第32話 アークコンドルと連携プレイ
「ベル! 私がチャンスを作るから、それまではぐるっと回りながら待機してて!」
上空から現れた、山岳エリアのフィールドボス――アークコンドル。
その威容に呑まれかかっていた私は、エレインからの指示ではっと我に返った。
「分かった!」
「《エスケープオーラ》、《ディフェンシブオーラ》、《メディテーションオーラ》」
動き出す直前、ココアちゃんからの支援魔法が飛び、私とエレインのAGI、DEF、MINDが上昇する。
珍しく守り偏重なのは、フィールドボス相手だからかな? まずは慎重に立ち回れという、ココアちゃんからの無言のメッセージを感じた。
「《マナブレイカー》!」
それならばと、私が選んだのは対ボス用とも言える必殺スキル。
MPのチャージに時間がかかり、しばらくは強制的に回避一辺倒になるからちょうどいい。
そうしていると、アークコンドルはまずゆっくりとその視線を動かし……魔法を連発したココアちゃんへと向ける。
「お前の相手はこっちだよ! 《パワードスロー》!!」
その隙を逃さず、エレインが取り出したのはさっき作って貰っていた巨大手裏剣。それを、スキルの後押しでぶん投げた。
カテゴリ的には《投げ槍》に入るらしいけど、あれのどこがどう槍なのか、中々に疑問。
えっ、十字槍をベースに作った? 持ち手を消して刃物に付け替えたらそれっぽくなる? へ、へー。
「キュオオ!!」
そんな摩訶不思議な巨大手裏剣に襲われたアークコンドルは、すぐさまエレインに注意を向け直す。
そして、その翼を大きくはためかせ、巻き起こる突風に合わせて全身の羽をマシンガンのように撒き散らした。
ちょっ、あれはいくらなんでも避けられなくない!?
「ふふん、甘い甘い! 《超加速》!!」
そう思った瞬間、エレインの体が掻き消え、気付けばアークコンドルの攻撃範囲外に退避していた。
えっ、今の一瞬でそこまで移動したの? 速すぎない?
「盗賊……いや、AGI偏重忍者スタイルの回避能力を甘く見て貰っちゃ困るよ!」
にしし、と笑いながら、続けて飛来する羽もひらりひらりと回避する。
あまりの動きにボスの攻撃は全くついていけず、時折挟まれるクナイによる投擲によってじわりじわりとHPが削れていく。
「ベル、そろそろだよ! 攻撃準備は!?」
「いつでもおっけー! でもどうやって?」
とっくに底を突いたMPゲージを見て返答すると、エレインからは「任せといて」と言わんばかりにサムズアップが返ってきた。
「さあ、私の108つある奥義の一つ、とくと見よ!!」
言うが早いか、エレインの両手にそれぞれ三つずつ、計六つの手裏剣がずらりと並ぶ。
無駄にカッコつけたポーズとか、どうせ108つも奥義なんて考えてないでしょとか、色々と突っ込みたいことはあるんだけど、迫り来る弾幕を躱しながら得意気に笑うエレインの姿は実際にカッコいいんだから何も言えない。なんか悔しい。
「《投擲乱舞》!!」
そんな私の葛藤を吹き飛ばすかのように、跳び上がったエレインが両手の手裏剣を一息に投げる。
飛び交う羽を迂回するように、四方へと散った手裏剣達はぐるりと曲線を描き、空中にいるアークコンドルへとヒット。
それでは終わらず、アークコンドルの周りをぐるぐると周回しながら、幾度となくその体を傷付けていった。
「うわっ、何このスキル!?」
「ブーメラン系投擲武器専用スキルだよ。一度当てた相手に、壊れるまで自動で攻撃し続けてくれるんだ。まあ、うっかり外すとそのまま戻って来ないから、財布には痛いけどね」
でもカッコいいでしょ? と笑うエレインに、私は同意するように頷いた。
そっか、手裏剣はブーメラン扱いだったのか。クナイはナイフ系みたいだし、趣味ってだけじゃなくて、一応使い分けてるんだね。
「でもエレイン、いくら攻撃しても、あのダメージでボスが落ちてくるとは……」
「大丈夫、ほら、来るよ」
「えっ?」
自信満々のエレインに釣られ、改めて空を見上げれば、アークコンドルが突然その体を硬直させ、真っ逆さまに墜ちてきた。
見れば、その頭上には状態異常を示す《麻痺》のアイコンが。
そうか、さっきから使ってた投擲武器、どれも麻痺属性が付与されてたんだ!
……それ、全部でいくらかかったの? っていうのは……聞かない方がいいよね。
「ベル、今のうちに! 《オフェンシブオーラ》、《ワイズオーラ》!!」
「うん、分かった!」
エレインの懐事情に若干の不安を抱きながらも、今はボス戦の真っ最中。雑念は頭から追い払い、杖を構えて突撃する。
「いっくよー! 《魔法撃》、《マナブレイカー》!!」
ココアちゃんから貰った支援魔法に、私自身の必殺コンボを合わせて、地面に横たわるアークコンドルへと全力で叩き込む。
まずは横薙ぎに一撃、そのまま縦に一発入れて、最後は飛び上がり様の叩き付け。MP400以上を注ぎ込んだ、威力五倍×三連撃の十五倍ダメージだ!!
「キュオオオオオ!!」
「うわっ!?」
だけど、流石にボスモンスター、それもボスゴーレムより先のエリアに出没する相手ともなれば、私の全力攻撃でも三割と少ししか削れなかった。
エルダートレントの時みたいにダウン状態になることもなく復帰したアークコンドルは、私を押し退けて再び空へと舞い上がっていく。
「ベル! 今の攻撃でヘイトがエレインから剥がれてるから、早く下がって! 《プロテクションギフト》!」
するとすぐに、ココアちゃんから鋭い指示が飛ぶ。しかも、防御支援付きで。
大慌てで退避を始める私だったけど、流石にエレインみたいには行かない。安全地帯まで後退するより早く、アークコンドルの攻撃が降り注いだ。
「きゃあ!?」
突風に巻き込まれ、無数の羽が体を切り裂く。
別に痛くはないし、切り裂くと言っても服が破れるみたいなことは起きてないんだけど……ココアちゃんの支援があるのに、HPがどんどん減ってく!?
「急いでベル! 《ヒール》! 《メガヒール》! 《エリアヒール》!」
私のHPが減るのに合わせ、ココアちゃんが回復魔法を連打する。
ギリギリのところで死に戻りせず持ちこたえた私は、何とか転がり出るように攻撃範囲から離脱した。
「ココアちゃん、ありがとう!」
「お礼は後! それより、次来るよ!!」
ココアちゃんの注意を受け、はっと振り返ってみれば、範囲外に逃げた私目掛け、アークコンドルが急降下して襲い掛かって来た。
エレインがクナイを投げつけて妨害しようとしてるけど、流石にあれは止められないみたい。
「ベル、パリィ!!」
さてどうしたものかと思っていると、またもココアちゃんから指示が飛ぶ。
弾けるならばと急ぎ握りしめたアクアスノウで向かって来るアークコンドルの嘴を殴りつけると、そのまま空へと後退していく。
「真下に張り付いて、そこなら羽を飛ばす攻撃は来ない。鉤爪で引っかかれたりはするけど……ベルなら防げるでしょ? そのまま粘ってて」
「分かった、やってみる!!」
期待の籠ったその視線に笑みを返しながら、私は両手に杖を構えてアークコンドルの真下へと陣取る。
ココアちゃんの言う通り、真下へ来た私を踏み潰そうとするかのように鉤爪が襲って来るけど、パリィで防げると分かってればなんてことない。両手の杖で順番に弾き飛ばし、ダメージを受けないように粘り続ける。
「よくもあんなに連続でパリィ決められるなぁ……流石ベル」
「感心してないで、今度はエレインの番。サポートはするから、次で決めるよ」
「ん、了解。……しかしココア」
「うん? なに?」
「……いや、今はいいや。やろっか!」
私が必死に防いでいる間に、向こうは向こうで作戦が決まったみたい。
ある程度慣れてきて、弾く合間に少しだけ反撃してみたりしながら、二人の声に耳を傾ける。
「ベルはそのまま弾き続けて、エレインは睡眠お願い、《エスケープドオーラ》!」
「はいよー! と言ってもベルが引き付けてくれてるし、こっちで行くかな! 《大跳躍》!」
エレインがクナイを両手に構え、私を襲うために高度を落としていたアークコンドルへ飛び掛かる。
今の話で行くと、あれに《睡眠》の状態異常が付与されているのかな? ここまで結構《投擲》で消費したし、節約したかったのかもしれない。
「《ツインスライサー》!!」
エレインの放つ二筋の斬撃が、アークコンドルの翼を切り裂く。
ダメージはそれほどでもないけど、一瞬怯ませることは出来たみたい。
そこからどうするのかと思っていると、エレインは《空歩》スキルを利用してアークコンドルの背中へと着地してみせた。
「どんどん行くよ! 《ダンシングスラッシュ》!!」
アークコンドルの背中の上で、エレインが二本のクナイを振るう。振るう。振るう。
少ないダメージも積み重ねれば大きいとばかりに滅多切りにし、ちょっとずつちょっとずつHPを削っていく。
とはいえ、流石にずっとというわけにはいかない。
「キュオオ!!」
「うわっ、とぉ!?」
「エレイン!」
ただでさえ不安定な足場、アークコンドルが少し動いただけで、エレインはバランスを崩して落下する。
大丈夫かと心配になって声をかけるけど、当の本人はへっちゃらだとばかりに笑みを浮かべた。
「《空歩》! ココア!」
「《ジャンピングギフト》!」
名前を呼ぶだけの短いやり取りで、ココアちゃんが発動した新たな支援魔法。
その効果によって、《空歩》スキルで体勢を整え直したエレインの足元に、再び光の足場が出現した。
最初から、そのタイミングで足場ができると確信を抱いていたのか、エレインはその魔法が発動すると同時に蹴り飛ばし、再びアークコンドルの背へ飛び乗った。
「す、すご……」
基本的にソロか、ココアちゃんにフォローして貰うくらいしかやったことのない私じゃ到底出来そうもない、完璧な連携。
まるで、これまで長いこと一緒にやって来たかのようなその動きに、嫉妬を覚える暇もなかった。
「そろそろいけるでしょ! 《ツインスライサー》!!」
「キュオ、オ、オォ……」
そして、もう一度繰り出されるエレインの攻撃。それにより、ついに《睡眠》の状態になったのか、アークコンドルが脱力して地上へと落ちて来た。
ズズン! と私の目の前に墜落したアークコンドルは、その弱点である頭部を無防備に曝け出す。
「よしっ、寝た!! ベル、《睡眠》状態の敵は一度だけ、与えるダメージが倍になるから、思いっきりやっちゃって!」
「分かった、任せといて!」
MPポーションをがぶ飲みし、MPを手早く全快にする。
それが終われば、《マナブレイカー》で再びそれを全て威力に変換し……
「行くよ!! 《魔法撃》、《マナブレイカー》!!」
全力の一撃を、眠るアークコンドルへと叩き込み。
山岳エリアを守るフィールドボスの攻略戦は、そうして幕を閉じた。




