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閑話(王女殿下の呟き)

 閉まる扉を見つめていれば、侍女が音もなくわたくしの横に近づいて来る気配がした。


「マリー様、よろしかったのですか。あの者は」


 侍女の言葉が不自然に終わる。

 既に信用のおける数人の侍女だけにした私的な空間で不敬だと咎める気は無い。


 昔からわたくしに仕えてくれているこの侍女は敢えてこんな物言いをする。

 わたくしから何か言った訳ではないけれど、よく分かっている。その口から出る一言がわたくしを貶め、王家を傾けるきっかけになるかもしれないということを。


 だからこそ信用しているし、わたくしはそこに続く言葉に答えるだけ。


「わたくしにとってエルネストが大切な存在であることは事実よ」


 わたくしにとって1番近い距離にいた異性で、わたくしが自ら傍へ寄ることを許した存在。


「わたくしが彼を近くに置きすぎていた自覚も、周りがわたくしたちの関係を勘ぐっていたのも知っているわ。けれど貴女達まで本気でそう思っていて?」

「……」


 侍女は何も答えないけれど、無言は肯定。

 たしかにわたくしと侍女達の関係とも少し違っていたのだろうと思うけれど、まさか少しも分かってもらえていなかったとはね。


「エルネストは、そうね、例えるなら兄というべきかしら?」

「兄、ですか」


 誰よりも近い異性。

 王族にとって血の繋がりのある家族であろうとも会う機会というのは少ないもの。父や兄との仲は良好でも、陛下と王子の仕事が優先されるのだから共有できる時間は少ないわ。もちろん王女であるわたくしだって忙しいのだから。


「実兄よりも兄に近かったわ」


 幼い頃からわたくしを見守っていたあの存在はそう例えたくなる。

 そう考えるとエルネストの奥方はわたくしの姉かしら。それも悪くないものだわ。


 エルネストの婚約者、と言う存在はわたくしも知っていた。

 会話という会話はした事がないけれど、遠くからわたくし達を見つめる視線はよく覚えているわ。

 貴族連中がわたくし達に邪な推測を向ける中、彼女の視線には恨みも嫉妬も感じられなかった。ただ、少しだけ眩しそうに、見守るような心地良い温度が宿っていた。


 知らぬうちに彼女の視線を感じることは少なくなって、素晴らしい令嬢だから朴念仁のエルネストとの関係は続かなかったのね、と。あの令嬢を逃がすなんて勿体ないと思っていたけれど、まさかわたくしがその原因だったなんてね。


「エルネストの傍が心地良いからと奥方の事をもう少し考えるべきだったわ」


 思わずため息がこぼれ落ちるのを、開いた扇子で覆い隠す。別にこの空間で行儀だなんだと気にする気はないけれど、扇子が手の内にあると無意識に使ってしまうわね。


「やはりマリー様は……」


 まるでわたくしが無理して笑っている、とでも思っているような顔ね。

 こんなにも否定しているというのに。


「わたくしがエルネストを気に入って傍に置いていたのは、互いに恋愛感情等微塵も無くて今後も生まれることは無いと確信していたからよ。それはエルネストも同じこと。純粋な主従関係のみで成り立つからこそ、あれだけ近い距離を許して気を抜けていたのよ」


 初めて会った時から、あの忠誠心は本物だった。

 生まれる情は互いに親愛だけで特別であると言うならば家族の絆のようなものが芽生えていたというそれだけ。


 王族には何かと柵が多くて困りものね。

 命を狙われることもあれば、この身、この権力を欲して近づいてくることもある。

 そのどれひとつも心配する必要がない存在、それがエルネストという騎士だった。


 わたくしはただ守られていれば良くて、エルネストはただ守っていれば良かった。その関係がこの一筋縄で行かない世界の中で貴重だっただけ。


 漸く婚約が決まった彼に対して時折感じる胸の高鳴りも、どこか落ち着かない気持ちも、エルネストには一度も感じたことなど無い。

 それがわたくしの中の何よりの証拠でなくてなんだと言うの。


「エルネストが奥方に許して貰えなかったのなら、わたくしが彼女を拾って連れて行ってしまおうかしら」


 我ながら素晴らしい考えだわ。

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