百合姉妹の肝試し
ちょっとスランプ気味なので息抜きに帰ってきました。
短編第二弾です。
「雫ー! 今日はFFOで新エリア解放だってー! 一緒にやろー!」
とある日の朝。起き抜け早々に飛び出したお姉ちゃんの声に、ついに来たか、と私は密かに笑みを浮かべる。
今日は午前中、FFOのメンテナンスがある。
そして今回のメンテナンスで、期間限定のホラーマップが実装されるはずなのだ。
当然、私も情報が出た段階からお姉ちゃんと一緒にやるのを楽しみにしていた。でも……。
「え、えっと……そのマップはちょっと……お化け怖いし……」
私は敢えて、少しだけ渋った姿を見せる。
なぜかって? 決まってる。
ホラーモンスターに怖がってるフリをして、お姉ちゃんに合法的にくっ付くため……!!
ぶっちゃけホラーはホラーでもゲームのモンスターなんて怖くないんだけど、肝試しと言えば片方が怖がって相手にくっつくのが定番イベントだからね。これは外せない。
えっ、もう今はそんなことしなくてもベタベタしてるだろって?
それとこれとは別なの!!
「そっかぁ……残念……」
そんな私の企みを知ってか知らずか、あっさり引き下がろうとするお姉ちゃん。
ちょっと待って、そこで引かれるとすごく困る。
私はお姉ちゃんとゲームしたいの!
「で、でも! お姉ちゃんが一緒に居てくれたら怖くないかなぁ……なんて……」
我ながら苦しすぎる言い訳だと思いながらも、どうにかお姉ちゃんをその気にさせる。
流石に怪しまれたかな? と思いながらチラリとお姉ちゃんの様子を窺うと……。
「あーもう可愛いなぁ!! そういうことなら任せて、お姉ちゃん、雫のことちゃんと守ってあげるから!!」
「お姉ちゃんくるしい」
思い切り抱き締められた私は、文句を言いながらもしめしめとほくそ笑む。
これで、今日はゲームの間お姉ちゃんにいっぱい甘えられ──
「どおりゃあああああ!!」
なかった。
薄暗い墓場のようなエリアに盛大な雄叫びが響き渡り、魔法エフェクトを纏った杖の一撃がデフォルメされたゴーストをぶっ飛ばす。
いくら物理に強いゴーストといえど、《魔法撃》スキルの効果で魔法属性が付与されたお姉ちゃんの一撃に耐えられるはずがない。さっきから出現すると同時に瞬殺されていた。
「よしっ! 大丈夫だったココア?」
「いや、うん……大丈夫だよ」
お陰で怖がる暇すらなく、せっかく甘えやすいように体の小さなココアのアバターで来たのにいつものエリア攻略と変わらない。
私を守ろうとがんばってくれるお姉ちゃんは控えめに言ってかっこいいんだけど、なんか納得いかない。
「さあ、もうすぐボスエリアだよ。あとちょっとだから、頑張って!」
「うん」
とはいえ、やっぱりお姉ちゃんと一緒にゲームが出来るのは楽しい。
思惑とはちょっと違ったけど、これはこれで……。
『…………タ』
「……? お姉ちゃん、今何か言った?」
「え、何も?」
ふと、変なノイズみたいなものが聞こえて、私は首を傾げる。
なんか、いかにも“それらしい”感じの声がした気がするんだけど。
「エリアの演出かな……?」
一応、夏だからとかって理由で実装されたホラーマップだし、そういうのがあってもおかしくない。
「どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
心配そうなお姉ちゃんにそう答え、エリアの攻略を進めていく。
元々期間限定のお遊びエリアだからか、さほど苦労することもなくボスエリアまで到着した。
「よーし、やるよー!! 《フレアドライブ》、《魔法撃》ーー!!」
最後のボスは、大量のゴーストが寄り集まって出来た、ヤマタノオロチみたいな巨大ゴースト。
少しだけフワフワと空に浮いた体を使った独特の機動と、高い物理耐性を併せ持った厄介な相手……のはずなんだけど、お姉ちゃんを前にしてはそんなの大した違いはないらしい。
いっそ哀れなくらいボコボコにされてて、ちょっとばかり苦笑い。
「さて、後はお姉ちゃんが無茶した時のフォローさえ考えておけばいいし、消化試合……」
『……ケタ』
「…………」
そんな中、私の耳には未だに時折謎の声が響いてる。
エリアの演出にしてはお姉ちゃんが全く反応しないのも変だし、なんというか、こう……さっきから段々声が近くなってきてるような感じがして、段々怖くなってきた。
「本当に、何なんだろう……」
声が気になって、いまいちボスの動きに集中できない。
前衛のお姉ちゃんがほぼ全部負担を引き受けてくれてるから問題ないにしても、変なタイミングで来られるとやばいかも。
「っとと、ごめんココア、そっち行った!!」
「オォォォォン!!」
謎の声に考えを巡らせていると、ボスのヤマタノゴーストが私目掛けて突っ込んで来た。
まあ、私は支援職とはいえ、このボスはそこまで動きが速い相手でもない。お姉ちゃんが来るまで私が引き付けて……。
『……ツケタ』
「っ!!!?!?」
ぞわりと、全身が総毛だつのを感じる。
耳元で聞こえた声に体が硬直し、声の主を確認しようと思っても全く振り返ることが出来ない。
でも、そんなことをしなくても、何の問題もなかった。
なぜなら。
『ミツケタ』
私の視界いっぱいに、悍ましい姿の女ゴーストが顔を覗かせたからだ。
「……ひっ」
さっきまでお姉ちゃんが戦っていたデフォルメゴーストとも、今目の前にいるヤマタノゴーストともまるで違う、恐ろしげな顔。
私を見つめる瞳には狂乱にも似た笑みが浮かび、その深い闇を覗けば覗くほど呑まれていきそうで──病的なほど真っ白な手が私の体を掴んだ瞬間、頭の中が一瞬で恐怖に塗り潰された。
「ひゃあぁぁぁぁぁ!!!!」
「ココア!?」
パニックを起こした体が、纏わりつく“ナニカ”を振り払おうと暴れ出す。
訳も分からず必死に手足を動かし、地面を転がって……気付いたら。
「はーっ、はーっ、はーっ、はー……」
私は自分のベッドの上で、いつものように天井を見上げていた。
「……VRギアの、安全装置か……心拍異常で、強制ログアウトさせられたん、だね……」
ようやく落ち着きを取り戻した頭で、どうにかそれだけ理解する。
ほとんど利用されることのない機能だし、正直すっかり忘れてたよ。
未だバクバクと高鳴り続ける心臓を宥めながら、しばしその状態でベッドに横になっていると……ドタドタと盛大な音を立てて、部屋の扉が蹴破られた。
「雫!! 大丈夫!?」
「……お姉ちゃん、私なら大丈夫だから、せめて普通に入って来ようよ」
この際、ノックしないのは別にいいからさ、と軽く呟く私に向かって、お姉ちゃんは何を言うでもなく、躊躇なく飛び込んで来た。ぐえっ。
「良かったぁぁぁぁぁ!! 雫、急にログアウトしちゃうし、本当に何かあったのかって心配で心配で……!!」
「ごめん、まさかあんなに怖い演出入れて来るとは思わなくて……驚いちゃった」
本当、いくらホラーイベントだからって、ちょっとやりすぎじゃないだろうか?
心臓弱い子だったら即死だよ、あんなの。
「そっか、何もないならいいけど……それで、何か欲しいのある? お水汲んで来ようか?」
「そう、だね……あ、やっぱり待って」
私が頷くや、即座に踵を返して部屋の外へ向かおうとするお姉ちゃんを、私は慌てて引き留める。
どうしたのかと疑問顔のお姉ちゃんに、私は少しだけ躊躇いつつ……思い切っておねだりした。
「今は、一人にしないで……一緒に、いて?」
「うん、分かった! 雫が怖くなくなるまで、お姉ちゃんずっと傍にいてあげる!」
「……ありがとう」
ぎゅーっと、苦しいくらいに抱きしめられていると、それだけであれだけ体を支配していた恐怖が、嘘のように消えていく。
本当、思っていたのと全く違うイベントになっちゃったけど……これはこれで、結果オーライ、なのかな?
そんな風に思いながら、その日私は、丸一日ずっとお姉ちゃんに抱き着いたまま、べったり甘え続けるのだった。
……ちなみに。
その後、ホラーが過ぎると運営にクレームを入れたところ、「そんな演出は実装していない」との返信を貰い、更に言えばネットでいくら調べても、類似の現象は確認出来ず……私はその後しばらくの間、お姉ちゃんが傍にいないと夜中にトイレに行けなくなったりしたんだけど、それはまた、別の話。