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円舞曲を2人で

 邸の外に出れば、日の落ちてきた街はいつもより輝いていた。街灯の周りにも硝子の花が飾られていて、反射する光がキラキラと降り注ぐ。

 建物の周りも装飾が施されていて、すごく幻想的。


 いつのまにこんなに飾り付けていたのかしら。

 エルネストと手を繋ぎながら周りを見渡して歩いていれば、強い力で引き寄せられた。

 すぐ横を人が通り過ぎていく。

 ぶつからないようにしてくれたのね、とエルネストの顔を見上げれば、今度はエスコートされるように腰に腕を回された。


「夜会では誰ともぶつからないのに、危ないぞ」

「ごめんなさい。いつもと違う街並みが新鮮だったのよ」


 ここは賑やかな街だけれど、今日はいつもより人が多いわね。服装も人種も違う人達が着飾って外に出ている。

 活気があるのはとてもいい事だわ。


 後ろを歩いているハンナがはぐれていないかしら、と振り向いていれば、いつの間にか街の自警団の1人を傍に置いていた。

 ハンナったらいつの間に捕まえてきたのかしら。二人とも楽しそうだし、これでハンナを一人置いて行ってしまうこともなくて安心だけれど。


 街の広場へ向かうにつれて、人はさらに多くなった。広場から広がるように屋台が並んでいるわね。

 異国のものも混ざって王都の市場よりも品揃えが良いかもしれないわ。


 そんなことを考えながら屋台に視線を向けていれば、足にトンと何かがぶつかった。

 足を止める私に合わせて、エルネストも動きを止めて視線を下に向ける。


「おじょうさまだ!」


 私の腰に回しきれない手がパタパタと動いている。嬉しそうに見上げてくる小さな女の子には見覚えがあった。


「あら、サーシャちゃん。こんばんは」


 ヘイリーウッド先生のお姉様のお子様。この間会ったときと同じ可愛らしい笑顔と花とリボンの沢山飾られたドレスがとても可愛らしい。綺麗に編み込まれた髪形はお母様にやってもらったのかしら。


「こんばんは!ねぇねぇ、このひとがおじょーさまのきしさま!?」


 私から視線を横にずらしたサーシャちゃんが、今度はエルネストを見つめている。興味津々な様子で、大きな瞳が街中の灯りを取り込んでいるように煌めいている。


「えぇ、そうよ。王子様よりかっこいいでしょう?」


 そう言ってみれば、隣のエルネストの体がほんの少しだけ揺れるのを感じた。

 じーっとエルネストを見つめるサーシャちゃんの顔は真剣で、エルネストは居心地が悪そうに視線を逸らしている。なんだか面白い光景ね。


 しばらくしてサーシャちゃんがこくりと頷いた。


「うん!きしさまかっこいい!さーしゃもおうじさまからきしさまにのりかえる!!」


 乗り換える、なんて難しい言葉を知っているのね。思わず笑ってしまう。隣にいるエルネストは唖然としてしまっているけれど。


「きっとサーシャちゃんなら王子様も騎士様も捕まえられるわ。今日はお母様と来たの?」


 お会いしたことはないけれど、逞しくて面白い女性像が私の中で出来上がってしまっている。きっと素敵なお母様なのでしょうね。


「んーん。あっ、とーい!」


 首を振ってぐるりと辺りを見回したサーシャちゃんが人混みの中に駆けていく。

 キョロキョロと焦った様子で何かを探しているヘイリーウッド先生が人をかき分けて大通りに出てくるところだった。


 きっとサーシャちゃんがはぐれてしまったのね。サーシャちゃんを見つけた先生が飛び込んでくる小さな体を受け止めて、ホッとしたように息を吐くのが見えた。

 元気すぎるのも少し問題ね。私たちが会えて良かったわ。

 困ったように、けれどどこまでも優しく愛おしげな視線をサーシャちゃんに向けている先生に、なんだか心が暖かくなる。本物のお父様みたい。


 先生に抱き上げられたサーシャちゃんがこちらを指さして、先生の視線がこちらを向いた。

 一瞬驚いたように見開かれた瞳が緩やかに細められて、なんだか擽ったい。昔お母様とお父様が見守ってくれていた時の瞳にどこか似ているの。


 声を上げても届く気がしなくて、手を振ってみれば、先生が軽く頭を下げた。サーシャちゃんは大きく手を振ってくれている。


 楽しんでください、と先生の口が動いた気がした。


「アリシア、行こう」

「えぇ」


 サーシャちゃんの指さす方に進んでいく先生の背中を見送って人混みの中に足を進めれば、緩やかな音楽の音が聞こえてきた。

 広場の中心は、円を描く様に空間が空いていて、数人の男女がくるくると楽しそうに踊っている。その周り、人混みに紛れるように自由に踊る人もたくさんいるわね。


 夜会で見慣れた光景のはずなのに、場所が変わるだけでこんなにも新鮮に思えるものだったなんて。


 少しだけ人が少なくなった場所で、私の前に立ったエルネストが腰を折りながら手を差し出してくる。


「踊っていただけますか」

「喜んで」


 そっと手を重ねれば、しっかりと握り締められて広場の中心へと誘われる。


 私たちを見て一瞬止まってしまった演奏の中、コツリコツリとヒールの音が響いていく。賑やかな空間だと思っていたのに不思議だわ。


 私たちが足を止めれば、楽団の指揮者が合図をして、聴きなれたワルツが始まった。

 ゆったりとした三拍子に合わせて、身体は自然に動いていく。


 何度も何度も踊ってきたワルツ。目を瞑ってだって、1人でだって、完璧に踊れる自信があるわ。

 それくらい、たくさん踊ったワルツを、エルネストと踊っている。


「エルネストのリードはこんなにも安定感があったのね」


 数え切れないほど踊ってきたし、同じ夜会の会場にだっていたはずなのに、私はエルネストとダンスを踊ったことさえなかった。

 エルネストは大きな夜会ではいつだって騎士だったから、いつも遠いところにいたの。


「すまない」


 バツが悪そうな顔。

 こうして踊っているのが不思議だけれど、怒っているわけじゃないわ。


「仕方ないでしょう、お仕事だったのだから。それに、遠目に、騎士である貴方を見ているあの瞬間が嫌いではなかったの」

「アリシア……」

「こうして踊ってくれるのもすごく嬉しくて幸せよ」


 紛れもない、私の本心。私はいつだってエルネストが好きだし、結局憎むことだってできないのね。


 久しぶりに高いヒールでリズムを取るワルツは、エルネストのおかげか不安を感じない。1歩踏み出せば合わせて下がる足。腰に当てられている手に少し身体を預けてみれば、そのままくるりと回された。


 想像していたより踊るのが上手いのね。剣を握っているとは思えないほど優しくて優雅な動き。


「楽しいわ」


 ここに来てからは本当に楽しいことがたくさんある。


 夢見なかったわけではない。付き合いや義務で踊るだけの相手でなく、エルネストと手を取り合ってこうして踊る瞬間を。

 お姫様に憧れていたことはないのだけど、でも今この瞬間だけは、私はきっとお姫様になれているわ。


 サーシャちゃんに出会ったからかしら。そんなことを思ったの。

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