閑話(エルネスト)
アリシアに喜ばれるものは何だろう、とずっと考えている。
色々と用意してみたが、反応はよく無かった。
アリシアとは未だ会えていないから実際喜んでくれているのかは分からないが、侍女は受け取る度に微妙な顔をしている。
「おにーさん、なにしてるの?」
通りかかった店のガラスに飾られている巨大な熊が妙に目立っていて思わず見ていれば、足元から舌っ足らずな声が聞こえた。視線を向ければ、幼子がこちらを見上げている。丸い瞳はキラキラと輝いていて、真っ直ぐこちらを見つめるその顔に、幼い日のアリシアを思い出した。
「女性への贈り物を探しているんだ」
しゃがみこんで目線を合わせてやれば、幼子はさらにキラキラと目を輝かせた。
「おひめさま!?」
「お姫様、か……。まあ、そうかもしれないな」
姫、と言うならば王族がその頂点だが、貴族の令嬢と言えばその家の姫と言える。一般的に貴族令嬢と言えば高貴な存在で、アリシアもそれに含まれる筈だ。
幼い子供の憧れと言えばお姫様だ、というのは大抵どこでも変わらない。騎士として巡回をする中で子供と関わることは少なくないが、やはりお姫様という存在は不動の人気があるらしい。
アリシアはいつも騎士の話をしていたが、マリーアンジュ様は子供たちの理想を壊さないようにするのも大変だとボヤいていたことがある。
「それならね、さーしゃしってるよ!おひめさまへのぷれぜんとはね、そのくまさんがいいとおもう!!」
サーシャ、というのが名前だろうか。びしり、と短い指が指し示すのは、先程から気になっていた巨大な熊のぬいぐるみだった。この大きさでは怖いのではないか、と考えていたがそうでは無いらしい。ぬいぐるみはどんな大きさでも可愛いのか。
「これがいいのか?」
「うん!おんなのこはみんなだいすきだもん!あとねあとね、ほうせきもいるの!いちばんおおきくてきらきらしてるやつだよ!」
キラキラして大きいやつ、か。なるほど、それなら分かりやすい、と宝石店を思い浮かべる。
子供とはいえ、女性であることに違いはない。参考にしよう。
「あのね、あのね、さーしゃはね、おーじさまをまってるんだけどね」
目の前の少女は俺を見つめたまま、喋り続けた。
俺は愛想がいい方ではないから、初対面の女性には警戒されることが多い。騎士服を来ていない時は尚更。
だが、この無邪気な幼女にはそんなことはどうでもいいことのようだった。
子供好きではないが、嫌いな訳でもない。
黙っていても喋り続けそうだが、一応相槌を入れてみる。
「あぁ」
「でもね、きしさまもかっこいいんでしょ」
騎士様、という言葉に思わず反応してしまう。
この少女のように、アリシアの憧れていた騎士に、俺は結局なれなかったんだろうな。
騎士として忠誠を誓う主君に命を懸けてここまで来たが、結局アリシアを傷つけて、そのことにすら気づけなかった。それはもう騎士とは言えないだろう。
「そう思うのか?」
「きらきらしたおじょーさまがそういってた!」
キラキラしたお嬢様。どこかの貴族令嬢と話したのか、夢の中か絵本の話なのか、子供の話はよく分からない。
「そうか」
その後も支離滅裂に何かを話し続けていた子供は、母親らしい女性に呼ばれて駆けていった。
――ねぇ、もっと見せて――
瞳を輝かせて、大して面白くもないだろう素振りを見たいと強請る、そんな幼い頃のアリシアを思い出す。
物を強請られた記憶は無いが、先程の少女がアリシアに重なって、まるで幼いアリシアにぬいぐるみと宝石を強請られたような、そんな気分になってしまった。
宝石店で一際目立つ大きなブローチを買ってから巨大な熊のぬいぐるみを指させば、店主に怪訝な顔をされた。本当に買うのか、という問いにすぐさま是と答える。たしかにこの大きさだ、買う人間はなかなかいないのだろう。だからこその店主の微妙な反応なのだとは理解したが、それでも買い手がつかないとも言いきれない。
ぬいぐるみの首元にブローチを付けてもらい、贈り物用にと丸ごと包んでもらった。首元に大きなリボンを付けることを提案されたが、せっかくならばアリシアの驚く顔が見たかったから外から見えない物がいい。
巨大な包みはそれだけで目を引く。
今回も俺はアリシアに会えないのだろうなとは思うが、見えない所ででも驚いて喜んでくれたらいい。幼いアリシアの笑顔と今のアリシアの笑顔が俺の中で重なって思い浮かぶ。
早く、会いに行こう。
***
「何ですか、それ」
開口一番、侍女は嫌そうに言い放った。俺の持ってきた大きな包みを上から下まで眺めて、僅かに後ろに下がりながら。
「アリシアへのプレゼントだ」
「それは分かってます。そういう意味ではなくて……。中身はなんですか」
「今度こそ、喜んで貰えると思うから、渡してもらえないか」
「渡しますけど……。本当にこれをアリシア様に?」
巨大な袋を抱えた比較的小柄な彼女は、完全に見えなくなってしまった。中身を知っている俺には熊が喋っているような、そんな錯覚さえ覚える。
毎度、文句を言われている気がするが、今回は俺だけの意見ではない。今度こそ、と侍女の背中を見送った。
俺は、もう一度その笑顔を向けて欲しい。
屋敷を振り返って、俺は今日もどこかの窓にアリシアの姿が見えないかと探した。




