閑話・侍女の独り言
私はハンナ。アリシア様付きの侍女です。
私は平民上がりの、貴族と言えるのかわからないような男爵家の娘で、アリシア様付きの侍女になれたのは本当にただの偶然でした。
アリシア様はお優しくて綺麗で、慣れない仕事で失敗も多い私を笑って許してくれる、そんな方なんです。
失敗なんて、本当は許されないことなんですけど、いつだって本番の一発勝負。それは貴族の社交界だって、侍女のお仕事だって同じこと。それは私もわかっています。
失敗したら全てを失ってしまう、そんなつもりじゃなかったなんてそんなこと言ってもどうしようもないことってたくさんあるんです。
でも、アリシア様は失敗してもいいって笑ってくれました。
「ハンナ、貴女はまだ若いんだもの。失敗したってそれで成長するのならいいのよ。それにハンナが頑張っていることも、全く同じ失敗はしていないことも私は知ってるから、だからいいのよ。私のところで失敗して成長して他で成功すればいいわ」
甘えちゃいけないことはわかっていたんですけど、でもそんなことを言ってくれたアリシア様だから、私は大好きでおそばで頑張ろうって決めたんです。
私がお仕えし始めたのは2年ほど前からなんですけど、その時から私は旦那様があまり好きではありません。屋敷の主人にこんなこと言うのはよくないと思うんですけど、アリシア様のこと放置してる時間が多すぎるんです。
何が納得できないって、それなのにアリシア様の愛を一番にもらっているところです。それにすら気づかない旦那様なんて私は大嫌いです。
護衛騎士という職業はなかなかに有名なんです。
職務上家を空ける時間が多くなりますから、正直その財産と地位にしか旨味がないとか、庶民の間にまで伝わっているくらいです。
もちろん貴族として政略結婚が多いっていうのも理由の一つかもしれませんが、護衛騎士の奥様は必ずと言っていいほどお屋敷に愛人を置くことが多いそうです。
護衛騎士の奥様だけがというわけでもないですが、でも正直納得だなって思います。
浮気の一つ二つ、許されるくらいの環境だなって思ってしまいますもん。
アリシア様と旦那様を見てると本当にそう思います。浮気は良くないですよ。よくないですけどね。
それなのにアリシア様にはそんな相手一度もいないんです。その気になれば何人でも捕まえられてしまうのに、アリシア様はいつだって旦那様を想っているんです。献身的すぎるその姿を見せられたら私たち、何も言えなくなってしまうんですよ。
アリシア様が家を出ると言ったとき、私は迷いなくお供を申し出ました。解雇されてもいいとまで本気そう思ったんです。アリシア様を一人になんてしません。あんなアリシア様のこと全然気にかけてくれない旦那様よりも私がお力になって支えるんですから!
そんな、そんな私の嫌いな旦那様が、アリシア様を訪ねて辺境の街までやって来たことは、それ自体は少しだけ見直せるかなって思いました。
でもそれも全部アリシア様次第です。
全部投げ捨ててここで穏やかに過ごしていくのも、アリシア様に実は好意を抱いているであろうヘイリーウッド先生の愛を受け入れるのも、それから旦那様を許して一緒に帰るも……。
全部アリシア様のお気持ち次第。アリシア様が幸せになれるかどうか、それだけが重要なんですから。
だからアリシア様が会いたくないという間は、旦那様の心がわかるまでは、いえ、その上で許してもいいかなって思えるくらいに誠意を見せてくれるまでは絶対に旦那様を屋敷内には入れません!
誠意、にカウントできるのか微妙なところですが、アリシア様に旦那様がプレゼントを持ってくるようになりました。
見事にセンスの悪いものを。
一番最初の髪飾りなんて、アリシア様がふだん苦手としている色です。普段からアリシア様を見ているなら好きな色くらいわかるはずなのに。
それなのにアリシア様はどこか嬉しそうで、旦那様とは会いたくないというのに、その髪飾りを毎日つけているんです。
「ハンナならこの髪飾りも浮かないようにできるかと思って……」
そんなふうにアリシア様に言われたらやるしかないじゃないですか。気に入らない、私だったら絶対に選ばない髪飾りで、アリシア様を世界一美しく着飾ることくらいしか、侍女の私にはできないんです。
アリシア様がやっぱり旦那様のこと大好きなのは知っていますが、それでも旦那様はもう少し思い知るべきなんです。ここまで来たってことはきっと少しくらいアリシア様の愛と献身に甘えすぎていたんだってこと、理解したってことだと思いますし。
私からの小さな花束一つでも喜んでくれるアリシア様ですから、今までの分の贈り物をするくらいでも全然足りないんです。
今までアリシア様のこと気にかけてこなかった分、たくさん、たーくさん、旦那様には頑張ってもらわないといけないんですから。
もっともっとアリシア様を幸せにしてもらわないと!