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王女様の護衛騎士

旦那様のエルネスト視点

 はぁ、と口からこぼれ出たのはため息だった。流石に疲れが溜まっていたらしい。全てがやっと片付いた、と騎士団の執務室のソファに腰を下ろせば体が急激に重くなったように感じる。


 毎年、この国の王女であり、俺の仕える主でもあるマリーアンジュ様の生誕祭の付近は忙しい。当日はもちろんその前後は警備や護衛、時にはマリーアンジュ様の手となり足となり、執事のようなことまでやっていたから目が回るような忙しさだったが、今年はそんなもの比ではないくらいの目まぐるしさだった。


 生誕祭当日より少し前、マリーアンジュ様の誕生日を祝いにきた者の中に刺客が紛れ込んでいた。プレゼントを渡すと偽って近づいたその手に毒針を仕込んでいて、間一髪でその手を叩き落としたものの、危ないところだった。心の籠ったものだから出来る限り直接受け取りたいと、そう願うマリーアンジュ様の望みによって近すぎる人との距離が仇となった。

 他国の王族や有力貴族なんかも直接赴いてくれるのだから、それくらいの誠意は見せないといけない、という王族の総意でもあった。


 だからこそ俺たち護衛騎士はこの期間はいつにも増して気を張って仕事に臨んでいる。今回のことも間に合いはしたが、ほんの少し遅れただけでその体に傷がついていたかもしれないと思うと恐ろしさに身の毛がよだつ。


 実行犯の男を捕まえるのはもちろん、その背後にいる人間がいるかどうかも確認しなければいけない。自害しないように拘束をして、しばらく尋問が続いたが、どうやら単独犯だったらしい。

 不正をして貴族位を取り上げられた逆恨み。同情の余地はない。すべてを吐き出した男の処遇は陛下が決めることになる。


 マリーアンジュ様の生誕祭も予定通り行われた。少しだけ警備は厳重になったが、昼間のうちには一般開放された王宮の庭園に姿を見せ、夜は盛大な夜会が開かれた。


 あの針が肌に触れることはなかったと言っても、間近に感じた凶器と殺意に何も感じていないはずはない。それでもマリーアンジュ様は毅然とした態度を崩さず民に笑顔を向け、夜会の最中も悠然と挨拶をこなし、人と距離の近くなるダンスを踊り、最後まで凛とした佇まいを崩さない、その姿に感服する。

 やはり仕えるべき相手だと、守るべき相手だと再確認する。


 気を張っていたらしいマリーアンジュ様は夜会を乗り切ると疲れはてたように息を吐き出してソファに倒れ込んでいたが、ゆっくりと休まれてからはいつもと変わらない様子で俺はもちろん護衛騎士達全員で安堵の息を吐き出した。


 そのあとの後片付けや事務処理まで終わったのが今だった。


 この執務室にいるのは今は俺一人。他の護衛騎士達は真っ直ぐに食堂に向かった。預かった資料をこの部屋に戻し終われば俺の仕事も終わりだ。

 余裕が生まれれば空腹も感じ始める。俺も、食堂に向かおう。完全に気を抜くことはできないが、休むのも大事だ。


「俺、やっぱり終わりですかね!?」


 食堂に入るなり聞こえてきた大声。それ以外にも何だか騒がしくもあった。山場を乗り切って気が緩んでいるからかと思ったがそれだけれはないらしい。


「どうかしたのか?」

「あ、エルネストさん、聞いてくださいよ!!」


 平民出身だが筋のいい、比較的新しい護衛騎士の一人がなぜか泣いていた。名をダクトという彼は俺の姿を認識して詰め寄ってくる。とりあえず自分の分の食事を持ち、彼の近くに腰を下ろして話を促した。


「何かあったのか?」


「俺、俺、離縁の危機かもしれないんす!」

「離縁……」


 彼は確か幼馴染の女性と1年ほど前に結婚をしていたな、と思い出す。それが急に離縁とは。


「ほら、ここ最近バタバタしてたじゃないですか。4日前に俺の嫁さん、誕生日だったんですけど、俺この騒ぎで完全に忘れてて、連絡もまともにできてなくて、それでもう嫁さん完全に怒っててここ数日は寝に帰るくらいはできてたのに全く口も聞いてくれなくて……っ。俺、やっぱり終わりなんすかね……」


 嘆くその内容にいまいち実感が湧かずに黙って聞いていると、他の騎士達がダクトの肩を叩いてまざってきた。


「まだ直接離縁を言い渡されたわけじゃねぇんだろ? ならだーいじょうぶだって!」

「そうそう、こいつなんて仕事でしばらく家に帰れてないうちに奥さんに愛想尽かされててさ。まあそれなりの長い期間の仕事の間なのに手紙一つ出さなかったこいつが悪いんだけど、浮気されててな」

「俺のは笑い事じゃねぇよ。あのあと必死に謝って帰ってきてもらって今はもう記念日も誕生日も命がけだよ。少しでも手を抜いたら今度こそ出ていっちまいそうだからな」


 口を挟むこともできずに、その会話をただ黙って聞いていた。


「まあ、こんな仕事だから少しは仕方ないけど、離縁される騎士は少なくないんだよな。特に護衛騎士なんてやってると特に。でも、ダクトはまだ許してもらえると思うぞ」

「そうそう。そうやって本気で焦ってるダクトだから奥さんもわかってくれるはずだ」


「そう、ですかね……」

「そうだよ。僕だって何回“私と、王女様どっちが大切だっていうの!?”って……。しばらく帰ってなかったから今日これから帰ったら何を言われるか……」


 苦笑するダクトと同じ平民出身の騎士の声が飛んでくる。なんだか不思議な感覚だった。全てに実感がないというか、まるで知らない世界の話のように感じる。

 そういうもの、なんだろうか。初めてそんなことを考えた。


 その後も続く騎士達の話を聞いていれば、俺と同期の護衛騎士の一人、オリバーが俺に話を振ってきた。


「ああ、そうだ、それならプレゼントの参考に、エルネストが奥さんの誕生日に何してるか聞いてみたらどうだ?」

「え、エルネストさんて結婚してたんですか!? 俺、全然知らなかったんですけど!」

「ああ、そうだぞ。もう3年経つよな」


 オリバーの確認に頷いた。そういえばあまり気にしたことはなかったが、もう3年も経ったのか、と思う。早いものだ。


「でもエルネストさんって全然家に帰ってる気配ない時とかありますよね?」

「基本こいつ家のことは奥さんに任せきりだしな。その奥さんの誕生日ってのがマリーアンジュ様の誕生日の一週間前なんだよ。いろんな意味ですんごい優秀な奥さんってこともあるけど、3年経っても円満そうだし、誕生日の埋め合わせとかなんかしてるんだろ?」


「誕生日……?」


 確かに妻であるアリシアの誕生日の日付はその日だがなぜオリバーが知っているんだろうか。いや、というか、誕生日? 埋め合わせ? なんだ、それは。


「俺も気になるっす! そんなに忙しいのにどうやって奥さんの機嫌取ってるんですか?」


 誕生日に何をして、何をプレゼントしているのか、と矢継ぎ早に質問を繰り返される。しかし答えられるものがなかった。誕生日の日付は記憶しているが、何かをした記憶がない。この時期は忙しくて他のことに気を向けられていなかったし、終わった頃にはもう何もない日常に戻っていて、改めて誕生日を、なんてことしたことがなかった。

 その事実にさえ今初めて気づいたくらいだ。特別な行動をとったことももちろん誕生日のプレゼントを贈ったという記憶もない。


「いや、特に何も、していない」


「えー、そんなわけないじゃないですか! だってエルネストさんて王女一番な感じすごいですし、何もしてなかったらいくらなんでも奥さん出ていっちゃいますよ。エルネストさんの奥さんてどんな人なんですか?」


「アリシア嬢って言ってさ、めちゃくちゃ綺麗な人だよ。ほら、こないだお前があの綺麗な人誰ですかって、王族主宰の夜会で言ってたイエローブロンドの髪の美人」


「え、あの人エルネストさんの奥さんなんですか!?」


「そうそう、こいつ基本マリーアンジュ様の護衛してるから彼女あんまり夜会とか出てないんだけど、どうしても出席しないといけないようなのは代わりに俺と別の騎士がエスコート役させてもらって挨拶だけして帰るんだよ」


 そうか、アリシアは美人なのか、と思う。確かに彼女は美しいとは思うがそんなに人目を引いていたとは思わなかった。


「でもほんとアリシア嬢って最高の嫁だよな。エルネストが心底羨ましいよ」


 俺の肩に腕を回してオリバーが呟く。その声はどこか残念そうな響きを持っていた。


「そうか?」


「そうだよ。エルネストってほんと王女様一番だしさ、どれだけすごい埋め合わせとかしてるのかはわかんないけど、それでもどう考えても奥さんが不憫でしかないだろ?」


 オリバーの言葉に周りの騎士達が頷いているから一般論なのだろうが。不憫、アリシアが、と俺は口の中で呟くしかなかった。


 オリバーの言葉はまだ続く。

「だからさ、俺、エスコート役したときに声かけたことあるんだよ。俺とワンチャンどうですか、ってさ。結婚前からずっと目つけてたし」


「オリバー、お前、そんなことしてたのか」


 全く騎士としての風上にも置けないとジロリと視線を向ければオリバーはカラカラと笑った。


「安心しろって。ちゃんと断られたし。別にこんなこと珍しくもないのに、ほんといい嫁さんだよな。私にはエルネストがいますし、彼のことが好きですから。ってよ。王女様をお護りしている彼を誇らしく思っていますし、これで幸せなんです。って」


 なんだか遠くを見るようにしながら言うオリバーに他の騎士達が感銘を受けたように聞いていた。


「エルネストさんの奥さん、すごいんですね。絶対、絶対、大切にした方がいいですよ! そんな人他にいないですから! 俺が言うことじゃないのはわかってますけど!」


 ダクトが心底感動しました! と視線で訴えかけてくる。


 確かにアリシアは俺にはもったいないくらいの素晴らしい女性だとは思うが。王族を常日頃から見ている俺でも見惚れるような所作にしっかりした芯を持っていて、家のことも全てこなしてくれるし使用人達との関係も良好だ。

 俺のことも気遣ってくれて文句も言わない。


 結婚する前から彼女とは面識があったが、一度も誕生日など祝ったことがない俺を責めることもしなかった彼女。それが当たり前だったから何も感じたことはなかった。

 しかし、それはどうやら離縁されるような重要な問題であるらしい。


「そう、だな」


 ふと考えてみると、アリシアの好きな花も好きなお茶も菓子もよくわからない。いつも気付く前に彼女が俺の好物を用意してくれていたし、求められたこともない。お土産や数少ない彼女へのプレゼントを思い出したが全てマリーアンジュ様のお気に入りを選んだものだ。あの方はこの国の流行に敏感だからハズレることはない。

 嬉しそうに笑っていたはずのアリシアの顔を思い出すと、なんだか曖昧な笑顔だった気がする。


 俺は彼女を悲しませていたんだろうか。


 初めて抱いたそんな考えは、その直後マリーアンジュ様に呼ばれたことによって頭から消えてしまった。


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