第51話 ティアとの対面と人気者
「ふんふふんふふ~ん♪」
学校から帰宅した私は、鼻歌混じりに一通りの家事をこなすと、小躍りしながら自室のベッドにダイブ。VRギアを手に取った。
「今日はティアと初めての顔合わせ……! 楽しみだなぁ」
FFOを始めて苦節二ヶ月弱、雫が引き込もってしまった切っ掛けを思えば、実に三年ぶりに一緒に遊べる。
まあ、最近は雫も結構積極的に絡んでくれるようになって、この間なんて買い物デートまでやれたわけだけど……それはそれとして、やっぱり凄く感慨深いものがあるよ。
「さあ、行くよ!」
声に出して覚悟を決め、リンクスタート。FFOにログインする。
いつもの感覚で電子の海を漂っていた意識が、ふわりと仮想の地面に降り立った。
「…………」
目を開ければ、飛び込んでくるいつもの喧騒。
ワイワイと賑やかな空間の中、一人静かに佇む美少女がいた。
燃え上がる炎のような赤い髪と、灼熱の瞳。意思の強そうなキリリとした顔立ちながら、どこか穏やかな雰囲気が漂う。
見間違えようもないその待ち人が、ログインした私に気付いてふわりと微笑んだ。
「お姉ちゃ……じゃない、ベル。こっちだ、ほら、来いよ」
途中で慌てて訂正しながら飛び出して来るのは、普段とは違う男の子っぽい勝気な口調。
それがまた、一人で精一杯背伸びしようとした結果みたいで可愛らしい。
「……ベル?」
小首を傾げるティアの声。
それに釣られた私は、硬直した体をフラりと動かして――
「ティアーー!! 本物だーー!!」
「ぶほっ!?」
思い切り、飛び掛かった!!
「えへへ、ティア、ティア~! やっと会えたね~!」
「り、リアルではいつも顔合わせてる……だろ。というか、出会い頭に頭突きって、フィールドだったらダメージ発生してるよ、全く」
ティアのお腹に頭から突っ込み、そのまますりすりと顔を擦りつける。気分はマーキングする犬か何か。
そしていつもの通り(?)ベースキャンプでそんなことしていれば嫌でも目立つ。
「おい、あれティアちゃんじゃね?」
「あ、ほんとだ。爆炎の魔術師に抱き付くとか命知らずな……」
「待て! あの子あれだ、例の撲殺魔女!」
「ああ、ティアちゃんのお姉ちゃんだって言ってた……あれ本当だったのか?」
特に声を潜めるわけでもなく、立ち止まった数人からそんな会話が。
恥ずかしいのか、「ほら、もういいでしょ、離れて!」と小声で催促してくるティアを見て……私は逆に、より一層強く抱き締める。
「その通り!! 私こそがティアのお姉ちゃん!! 私の目が黒いうちは、何人たりともうちの可愛い妹に手は出させないからね!!」
「ちょっ、こんなところで騒ぐなばか姉!! 恥ずかしいでしょうが!!」
「あいたぁ!?」
あれこれと口にするプレイヤーに向けて改めて宣言すると、ティアが顔を真っ赤にして拳骨を落としてきた。
まあ、システム的に痛くはないんだけど、気分的に頭を押さえて抗議の視線を向ける。
「うぅ、ティアぁ、本当のことしか言ってないんだからもう少し手加減してくれない?」
「本当のことでも、こんな白昼堂々宣言しなくていい! もう、ほら行くぞ!」
「わわわっ!?」
ティアに手を掴まれ、引きずられるようにその場を後にする私。
途中、私達のやり取りを見ていたプレイヤーからは、色んな言葉をかけられた。
正確には、私じゃなくてティアが。
「ティアちゃん、新エリアはやっぱりアタックするんだよな? 次の配信楽しみにしてるよー」
「ねえ、その子本当に姉妹なの? じゃあこれからは配信も一緒に?」
「ティア様ぁ!! どうかうちのギルドに入ってくださぁい!!」
あれやこれやと飛び交う言葉に、ティアは素っ気なく「ああ」とか「ノーコメントだ」とか「やかましい、焼くぞ」とか答えつつ、歩いていく。
そうして人集りを抜け、ほっと胸を撫で下ろすティアを見ていると、私は思わず噴き出していた。
「な、なんで笑ってるんだよ。あいつらへの対応、そんなに可笑しかったか?」
「ううん、そうじゃなくて……ほら、ティアはやっぱり愛されてるなって思ったら、嬉しくて」
ティア……雫は、本当に優しい良い子なんだ。誰がなんと言おうと、私の可愛い自慢の妹。
それなのに、多くの人は引きこもりだって理由だけで、どこか雫をお荷物かのように扱う。私に同情して、哀れみの目を向けて来る。
でも、ここでは違う。ティアはみんなのアイドルで、ヒーローで、人気者。誰もがこの子の名前と存在を認めて、笑いかけている。
私と同じように、みんながこの子を好きでいてくれる。それが改めて実感出来て、私にはたまらなく嬉しい。
だから、
「私も、新エリア攻略頑張らないとね! ティアのお姉ちゃんとして、恥ずかしくないプレイをしなきゃ」
動画配信についてはまだ特に決めてなかったけど、みんながあれだけ期待してるなら、やらなきゃ損だ。
この前のボコミみたいな例もあるだろうし、ここらでしっかりと実力を示しておかなきゃ。
この子を人として好きになってくれるのは大いに結構だけど、女の子として好きになるのはお姉ちゃんが認めません!!
「全く……ベルはそういう心配しなくていいよ」
「へ?」
そんな私の内心が、伝わったのかどうか。ティアはやれやれと肩をすくめる。
「普通にやってれば、ベルは勝手にわけわかんない行動して視聴者を沸かせるだろうからさ」
「いやちょっと待って、それはそれでどういうこと!?」
思わぬ信頼(?)に、私は大急ぎで待ったをかける。
確かに殴り魔なんて変わったキャラクターしてるけど、だからってそこまで突飛な行動した覚えはないんだけど!?
「少なくとも、決闘で空を飛ぶなんて行動に出たのは、ベルが初めてだよ。あれ以来、真似しようとして足を滑らせて無防備晒すバカなプレイヤーが後を絶たないし」
「そ、そうなの?」
「再現出来たのは盗賊職の中でもAGIに特化した一部だけだな。飛び回りながら一方的に投擲で削り殺す戦術が編み出されて、ちょっと問題になってるくらいだ」
しばらくしたら修正されて出来なくなるかもね、と言われ、私としては何とも微妙な気持ちになる。
うーん、あれが使えなくなったら私、ボコミに勝てなくなるかもしれないんだけど……そうなる前に、何か考えないとなぁ。
「と、それよりその……ココアは、もう来てるんだよ、な?」
「ああ、うん。先にホームで待ってるって連絡が来た」
悩んでいると、ティアから不意にそんな質問が。新エリア解放からすぐはココアちゃんがイン出来ないからってことで、今のうちに顔合わせして、必要なアイテムがあれば事前に作って貰おうという魂胆だ。
フレンド一覧を見て、問題なくホームにいることを確認した私は、荒野にポツンと存在する小屋の前にたどり着くと、いつものように扉を開けた。
「ココアちゃーん、来たよー、っと……?」
同時に、私の元へ飛び込んできたチョコレート色のウサギさん。
私の初めてのフレンドは、なぜか私の体をぎゅっと抱き締めながら、潤んだ瞳で呟く。
「待ってた……遅いよ、ベル。……好き」
「へ?」
「ちょ……何してんだぁぁぁぁ!?」
突然の告白に、私はきょとんと目を丸くし、ティアの絶叫が響き渡るのだった。




