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ひとまずの休息は

 幾つかの芋を追加で茹でて腹に入れた俺は満ち足りた気持ちで辺りの探索を再開していた。日が暮れるまでにはまだ猶予がある。途中まででもシェルター作りに勤しむべきだ。

 場所の目星は付けてあるので必要なのは材料だけ。しっかりとした長い木の枝が大量に欲しい。それに屋根や床に使う乾いた草もだ。

 先の探索で大きな木の葉は見ている。幸先は悪くない。うまく拾い集める事ができれば上等なシェルターが作れそうだ。

 俺は近場を歩き回って枝を探す。落ちている物を拾えたら御の字、無ければ自分で作るのみ。直接木からへし折るのは骨が折れる思いだが、数を集めなければならないのだから苦労もやむ無しだ。

「道具があれば、楽だったのに、チクショウ」

 ひぃひぃと声をあげながら摂取したばかりのエネルギーを惜しみなく使っていく。安定を求めるなら腕くらいに太い枝を取りたいが俺の力では難しい。二周りは細い物にはなるが数で補えば大事無いだろうと手の届く範囲から枝を拝借していく。

 両腕で抱え込んだ長い枝を二度三度と往復してシェルターの予定地へと運ぶ。慣れない作業は日常の比ではない程に俺を疲れさせた。腕も足も鉛の様に重く感じて仕方ない。

 日は傾きかけているが日没までにはまだ少し間がある。だが疲労困憊の身体は休息を欲してやまない。材料集めだけで終えるのは惜しい気持ちもあるが、疲れ過ぎて翌日に響いても問題だろう。

「ここは異世界なんだから常に動ける様に余力は残しておくべきだ! そうすべきだ! よし、休もう!」

 言い訳がましさの滲む独り言を大きく捲し立てた俺は拠点へと戻る。もちろん道中で拾える物はしっかりと拾いながら。いつ何が役立つかはその時になるまで分からない、備えあればと先人の偉大な教えを繰り返し唱える。

 拠点に着いた俺は慣れた手付きで川の水を煮沸させる。本音を言えば芋も茹でて腹に入れたい。育ち盛りの十七歳はすぐに腹が空くのだ。

「でもあとどれくらい埋まってるか分からないし、食べ尽くしでもしたら……」

 嫌な想像にブルリと身震いする。今の所は幸運にも問題を乗り越えているが、その幸運がいつまで続くとも分からない。

「まだ眠るには早いけど、動き回ったら余計に腹が空くからな」

 俺は焚き火だけ燃え尽きない様に気に掛けて横になれる場所を探す。眠ってさえいれば空腹など気にもならない。食事は生きていく上で必要だが、常々満腹であろうとするのは強欲だ。

 空の胃に水だけ流し込んだ俺は無理やり瞼を閉じる。木々の隙間から覗く茜色の空が眩しい。それでもジッと横になっていれば疲労が俺を眠りに誘う。明日は早く起きて作業に取り掛かれそうな気がした。



 早起きは三文の徳とはよく言うが、俺は今の状況が得であるようには到底思えない。それは異世界だからとかは関係ない。元の世界でも得だとは思えなかっただろう。

 周囲を見渡す。焚き火だけがパチパチと弾けて辺りを仄かに照らしている。他には何も見えない、そんな暗闇が一帯を支配していた。

「早く寝過ぎたからか、まだ真夜中じゃないか」

 この世界で迎えた初めての夜を彷彿とさせる暗闇にゾワリと肌が粟立つ。手探りで枝を集めて焚き火に焼べて、少しでもと火を大きくしていく。

「夜行性のモンスターとか出ないだろうな」

 ゲームなんかでは日中は平和でも夜になると凶暴な敵が出現するというのは定番だろう。異世界をゲームと同一視するのはナンセンスだが、現状イメージの元になるのは創作物の類だけだった。

 頬を撫でる風が炎も揺らす。草木の影がつられた様に動く。ガサリと鳴った音は何なのか。

 俺は焚き火から枝を一つ取り上げた。先の燃えたそれを音の方へと向ける。立ち上がり身体を大きく見せて、威嚇する様に唸りながら火を掲げる。

 ガサリとまた音が鳴った。だがそれは風が草木を揺らしたにしては重い。ズルリ、ズルリと引き摺る様な音が混ざって聞こえた。

「――ッ」

 暗闇に真っ赤な瞳が浮かび上がった。膝ほどの低い位置から見上げる様に現れたそれは俺の様子を覗ってジッと動かない。まるで獲物を狩るタイミングを計っているかの様だ。

 恐怖に喉が引き攣る。全貌の見えない敵に対抗する術を俺は持っていない。襲われたら碌に抵抗も出来ずに食われるだろう。

 死にたくない。そんな思いだけが脳内をグルグルと巡る。

「ああああああああ!」

 それはただの悲鳴だった。ただ腹の底からあげた叫び。これまで生きてきた十七年で初めて出した様な耳を劈くけたたましい絶叫。しかしそれが何も持ち得ない俺に唯一できる事だった。

 俺が正体不明の何かに怯えた様に、何かもまた人間という存在を計りかねていたのだろう。炎を手にして喉が枯れんばかりの叫びを上げる俺を前にそれは僅かに後退った。

 俺は火を両手に掲げると声を張り上げて身体を揺らす。お前より俺の方が大きくて強いのだと威嚇する様に。虚勢もいい所だ。だが戦う術を持たない俺にできるのは精一杯のはったりだけだった。

 どれくらい睨み合っていたのか、酷く足が震えてもう立っていられそうにない。気を抜けば崩れ落ちてしまいそうな恐怖の中で俺の耳に何か這いずる音が届く。それは目の前の存在がゆっくりと後退する音だった。どんどんと音は小さくなり、真っ赤な瞳は静かに暗闇へと消えていった。

「……行ったか?」

 静けさを取り戻した暗闇は相変わらず恐怖を内包している。それでも目に見える脅威が退いた事で俺の心にようやく落ち着きが戻った。

 ドサリと半ば尻餅をつく勢いで腰をおろした俺は手にしていた火を焚き火へと返す。パチパチと燃える炎を眺めていれば無事に済んだ事への安堵感が沸き上がってくる。

「この森の生物は夜行性が多いのかもしれない。だから日中は何にも遭遇せずに済んでいたのかも」

 火があるからと無警戒がすぎたと猛省する。初めての夜に抱いた恐怖を何にも活かせていないのは良くない。夜を安全に過ごす為の手段を講じなければならない。

 しかし暗闇の中で今から何を出来るという事もない。今夜はただ警戒しながら眠るだけだ。俺は夜に耳を傾けながらゆっくりと瞼を閉じた。

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