第95話 学校の日常と状況報告
「というわけで、アーサーって人に喧嘩売っといた」
「いや待って、どうしてそうなったの」
ココアと一緒に《天空の回廊》を攻略した翌日、私は学校でエレインこと蘭花にアーサーさんとのやり取りを報告した。どうやら、昨日はあれから本当にお店の手伝いに忙殺されて、動画を見る暇もなかったらしい。「雫ちゃんめ、ついにやられたよ……」なんて言ってたけど、何のことだろう?
まあ、そんなことは置いといて。
私からその時の状況を詳しく聞いた蘭花は、「へえ」と不敵な笑みを浮かべた。
「面白そうじゃん。それで、細かいルールとかは決まったの?」
「うん、ざっくり概要だけどね」
まず、私達とアーサーさんのパーティが同時に城の中……悪魔が待つというボスエリアに突入する。
パーティごとの専用エリアに切り替わったそこで、それぞれにボスと戦闘、クリアタイムを競う。当然、ここで負けたり、配信者である私やアーサーさんが死に戻る事態になったら、その時点でゲームオーバーだ。
そして、両者共に突破出来たなら、その時は私とアーサーさんの一騎討ち。クリアタイムの差が十秒広がるごとに、遅れた側がデメリットを受けて戦うハンデマッチになる。
十秒差なら、HP三割減。二十秒差なら、MP三割減。以下、十秒ごとにステータスがどんどん削られていく感じ。一周したら頭に戻る。
「まあでも、一周するほど差がつくことはないでしょ。私や雫みたいな火力特化もいるんだし」
私のステータスは元々、短期決戦型で長期戦に向かない。
これでもエルダートレント最短討伐記録を持ってるわけだし、雫だって元は最短記録保持者。何なら私が戦ってないボスの記録も、ほとんどが雫の物だって聞いた。ぶっちゃけ、クリアタイムの早さで負けることはないでしょ。
と、そう思ってたんだけど、蘭花としては少し違う意見のようで、「甘い甘い」と顔の前で指先を振った。
「相手はアーサーなんでしょ? 《円卓チャンネル》は相当な有名どころだし、ティアみたいな火力特化魔術師だって仲間にいる。アーサー本人の腕前も本物だし、油断してると足を掬われちゃうよ?」
「あー、雫もそんなようなこと言ってたなぁ……ティアと並ぶくらい有名な配信者なんだっけ」
いきなりココアにナンパかましてきた敵って認識が強いけど、あれでも雫が認めるくらいの凄腕なんだよね。
そう考えると緊張しちゃうなぁ……まぁ、でも。
「負ける気はないよ、私と雫と……それに、蘭花だっているんだからね!」
「ボコミのことも忘れないでやんなよ」
「あはは、分かってるよ」
うん、分かってて外した。本人がいないのに、あの子を苛めるのが癖になってるところあるなぁ。
「鈴音ってなんだかんだでボコミのこと結構気に入ってるよね。あんまり弄ってると雫ちゃんに嫉妬されるよ?」
「大丈夫だよ、嫉妬する余裕ないくらい構い倒すことにしたから。昨日もログアウトした後、二人で一緒に……」
「あー待って鈴音、それ公共の場で語って平気なやつ?」
「え? あーうん、大丈夫じゃないかな? ……多分、きっと、恐らくは」
「うん、それ以上は自重しようか、男子共に雫ちゃんとのアレコレ知られるのは嫌でしょ?」
「それもそうだね。もしそんなことになったら、そいつの頭殴って記憶を抹消しないといけないし」
「冗談に聞こえないからやめてあげて」
はーっ、と拳に息を吹き掛けてみたら、蘭花は頬を引き攣らせ、それとなく聞き耳を立てていた男子達がそっと自分達の会話に戻って行った。
うん、もちろん冗談だよ? 元々配信で晒せないようなことは言うつもりなかったし。今言おうとしたのも、精々一緒にお風呂入って洗いっこしたってことくらいだよ。何もやましいことはない、いいね?
「それにほら、我らが委員長も聞き耳立ててるし」
「むむ」
蘭花に言われて視線を向ければ、確かにそこにはうちのクラスの委員長、成瀬さんがじっと私達を見詰めていた。
やばっ、また怒られる!? かと身構えたけど、特にそんな様子はなく、何やら考え込んでいる様子だ。
「えっと……成瀬さん、どうかした?」
「ああ、いえその……何やら不穏な単語が聞こえたもので。あなた達はその、公の場で口に出来ないようなゲームをしているんですか……?」
「いや違うよ!?」
なんか前後の文が混ざっておかしな誤解が生まれてるし!
「ただ、私達がやってるゲームに、ボコミっていう変なプレイヤーがいるって話だよ!」
「そうそう。それで、鈴音ってば大分気に入ってるみたいだけど、そんなことしてると妹が拗ねちゃうぞって話をね」
「だから別にやましいことなんて……? どうしたの?」
私達が会話を進める中、なぜか成瀬さんはもじもじと顔を赤らめ、何事かをぶつぶつと呟き始めた。どうしたんだろう?
「……お姉様……? いえ、いくらなんでもそんなことあるはずが……でもこの感じは……」
「おーい、成瀬さーん?」
「っ、な、なんでもありませんわ!!」
突然口を突いて出たお嬢様口調に、私や蘭花はびっくりして目を見開く。
一方、口に出した当人はと言えば、自分の放った言葉遣いにハッとなり、慌てて口を塞いでいた。
「え、えーっと……と、ともかく、そろそろ朝のホームルームの時間ですから、雑談もほどほどに! 分かりましたか!?」
「あ、うん」
「それでは!!」
つかつかと歩き去り、自分の鞄の中身を机に押し込んで準備を進める成瀬さん。
その後ろ姿を見ながら、私と蘭花はどちらからともなく顔を見合わせた。
「今の、なんだろう?」
「いや、うん。どうなんだろうね……?」
私の問い掛けに、答えになってない答えを返されながら。
その日の学校もまた、特に何事もなく過ぎ去っていくのだった。




