5・雷電直撃
手ごたえ、あり。
刀は浅くではあるが、シロウタの肉体を確かに斬り裂いた。
同時に、背後でぽとり、と何かが落ちる音を聞いた。
『……流石に遊びが過ぎたか』
胸板を薄く斬られ、しかし冷静にシロウタが言う。
続いて背後で綺堂が叫んだ。
「こ、これ……! ICレコーダーだ!」
ようやく事態に慣れたか、綺堂は動けるようで、その手には、ライター大の銀色の機械があった。
先程背後におちた正体はそれか。
なるほど、確かにICレコーダーだった。
綺堂がボタンを押すと、「愚か」と呟く声が再生される。
「小細工を……」
『面白くはないか? 拙者が如き風貌の者が、からくりを使うのは』
小さな雲が浮遊しながら集まって来る。
そこにはICレコーダーが突き刺さっているものがいくつかあった。
『意外にひっかかるのよ。討練師は猪武者ばかりゆえ』
「死合った相手をバカにしているのか」
『馬鹿も馬鹿。大馬鹿どもよ。シレン衆も討練師も正気にて成せる者は無し。なべて大馬鹿なり』
からからと笑う。
それはどこか髑髏が笑っているかのようでもあった。
そのまま雲が浮かぶように体を浮かべるシロウタ。
『拙者の能力は雲。雲は摩擦にて雷を、熱を引き起こす。同時に熱は大気を歪め、蜃気楼を生む。……なぜ能力を言うかわかるか?』
「……」
『わかっているようだな』
そうだ。
わかっている。
……わかったところで、打つ手が無い。
姿を自在に消し、音に頼ろうにもご丁寧にも宙に浮いて足音を消したうえ、レコーダーで誤魔化す。
縛力の感知も、それを帯びた雲を散らされれば不能。
心眼などというものがこの世に存在するとは思えないが、そんな迷信にすら頼りたくなる。
それこそ、サーモグラフでも無ければ位置を掴む事が出来ない。
十二聖剣クラスの使い手ならば、辺り一帯丸ごと攻撃も可能だろうが……私にそんな力は無い上に、綺堂を巻き込んでしまう。
中窪霊戮錬刀には奥の手があるが、極々短時間の発動しか出来ない上に広範囲攻撃ではなく、更に、使えば暫く能力が使えなくなる。
今の状況では、全く役に立たないと言っていい。
『残念ながら、拙者の愛刀は折られてしまった。ゆえに、ひと思いに殺してやる事は出来ぬ。血液が煮えたぎって死ぬか、電流に焼かれて死ぬか……手心を加える気はないが、同情する』
死刑宣告にも等しい言葉を、いずこともなく風に乗せて呟き、シロウタの姿が雲と陽炎の彼方に消えた。
かくなる上は、極端に分の悪い賭けしか無い。
即ち、相手の攻撃を敢えて受け、触覚を頼みに反撃する……しか無い。
目をつむる。
それは先にも述べたが心眼に頼っているのではない。
触覚を最大限に集中させるためだ。
『浅はか』
声が背後からした。
が、攻撃は脳天を貫いた。
「があああああっ!!」
思考が、働かない。
反撃どころではない。
「六角さん!!」
綺堂の叫び声がどこからしたかももうわからない。
それが雷だと気付いた時にはもう遅かった。
触覚も何も、頭に雷を落とされては身動き一つ出来ない。
全身に電流が駆け廻り、抵抗が体を焼く。
一瞬で戦う力を奪われる。
反射的に開いた目に映ったのは、感慨もなさそうにその手に雷を球状に集めたシロウタの姿だった。
手の周りに黒雲が集中しており、おそらくそこで何度も雲中の分子をこすり合わせて雷を生みだしているのだろう。
詰んでいる。
あれをぶつけられれば即死しなくても電撃で動けなくなる。
死ぬまでそれを繰り返されるだけ。
そんな事を冷静に考えられる自分に驚く。
死を前にして、逆に脳がその機能を最大化している。
諦めているのか?
「ち、が、ふ……!」
声も、まともに出ない。
それでも。
死ねない……!
私は、生かされた。
アイツに生かされた私は、死ねない。
こんなところで死ぬわけにはいかない……!
電流へのショックという人体の仕組み上避け得ぬ反射。
……耐えてみせる。
体が動かないなら、縛力を集中しろ。
縛力を導線として中窪霊戮錬刀に集中させろ。
そこに電気を逃がせ。
中窪霊戮錬刀は雷を纏わせる事も出来る。
属性解放の呪を唱えていない以上、能動的には不可能だが、しかし、誘導した電気を縛力でそこに縛りつければ避雷針として使えるはず……だ。
『その眼。もう遥か昔にしか見ておらぬ気がする。十二聖剣にすらその眼が出来る者がいるかどうか。拙者自身もうほとんど覚えておらぬが、過去にはその眼をした者と命のやり取りをしていた気がする……』
先程までと打って変わり、妙に感情を込めた声だった。
そのシロウタの腕の雷が、激しく爆ぜる。
『そしてその相手には、必ず全力を尽くしていた……はずだ。故に、拙者はお主に最高の技を見せねばならぬ。見よ』
爆ぜる雷は天に向かって落ちて行く。
放電の色が白から青へと変わる。
縛鎖空間の虹色とは違う、青いオーロラが展開される。
それらに付随するかのように赤い発光が周囲に出現しては消えた。
『奥義、“赤い妖精”。遥か天空の世界、超高層雷放電と呼ばれる至高の雷を、今生の最期に見るが良い』
恐るべき熱量と電圧なのは、明らか。
ラーゲルトと同格どころではない。
勝虎級と言われても納得できるほどの強大さ。
放たれる縛力自体はツィレードに遠く及ばないが、能力は極まっていると言っていい。
それでも……それでも負けん!
その熱が全身に伝わりきるより前に、刀に流しきってやる。
無理でもやる!
ソウタ……私に力を貸してくれ……!
『散り候え』
死が雷の形となって放たれる。
それは、稲妻のように知覚を超える神速でこそないものの、プラズマの剛速球となって飛来した。
私は、刀を握る力を一層込め――
「!?」
「あ、危ない!」
そこで信じられない事が起きた。
私の目の前に、事もあろうに綺堂が飛び出したのだ。
何をしている。盾になるつもりか。
危ないのはお前だ。やめろ。死ぬぞ。
お前、泣いているじゃないか。馬鹿者。やめろ。
しかし、止めようにも間に合わない。
常人を消し炭にするには十分な熱量を持った雷の塊が、綺堂を直撃した。




