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魚面人

作者: こじぽん

水を得た魚のように、という例えはよく聞くが、水を得ず干からびた魚のように、とはあまり聞かない。

だが、確かにその表現にふさわしいやつが今ここにいる。わたしだ。


仲間からはぐれ、浜辺に打ち上げられたわたしには、もはや為す術がなかった。息が苦しく、日光が痛い。おまけに寂しいという精神的ダメージまできている。

打ち上げられてから30ほどの夜が訪れていたが、わたしはなぜか死ななかった。


しかし、どうやらわたしは不死身というわけではなかったらしい。

朝、目が覚めたら、突然下腹部から足が2本生えていた。わたしはただ、魚から別の何かへと遂げていただけだった。

それから朝に目を覚ますたびに身体が出来上がっていき、とうとう歩けるようになった頃には、顔が魚で身体が人間といった具合の変化、いや進化を遂げていた。


およそ2ヶ月。ようやく訪れた自由の中で、まずは最も不足していた寂しさの改善に取り組んだ。

動けるようになった足で、元いた仲間のもとへ向かう。みんな元気にしているだろうか。心配かけていないだろうか。

くるぶしにも届かない程度の穏やかな波が立つ海の中をぐんぐんと進んでいく。頭まで水が使ったが、息をするのには困らなかった。泳ぎには初めこそ苦労したものの、30秒ほどすれば身体にも慣れて自由に海の中を移動できるようになっていた。わたしは根っからの海側の生物ということだろう。


3時間ほどかけて、ようやく自分たち暮らしていた場所へ戻ってくることができた。しかし、誰も見当たらない。


「おーい、帰ってきたぞー! 誰かー!」


できる限りの音を出して叫んでみたが、反応がない。おかしい。まさか、全員で引越しでもしたのだろうか?


「おい、あれもしかして、佐治じゃねえか?」

「ばか、ありゃ餌だよ。また人間が新しい方法を編み出したんだ」


人には聞き取れないだろうが、魚ならわかる低周波の音が聞こえてきた。やっぱり、みんな引っ越したわけじゃないんだ。


「そうだよ、佐治だよ。わたしは人間じゃない。魚の佐治だ」

「この声......、本当に佐治なのか?」

「姉ちゃん!」

「......!」


岩陰から恐る恐る顔を出した姉。しかし、わたしの顔を見た途端に顔が歪んだ。それはまだ一緒に暮らしていた時に見た人間へ敵意を向けた時のあの表情だった。


「ふざけんな! 人間じゃないか! 帰れ! 帰れよ!」

「違うんだよ。確かに人間みたいにはなっちゃったけど、わたしは本当に佐治なんだ」

「嘘つけ、お前は佐治じゃない。佐治はそんなんじゃない。おいみんな!人間の新兵器だ!魚言葉を喋りやがるぞ!ここはわたしが引きつけるから早く逃げろ!」


そう言って、岩陰や草の中から一斉に仲間たちが現れて、わたしに背を向けて逃げていった。姉はえい、えい、と自分のヒレを使ってわたしのビンタしてきていた。痛みは感じない。ただ、取り返しのつかない何かが起こったのを感じて、呆然とするしかなかった。何かを形にできない、あるいはしたくないのかもしれない。ぼうとした頭の中で、ほとんど意識のない状態で叫んだ。


「ちきしょう、引っかからなかったか! ほら、お前も逃げないと食ってやるぞ」


姉は、恐怖で顔を引きつらせ、後ろに仲間がいないことを確認すると一目散に逃げていった。「二度とくるな」と捨て台詞を残して。



✴︎



1日1食。夜になると海へ出て、できるだけ浅瀬にある水草を食べた。昼の間は、人間に見つからないように、浜辺の端っこの方で顔だけを水上にだし、人が来たらすぐに遠くへ逃げられるようにして過ごしていた。

一度だけ釣りにきたおじさんに見られたことがあったが、なぜかわたしを捕らえるのでも食べるのでもなく「ごめんなさい、ごめんなさい!」と謝られてことなきを得た。人間がわたしを見て逃げ出すというのは今までと逆の立場になったみたいで面白かった。


しかし、魚からも人からも受け入れられないわたしはこれからどうなっていくのだろうか。ただ食べて生きていく。いつでも死と隣り合わせだった魚時代はそれだけが幸せなことに思えたが、今は酷く退屈だった。




「おい、お前」

「え?」


 いつものように誰にも見つからないように水上に顔だけ出して警戒していると、突然声がかけられた。しかし、人の言葉ではない。


「誰?どこ?」

「後ろだよ、後ろ」


振り返ると、魚言葉を話す人間の顔が真近くにあった。


「うわああああああ!」

「うわあああ!って大声出すよな、びっくりしただろうが」


一瞬、後ろにはねのいた人間顔。だが、よく見るとエラがあるのがわかる。


「じ、じ、人面魚?」

「そうだけど、そういうあんたは魚面人ってか」


聞けばそいつは、人間になりたいと憧れ続けた結果、顔だけ人間になってしまったらしい。全く自然と言うのは本当にわけがわからない。


「で、あんたはなんでそうなったんだよ」

「こうなるしかなかったと言うか......、でもなんでこうなったのかはわからないです」

「はあ、まあ、俺みたいなもんか」


人間なんかに憧れるあんたと一緒にしないでほしい、とも思ったが、変わり者同士なのはわかっていたので、そうですねとだけ言った。


「なあ、アンタ、俺と一緒に街へでないか?」

「は?」

「人間の街だよ。俺が顔になって、アンタが体。それなら人間にもバレずに済むだろ? な?」


妙に目を輝かせながらとんでもない提案をしてくる。顔が近い、うざい、気持ち悪い。


「いやですよ」

「なんでだよ」

「バレたら殺されるかもしれないじゃないですか」


そう、人面魚と魚面人だと人間にバレたら生きて帰れるはずがない。殺されるか、見せ物にされるか、ありとあらゆる方法でお金に変えるに違いない。奴らはそういう生き物だ。


「じゃあ、聞くけど、アンタは今、生きているって思うのか?」

「そりゃあ息してますから」と、長年、自分にかけ続けてきた言葉をそっくりそのまま反射的に返す。

「それは生きているって言う証明だろ。俺が聞きたいのは生きているって、思うかどうかだよ」

「うるさい、死ね」


そう言い返して海の底へ潜る。聞きたくない、考えたくない。


「待てよ」

「ついてくんな」


そいつは、わたしよりもはるかに速いスピードで追いついてくる。人間の体は重いのだ。魚だったときはもっと早く泳げたのに。これじゃあ進化じゃなくて、退化じゃないか。変わりたくなんてなかった。あのまま浜辺で死ねればよかったのに。


「俺たちはな。一度変わった以上、変わり続けなくちゃいけないんだよ。魚には戻れない以上、人間になれるように努力するしかねえんだ。認めてもらえるまで足掻くしかねえだろうがよ」


それ以降、そいつは追っては来なかった。久々に深くまでもぐった海は、全方向に薄い幕が張られているかのように窮屈で、恐ろしいものに見えた。罵声が聞こえないうちに、急いで再び地上へ戻る。あんな言葉、聞きたくなかった。



✴︎



「いいか、お前への指示は全て魚言葉で話す。俺を信じて進んでくれ」

「それはわかったけど、本当にバレないのかな?」

「フードがあるからな。体は見えねえし、顔を俺だけが見える。完璧な計画だ」

「はあ、やっぱりやめるんだった。なんか背中痒いし」


変わり続けるしかないと言う言葉をそのまま受け入れたわけじゃないけれど、何か、今の生活を変えるきっかけになればと思った。でも、やっぱり怖い。


「考えるより、まず行動だ。ほら、前進」

「バレたらアンタを置いて真っ先に逃げるからな」





服の中にいたため、街の様子は全くわからなかったが、周りの音の様子から賑やかなことだけはわかった。


「すげえ! 生魚が売ってるよ! ひええ、グロ〜、うわこれマグロじゃん。優越感やべ〜」

「悪趣味だぞ」

「我、人間なり、故に食滅連鎖の頂点なり」


こいつは確かに悪趣味だけど、わたしも人間を騙しているということに優越感を覚えているあたりは悪趣味なのかもしれない。


「と言うか、街まで出たけど何がしたいの?」

「目的なんて知るかよ。そもそも俺たちにとって人間になると言うのは、目的のための手段と言うよりそれそのものが目的だろ?」

「ふーん」


などと軽口を叩き合っていたら、突然何かとぶつかった転んでしまった。


「あ、あのすみません、お怪我はありませんか?」


まずい、人だ。


「やばいやばい、俺は今、地面に転がっている。ひろえ、拾うんだ」

「そうは言われても前が見えないよ」

「いやでもそのまま顔あげたら顔なしだぞ。気合いだ」


仕方なく声がした方に手を伸ばして感触があるものがないかを確かめる。


「あの、本当に大丈夫ですか? あ、眼鏡を落とされたとか?」

「いや本当に大丈夫ですんで」ないぞ、ないぞ。どこにいるんだよ全く。

「わたしも一緒に探し......ぎゃあ! この人......顔が......!」


ああもう、やっぱりこうなる!急いでパーカーを脱いで、人面魚を拾い、逃走を図る。思ったより人間の数が多い。


「おいおい、なんだあれ。魚人間?」

「手に顔を抱えていたぞ!」

「化け物だー!」


恐れた人間どもが道を開けてくれたおかげで思ったより早く街を


「飛んだーーー!!!?」


なんか知らないけど、翼が生えた。


「おいおい、聞いてないぞ。魚面人じゃなくて魚面天使だったなんて」

「知らないよ!わたしも初耳だ!」


全く、自然というのはわけがわからない。魚から人間になって、人間から翼が生えるなんて考えた神様は頭おかしいんじゃないか。最高に気持ちはいいけれど。


「いやっふううう! どうだ人間!見下してやったぜ」

「虎の威を借る狐」

「なんか言ったか?」

「別に、サイコーって言ったんだよ」


調子に乗って、海の上までも飛び回り、夕方になったころにいつもの浜辺に戻ってきた。


「なあなあ次は宇宙に行こうぜ」

「うちゅう?」

「空の上にある無限の空間だよ。空飛んだんだしいけるだろ」

「調子がいい、無い物ねだりだな」

「それ俺たちにぴったりな言葉」


憧れた以上は変わってしまう。変わっている途中は戻れず進めず、ひとりぼっちだ。けれども、先ほど空を飛んだ影響だろうか。今は不思議と変わっていくことが待ち遠しい。


「いいよ。行こうか、宇宙。気持ち悪い魚面天使と人面魚でさ」


どうかうまくいきますように。


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