第70話 魔法カラスと阿吽の呼吸
「うーん、なんでバレたんだろう?」
「それはまぁ、喋りすぎってやつだよ」
お昼を食べ終え、再びFFOにログインした私は、買い物途中で会った天衣ちゃんについて話したんだけど、エレインには苦笑混じりにそう言われてしまった。
そんなに決定的な話をしたつもりはないんだけどなぁ。
「現在新エリアでフィールド攻略中の配信者で、妹と二人お揃いの魔術師職、極めつけは魔術師なのにATK極振りの殴り魔スタイル。ここまで喋ったら、FFOプレイヤーで気付かれないことを期待する方が間違ってるよ。言っとくけど、ベルの配信チャンネルはもうランキングに載るくらい人気だからね?」
「えっ、そうなの?」
視聴者数、ティアに比べればまだまだ少ないし、精々駆け出しにしては多いくらいなものかと思ってたんだけどなぁ。
……ああでも、休憩挟んでからはなんかやけに視聴者増えてるし、今なら分からなくもない、かな?
「あのねベル、ティアはFFOの中でもぶっちぎりの人気配信者だから。初心者が比べる相手としておかしい」
「あはははは……」
確かに、配信どころかゲーム自体が初心者の私が、大先輩のティアといきなり肩を並べたらそれこそおかしいよね。うん、そこまで考えてなかったよ。
「……えっ、ベルお姉様、初心者なのですか? あれだけ強くて?」
「ああうん、言ってなかったっけ? 私、まだ始めて二ヶ月経ってないよ。学校とか家事とかバイトとか色々あるから、一週間のプレイ時間もそれほど多くないし」
「……さすがですわね」
なぜだろう、ボコミから奇異の視線を向けられている気がする。
おかしい、ボコミの方がよっぽど変なことしてるのに。解せぬ。
「それより、そろそろ攻略再開しよう。配信準備はいい?」
「ああうん、大丈夫!」
ティアの一声に頷きを返し、配信開始。『わこつー』『待ってた』などと早くから賑わいを見せるコメントを眺めながら、攻略再開だ。
「ん、ここからは出てくるモンスターが違うみたいだね」
するとすぐに、空を警戒していたエレインがそう呟いた。
見れば、空にはこれまで通り無数に存在する小さな足場の他、飛行船の甲板からチラリと見えた鳥のようなモンスターの姿が見える。
「エアコンドル……とは違うね。ブレイドバードか」
これまでと違い、黒光りする漆黒の羽に包まれた巨大カラスのような見た目。
サンダーゼリーと同じく、三体くらいがセットになって空を泳ぐ姿は、さながら不吉を呼びこむ黒い怪鳥と言ったところ。
どんな攻撃をしてくるのかまでは、さすがに見た目からはよくわからないけど……ふむ。
「どんなモンスターかな……とりあえずボコミ打ち上げる?」
「ぜひ! ぜひとも!」
「お姉ちゃん、段々ボコミに毒されてないか……?」
ナチュラルにボコミをデコイ扱いする私に、ティアが少しばかり頬を引き攣らせる。
いやいや、毒されてるなんてそんなこと、ない……よね?
『そうだぞ、ベルちゃんは毒されたんじゃない、元からドSだ』
『生粋のS』
『違いない』
「はーいそこー!! ちゃんとコメント見てるからね!?」
全く、私はSじゃないよ。ただボコミは喜ぶ、私達は安全に敵の情報を探れる一石二鳥の策を提案しただけじゃない!
えっ? そうだとしてもボコミを打ち上げる必要はなくないかって?
それはまあ、ほら……うん、さっきまでの癖というか……?
『やっぱりボコミを殴りたかっただけでは?』
『ドS怖い……ガクブル』
「違うから! ああもう、分かった、それなら威力偵察は私が行く! エレイン、手伝って!」
「えっ、私?」
まさか指名されると思ってなかったのか、エレインがきょとんと意外そうに目を丸くする。
ふふふ、実のところ、お昼休憩の間にちゃんと《エアドライブ》の活用法を考えておいたんだよ。ちょうどいいから、今回の敵相手に試してみよう。
というわけで、殴り飛ばされる機会が減ったことでカメラに向かって文句を言っているボコミを余所に、私はエレインに後ろから抱っこするよう要求した。
ひとまず私の指示通り、私の小さな体を抱き上げたエレインだったけど……直後、ぶるりと身震い。
「……ねえベル、本当にこの格好で戦うの?」
「そうだよ? エレインは私の足になって。回避と移動は任せたよ」
「いやうん、それはいい、いいんだけどね? さっきからティアが怖いんだよ」
「え?」
ちらりとティアを見れば、私達を見て何やらご機嫌斜めなご様子。
トントンと爪先で足踏みを繰り返し、とってもイライラしてるのを隠そうともしていない。ふむ……
「さっさとやれってことかな? ティアが待ちきれずに魔法をぶっぱなす前に、さっさとやるよ! 《エアドライブ》!!」
「絶対に違うから!? ああもう、分かった、早く終わらそう!!」
私の体が風に包まれ、ふわりと軽くなる。同時に、エレインが地面を蹴って雲の足場へ飛び乗った。
うん、思った通り。普通なら他のプレイヤーを抱えてジャンプなんて、ATKがよっぽど高くなきゃ出来ないけど、《エアドライブ》発動中の私は自分の打撃の反動で吹き飛ぶくらい軽いし、これくらいは出来るよね。
エレインも、一度のジャンプで感覚を掴んだのか、私を抱き抱えたままぴょんぴょんと連続で跳び上がり、上空にいるブレイドバードの元へと向かう。
すると、いち早く反応した一体のブレイドバードが、接近する私達に向けて大きく翼を広げた。
「カアァ!!」
本当にカラスだった!? なんてしょうもない驚愕を覚える鳴き声と共に放たれたのは、黒い羽の弾丸。
羽ばたきで生じた風に乗せ、マシンガンのように連射されるそれを、エレインはしかし余裕の表情でニヤリと笑う。
「甘い! 《空歩》!」
空中を蹴り、その場から離脱。近くの足場に向けて跳躍する。
そんな私達目掛け、残る二体のブレイドバードが突撃してきた。
「カァ、カァ!!」
翼を横に真っ直ぐ伸ばし、纏うは刃のように鋭く光る眩いエフェクト。どうやら、あの翼で直接切り裂こうってわけだね。
着地取りを狙うように襲ってくるその連携は見事だけど、連携するのは君たちだけじゃないんだよ?
「てやぁぁぁぁ!!」
エレインの腕の中で、両手に握り締めた杖をぶん回す。
何もない空中を叩いた衝撃に合わせ、周囲を渦巻く暴風が砲弾となってブレイドバードへ襲いかかる。
痛烈な反撃を鼻先に受けたためか、二体のブレイドバードは体勢を崩し、失速。そのまま墜落していく。
でも、逃がさない。
「エレイン!!」
「はいよ!!」
短いやり取りで私の意思を汲み取ったエレインが、雲を足場に落ちていくブレイドバードへ向けて飛びかかる。
その動きに合わせて、私もまた杖を振るう。
「《魔法撃》!!」
スキルによる強化を上乗せし、落下するブレイドバードへそれぞれ一撃。そのままHPを刈り取っていく。
うん、私の動きに合わせて、エレインが少しだけ体を捻ってくれるお陰で、不安定な体勢とは思えないくらい攻撃しやすい。さすが親友。
「ベル、お願い」
「よいしょっ、《マナブラスト》!!」
私もまたエレインの意思を汲み、魔法スキルによる自爆を行う。
魔法撃スキルのお陰でダメージのないそれで無理矢理跳ね上がった私達のすぐ脇を、最初のブレイドバードの羽飛ばし攻撃が通り過ぎた。
攻撃に夢中で見てなかったや。私、やっぱりこういう変な攻撃手段を持ってる敵は苦手だなぁ。
「《空歩》! ベル、決めて!」
「まっかせてよ!!」
そんなことを考えている間にも、エレインは素早く空を蹴り、残ったブレイドバードへ急接近。
あっという間に、なす術もなく圧倒されてしまった事実が受け入れられないかのように口を開けて驚くそのモンスターに向け、私はニヤリと笑みを向けた。
「ごめんね、これで終わりだよ! どりゃぁぁぁぁ!!」
「カァァ!?」
両手の杖を同時に振り抜き、発生した豪風がその体を吹き飛ばす。
あっさりとポリゴン片と化して消えていくモンスターを見送りながら、私とエレインは地面へと着地した。
「いえーい! 今のいい感じだったね、エレイン!」
「うん、何したいのかは大体分かってたけど、一発であんなに上手く行くとは思わなかった。さすがだよベル」
「エレインが合わせてくれたからね」
ハイタッチを交わしながら、お互いを褒め称える私達。
それに合わせて、コメントもまた盛り上がりを見せる。
『すっげえ、連携完璧だった』
『たまにティアと組んでる時もそうだけど、エレインって人に合わせるの上手いよなぁ』
『まさかエアドライブで軽くなったからって自分を荷物扱いして人に運ばせるとはw』
『ココアちゃんともそうだったけど、ベルちゃんってサポート役いると輝きが増すよな』
『まあ、火力特化タイプってそういうもんだろ。弱点補ってくれる他のプレイヤーがいた時の爆発力がやべー』
『なんだかんだボコミとも相性いいよなベルってw』
『ティアちゃん涙目』
『火力型と火力型ってそこまで相性良いわけじゃないからなー』
『ベルちゃんのパートナーレースはティアちゃんが一歩出遅れたな』
『まあティアちゃんだししかたn』
「《インフェルノ》」
『『『どわぁぁぁぁ!?』』』
突如カメラを飲み込んで吹き上がった炎に、その場の全員が驚いて硬直する。
やがて炎が収まったそこには、ただ穏やかに微笑むティアの姿が。
「……さあ、ベルとエレインのお陰で敵も片付いたし、先に進もうか?」
ざっ、ざっ、と進んでいくティアはさながら魔王の如く、新たに現れたモンスターさえ鎧袖一触とばかりに焼き尽くしていく。そのあまりの惨状に、普段賑やかなコメント欄すら静かだ。
ね、ねえティア? なんでそんなに不機嫌になってるのー!?




