表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/40

空腹もそろそろ

 太陽の光を全身に浴びる清々しい朝だ。蓄積していた疲労もあってか一度も目覚める事なく夜を越した俺はバキバキに固くなった身体を伸ばす。

 元の世界にいた頃の俺ならまだ布団の中でグズグズと過ごしていた事だろう。だが異世界でのサバイバルという非日常を前に、アドレナリンでも出ているのか意識ははっきりとしている。

 俺は夜の間に殆ど炭と化した焚き火にノートの切れ端を焚べる。まだ赤い炭は火種として十分な熱を持っている筈だ。きっとすぐに火が着くだろう。

 何度か空気を送り込んでやればボウと音を立てて火があがる。あとは木の枝も放り込んでやれば安定した焚き火になった。

 俺はまた川から水を汲むと焚き火で沸かす。空腹はどうにもならないが喉の渇きなら癒せる。だがまた持ったままは辛いので、直接火に当たらない程度の隣にメスティンを置いてその場を離れた。

 ゆっくり眠れたおかげか頭が冴えている気がする。俺が昨日に思い出せずにいた野草の判断方法も今なら思い出せそうだ。

「見た目とニオイを第一基準に、次はなんだったか」

 飲み込まずに舌に乗せるだとかあった気がするが、もしも即効性の猛毒なら判断どころではなく即死だ。その前の工程があった筈だと頭を撚る。

「思い付くのはパッチテストとかだよな」

 現状他に思い付くものはない。もし雑食性の動物でもいれば炭鉱のカナリアよろしく先行させるが、都合よく言う事を聞く動物を捕まえられる訳もなかった。多少の不安はあるが手段はそれしかないだろう。

 俺は鞄を少し高い位置にある木の枝に掛けると、沸騰させた水を冷まして飲む。寝起きで乾いた身体に染み渡る水の旨さは相変わらずだ。念の為に半分はそのまま残して探索に出掛けた。



 今日の目的は食料とシェルターの材料を見付ける事である。食料に関しては森の中という事もあり当初はすぐに見付かると思っていた。だが未だにそれらしい物は見当たらない。

 拠点でもある川からあまり離れすぎない様に道なき道を進む。道中で見付けた小枝は拾い、大きめの枝は道標代わりに地面に突き立てる。帰りに回収する予定ではあるが木の実の群生地でもあればそのままにするのも良いだろう。

 辺りを観察しながら進んでいれば、当初の違和感の正体にようやく気付いた。漠然と森だと認識していたこの場所だが、どうにも日本によくある木々より大きい物が目立つ。

「手付かずの自然なのかな、幹どころか枝も太い物が多い。葉っぱも漫画にでも出てきそうなサイズだ」

 簡単には手の届かない高さに生えてはいるが、俺の顔より大きな葉も多い。原始時代を彷彿とさせる葉の皿なんかにもなりそうだ。もう少し大きな物を見付けたら傘にだって出来そうな気がする。シェルターの屋根用にも幾らか貰って帰りたいところだ。

 だが背伸びをしても到底届かない高さに一度は諦める。木登りは落ちる危険もあるし、似たような葉を付ける低木を探す方がよほど安全で建設的だ。

 他にも注意深く散策すれば色々と気付くものがあった。サイズこそ違えども生える草木には地球のそれに似た物もある。試しに見覚えのあるハート型の葉を付けた蔓を木の枝で掘り起こしてみる。

「……かなり不格好だけど芋じゃないのか!?」

 出てきた根は先が拳大に丸々と膨らんでいて芋の様に見える。蔓がサツマイモのそれに似ていたので試してみたが大当たりだった。これで無毒なら十分どころじゃない食料になる。

 俺は地中に埋まる芋を傷付けないよう慎重に土を掘り返す。残念な事に初めに見付けた物が特別大きかっただけらしく、他の芋はその半分にも満たない小振りな物だけだった。とは言え貴重な食料候補だ。俺は日が高くなった事も相まって、一旦は探索を終えて拾った物を持ち帰る事にした。



 仮の拠点として腰を据えている川辺へと戻った俺は残しておいた水を一息に呷り、さっそく採ってきた芋が食べられるか調べる事にする。やり方は至ってシンプル、悪し様に言えば人体実験だ。

「普通に手に持ってたしこの辺は平気。問題は焼くか茹でるか……まあどっちも加熱調理だしいいだろ」

 俺は少し下流に行くと小振りな芋の一つを洗う。皮に付いていた土をしっかりと洗い落としたら火にかけて茹でるだけだ。

 万能調理器具であるメスティンを弁当箱に使っていて本当に良かったと思う。これがなければ色々と詰んでいそうだ。もしも元の世界に戻る事ができたら通販サイトで最高のレビューを書きたいくらいだ。

 俺は芋が茹で上がるまでの間に他の作業を始める。今日に掲げた目標の一つでもあるシェルターだ。

「水辺が近いのは良いけど地面がな、全体的に泥濘んでるのが良くない。やっぱ寝る時は乾燥した地面で横になりたいよな」

 少し移動する事になるが快適さを求めるなら必要な事だ。それに地面が泥濘んでるという事は乾く間もなく浸水しているという可能性もある。眠っている間に川が氾濫して、なんて笑い話にもならない。

 幸い道中の地面は至って普通の乾いた土だった。シェルターが作れる程度に開けた場所さえ見付けられればすぐ建築に取りかかれるだろう。材料ならそこら中に転がっているのだから。

 案の定、暫く進むだけで地面の泥濘は解消された。後は十分なスペースだが、それも難しい話ではなかった。

「これだけ太い木ならそう簡単に倒れる事もないだろう。枝もしっかりしてるしこれを支点に作れそうだ」

 場所の目星がついた俺は適当な枝を目標に立てて早々に帰る。芋ももう十分に茹だった頃だろう。食べられるかどうかを調べるには時間が必要なのだ。いい加減に水以外で腹を満たさないといよいよ動けなくなる。

 俺は騒ぎ疲れて声も上げなくなった腹の虫にもう少しの辛抱だと語りかける。これだけ期待しているのだから毒がありましたなんてオチは御免だ。お前も一緒に祈ってくれよと腹の虫へ。

 帰り着いた俺は湯を捨てて芋の冷めるのを待つ。水で冷やせば早いが、それだと加熱処理の意味がない。気持ちばかりと蓋を閉じたメスティンを川に浸してみるが、効果の程はやはりという具合いだった。

「普通に触れるくらいの温度だしそろそろ良いかな」

 人肌程度に冷めるまで待った俺は手でペリペリと皮を剥く。しっかり茹だった芋は柔らかく、刃物も無いので身ごと抉ってしまうが仕方ない。俺は皮の剥がれた芋を小さく摘み取ると腕に押し付けた。

「ちょっと温かいくらいで肌に異変は無し。即効性の何かはないみたいだな。……ああ、うん、きっとただの芋だ、大丈夫だ」

 本来ならもっとゆっくりと待って判断すべきだと理解はしている。だが如何せん二日も何も食べていないのだ。今は気力で以て動けているが、それがいつまで保つかも分からない。男ならリスク承知で賭けに出る度胸も必要だ。

 ええいままよと千切った芋を唇で食む。腕より皮膚の薄いそこでも違和感が無ければおずおずと舌に乗せる。決して飲み込んではならない。喉奥へと流し込もうと口内に溢れる唾液が煩わしい。何でもいいから腹に入れたいと湧き出す欲から目を逸して俺はまた川の水を火に掛けた。

 もしかすると俺は知らぬ間に神から幸運のチートを得ていたのかもしれない。川の水を飲み水に変えている間、ずっと口内に芋を留めていたが違和感は一切無かった。おかしな味も刺すような感覚も何もだ。

 俺は大きな期待に胸を踊らせて小さな欠片を飲み込んだ。これで体調にも異変がなければ九分九厘は無害と言える。晴れて安全な食料だ。

「チートスキルを寄越さないんだ、幸運くらいは恵んでくれよ」

 そんな願いは天に届くのか、俺は念の為にまた下流へと移動して煮沸した水と共に時間を待つ。ドクドクと騒ぎだす心臓は不調か興奮か。

 川辺りに腰を降ろして暫く経った。頭上から俺を見下ろしていた太陽はその首を傾け始めている。未だ体調に異変はない。騒いでいた心臓も穏やかな水の流れを眺めている内に落ち着きを取り戻した。

「多分安全……だよな?」

 ゆっくりと立ち上がってみても立ち眩み一つ起きない。身体はおおよそ思い通りに動き、覚えのない痺れなども無かった。完全に無毒である、とまでは言い切れないが、少なくとも少量であれば問題なく食べられるものだと判断できた。

 俺は足早に元の場所まで戻ると残りの芋を口の中に放り込んだ。もうすっかり冷めてしまったそれを無心で咀嚼する。味付けも何もされていないただ茹でただけの芋は料理と呼ぶには不釣り合いで、量だって数口で終わる微々たる物だ。だが二日ぶりの食事はまるで高級レストランのディナーの様に俺の心をしっかりと満たしてくれた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ