第79話 街中デートとわたあめ屋台
雫との朝のやり取りを終えた私は、FFOにログインした。
昨日と同じ、《天空の城下町》へ降り立った私は、まず真っ先に船着き場へと向かう。
理由はもちろん、昨日は新エリアに来れなかったココアちゃんを出迎えるためだ。
「あ、ココアちゃーん!」
「ん」
そういうわけで、船から降りてきたココアちゃんと無事合流。
リアルの雫とより近しい、言葉少なめな挨拶を聞いて安心感を得た私は、ひとまずその体に抱き着いた。
「わわっ、きゅ、急になにしてるのっ」
「え? いやまぁ、昨日は会えなかったし、寂しかったなー、なんて?」
「そ、それはその……い、色々と理由があって」
抱き着いた理由として当たり障りないものを口にすると、ココアちゃんはもごもごと言葉を濁す。
まあ、中身が雫だと知っている私は、昨日ティアとしてログインしていたせいで会えなかっただけだって分かってるけど、それは内緒だからね。
私は全て分かっていると無駄に大きく頷いた私は、抱き着くのをやめて手を握る。
「じゃあその分、今日は一緒に楽しもう! 早速配信してくよー」
「う、うん」
しどろもどろなココアちゃんにそう言って、配信開始。
いつものように『わこつー』『おはー』などと声が上がる。
『てかあれ、チャンネル名変わってね?』
『昨日から変わってるよな』
『心優しいお姉ちゃんチャンネルってなんだよw』
「うん。だってこっちの方が私らしいでしょ?」
『えっ?』
『えっ?』
『ちょっと何を言ってるのか分からない』
『背伸びしたい年頃なんだ、察してやれ』
「うんちょっと君たち表出ようか?」
私はティアのお姉ちゃんだって何度言ったら分かるのかなこの人達は? んん?
そんな風にいつものように脅しつけていたら、『あれ?』とようやく別のことに目を向ける人が現れた。
『今日はココアちゃんと二人?』
『ティアちゃんとエレインがいないぞ』
『忘れ去られるボコミ』
『わざとだろ、あれは忘れたくても忘れられるキャラじゃねえw』
「あはは、今日はみんな分かれて町中の探索だよ。フィールド攻略詰まっちゃったけど、出来るなら城に一番乗りしたいし、効率重視でね」
『おおー』
『がんばれー』
『効率重視でもココアちゃんとは一緒なのな』
「ココアちゃんはさっき初めてここに来たところだから、私がレクチャーしてあげないとね!」
『お、おう?』
『レクチャーするほど何かしたっけか昨日』
『フィールドでならやってたが、町では全く何もしてないよな。ポータル登録くらい』
「もう、細かいことはいいの! どっちにしろ、自力戦闘が出来ないココアちゃんには誰かしらついてなきゃだし」
『まあ、それは確かに』
『急に戦闘系クエスト始まっても困るもんな』
『という言い訳でココアちゃんと一緒にいたいだけ説』
『ティアちゃん涙目』
『また焼きもち焼かれるぞ』
「ティアとは昨日一緒に寝たから大丈夫。そのせいで寝不足だって言ってたけどね」
『あっ(察し)』
『R18はまずいですよ!!』
『大人の階段を登ってしまったか……』
「の、登ってない! 適当言うな!」
視聴者さん達とやり取りしていたら、可視化されたコメントを目で追っていたココアちゃんが、思わずといった様子で口を挟む。
いやそりゃあ、ただ一緒に寝ただけで大人の階段も何もあったものじゃないけど、当事者じゃないココアちゃんの口から言うのは身バレの危機が……
『おっ、こっちもやきもちかな?』
『てえてえ』
『これは完全に三角関係ですわ』
『嫁ココアと妹ティア』
うん、全然なかったね。なんか変な方向に盛り上がってるよこの人達。
まあ、いつものことか。
「それじゃあ、行こうココアちゃん」
「う、うん」
ココアちゃんの手を引いて、城下町を歩いていく。
途中でココアちゃんのポータル登録を済ませ、早速情報収集だ。
ただ、それには一つ、問題があった。
「で、情報ってどうやって集めればいいの?」
「…………」
『そこからかぁ』
『ベルちゃん、もしや宿屋に続いてクエストの存在も今まで知らなかったとか言わないよね?』
『HAHAHAそんなバカな……』
「それくらい知ってるよ、まあ覚えたのはアプデの一週間前くらいだけどさ」
『えぇぇ……』
『この子、本当に俺と同じゲームやってるのか時々不安になってくるな』
『それまでどうやってクレ稼ぎしてたんだよ。その装備だって結構な値段するだろうに』
「ああこれ? ココアちゃんがほぼ全額サービスしてくれたんだよ。私のスクショ撮り放題権と、あと接触防止判定解除して抱っこさせてあげるのを条件に」
『おいこらw』
『しれっと体売ってやがるぞこの子w』
『というかそれで無料にするとかどんだけベルちゃん好きなんだw』
「ベルは可愛いから仕方ないの……! べ、別に他意はないからっ!」
『他意はないね、好きなだけだもんね』
『かわいいなぁ』
『いいぞもっとやれ』
「うぐぐ……!」
コメントで煽られて、真っ赤になったココアちゃんがカメラをポコポコ殴ってる。
当たってないんだけど、必死に手を伸ばすその姿はウサギというより猫みたいで、すっごく可愛い。
そんな風に温かく見守る私に気付いたのか、ココアちゃんはこほんと咳払い一つで切り替えて、話を元に戻す。
「とにかく、こういう場での情報収集は、適当なNPCに話を聞いて回るのが無難。クエストをくれたり、攻略に役立つ情報だったり……それ以外でも、各エリアの歴史とかなんとか、世界観に纏わる小ネタを教えてくれたりするから、中々面白いよ」
「へ~、なるほどー。でも、なんて聞けばいいの? ストレートに『情報ください!』とか?」
「それでもいいけど、無難なのは『何か困っていることはありますか?』か、『この町について教えてください』の二つかな」
指を二本立て、ココアちゃんが解説してくれる。
なるほどー、NPCへの語りかけも、ある程度決まってるんだねえ。
『一応補足しておくと、ココアが言ってるのは最低限共通してる部分の話で、実際は話し掛ける言葉選びによって提示される情報が変わったりするから注意な』
『中にはそれで特殊な隠しクエストが発生したりもするよ』
『有名どころだと、訓練施設の船乗りかな? 本気のお前と戦いたい、とか言うと、めちゃくそ強くなった船乗りと決闘するクエストが発生したりする』
「へえ、そんなのもあるんだ。今度やってみようかな」
『さすがバトルジャンキー、決闘と聞いて黙ってなかったか』
『船乗りさん逃げて、超逃げて!!』
『【訃報】我らが教官船乗り氏、幼女の手によって撲殺』
「まだ挑んでもいないのに勝手に私が殺したことにしないでくれる!?」
ただちょっと腕試ししたくなっただけだよ! 全くもう!
「まあまあ、落ち着いてベル。それで、まずは誰から話し掛ける?」
「んー、そうだねえ、じゃああのおじさんから行こう!」
ココアちゃんに宥められながら、私が指し示したのは近くにあった小さな屋台。
雲に覆われたこの町らしいと言うべきか、何やらわたあめみたいな物を売っている。
『真っ先に目につくのがおやつの屋台なんだな』
『こういうとこは見た目通りで可愛いんだよなぁ』
『飴ちゃんあげたい』
「甘いものは老若男女共通でみんな好きなんだから、別にいいでしょ? ほら、ココアちゃんも!」
「分かった。もう、そんなにはしゃがなくても、ゲームなんだから売り切れなんてないよ」
どこかほんわかと、保護者のように柔らかな笑みを浮かべるココアちゃんを連れ、屋台へ直行。『初めてのココアちゃんにレクチャーするという話はどこへ行ったのか』とか、『しーっ!』とかのコメントが大きく流れていくのが見えたけど、私は突っ込まないよ!!
「おじさーん! そのわたあめ二つください!」
「はいよ! 天空飴二つ、お待ち!」
「ありがとう!」
すぐに出てきたわたあめをココアちゃんにも渡し、早速ぱくり。
「んーーっ、美味しい!!」
何これすっごく美味しい。あんまり気にせず食べたけど、ここゲームの中だよね? それがこんなに美味しいもの食べれるなんて……はー、科学は進んでるねぇ。
いっそ、前に言ってた料理スキルとか本気で狙ってみるのもありかも?
「…………」
『ココアちゃんが無言のままスクショ連写してる件』
『やってることティアちゃんと同じである』
そんな私を見て、ココアちゃんがスクショしてたらしい。こんな光景撮っても……って、今はベルだから私も可愛いのか。
せっかくだから、撮りやすいようにココアちゃんの方を向いて、軽く上目遣いになりながらわたあめをはむり。
すると、ココアちゃんが顔を手で覆ってぷるぷる震えだした。
さすがにあざと過ぎた?
『たらしだなぁ』
『あざと可愛い』
『狙ってるはずなのに天然臭がする不思議』
「ええ?」
いや、狙ってやってるんだから天然も何もないでしょ。何を言ってるんだこの人達は。
「おう、お嬢ちゃんそんなに美味かったかい」
「んぅ? あ、はい、とっても美味しいです! もっとたくさん食べたいくらい!」
コメントに気を取られていたら、店主のおじさんに声をかけられた。
素直な感想を口にすると、「嬉しいこと言ってくれるじゃないか」と言いつつも少し困り顔。
「どうかしたんですか?」
「いやな、最近は城の方に住み着いた悪魔の影響で、モンスターの活動が活発になっててな。わたあめの材料が手に入らねえんだよ。たくさん食べさせてやりたいのは山々だが、こればっかりは中々なぁ……」
すると、ポーン、と小気味良い音と共にメッセージが届いた。
目を向ければ、どうやらクエストらしい。おお、早速来たね。
って、あれ? これって……
特殊クエスト:わたあめ素材の採集 0/2
・サンダーゼリー10体の討伐 0/10
・ブレイドバード5体の討伐 0/5
報酬:天空飴×10、ウィングブーツのレシピ×1、経験値2000
「お嬢ちゃん、冒険者なんだろ? ちょっと行ってきてくれねえか。そしたら、とびっきりのもんくれてやっからよ」




