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顔を上げる

 やけに重たい身体で目を覚ます。警戒しながら眠ったせいだろう。休息に物足りなさを感じつつも俺は欠伸混じりに身体を起こした。

 残しておいた芋を川で洗って火にかける。調理方法は前と同じで茹でるだけだ。空腹の身体はそれでも十分に美味しいと感じてくれるのだから助かる。

 味気ない芋を満足げに咀嚼しながら俺は昨夜の出来事を思い返す。引き摺る様な重い音を響かせて暗闇から現れた真っ赤な瞳。静かに俺を見上げていたそれが人間の物ではないのは明白だった。

「すぐに襲って来るようなやつじゃなかったのは運が良かったな」

 地球の生物にも臆病な肉食動物や獰猛な草食動物がいる。襲われなかった事だけでその性質は判別できない。昨夜の事は本当にただ運が良かっただけだった。

「早くシェルターを作らないと。ギリースーツじゃないが、そも見付からなければ襲われる心配も減るだろう」

 食料はまだある。今日は一日シェルター作りに没頭しても別段問題はない。俺は芋に奪われた水分を白湯で戻してシェルター作りに向かう。

 だが予定地として目星をつけていた場所へ移動している最中に妙な違和感を抱く。ともすれば見落としそうな、勘違いで済ましてしまいそうな違和感だ。昨夜の事が無ければきっと気にもしなかっただろう。

「……草が折れてる、もしかして何かが通った後か?」

 獣道と呼べる程のものではない。だが確かに踏み荒らされた様な形跡がある。俺が歩いたものとは違う、酷く真新しい形跡だった。

「夜の奴かもしれない。まだ近くにいたら危険だ、集めた材料は勿体無いが場所を変えるか……」

 後ろ髪を引かれる思いで踵を返す。安全の為のシェルターなのに動物の巣の近くに作っては意味がない。そう頭では分かっていても昨日の労力を思えば惜しむのは仕方のない話だった。

 俺は溜め息を吐きながら場所を探す。だがこの森に自分以外の生物が存在しているという事を知れたのは僥倖だ。少なからず生物が生きていけるだけの環境は整っていると考えられる。

「前向きに行こう。命あっての物種だ、危険な場所を使わずに済んだ幸運を喜べ」

 シェルターの材料になりそうな枝を拾い集めながら場所探しを再開する。道中で見付けた折れ落ちた枝の幾つかは腕程の太さがあり、支えになりそうな頑丈さもある。自然に折れたのかは不安な所ではあるが、強風で木が倒れる事もあるのだから枝くらい折れるものだと納得させた。

 両肩に担いだ太い枝を引き摺りながら歩く。体力に自信のある方ではないのですぐに疲労が溜まる。やはり芋と水だけでは万全の体調にはならないらしい。

「へばるにはまだ早いぞ俺、足りない分は気力でカバーだ」

 元の世界の俺なら嫌っていたであろう体育会系のノリで自分を奮い立たせる。根性論なんて意味は無いかもしれないが、今の俺に頼れるのはそんなものくらいだ。

 ゼェハァと苦しげな息を吐いては飲み込んで身体を動かす。水場から離れ過ぎない様に気を付けながら着いたのは当初より少し手狭な木々の間だった。

「広さはそこまでじゃないけど、地面は良い具合いだし、この木は支えになりそうだ」

 念の為に辺りを見て回るが動物や何かが日常的に通っているような形跡はない。どう見ても手付かずの自然だ。シェルターを作るのに別段問題はないだろう。

 日はまだ高い。昼にさえなっていないであろう時分だ。急いで作業を開始すれば完成までいける筈だ。

「木の枝はこの辺にも落ちてるから十分だな。欲を言えばロープか何かで固定できれば最高だったけど、流石に高望みし過ぎか」

 俺は集めた枝の中から太さのある物を選んで木に掛ける為に持ち上げる。自分の胸ほど高さから枝が生えていて良かった。あまり高過ぎては力が足りなかっただろう。

 俺は全身を使って身の丈よりも長い枝をどうにか木に掛ける。何度か揺らしてみたが木も枝も折れる素振りは見せない。柱と梁として十分な働きをそれはしてくれている。

「一応は滑り落ちたりもしなさそうだな」

 それでもロープの代わりになる物はないかと辺りを見渡す。蔓の一つでも生えていれば助かるものだがあいにくという具合いだ。俺は気休め程度に千切った草をグルリと結んだ。

 シェルターの基礎は整った。後は残りの枝を壁兼屋根の代わりに立て掛けていくだけだ。これはそう難しい作業ではない。ただ淡々と集めた枝を両側に並べていくだけ、それだけで終いである。

 長さの揃っていない枝を適度にへし折りながら大きな隙間ができない様に並べる。だが形成された角材とは違う、思い思いに育った枝は好き勝手に曲がって扱い難い。端を揃えて並べたというのに弓なりの枝は不要な隙間を幾つもの作った。

 粗方の作業が終わったのは体感で二時間も経っていない頃だった。思いの外時間が掛かった様に思うのは慣れていないせいだろう。だがまだ全て終わった訳ではない。

「後は隙間から雨風が入らない様にするだけだ」

 木の葉を両手いっぱいに集めては並べた枝の上に重ねていく。放り投げる様な乱雑さだが今必要なのは量だ、丁寧さではない。俺はあちこちを歩き回っては拾った葉をひたすら投げた。

 単調な作業を繰り返して暫く、並べた木の枝はすっかり葉に埋まって見えなくなった。みっしりと重なった葉は光も碌に通そうとしない。ならば雨だってきっと防いでくれる事だろう。

 俺は試しに中に入って横になる。お世辞にも上等とは言えない、寝返りするのも一苦労な、ひと一人がなんとか横になれる程度の狭いシェルターだ。それでもようやく得た心休まる寝床だった。

「俺のシェルターだ、初めて作った、俺の」

 妙な高揚感が胸に湧く。水を見付けた時の安心感とも、火を着けた時の心強さとも違う。一口に達成感と言ってしまうのも惜しい気がして、俺はニヘラと口元を歪めて笑いを噛んだ。

 シェルターが完成したらいつまでも川辺りに荷物を置いておくのは危険だ。焚き火だって万が一にも水が跳ねて消される可能性が無いとは言えない。いつにも増して軽い足取りで俺は拠点に戻った。

 近場の木に掛けておいた学生鞄を肩に、焚き火は松明に変えて右手に、残りの物は左手に持てるだけ持って出発した。ガサガサと音をたたて俺は進む。気分は英雄の凱旋だ、胸を張って高らかに足を鳴らす。

 調子外れの鼻歌もそこそこにシェルターへ着いた俺は荷物を降ろすと早速焚き火の用意を始める。地面を少し掘り返して土を剥き出しにして、後はまた葉や枝を重ねる。そこに松明を放り込めば火は簡単に燃え移った。

「せっかくだから周りに石を積んでかまどみたいにしてやろう」

 川を暫く下れば石など幾らでも転がっていた。俺は身体の疲れを忘れた様にまた川辺りへと戻ると大小様々な石を拾ってはシェルターとの間を往復する。

「少しずつ文明が進んでるみたいじゃないか」

 不格好ながら出来上がったかまどに俺は満足そうに頷いた。かまどで何が出来るとも今は思い付かないが、ただ作り上げた事が嬉しかった。



「今日はパーティだ」

 シェルターが完成して、水も食料もある。心の余裕はいつもの比ではない。生来の楽観さにも後押しされた俺は一つの区切りとして祝いの場を設けたくなった。

 元の世界から一緒に持ち込まれたスナック菓子の袋は二つある。異世界転生にどれくらいの時間経過があるのかは知らないが、賞味期限や湿気る事を考えたら長く保管もできないだろう。

 この異世界で食料を見付けることができた安堵もあり、俺はスナック菓子の一つに手を付ける。それは日本でなら何処ででも買える一般的なポテトチップスだ。濃い塩気とパリパリとした食感が郷愁を醸し出す食べ慣れた代物だった。

「ははは、転生してから芋しか食べてない気がする」

 初めはその懐かしさから食べ進む手が止まらなかった。だが三分の二程を食べた頃から俺の手は徐々に動きを止めていった。味が悪くなっていた訳ではない、湿気ていた訳でもない。美味しかった、美味しかったから俺はもう食べられなくなっていた。

「…………帰りたい」

 ずっと前を向いていた。異世界だろうとサバイバルだろうと楽しんでやると、俺はそれができる位に気楽な性格だと思っていた。この非現実を俺は確かに楽しめているつもりだった。

 でも結局はただの空元気だ。俺はサバイバルに興味のある楽観主義者で、幸運を味方に付けて満喫していると、ただそう思い込ませているだけだった。

「疲れた、ずっと腹も空いてる、喉だってカラカラで、休みたい、帰りたい、死にたくない」

 見て見ぬふりをしていた、本来のネガティブな感情が堰を切ったように溢れる。心の余裕なんて本当はない。全部ただの現実逃避だった。安堵するのは不安があるからだ。何も持たない不安も水があれば、火があれば、食料があれば、シェルターがあれば、何かあれば誤魔化す事ができる。その繰り返しだった。

 けれど俺は唐突にスイッチが切れた様に笑えなくなっていた。思い付く拠り所は確保してしまった、新たな安心は得られない。その上で元の世界の物を食べたせいで誤魔化し続けていた緊張の糸が切れたのだ。懐かしさに胸を撃たれて、不自由な世界に絶望して、終わりの見えない恐怖に身体を丸める。

「夢のない世界なら転生なんてしたくなかった」

 望んで来た異世界じゃない。勝手に事故にあって、勝手に飛ばされてきただけだ。チートも助けてくれる人も居ない世界になんて誰も好き好んで来るわけがない。

「……家族に会いたい」

 特別仲の良い親子ではなかった。反抗期を迎えて会話をしなくなった、でも喧嘩をする程でもないどこにでもいる家族。疎ましいと身勝手に思っていたそんな家族に無性に会いたくて仕方ない。

「神様がいるなら帰り方を教えてくれよ」

 抱え込んだ膝に冷たさが滲む。震える声で絞り出したのは恨み辛みとも思える低い唸り。勝手に異世界転生なんてさせた居るかも分からない神への呪詛の念だ。

 ギリと噛んだ下唇が痛む。鉄臭さが口内に染みて不愉快だった。頭を掻き毟りたくなる衝動に、しかし痛みと不快感が俺を冷静にさせた。

「ああクソッ、情緒不安定すぎるだろ! 何やってんだよ俺は!」

 ネガティブな思考に陥って前後不覚になるのは悪手だ。サバイバルを始めた時に優柔不断は命取りだと自分を鼓舞した事を思い出す。現実逃避でも思い込みでも何でもいい、俺なら大丈夫だと根拠が無くとも立ち上がらなくてはならない。

「野垂れ死にするのだけは御免だ。苦しんで死ぬなんて絶対に嫌だ。俺は死にたくない」

 俺は目元を拭うと力一杯に頬を叩いた。ジンジンと痛む両頬が思考をクリアにしていく。

 何もせずに泣き言を並べても事態が好転する事は決してない。待っている結末は死だけ。にじり寄る死神を何もせずに迎え入れるなんて思考停止もいい所だ。

「町とか村とか、とにかく人のいる場所を探すんだ。ドラゴンがいたくらいだ、魔法のある世界かもしれない。なら帰り方だって見付かるかもしれない」

 俺は残っていたスナック菓子を口の中へと流し込む。脂の滲んだカロリーの塊をバリバリと咀嚼する。途中で噎せたがそんな事はどうでもいい。

「絶対に元の世界に帰ってやる」

 改めて俺はこの異世界での目標を掲げる。これまでの漠然としたサバイバルをして生き抜く為の小さな目標ではない。元の世界に帰る、それが俺にとっての唯一で最大の目標だ。

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