺は服の汚れを落とす様に水で揉んでいく。下に着ていたティーシャツやスラックス、そして下着までも順に脱いでは全て洗っていく。

 もし俺が物語の主人公ならこの全裸という状況はイベント発生のフラグになった事だろう。たまたま近くを通りかかった人が俺を変質者だと騒ぎ立てる。それが男でも女でも、俺は捕まってしまうので何とか誤解を解いたりする短いイベント。そこから交流が始まり物語は進んでいく、という具合いだろうか。

 だが当たり前の様にイベントなんてものは発生しない。俺は全裸のまま冷たい川で服諸共流されない様に洗うだけだった。

「今さら何に期待してるんだか」

 一通り洗った俺は濡れたまま服を抱えてシェルターに帰る。ハンガーなんてものは無いから水を絞った服はそのまま物干しへ掛けた。焚き火の近くに作っておいたから暫くすれば乾くだろう。

 俺は洗濯の間に茹でておいた芋を取り出して朝食にする。相変わらずな素材の味を満喫した俺は今日の予定をどうするかと考える。

「元の世界に帰るにしても、兎にも角にも情報が欲しい」

 俺がこの異世界について知る事は殆ど無い。せいぜいドラゴンが存在する事と夜行性の何かがいる事くらい。世に氾濫する異世界転生の物語を例に考えるのなら剣と魔法のファンタジー世界であろうが、それが正しいかも俺には分からなかった。

「やっぱりこの世界について知ろうと思ったら現地人に聞くのが一番だよな」

 サバイバル当初にも思った事ではあるが、やはり村や町など人のいる場所へと行きたい。いつまでもサバイバルを続けていられる保証もないのだから当然だ。

「けどまあ暫くは食料確保を中心に辺りの探索だな。いきなり遠出しても遭難するのが関の山だろう」

 俺は学生鞄に手を伸ばすと慣れた手付きで中を探る。取り出したのは一冊のノートと筆箱だ。

「サツマイモに似た蔦の芋は食べられる、と」

 ノートに書き込んだのは今の俺が主食としている芋の事。他にも夜になると動く生物がいる事も書き記す。そう忘れる事ではないが万に一つ、また情緒不安定にならないとも限らない。分かっている事を可能な限り書き残していく。

 サバイバルにおいても情報は宝だ。生き延びる為にも、帰る為にも、獲得した情報を失う事は避けねばならない。なにより恐怖の根源は無知にある。動物としての本能が分からないものを恐れさせるのだ。俺はいつまでも枯れ尾花に怯える生活なんてする気はない。

 集落を探しにいく為には拠点を離れる必要がある。その場その場で調べる事も可能だが、ある程度は事前に知識を蓄えておく方が安全だ。

 俺は焚き火の熱ですっかり乾いた服へと袖を通す。川の水が綺麗だったおかげでそれなりに見れる姿になった。この後の探索ですぐにまた汚れるにしても気持ちは十分切り替わった。

「食べられる物を何種類か探して、生息してる生き物の情報も欲しいな」

 日は高い。まだ一日は始まったばかりだ。時間的余裕は余りある。俺は勇み歩みを踏み出した。

 空手よりはマシと枝の一本を手にした俺は川の方を背に進む。緩やかな傾斜は平地とそう変わらずに登れた。相変わらず道中で拾った枝は道標代わりに突き立てて、真っ直ぐに山頂であろう方へ歩く。

「こんなに自然豊かだっていうのに木の実の一つも見当たらない」

 手にした枝で草木を揺らして歩くが目に付くのは青々とした葉ばかりだ。体感から秋口だと思っていたが違うのかもしれない。

 そも異世界なのだから日本の気候を当てに考えるのは間違いかと気付く。日本国内でも沖縄と北海道で差があるのだから当然だ。

 俺は適当に辺りに生える草を引き抜いてみる。ただの雑草にしか見えないが、もしかすると根菜がなっているかもしれない。そんな一縷の望みに賭けての行為は残念な結果に終わった。

 秋であろう事が食糧難の解決に一役買ってくれるとばかり思っていた俺は思わず肩を落とす。

「流石に冬って事はないだろうけど……」

 芋が採れる季節はいつだったか。俺の知る芋ではないからそれを知っていた所で何の役にも立たないが、大雑把な目安くらいにはなってくれたかもしれない。

「こんな事になるならおばさんの家庭菜園を手伝っておけばよかった」

 俺は一抹の不安をまた抱えながら踵を返す。道標に立てた枝をポコポコと叩くのはただの気紛れだ。けれどこの音を聞いた何か――それが人間ならば僥倖だ――が現れて手助けしてくれないかとそんな事ばかり夢想した。

 拠点へ戻った俺は川辺りに降りると以前に探索した方へと向かう。道標に立てた枝は変わらず残っている。大型の生き物が通ったりはしてなさそうで安心だ。

 道標に沿って暫く進めば目当ての場所に着く。それは以前に芋を見付けた場所だ。あの日に全て掘り起こす真似はしていないので、まだ地面の下には芋が眠っている筈である。

 俺は周囲の草を掻き分けながら芋のなっている蔦を探す。土壌だ何だには詳しくないが、植物というのは同じ様な場所になるものだと俺は思っている。根が広まったり種が飛んだり、似たような草がワサワサと近い一帯に密集しているのは日本でもよく見た光景だ。

 案の定と言うべきか、それとも幸運と言うべきか、他の草に隠れる様に地を這う蔦を見付ける事ができた。数はそう多くなさげであるものの、節制して食すのなら数日は保つだろう。

 自然の恵に感謝した俺は掘り返した芋を蔦ごと持ち帰る事にする。蔦の一本は力を込めればすぐに千切れそうだが、編み込めばロープの代わりになるだろう。

「やっぱり道具も作らないとだな」

 一先ずの食料を手に入れた俺の次なる目標はサバイバルに必要な道具だ。俺の知識でどこまで再現できるか自信はないが、しかしただの枝切れ一本よりはマシな装備になるだろう。

 そんなどこかゲームめいた思考にハッとして苦笑した。俺は喉とも腹ともつかない飢えのせいかと嘆息するとまた拠点へと戻っていった。

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