7話〜そこに必要だからそこにいる〜
「あ、あのさ……えっと」
「……」
「霧穂村さん?」
「……何ですか? 私を圧倒した早瀬さん」
「え〜っと……」
試合の翌日、俺はB組にて霧穂村さんに謝罪していた。
どうやら俺はあの試合で、生徒がするような戦い方をせずに勝ってしまったらしい。
らしい、というのは俺のその時の記憶があやふやだからだ。
異能である起源観測の目を使った所までは覚えているのだが、途中から記憶があやふやなのだ。
「昨日の試合なんだけど……」
「それなら私の負けになりましたよね。何ですか?私を一週間好きにしたいとでも?」
「あ、いや……そういう訳じゃ」
「では何ですか?何の用ですか?」
「そ、その……首を」
「っ!!」
「あ、ごめん……」
やはりショックらしい。
記憶があやふやなのに何故、霧穂村さんにどうやって勝ったのかを知っているのかというと、新月先生にあの後呼び出され、試合の録画を見せられたのだ。
その時に、異能者とはいえ未成年には刺激が強いなと言われたのだ。
その事を謝りに来たのだが、向こうは向こうで負け方でショックを受けたのだろう。
俺の方を見てくれない。
「私は気にしていませんのでどうぞ自分の教室に戻って下さい。もう、良いですので」
「あ、あぁ。うん。そうするけど……本当になんか、ごめんな?」
「……どうしたら」
「なに?」
「どうしたら、あんなになれるのですか」
「……さぁ、分からない。あぁそうだ。俺の事を庶民って言うのは構わないけど、みんなには絶対言うなよ?そういうの、嫌われるからな」
「…はい?」
「んじゃ、俺教室戻るから」
「ち、ちょっと貴方」
霧穂村さんの言葉は聞こえたが、そろそろ予鈴が鳴る時間なので俺は教室を出て行った。
「っつー訳で、貼ってある札や立ってる地蔵や祠に悪戯すんじゃねーぞ」
教壇にて俺達に話す男性教諭。
彼の話に俺達はそれぞれ返事を返す。
ハッキリと返す者。
ダルそうに返す者。
友人と話すついでに返す者。
いろいろいる。
それを受けて眠そうに欠伸をする先生。
ボサボサの髪に無精髭。
クマのある目は気怠げで眠そうだ。
彼は守岡銀次郎。
俺達の学年で主に結界関連を担当してくれる先生だ。
「……人の話聞いてたか〜?」
一応先生だから聞いておくか、といった様子で話す守岡先生。
「聞いてる聞いてる〜」
「先生の話メッチャ面白いもーん」
「あぁ〜。そう? じゃあよ、ついでにこの話もしておくか」
「面白い話っすか?」
「まぁ、どうだろうな。人次第だな」
頭をボリボリと掻きながら守岡先生が話し出す。
「怪異に対抗できんのは原則異能者ってのは知ってんな?」
ダルそうな先生の言葉に俺達は頷く。
怪異や異能者に対抗できるのは原則異能者だけだ。
「んまぁ、そりゃ分かるよなぁ……んじゃお前等。この世で知られている怪異って、全体の何割か知っているか?」
「え? …….そりゃあ、半分とか?」
「少なくない? もっとあるんじゃないかな」
「いやいや、もっと少ないと思うけど……」
「先生正解は?」
「知らん」
「……え?」
「だから、そんな事は知らん」
「えぇ〜」
「だってそうだろうが。つかお前等、何をもって怪異とする? 化け物だったら怪異か? 実態が不明だったら怪異か? 都市伝説だったら怪異か?」
「それは……」
「怪異も神と一緒だ。人の信仰、恐れが怪異を生む。ハッキリ言うぞー。人間に心がある限り、怪異は無くならねーよ」
「そ、そんな……」
「まぁ、全部が全部分かっている訳じゃねぇからなぁ……」
また頭を掻きながら話す先生。
「まぁお前達もいつかは怪異に関わる事があるだろうからなぁ……最低限自分の身は守れるように俺の話ちゃんと聞いておけよー、って訳で授業再開すんぞー」
気怠げに授業を再開させる守岡先生。
「んじゃあ取り敢えず、怪異から身を守るための簡単な結界について話すぞ」
教科書をガン見しながら話し始める守岡先生。
「怪異、か……」
「早瀬君はもうそういうの視野に入れてるの?」
「視野にっていうか……」
「おーいお前等〜。俺の話聞かねぇのは勝手だが、困っても知らねーぞー」
「す、すみません!!」
「すんません!!」
「うっし。なら早瀬、俺が読んだ所の続き読め。教科書の六ページの八行目だ」
「は、はい!!」
「みんなに聞こえるように良い声で頼むぞ〜」
「は、はい」
こうして教科書を読む事になるのであった……
「おいどうなってんだよ!!」
「なんで中に入れねぇんだよ!!」
「で、ですから我々もただ封鎖しろとしか」
「んな事知るかよ!!」
「さっさと入れろよ!!」
「そうよ!! 貴方達のせいで迷惑しているのよ!!」
「俺達の税金で飯食ってるくせに生意気だぞ!!」
「我々の判断で入れる訳にはいかないんですよ!!」
「いったいいつまで使えねぇんだよ!!」
僕は同僚と共に地下鉄への入り口を封鎖し、中に入れろと怒る市民をなんとか宥めていた。
事の発端は早朝。
突如地下鉄が無期限で運行停止になったのだ。
理由としては線路上の安全確認を行うためとだけ発表された。
そして今に至るのだが……。
今年交番に配属されたばかりの僕は、その駅の中に市民が迷い込まないように封鎖しているのだが、一部の市民は僕達を見て文句を言って行く。
中には動いていないのに強引に中に入ろうとする者もいるし、本当はもう動いているんだ!!なんて言って入ろうとする人もいる。
(警官って大変な仕事だな……)
そんな時だった。
「アタシは入るよ!! 話しててもラチが開かんからね!!」
「お、おう!! オバチャン良い事言うね!! 俺達も行こうぜ!!」
「あ、ちょっと皆さん!!」
僕達を力尽くで押し退け、五名が駅構内へと入っていく。
「あ、お母さん待って!!」
「あっ、坊や危ないよ!!」
母親が中に入ってしまったのだろう。
子どもが追いかけて入ろうとするが、慌てて同僚が捕まえて抱き抱えている。
「おいおいアイツ等は良いのかよ!!」
「良いという訳では」
「でも入ってるじゃねぇかよ!!」
もう僕には限界だ、そう思った時だった。
近くに一台のバンが停まった。
「っと着いた〜」
「現着したぞ」
そのバンから降りて来たのは二人の少年。
片方は黒髪でもう片方は所々に赤の入った白い髪だ。
「あ、あの……君達は?」
「あ〜悪いけど、お仕事の邪魔だから退いてくれるかな?」
「何だと!?」
「警察に続いて何を言うかと思えば!!」
「俺達より先に入る気か!!」
「いや〜だってさ、お巡りさんが封鎖してるのって俺達待ってたからだからさ」
「ハァ!?」
「お前何を言っ」
「牙楽羅……」
「ん? どうした」
「いるぞ。下に……デカイのが」
「うぉっ、マジか。んじゃ行くか」
「あっ、おい!! まだ俺達の話が終わって」
怒りやストレスを少年にぶつける市民達だったが、二人はそんなのどこ吹く風。
僕達の脇をすり抜け、駅構内へと向かっていく。
「あ、ちょちょちょっと!!」
「安心してよ〜。僕達、本業だからさ」
慌てて呼び止めようとするが、黒髪の方は朗らかな笑みと共にそう返し、続けてこう尋ねた。
「あ、そうそう。中に誰も入っていないよね?」
「えっ……あ、中に五人ほど」
「そっか……五人か。分かった」
「牙楽羅……」
「はいはい分かってるって。今行くよ」
嵐のように、自分達のペースで聞きたい事だけを聞いたから行くよといった具合で駅の中へと消えて行く二人。
その二人の背中を僕達は黙って見送っていた。
「……だ、そうだ。五人入っちまったってよ。どうする?」
「どうするも何もない。依頼にあるのは怪異の排除。それ以外をするつもりはない」
「っか〜。相変わらず融通が効かないね〜……ま、賛成だけどね」
俺は隣を歩く親友の篝火火織と話しながら先に進む。
薄明からの依頼は簡単なもの。
地下鉄に住み着いた怪異の排除。
方法は問わず、また必要であれば架線の破壊も許可するし、修理にかかる費用は薄明で持つという太っ腹っぷりだった。
(まぁ。ハクメイラインってあるぐらいだし、この辺の路線の持ち主は先輩なんだろうなぁ)
「んなぁ火織。今回の怪異って何だと思う?」
「何だとって言われてもな……最近噂になっている、人喰い列車じゃないか?」
「あ、やっぱりそう思う?」
人喰い列車。
ここ数ヶ月で噂されるようになった都市伝説……って言えるのかな。
まぁ良いや。
ようは簡単。
乗った人がその列車ごと行方不明になってしまう物だ。
おっかないおっかない。
「その人喰い列車の正体ってなんだろうなぁ」
「列車に化けられる怪異なら、自ずと形は絞られてくる」
「まぁ、そうだけどよ……」
ミミズや蛇のような、体の長いタイプだろう。
「……そろそろ出会うかねぇ」
「だろうな」
「……んじゃ、いつものやるか」
そう言って俺が取り出したのは一枚のコイン。
それを真上にトスし、手の甲でキャッチ。
すかさず手を重ねてコインを隠す。
「表」
直後に火織予想する。
俺は手を退けてコインを確認する。
「……ちっ、表か」
「じゃあ接敵してから五分は俺が相手するぞ」
「へいへい……にしても入っちまった五人はどこかねぇ」
「……」
「おい、どうした火織」
急に立ち止まった火織に釣られて俺も立ち止まる。
立ち止まって、火織に遅れて理解した。
(血の臭い……)
「近いな。お前も出しとけよ」
「あぁ、分かってるよ」
「心具、点火」
「心具、展開」
お互いに刀型の心具を展開する。
「臭いが強いな……」
「それだけ近いって事だろ」
短い会話を交わしながら駅のホームへと降りる。
降りた所に、ソイツはいた。
「あちゃ〜……蛇だったか」
「……ふむ」
先に入ったと五人を食っている大蛇がそこにいた。
「牙楽羅……」
「分かってるよ。五分な」
「あぁ……」
腰を落とし、心具を構え、大蛇を見つめる火織。
「……よーい」
そんな火織を大蛇も敵と認識し、ジッと見る。
そんななか俺は腕時計を見て
「スタート!!」
五分の計測を始めた。
「あの子達、大丈夫かなぁ……」
あの二人を見送ってから僕は市民の皆さんと共に二人の帰還を待っていた。
彼等が入ってからしばらくは入れろ入れろも騒いでいたが、その後来た異能者がおとなしくさせた。
二人とも黒いスーツを来た男女ペアの異能者。
片方は眉間に深いシワを作り、赤ん坊が見たら泣き出しそうな程目付きの悪い男性だ。
ムスッとしており、不機嫌さと怖さを足して煮詰めて濃縮したような顔をしている。
それとは反対にペアの女性はほんわかしている。
染めているのか、明るい茶髪をポニーテールに束ねており、パッチリした目にスッと通った鼻筋。
スタイルもスラッとしており、休日だったらお茶に誘いたいタイプだ。
その二人。
なんと異能者であり、女性の方が異能で市民の皆さんを落ち着かせてくれたのだ。
「それで、その二人が入ってどれ程経った」
「は、はい。だいたい……15分程です」
「そうか……それで、その二人の特徴というのは?」
「はい。片方は黒髪、もう片方は白い髪でした」
「……牙楽羅と篝火か?」
「あ、そう言っていました」
「そうか。なら安心して良い。あの二人は生きて出てくるだろうからな」
「は、はぁ……」
と、ちょうどその時だった。
「っだぁぁぁっ!! なんでそこで一気に焼かないかなぁ!?」
「あんな閉所で無茶言うな。そんな事したら酸欠で倒れていたぞ」
「だからってブシャーさせる事ねぇだろ!?」
「下がっていなかったお前が悪い」
「この野郎……」
少年達が帰って来たのだ。
ただ大怪我でもしているのか、血塗れで真っ赤になって帰って来た。
白髪の少年に至っては髪まで赤くなっている。
「やはりお前達だったか」
「あん? ……あ!! 烏丸さん!! それと部下」
「部下じゃありません!! 柴紫天南です!!」
どうやらスーツの二人は少年達と知り合いのようだ。
「……先に五人程入ったと聞いたが?」
「あ〜……着いた時には、って奴だ」
黒髪の少年はスーツの男性のお腹をポンポンと軽く叩きながら答える。
「……そうか。後の処理はこちらで行う。帰って良いぞ、と言えないな」
「あはは……奴の血でドロドロだからねぇ」
「でしたら何処かで洗い流した方が……」
「良いよ、このままで。電車とかバスで帰るわけじゃないし、来る時乗ってたバンで帰るんだし……」
「いやいや火織。中の掃除が大変になるから」
「あ〜……それもそっか」
「こいつどっか抜けてんだよなぁ……いや、抜けているってレベルじゃないか…ってこら火織。返り血落としに行くぞ」
「え〜……」
「えーじゃない!! ったく……」
「相変わらず大変だな、牙楽羅。柴紫、車を回せ」
「は、はい!! ……え、処理の方は」
「俺が残ってやる。お前は二人を洗いに行け」
「りょ、了解しました!!」
僕達を置いてけぼりにしながら、四人の話は終わった。
「……ほ、本当に約束守ってくれるんだよね」
「あ〜しつけーなー。守るって言ってんだろ? お前の通学路にある地蔵を倒して来い。なーに。帰る時に戻しゃバレねぇって」
「……でも、あのお地蔵様には」
「アァ? お前まさかビビってんの?」
「……っ」
「まぁ良いんだぜ? 別にできなくてもよ」
先日、自分のベッドで泣いていた少年は同学年の少年に囲まれながらそんな事を言われていた。
リーダー格の少年の命令に従えばもう仲間外れにはしない、そう言われたのだ。
「……わ、分かったよ」
結果彼はリーダー格の少年の条件を飲んだ。
飲んだ結果……
ゴトリ……
お読みくださり、ありがとうございます。
……初怪異は、オリジナルって事で良いのかな。
直接戦闘描写は書きませんでしたが、火織が五分以内に仕留めちゃいました!!
ラストのゴトリ。
うん、やばそう!!
あ、面白いな〜、続きが気になるな〜と思っていただけましたら、ブクマをしていただけたり、星ポイントをいただけるととても嬉しいです!!
次回も楽しみに!!