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五人少女シリーズ

西香ちゃんの恋愛物語【五人少女シリーズ】

作者: KP-おおふじさん

どの話からでも読めるはずの【五人少女シリーズ】です。


キャラ紹介は毎回詳しく出来ないので、メインとなる五人の少女について端的に


西香 いつもは性格最悪の守銭奴美少女(今回は主人公)

留音 男勝りな健康優良運動少女

衣玖 ロリ天才ちゃん(今回はほぼ出番無し)

真凛 家事好きな幼馴染系女子(同上)

あの子 何故か描写されない至高の美少女(同上)


という感じで、もう少し掘り下げたいという物好きな方はシリーズからプロフィール記事を見ていただけたらと思います。(でも見る必要はほとんど無いです)


 別のエピソードで爆発オチを迎え、なんやかんやあって元の生活に戻る事ができた日の事。これは日光も穏やかに笑っている過ごしやすい一日にあった話。いつもならせっせと貢がれた金を溶かしたり誰かに鬱陶しく絡んだりしているはずの西香がそわそわとみんなのいるリビングを歩き回って、チラチラ留音を見るなり、意を決したように近づくとこう言った。


「そういえばあの……留音さん、無事に帰ってこられましたわね……?」


 五人の少女たちが揃ったリビングではそれぞれが好きな事をしている。例えば真凛はニコニコと台所でおやつを作っているし、衣玖はタブレットでIQ三億的な事をして、あの子は静かに千羽鶴を追っている。

 そんな中でソファーにうつ伏せ状態で肘を立てて漫画雑誌を読みながらニマニマ笑っている留音に、西香がおずおずと頬を赤らめながら隣に付いている。だが留音は見向きもせず言った。


「あー?そうだなー。ぷふっ……あっひゃっひゃっひゃ!これおもしれーぞ、お前も読む?」


 シリアスな恋愛漫画で彼氏が車に轢かれてぺしゃんこになって手をピクピクさせながら死んだのがツボに入ったらしい、留音は吹き出して笑っているのを、西香は少しむすっとしながらも、もう少し近づいて話を続ける。


「それも楽しそうですけど、わたくし今日は宗教上の理由で茄子とピーマンと漫画雑誌に触れるのは御法度ですの……それであの、忘れていませんわよね?無事に帰ったら結婚しようって言ってくれた事……」


 こっちを向いてください、そう言いたげに手を伸ばす西香。別のエピソードでそんな話があったのかもしれない。


「え、ルー、そんな事言ったの?やるわね」


 衣玖も興味ありげに顔を上げた。でも留音は漫画から目を離す事もなく口角を上げ続けていた。


「言うわけねぇだろ。そんな事言ってたらおえーだよおえ〜っ。ぷっはっはっは、この作者ばっかじゃねぇの!あっひっひっひ!!」


 留音は相変わらず恋愛漫画を読んで大爆笑している。ピクピクした彼氏の指に誓いの指輪を泣きながらはめたヒロインの描写がたまらないらしい。


「なんだつまらないの。前世で愛の告白でもしてればよかったのに」


 衣玖はもう興味を失って直前の作業に戻った。


「……」


 だがその状況を目の当たりにした西香は空間に取り残されたかのようにポツンと、行き場のない感情に戸惑った表情を浮かべながら留音に触れようと伸ばした手を半ばで引っ込め、思う。


 全部忘れられてた……じゃあこの想いはどうすれば良いの……?自分の信じてきたものは一体何だったというの……部屋に響き渡る留音の遠慮のない笑い声が、残酷に西香を嘲笑っているようにも聞こえる。


 西香は一人、静かに部屋を出た。誰にも気付かれないほど小さな音でパタンとドアを閉め、途方に暮れながら一人であてもなく彷徨い歩く。


「もうこの街にはいられませんわ……」


 さっきまでいた部屋を遠ざかるように見ながら呟いた。


「転校しましょう……」


 というわけで今回はそんな事らしい。


「もぅ!遅刻、遅刻〜……ですわ!!」


 今日はわたくしの初登校日!今日から新しい生活が始まるというのに、わたくしってば初日から寝過ごしてしまってもう大変!クラスではそろそろお昼ご飯が終わっている頃ですわね。


 わたくしはお昼代わりに買ったフランスパンを食べながら猛ダッシュ中ですの。硬いから完璧に歯に食い込んでますわ。さて、あの十字路を曲がればもう学校は目と鼻の先!スパートかけますわよ!


 ごっちん☆


「ってぎゃあ!?」


 一体なんですの!?誰かにぶつかられましたわ!!わたくしはいつでもちっとも悪くありませんのに!


「いててて……ったく、そんな横に長いパン食いながら走ってんじゃねぇよ!あぶねぇだろ!」


「えっ……」


 わたくし、一瞬止まってしまいましたわ。だってその方、あの方にそっくりだったんですの、留音さんに。わたくしと婚約したはずのあの方と……それをすっかり忘れたアヤツと!!だからめちゃくちゃムカついて、気づいたら咥えてるフランスパンを三刀流の如くフルスイング居合切りをしてましたの。


「フンっ!!」


「うわ!?何しやがる!っておい!血吐いてんぞお前!」


 わたくしのフランスパンを白刃取りで受け止めたその方は優しい手つきでフランスパンをわたくしから抜き取り、ハンカチを出してくださいました。フランスパンの咥えてた辺りが血で滲んでますわね。それにちょっと歯が痛いですわ。


「あぁ原因はこれだな。全くバカだなお前、フランスパンで三刀流技を繰り出そうとするから奥歯抜けちまってんぞ」


 一体なんですのこの方。初対面で切り抜こうとしたわたくしもわたくしですが、バカはちょっと酷くありません?


「別に気にしませんわよ、それ、親知らずですわ。抜く手間が省けて……むぐ」


 まだわたくしが喋っている最中なのに、その方ったら強引にわたくしの口にハンカチを入れてきましたの。


「ほら、これやるからかんどけよ、口から血漏れてんぞ。じゃあな、バカ女」


 その方はそう言ってわたくしにフランスパンとハンカチを押し付け、それなりに爽やかに手を振ってどこかへ行ってしまいました。


「な、なんなんですの、あいつ……」


 声も見た目も留音さんにそっくり。でもあの方のような艶やかなロングヘアと豊満で慈愛に満ちたお胸はありませんから、まぁ劣化版ですわね。さて、気を取り直して登校しませんと。



「というわけで、初日から五時間遅刻して現れた彼女は西香さん。今日からこのクラスの仲間になる生徒です。みなさん、くれぐれも一切の例外無く絶対に仲良くするように」


「みなさん、私の美少女偏差値は五十三万です。楯突くものは家族を人質にして教育させてやりますが、気軽に西香様と呼んでくださいまし。どうぞよしなに」


 こうして無事に私の登校初日……からの即下校という一日が始まるはずでしたのに。


「あぁ!てめぇはさっきのバカ女!うちの転校生だったのかよ!」


 そう、さっきぶつかった無礼者が同じクラスだったのです。どうやら校長の家族を人質にとってクラス替えを敢行するしかない……この時はそう思っていましたわ。


「ンコラァたけし!控えろ馬鹿者!!この西香様の気分を害したら私の家族が!!」


 先ほどまで野暮ったくわたくしを紹介していた教員が何やら言っていますが……ちょっと待ってください、男の名前……?


「あなた、そのお名前は……まさか男、ですの……?」


「あぁ?名前?俺は剛田たけしって言うんだけどよ。悪かったなぁ男らしくなくてよっ」


 この時バビュンと閃きましたわ。この顔、声。そして私に惚れない男はいない……くくく、実に面白いですわね、こいつをわたくしに惚れさせた上でけちょんけちょんにいたぶって、留音さんの身代わりに私の恨み辛み妬み嫉みを一身に浴びていただき精神破綻を起こさせてやりましょう。


……この時はたしかに、そう思っていたはずでしたのに……。



 わたくしの心はすぐに変わってしまいました。転校初日、私の自己紹介が終わると当然ながらすぐに下校の時間となりました。帰り際、彼が現れて言ったのです。


「ほら、これやるよ」


 そう言ってあのたけしとかいう男に手渡されたのは注射器と袋詰めにされた薬……まぁなんて下品な!わたくしにジャンキーになれというのかしら!


「歯、抜けて痛いだろ。血流れっぱなしだしよ。麻酔薬処方してもらったんだ。学校終わったらお前を探して打ってやろうと思ったけど、探す手間ァ省けちまったな」


 なんて、彼は頭をポリポリと掻きながら恥ずかしそうに言うんですの。べ、別に、優しいだなんて微塵も思っていませんわ!……でも、セルフ抜歯をした人間に麻酔薬を差し入れるという粋な計らいをする人なんて、見たことありませんから、ほんの少しですけど感心したのは認めますわ……。


「よ、余計なお世話ですわゴッポォッ」


 あらいけない、やはりフランスパンで強引に抜歯するのはダメですわね、ふとしたタイミングで器官に血液が入ってむせてしまうし、それによって生じる咳はまるで吐血のようですの。


「ったく、しょうがねぇやつだな。ほら口開けろよ、一発さしてやっから」


 わたくしの吐いた血にまみれながらたけしはそんなことを言うんですの。ほんと無礼ね。


「それくらい自分でできますわ!貸しなさい!」


 そうやって自分の口に麻酔入り注射器をぶっさそうとするのですが……強がってもいいことはありませんわね。患部に刺すのは一苦労ですし、麻酔液が垂れて舌が痺れてきましたわ。


「ひはははいはははははひふはへへはひあへまうあ(仕方がないからあなたに打たせてさしあげますわ)」


 麻酔で痺れろくな発音ができないわたくし……それなのにこの方、少し微笑むと「最初からそうしとけ」なんて、しっかりと意味を理解してらっしゃるの。バカな留音さんと違って読心術でも身につけていらっしゃるのかしら。


 そしてわたくしの口を開けさせ、注射器をゆっくりと患部に当て……まるでその様は恋人同士がお互いに歯磨きをさせ合うよう……あ、わたくしったら何を考えているのかしら。あの方そっくりの顔が目の前にあるせいで……変な考えを持っていますわね。


「よし出来た……こんな時のために医療事務検定を受けておいてよかったぜ。落ちちまったけど。じゃあ今日はもう喋んないで帰るんだな」


 医療事務検定ですか。診療費を計算するだけで全く医学的知識を必要としない事務の検定を医療行為に役立てるなんて、それなりに頭がいいんでしょうね……べ、別にあいつのことを認めたわけじゃありませんけど!


 わたくしがそんな事を考えながらムスッとしていると彼は満足そうな表情をして、わたくしのお礼の言葉も受け取らずに走り去って行きました。本当に無礼な方……。でも、もう患部はズキズキ痛くありません。本来なら歯を抜く前に打っておくべき麻酔……抜いた後でもその効き目はまるで魔法のよう。麻酔と魔法……ふふ、なんだか「ま」の所が似てますわ。


 そんなこんなありまして、わたくしの中で、日を増すごとに彼の存在が大きくなっていきますの。


 次の日はハンカチを丁寧に洗って、彼に返しましたわ。するとこう言ったんですの。


「ずいぶん綺麗に洗ったな……こんなにする事なかったのによ」


 まぁ!なんて失礼な方なんでしょう!わたくしがせっかく洗って差し上げたのに……素直にありがとうも言えないのかしら!!……でも、わたくしの早とちりでしたわ。


「これじゃ分子レベルでしか残ってないだろうなぁ、……お前の遺伝子」


 ドキッ……わたくしの心臓の鼓動が高まりました。「何故わたくしの遺伝子を必要としているの……?」恥ずかしくて聞けませんが、彼はわかっていたように答えるのです。


「お前の遺伝子があれば、俺だけのお前のクローンが作り出せたのによ……」


 ドゥゴン!わたくしの鼓動は最高潮。こ、この方ったらまったく何を言っていますの?クローン技術を駆使して第二のわたくしを創り出そうと言うのっ?あぁ、顔が熱いですわっ……。


 でもこの方、わたくしが顔を赤くして俯いているとカラカラと笑って言いますの。


「ハハハッ、なんてな。ちょっとからかっただけだよ、バカ女。かわいいとこあんじゃねぇか」


 ツン、とわたくしのおでこを人差し指で優しく突くと行ってしまいますの。


「もう!失礼ですわよ!!……もぅ……」


 その突かれたおでこがなんだかジンジンと熱いです……そこをさすっていると、なんだか幸せな気持ちになりますわ……。


 それからまたいつかの昼休み……教室の窓から校庭を走り回る彼が見えましたの。


「きゃー!たけし君が一人で笑いながら走ってる!」「すごーい!全然イタくない!流石たけし君!!」


 モブ女どもが何やら彼を見てはしゃいでますわ。意外に人気がありますのよね、あいつ。まぁ確かに、留音さんと同じ顔というだけでそれなりに整っているのは確かですが……どうして人気があるのかはわかりませんわ。


「アッハッハ、アッハッハ、アッハッハッハッハ!」


 ほら、今だって何か爽やかに笑いつつ服のボタンを一つずつ外しながら走っているだけですわ。そんな人気になりそうなポイントなんて……。


「アッハッハ!アッハッハ!」


 それにしてもなんて爽やかな笑顔でしょう……彼ったらあんな顔をするんですのね……あぁ、ボタンが外れ、はだけた衣服から見える腹筋はおよそ三十二個に割れてますわ……それなりの肉体美に、わたくしったらなんだか……い、いけないっ、何を考えているのでしょう。


 また別の日の帰り道にはこんなこともありましたの。


「ほら、ふふ、かわいい奴だな……」


 裏路地の向こうから彼の声がして……そのセリフと撫でるような声音に多少の嫌悪感を覚えながら覗き込んでみるとそこには可愛い捨て子猫を抱きかかえるたけしさんがいました。


 わたくしは何故かすごくホッとしながら、様子を伺います。


「悪いな、うちじゃ飼ってやれないんだ……でも、お前が拾われるまで俺が面倒見てやっからな……」


 う……優しいところもあるじゃないですの……少し心が揺れ動かされますわね……。


「ナーゴ、ナーゴ」


「あん?腹減ってんのか?んー、なにかあったかな……今はこのタマネギの串焼きしか持ってないな」


 えっ!?タマネギですって!?猫に食べさせてはいけません!それを知っているのかしら!止めに行かなきゃ!そんな私の懸念はすぐに晴らされましたわ。


「すまないな。これはお前にはやれないんだ。お腹壊しちまうよ。だから俺が今ここでこのたまねぎ全部食ってやる」


 博識!そうするとお腹を空かせた子猫の前で一心不乱にタマネギ串を食べ始めました……全ては猫のため。猫にタマネギを与えては毒だからこそ、一欠片も残さないようにお腹ぺこぺこで紙ですら食いそうな子猫の目の前でガツガツと食べているのですわ。


「うっ、辛……辛味取れてねぇなこれ……」


 そんな!まさかあのタマネギ串、辛いタマネギを使ってると言うんですの!?それなのにあんなに綺麗に食べるなんて……優しさもここまで来ると大したものであると認めざるを得ませんわね。


「あー美味かった。というわけでごめんな……お前にやれるもんは無くなっちまった……今度はキャットフード買ってくるよ」


 そう言って撫でる子猫にバッサバサに爪で切りつけられたたけしさん、大量出血しても笑ってましたわ……まるで子供に反抗された親のように寛大な態度……ふふ、親の心子知らず、なんて。その事をからかったら彼、やっぱり笑ってました。


 そうして彼と仲良くなってきて……もう留音さんの代わりに精神破綻をさせてやる事は考えていませんわ。わたくしがそう考えを改めて過ごし始めた日にはこんなこともありましたの。


「いやぁ!やめてください!」


 そう、わたくしは可憐で可愛すぎるあまり、ブサイクどものいじめの対象になってしまいました。


「ぶひ!ぶひひひ!!ぶっへぇえ!!生意気!ぶひゅう!!」


 ブサイクどもの言葉はよくわかりませんが、彼女たちのブサイク偏差値は端から二百万、百六十万、一億八千万……か弱い美少女すぎるわたくしではどうあがいても勝てっこありません……でもそんな時に助けにきてくれたのが……そう、たけしさん。


「やめな女子たち……そんな事をしているとどんどん醜くなっていくぜ……お前たち、見た目は悪くねぇんだ、心を磨きゃ、きっと可愛くなれる。だからその子をいじめるのはよしな……バァン」


 猿でもわかるレベルのみえみえであからさますぎる嘘を言い放ち、エアマグナムで撃ち抜いた瞬間、ブスたちは苦しみもだえ始めました。そう、彼のイケメン偏差値は2億だったのです……もしかしたらイケメンに振り向いてもらえるかもしれないという、残酷な一生ありえない夢を見せられ、彼女たちはなんとか自分のブサイク偏差値を下げようと、そして美少女偏差値を0.000~(読み上げるのに5億年を擁する長さの0)~0001でもあげようと苦しんでいたのです。


 その隙を私は見逃しませんでした。イケメンの言葉に弱ったブスたちにわたくしが隣に並んで彼女たちの携帯でツーショット自撮り、それを彼女たちの携帯の待ち受けに設定し、顔の大きさやパーツの揃い方と言った人間格差の現実を思い知らせる事でとどめを刺しました。


 そしてブスを自覚した彼女達の屍を見た彼は言いました。


「世界がお前くらいの美少女で溢れてりゃ、こんな事にもならないだろうにな」


 え、もしかして今わたくしを、美少女と……?初対面で居合抜こうとしたわたくしに、そういう認識をしてらしたんですね?まぁ当然美少女なのですが、彼にそう言われたらわたくし……


 強さはともかく価値だけであれば美少女偏差値はイケメン偏差値の千倍の意味を持つ数字……にも関わらず、わたくしの心は揺れるばかり。あの方と似ているから……?いいえ、彼がイケメンだから……留音さんの影を見ているわけじゃない、単純にたけしさんがイケメンだからわたくしは見ているのかもしれない……そう思い始めていました。だとしたらなんと素敵なんでしょう……わたくしが人の顔に恋をするなんて。


「そのためにも、俺は行かなきゃな。短い間だったが、楽しかったぜ、西香」


「えっ?どういう事ですの!?」


 そのためにも、ですって?行くってどこに?やっと自分の気持ちに気付いて、これからという時に!


「俺は今日から世界へ旅立つんだ。ブサイク戦争を終わらせるために」


「ブサ……えっ!?どど、どういう事ですのっ?!!?」


 わたくしの質問に彼は憂い顔で答え始めました。


「……俺はこれから、世界中の普通レベルの女を口説いて口説いて口説き回る。そうしてそいつらの女性ホルモンの分泌を促し、美少女化させていく……そうして美少女の数が世界女性の過半数を超えた時、嫉妬にまみれて美少女をいじめるブサイクは少数派となり、やがて世界から美少女いじめが消える……世界を革命するんだ」


 なんて事ですの……あの優しさ、寛大さと腹筋を持ちながら、革命を起こすという意志の高さも持ち合わせているなんて、こんな人他にいるかしら?でも彼の目がじっくりとわたくしをみているのが気になりますわ……あ、もしかして……!


「たけしさんあなた、わたくしの事を気にして……?わたくしがブサイクどもに醜い嫉妬でいじめられていたのを気にして、そんな世界の変革を求めているというの……?」


「……ふっ、ばーか。イケメンである俺の存在理由を考えただけだ。お前は何も気にしないでいい」


 彼が背を向けてしまいました。だめ、行かないで!なんでもいいのです、矛盾してたっていいから、とにかく彼を止める口実が欲しい!私は必死に言いました。


「でも待ってください!やがてブサイクが少数派になったら、彼女たちは現実を思い知って表に出てこなくなります!それに引き立て役のちょうどいいブサイクまで消えたら世界中の普通女子が困って……っ」


 わたくしはわたくし以外の女子全てが引き立て役と思ってますから、本当はどうでもいい事なのに……でも、ただ彼を止めたくてそんな事を言って。なのにたけしさんは半身をこちらに向けると、ニカっと爽やかに笑って言いました。


「その時は、俺がブス専になるだけさ」


 彼は遠い目を、していました。夕焼けの光を見つめて。


 それから夕陽に沈むようにたけしさんが歩いていきました……たけしさんが行ってしまう。でもわたくしどうしたらいいの?引き止めて、また留音さんのように拒絶されたら……怖いですわ……。


「本当にこのままでいいのかい?」


 迷ったままたけしさんを見送ったわたくしの後ろから変態的な声がしましたの。男の声なのに妙に高くて一歩距離を取りたい感じの声。振り返ると白装束に身を包んだ男が薄ら笑い……多分微笑んでるつもりなのでしょうが、生理的嫌悪感をもよおす表情で立っていましたわ。


「あ、あなたは?」


「そう。僕は黒島。生前に(ピー)漏らして恥ずかしさから爆散したという死に方があまりにも不憫だったからと神に同情され天命により愛の天使となった黒島だ」


「そうですか。なんでもいいですけど……あんまり寄らないでくださいます?」


 爆散の原因を色濃く残したオーラを纏うその方に、わたくしは手で「待て」を作りながら後ずさるのですが、こやつめ平然とわたくしに触れようと近づいてきますわ。


「え?どうしてだい?君の恋の悩みも解決できるというのに。ほら、彼は空港に向かうつもりだ、一緒に行こう。僕の腰にしっかり捕まって。ひとっ飛びだよ」


 なんておぞましい!悪しき茶色いオーラは彼の腰付近から漂ってきますわ!


「バッチィ!こちらに手を出さないでくださいまし!」


「どうしてだい?君は自分の気持ちに気付いているんだろう?何をするべきか、本当は頭の中ではわかっているはず。さぁ僕の手を握」


 良さげな事を言いながら近づいて来た汚物が私の手を取ろうとしますが……ここはわたくしの距離!!


「きたねぇって言ってんですわこの汚物が!!」


 渾身のヤクザキックを込んでやりましたわ。天使も他愛ないですわね。すると黒島は「あっ!!」とシモのほうの異常に気付いたのち爆散しました。


「とにかく今はたけしさんを……!お願い、時間よ止まって!!」


 わたくしは必死に追いかけると、なんとか彼を止める事ができたのです。割と近くにいましたわ。まぁ彼は歩いてましたし。


「西香!!わざわざ俺を追ってきたのか!?」


 奇しくも最初に出会った十字路に、わたくしと彼はいました。流石ヒロイン力高きわたくし。


「えぇ!わたくし、あなたに伝えたい事がありますの……」


 癪ですが黒島の言う通り、言いたい事は決まっていました。わたくしだけのものでいて、ただわたくしの近くにいて……それを伝えたくてここまで来たのです!愛に生きるため!彼の顔に惚れたから!


「わたくし……わたくしっ、あなたの!!」


「ん?おぉ西香じゃん。何してんだこんなところで。また男をたぶらかしてんのか?あたしはてっきり死んだかと思ってたぞ」


 え?たけしさんと同じ、でも違う声が、わたくしの背後から?振り返るとそこにはまるでサンタさんのように大きな荷物を担いだ留音さんがいたのです。


「留音さん……どうしてこんなところに?それにその大荷物は……」


 わたくしは思いました。新たな恋が始まるその直前に元婚約者が現れるなんて、こんなに皮肉な運命に踊らされるわたくしはなんてヒロイン的な美少女なんでしょう。


「あぁこれ?ほら、真凛って簡単に詐欺とかに合いそうだろ?だからあたしが世の悪徳商法の書かれた本を買って読んでやってたんだよ」


「はぁ……はぇ?文脈が意味不明ですけど」


「あぁ、それでな。ちょっとした手違いで真凛が料理してる鍋にその本が入っちまった!ついでに衣玖もタブレットでFXしててよぉ、元手二十円から初めて三億稼いだんだよ。いやもう驚きだったね~、すっげー!ってあたし騒いじゃってさ、んでその声に驚いた衣玖の手からタブレットがぽぽーいっとすっぽ抜けてさぁ、同じ鍋に入っちまったんだよな~これが」


「なにがこれがなんですの?本当に意味がわからないのですが」


「ここまで言ってわからないのかよ?つまりだなぁ。錬金術だよ錬金術。悪徳商法もFXもきっと錬金術みたいなもんだから、それがぐつぐつ煮込まれて本物の錬金術になっちまったんだなぁ。ほら見てみろ、煮込んでたはずの豚が今じゃすっかり金塊に変わっちまってる。ま、そんなわけでちょっくら換金してこようって事になってな。今向かってんのよ」


 金塊……!?


「そうですか……なるほど全くわかりませんが、でも金塊が発生するという事実の前に細かい説明は無意味ですわね。ちょっとそこで待っていてくださいます?」


 わたくしは留音さんにビシッとステイのポーズを取りましたが、留音さんは不機嫌な顔をして言いました。


「えぇやだよ。重いもん」


 あぁっ、留音さんと金塊が行ってしまう!!もう、そんな冷たいところも惹かれてしまいますわっ!さて……わたくしは一つ確認を取りたいのです。


「たけしさん……あなたどうして空港まで徒歩ですの?」


 わたくしは至極真面目な口調でお尋ねしました。これは大事な質問ですから。


「え、そこのバスから行こうと……」


 あぁあ、これは望み薄ですわね。自家用ジェットの一つも持っていないんでしょう。


「せめてタクシーを……お呼びになろうとは思いませんでしたのね……」


「タクシーはちょっと高いだろ?」


「ふぅ……わかりました」


 やれやれ。ほんの四桁や五桁のお金も出し渋るようじゃもお先真っ暗ですわ。そんなたけしさんが再びわたくしに口を開きました。


「なぁ西香、さっき言いかけたことだけど、俺も言っておきたいことがある。世界中の女を口説くことになるから言おうか迷ったんだが、こうしてお前が追いかけてきてくれて覚悟決まったよ。俺は君と……」


 たしかに顔と声と性格と腹筋と意志は良くても、所詮それまでの男ですわね。今日までの義理で人生の教訓を教えといてやりましょう。


「あぁもういいですわ。いくら顔が良くったって金がないんじゃ。人間の顔や性格なんて嘘吐きゃどうにでもなりますのよ。人間社会において最も大事なのは……あぁっ、きんか、留音さ、金塊ちゃん待って〜!!」


「えっ……えぇぇぇ………」


 *そうしてそこには金のないイケメンが取り残されました。この数年後、彼は旅先で大量の石油を掘り当てる事になるのですが、それを西香さんが知る事はありませんでしたとさ、ちゃんちゃん。


学園恋愛モノのテンプレートっていいですよね。


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