第99話 献身の聖女と大悪魔
悪魔の弱点部位を看破した今、後は隙を見て最大級の一撃を叩き込むだけ。
でも、そう簡単には行かせてくれない。
「グオォ!!」
「ベル!!」
「わわっ!?」
弱点部位への攻撃によって、完全に私を標的と見定めたのか。悪魔の右拳が私を襲う。
エレインがギリギリのところで範囲外へ引っ張り出してくれたものの、ピンチはまだまだ終わらない。
右の拳が躱されたと見るや、悪魔は素早く左手を突き出し、緑に輝く光弾を無数に放って来た。
「そろそろ浮遊の効果も切れる……ベル、しっかり掴まっててね!」
「うん、分かった」
これだけ濃密な弾幕、いくら見切れても物理的に回避なんてしきれない。エレインに全てを任せ、ぎゅっとしがみつく。
……気のせいか、殺気染みた視線を感じて背筋がゾクッてなったけど……まあうん、気付かなかったことにしておこう。
「《超加速》、《影分身》!!」
そんな雑念すら置き去りに、私を抱き抱えたエレインの体が急加速し、残像を辺りに撒き散らす。
それがヘイトの分散に繋がったのか、悪魔の攻撃は私達を捉えることなく、どうにかやり過ごすことに成功した。
「ベル、エレイン、無事?」
「平気!」
「大丈夫、ココアの旦那様には指一本触れさせないよ」
「ばっ、ばか……!」
エレインの軽口に、ココアは遠目からでも分かるくらい顔を赤く染め上げる。
うん、ご機嫌が直ったみたいで何よりだよ。ていうか、私が旦那枠なのは公認なの? いや、妹は誰がなんと言おうと嫁だけどさ。
それから視聴者、『こんな時でも惚気を忘れない』とか『ラブラブでいいねえ』なんてのは良いとして、『ベルちゃんは罪作りだなぁ』って何さ。私何もしてないよ、異議を申し立てる!
「それで、弱点が口の中なのは分かったけどっ、どうする!?」
私が視聴者コメントを追っている間に、影分身は全滅。悪魔の攻撃が、再び私達二人へ降り注いでいた。
エレインが必死に回避してくれてるけど、結構ギリギリだ。
「もちろん、次に口を開けたところに《マナブレイカー》を叩き込む! MPも増えたし、このバカみたいに頑丈な敵も無視出来ないダメージになるはず!」
「いつも通りの奴だね。となると、まずはベルに向いたヘイトを引き剥がさないとだけど……! どうするか」
迫る拳を飛び越えながら、エレインが困ったような表情で呟く。
この悪魔、私に弱点部位を攻撃されたのがよっぽど気に入らないのか、中々標的を変えようとしないんだよね。もう、しつこいなぁ。
「お姉様、《マナブレイカー》のフルチャージまで、何秒ありますの!?」
「今のMP全部なら、90秒!!」
我ながら、長い!! 全く、もう少しこの辺りどうにかならないものかな!?
「分かりましたわ、その間はこの不肖ボコミ、意地でも耐え抜いて見せますの!!」
けれど、そんな私の無茶振りにも等しい言葉を、ボコミはドンと胸を叩いて請け負ってみせる。
何か秘策があるのかな?
「行きますわよ、《献身の聖女》!!」
すると、盾を構えたボコミがスキルを発動。全身から光を発して、悪魔の体を包み込む。
途端、悪魔はそれまでの執着を嘘のように忘れ、ボコミに向かって殴りかかった。
「んぉぉぉぉぉ!! 効きますわぁぁぁぁ!!」
盾の上から殴り付けられ、ボコミのHPがごりっと三割以上削れ落ちる。
って、ダメージ大きくない!?
「《献身の聖女》……この効果が続く限り、パーティメンバーへのヘイトは全て私が引き受けますわ! 代わりに被ダメージが倍になりますけどね!!」
「倍!?」
デメリットでか!? いやでも、一定時間他のプレイヤーがどんな攻撃を加えてもヘイトを集め続けると思えば妥当?
ともあれ、ボコミが頑張ってくれてるうちに《マナブレイカー》のチャージに入る。どうにか耐えてくれるといいけど……
『献身の聖女? 初めて聞くスキルだな』
『盾職で持ってるやつおる?』
『いや、俺タンカーやってるけど知らんな……習得条件なんだろ』
『てか、ボコミに聖女って似合わねえw』
『変態だもんな』
どうやら、視聴者のみんなも知らないスキルらしい。
そして、この距離じゃコメントなんて確認しようがないはずだけど、ココアの支援魔法を受けてギリギリのところで耐えながら、ボコミがとんでもないことを口にした。
「んっはぁぁぁぁ!! たかが悪魔ごときの攻撃で折れるほど、私の体は柔ではありませんの!! お姉様から毎日毎晩いたぶられ続ける中で習得したスキルの力、存分に見せて差し上げますわぁぁぁぁ!!」
「…………」
いや、え? 確かに、ボコミには時間を見付けては何度も決闘を挑まれてボコボコにしてたし、何ならフィールドでも便利だからって殴り飛ばしたり踏みつけたりしてたけど……えっ、それが習得条件なの?
『あー、なるほど、被ダメージが一定量超えることが条件……か?』
『他にも色々あるんじゃね? 被ダメだけなら他にも習得してるやついなきゃおかしいだろ』
『いやぁ、HP特化で自己回復特化なのがボコミだろ? それを日常的に何度も何度も瀕死に追いやってるなら、多分ボコミがこのゲームで累計被ダメぶっちぎりなんだよな……』
『な、なるほど』
『習得死ぬほどめんどくさそうだな……それ』
コメントに流れる、辟易とした言葉。
うん、ボコミのHPって、ちょっとしたフィールドボスくらいあるからね。それを毎日何度も瀕死にしなきゃ習得出来ないスキルなら、面倒っていうのも同意出来る。
……こらそこ、『俺もベルちゃんに苛められてればそのうち習得出来るかな』じゃないよ、やらないからね?
「ベル」
「あ、はい、なんでしょうかココアさん」
そんな風に思ってたら、ココアがちらりと私を向く。
何となく、また怒られるのかなぁと思ってマナブレイカーのチャージ姿勢のままじっと次の言葉を待っていると……
「……そんなに痛め付けるのが好きなら、ふ、二人の時にやってくれても……」
「違うからぁぁぁぁ!! 私にそんな趣味はないって!!」
ちょっ、この子急に何を言ってるの!? えっ、実は私に痛め付けられたい願望が?
ダメだよそんなの、ボコミみたいな頭おかしい変態の真似なんて、お姉ちゃん絶対許しませんからね!!
『お、おう……』
『なんというか……愛されてんね』
『甘ったるい惚気なんだけどなんか見てはいけないものを見てしまった感ある』
「やらないからね!?」
視聴者さんからもなんか誤解されてるよ!! ああもう、素直になってくれたのはいいけど、そんな無理しなくていいのに!!
……無理、してるんだよね? うん。
「ちょっとベル! いくらチャージ中は暇だからってお喋りしてないで、ちゃんとボスの動き覚えなよ! それ失敗したらタイムアタックほぼ負け確だからね!?」
「わ、分かってるよ!」
ボコミが気を引いてくれてる間、手が空いたエレインは背後から悪魔に攻撃を浴びせ、毒状態を維持しているみたい。
ジリジリと減っていくHPを見るに、中々効果が大きそう。マナブレイカーの最大チャージがどんなモーションになるか次第だけど、これなら一気に追い詰められそうだ。
「……よし、そろそろオッケー、いつでも行けるよ!!」
「ん、後はブレスのタイミングを待つだけ。《ヒール》!」
ボコミのHPを回復させながら、ココアはじっとボスの挙動を見守る。
これまでの動きから察するに、悪魔は近距離だと右手で物理攻撃、遠距離だと左手で魔法攻撃を仕掛けて来るようで、ブレスもまた遠距離で使ってくるパターンだ。
だからこそ、距離を取った状態でギリギリのHPで粘っていたボコミは、歯を食い縛りながら悔しそうに叫ぶ。
「くっ……そろそろ限界ですわ! 《リベンジャーズブラスター》!!」
いい加減、ココアの支援があっても耐えきれなかったんだろう。《献身の聖女》を解き、受けたダメージを威力に変換して解き放つ。
これまで見たこともない、極太のビーム。
ただでさえ被ダメージが倍化してたくさん受けていたダメージの全てが、悪魔の腹に直撃する。
「グオォォォォ!?」
流石にこの威力は堪えたのか、HPが一気に一割以上吹っ飛び、スキルの効果関係なくギロリとボコミを睨み付ける。
あ、やばい、これは来る!!
「エレイン、《超加速》で私を悪魔の目の前に!」
「えっ、今!?」
「早く!!」
ボコミはスキルを解いたと言っても、HPはギリギリ。今の状態でブレスなんて喰らったら、ココアの支援があっても死に戻っちゃう。
そうはさせない。
「ああもう、分かった! 行くよ、《超加速》!!」
私のところまで戻ってきたエレインが、私の体を抱えて一気に跳躍。悪魔の正面に躍り出た。
「お姉様!?」
「お姉ちゃん!!」
「大丈夫、任せといて……!!」
エレインが離脱していくのを確認しながら、ウィングブーツを起動して空を駆ける。
ガパリ、と私の目の前で口が開かれ、緑色の輝きが収束していく暗闇の中へ、私は躊躇なく体を投げ込んだ。
「っ……《オフェンシブオーラ》、《クリティカルブースト》!!」
「《魔法撃》、《マナブレイカー》ぁぁぁぁ!!」
ココアの支援魔法を受けながら、限界まで溜め込んだ力を解放。口の中に叩き込む。
打突点を中心に眩いエフェクトが爆発し、即座に展開される幾何学的模様の魔法陣。そこから、幾重にも折り重なる光の柱が解き放たれ、悪魔の頭を何度も何度も貫いていく。
一本、二本、三本、四本、五本、六本、七本、八本、九本――
「これで……!!」
光の柱が頭を穿ち、ゴリゴリと悪魔のHPが削れていく。
ブレスのモーションが中断されて怯んだそこを目掛け、私はスキルのモーションアシストに従うように思い切り振りかぶった杖を叩き付ける。
「どうだぁぁぁぁぁ!!」
二度目の打撃が魔法陣を打ち砕き、悪魔の体を吹き飛ばす。
威力十倍×十回攻撃、百倍ダメージだ!!
「グオアァァァァァ!?」
ごっそりとHPを削り取られ、ズズンッ! と重々しい音を立てながら悪魔は倒れ込む。
多分、スカイワイバーンなら今ので決着が付いてるくらいの超火力。それでも、まだ。
「グオ……オォォォォォ!!」
悪魔は、滅びない。
残り三割ほどになったHPで立ち上がった悪魔は咆哮を上げ、全身に血管のような赤いラインが浮かび上がっていく。
「第二ラウンドってわけね……上等!!」
腕が六本、頭が三つに分裂し、全身に緑の雷が走る。
そんな悪魔に向け、私もまた不敵な笑みを浮かべながら――
戦いは、更に加熱していく。




