第55話 いちゃつく姉妹と新スキル
ティアと一緒に樹海エリア攻略を始めたものの、ティアが強すぎて任せるとやることがないという困った事態に直面した。
結果、本来の予定……というか役割通り、基本的に私が前に出て、道中の敵を倒していくことに。
「よいしょぉ!! 《フレアランス》!!」
暗がりから飛び出して来たナイトゴブリンを叩き伏せ、魔法を連打。即座に始末する。
この辺りは、こうやって不意に攻撃してくるモンスターが厄介と言えば厄介だけど、慣れると殺気? というかなんというか、攻撃直前にじっとりした視線を感じるから、割と対処できるんだよね。
なお、それを口にしたところ、視聴者さん達からは総ツッコミを受けた。解せぬ。
『なんか凄いこと言ってるぞこの子』
『殺気とかなんで分かるんだよ』
『エスパーか?』
「んー、なんて言えばいいんだろう? こう、学校で時々遠巻きに見て来る男子がいるんだけど、あんな感じ? ほら、人に見られてると結構分からない?」
『『『ごめんなさい』』』
「いや、何でみんなが謝ってるの……」
うちのクラスメイトじゃないでしょ君達。いや、実はいたりするのかな? どうだろう?
「お姉ちゃん、実は学校で男子を殴り飛ばしてたりするのか……?」
「するわけないっ、でしょ!? ティアまで私を何だと思ってるの!?」
「いや、むしろお姉ちゃんの身の安全を考えると、積極的にぶん殴ってて欲しいなって。悪い虫がつかないようにさ」
「付かないから!! ティアじゃあるまいし!!」
自分で言うのもなんだけど、学校での私って大分浮いてるからね? まあ、理由の大半は常に雫の話しかしないからだけど。
その点、ティアはこんな突発配信でたくさん視聴者が集まる人気配信者だし、それこそボコミやクッコロさんみたいな悪い虫がたくさんいるはず。油断ならない。
「オレは、あくまでゲームの中でちやほやされてるだけの引きこもりだ。リアルで人付き合いが多いお姉ちゃんの方が何かと危ないから心配なんだよ」
「私は平気だよ、別にいざ何かあった時まで無抵抗なわけじゃないし……《フレアランス》。むしろティアこそ、リアルはそのアバターよりもっと可愛いんだから、家にいる時はちゃんと鍵かけて、誰か来てもチェーン外しちゃダメだからね? ……《フレアランス》」
「も、もう……それくらい分かってるっての。お姉ちゃんこそ、本当に心配性なんだからさ……」
「妹のこと心配するのは、と! お姉ちゃんとして当然のことでしょ? 《フレアランス》」
『なあ、そろそろツッコミ入れた方がいいのか?』
『姉妹でいちゃいちゃ会話している最中にゴミ処理の如くあっさり片付けられていくナイトゴブリンが哀れ過ぎる』
『百合に挟まった男の末路だな』
『ナイトゴブリンって雄なのか?』
『むしろゴブリンに雌はいないだろ』
『いたりいなかったりだな、物による』
『どっちにしろこの二人に割り込めるのはもうボコミとゴブリンだけじゃないか? 俺にはそんな勇気出ないわ』
『【悲報】ボコミ、ゴブリンと同列に扱われる』
『仕方ないね』
ティアと会話しながら先へ進み、死角から飛び掛かって来るゴブリンを片手間で処理していたら、コメント欄が変な盛り上がりを見せていた。
まあうん、慣れて来ると一対一でしかないし……たまに木の陰と見せかけて上から降って来るゴブリンもいたりするけど、最悪ティアの援護すら期待できる状況で、事故を起こす方が難しいし……こうなるのもやむなしというか?
後、ボコミはゴブリンと全然違うよ。ゴブリンは殴れば一発だけど、ボコミはちっとも倒れず這ってでも足元に来るからね。圧倒的にボコミの方が怖いよ。
「ところでティア、この樹海エリアって最後までこの調子?」
「そうだな、ゴブリンアサシンって更に上位の個体が出てきたりはするけど、AGIが上がるだけで基本的な対処方法は一緒だし。お姉ちゃんなら問題ないだろ」
「じゃあ、ボスまでは楽勝だね。一気に行こうか!」
『楽勝……だっけ?』
『俺は初めて来た時、見えてても反応出来なかった覚えがあるんだが。ちな盗賊』
『やっぱこの姉妹に新規へのレクチャーは不可能では??』
『今頃気付いたのか? 俺は最初から知ってたぜ!』
『い、いや、まだ分からんだろ? ベルちゃんが予想以上に速くなったゴブリンによっていやーんなことになってしまう可能性が微レ存……!』
『お前気付かなかったのか? さっき木の上から落ちてきてあっさり死んだの、あれがゴブリンアサシンなんだぜ……』
『えっ、マジで??』
コメントを見るに、どうやら私は既にゴブリンアサシンとやらを討伐していたらしい。同じ黒いゴブリンだったから気づかなかったよ。
というわけで、本当に何事もなくサクサクと攻略は進む。
偶に失敗してもティアにフォローして貰い、ゴブリン相手に《フレアランス》を連打。使用回数を重ねていく。
そんな攻略の合間に、もちろん当初の目的だった素材採取も忘れない。
ティアが採取ポイントをほぼ丸暗記しているそうで、こちらも問題なく必要なアイテムが揃い、後はこのエリアを踏破するばかりに。
「ところでお姉ちゃん、《フレアランス》を覚えてから何回くらい使ったんだ?」
「うーん、あんまりちゃんと数えてないけど……そろそろ三桁行くんじゃないかなぁ」
「なら、もうじき次が解放されるかもな。さっきオレが使った《ブレイズサイクロン》は、レベル20以上、《フレアランス》百回使用で解放だったはずだからさ」
「へ~、そうなんだ」
さっきの魔法っていうと、あのすっごく広範囲を薙ぎ払った魔法だよね。
ティアによると、威力だけでなく、攻撃範囲もINTによって変動するそうで……あれ? 私にとってそれ、完全に死にスキルでは?
「まあ……魔術師ってそういうものだし。《ブレイズサイクロン》の先も、割とそんな感じで威力以外の部分にもINTが関わって来ること多かったはずだぜ」
「う、うーん……そう言われると悩むなぁ」
ティアとお揃いだし、遠距離に攻撃する手段もあった方が……と思ってさっきから連打してたけど、下手するとそれも無駄に終わるかもしれない。
うーーん……失敗だったかな?
『ドンマイベルちゃん』
『まあ、魔術師なのに物理で殴ってるわけだしね、魔法スキルは死んで当然』
『マナブラストはめっちゃ活用してたけどなw』
『あれは例外だろ……』
コメントにも、慰め(?)のような言葉が飛び交い始める。
ぐぬぬ……まあ、そういうスタイルにしたのは自分だしね、仕方ないか。
「まあ、INTが低くても、範囲攻撃だから敵を釣り上げるには便利だしな、覚えておいて損はないんじゃないか?」
「そうだね、せっかくここまでやったんだし、《ブレイズサイクロン》までは習得してみるよ」
そう心に決め、もうひと踏ん張りと戦闘を続ける。
やがて、フィールドボスの出現エリアまであと少しとなった時。ポーン、とメッセージが鳴り響いた。
「あ、来た! 《ブレイズサイクロン》、と……?」
「と?」
首を傾げるティアと、ついでに視聴者のみんなに向けて、私は届いたメッセージを可視化表示してみせる。
そこには、《ブレイズサイクロン》の習得を知らせる文言と……もう一つのスキルを習得したことについて書かれていた。
スキル:フレアドライブ
分類:強化スキル
習得条件:【魔術師】レベル20以上、《フレアランス》にて距離一メートル以内の敵を一定数撃破。
効果:一定時間、ATK中アップ、物理攻撃に炎属性付与。発動中、《火傷》状態になる。
『なんだこのスキル、初めて見た』
『まさかのATKアップに草』
『殴り魔用スキルなんてまだあったのか!w』
『属性付与かぁ、しかも中アップって強いなこれ』
『でも状態異常……火傷って何? かかったことないんだけど』
『序盤で火傷状態にしてくる奴いないからな。まあ、毒状態の仲間だと思え』
ふむふむ、毒状態は確か、一定時間HPに継続ダメージを受け続ける効果だったはずだし、仲間ってことはこれも似たようなものか。
あー、でも私、火傷に効くポーション持ってたかな……?
「まさか、こんな魔法スキルがあったとは……お姉ちゃん、お手柄だな」
「えへへ、そうかな?」
ティアに褒められ、私は思わず照れて頭を掻く。
《魔法撃》や《マナブレイカー》もそうだけど、この辺りはまだ未発見だったスキルだから、《魔術師》の新たなスタイルとして《殴り魔》が本格的に注目を集める切っ掛けになるんだって。
「この情報が出回れば、お姉ちゃんみたいなプレイスタイルの人が増える可能性が……いや、ないか」
『ないな』
『誰が真似出来るんだそんな極端なスタイルw』
『そもそもド近接でAGIが最低ってのが意味分からんからな』
『その癖紙装甲』
『リスキー過ぎて死ねる』
褒められたかと思えば、なんか全否定されてる!?
いや、別にそこまで難しくはないよ? ちゃんと攻撃を全部避けて、こっちが一方的にぶん殴るだけでいいの。
えっ、それが出来れば誰も苦労しないって? あ、はい。
「けど、これなら他の属性でも同じように殴り魔用のスキルがありそうだな。《魔法撃》もそうだけど、ステータスを増強しまくって、純粋な数字の暴力で殴り飛ばすデザインなのかもしれない」
「なるほどね~」
普通の前衛は、攻撃スキルによる威力補正と動作サポートを受けて戦うのが基本だけど、正規の職業じゃない《殴り魔》は、ゲーム慣れした上級者が、スキルサポートに頼らず戦えるようにというコンセプトなのかもしれない、というティアの予想。
うん、困ったことに、上級者でもなんでもない超初心者がその道を爆走しちゃってるよ。いいのかなこれ?
『こんな高いPS前提の裏職業なんて運営が想定するか……?』
『魔法剣士とか神官戦士みたく、もっと魔法と近接を状況に応じて使い分けるようなのを想定してたと思うぞ』
『それがなぜか、完全な近接特化として利用されて……』
『運営ちゃんにとっても予想外説』
「まるで私を変人みたいに言わないでくれる?」
『変人みたいというか……変人では?』
『違いない』
『ベルちゃんがまともだったら世の中に変な人がいなくなってしまう』
「おーけーあなた達ちょっと表出なさい、新しいスキルの実験台にしてあげるから!!」
ブンブンと杖を振り回すも、カメラ代わりの光球は当たり判定が存在しないようで、全部すり抜けちゃう。『こわーい』とか『ガクブル』とかコメント流れてるけど、あんたら全く怖がってないでしょ! おのれー!!
「まあまあ……少しくらい変わってる人の方が、こういうところじゃ好かれるよ」
「むむむ……じゃあ、ティアもその方が好き?」
「え? あ、いや……オレは、まあ……どんなでも、お姉ちゃんは好きだけど……」
「えへへ、なら私、変人でもいいや」
照れて顔を赤くするティアの可愛さに釣られ、思わず笑みが零れる。
私は、ティアが好いてくれるお姉ちゃんでいられるなら、何でもいいからね。変人だろうと普通だろうと、それが一番大事だ。
『本当に隙あらばイチャつくなこの姉妹』
『砂糖吐きそう』
『ちょっと誰かコーヒー持ってきて』
『すまねえ、ミルクしかねーわ』
『もう結婚しろお前ら』
「な、けけ、結婚!? なな、なにをいって……!?」
コメントにまたもそんなことが書き込まれ、ティアの顔が真っ赤に染まっていく。
全く、もう。
「私達は姉妹だって言ってるでしょ! もう家族なんだから結婚なんてするわけないじゃん!」
「…………」
「あれ?」
代わりに私が反論すると、なぜかティアからは不満気な視線。
いや、本当になんで?
『ベルちゃんェ……』
『これは……フラグブレイカー?』
『キマシタワー崩壊』
コメント欄を見たら、こっちはこっちで意味不明な言葉が羅列されていた。
うん、全然分からない、誰か教えて?
「……それじゃあお姉ちゃん、次、ボス戦だから……スキルを試したいなら、ぶっつけ本番で頼むな。そっちの方が何が起こるか分からなくて面白いし」
「あれ、ねえティア? もしかしなくても怒ってる? ねえ、なんで!? お姉ちゃん何か悪いことしたなら謝るからーー!!」
こうして、なぜか拗ねてるティアを追って、私は何とも締まらない形で樹海エリアのフィールドボス出現エリアへと足を踏み入れるのだった。




