3・雲のシロウタ
「!?」
突如、縛鎖空間が展開された。
同時に、正面に真上から男が振って来た。
浜に近い林の地面は砂状であり、それが大きく吹き上がった。
ぼさぼさの総髪を、後ろで髷のように結び、擦り切れた着流しの背に物干し竿のような刀を備える……時代劇か歌舞伎からでも飛び出してきたかのような姿。
縛鎖空間を展開している以上言うまでもない事だが、姿だけを見たとして明らかに尋常の存在ではない。
「貴様……何者だ!」
『拙者、雲のシロウタと申す』
「雲のシロウタ……だと……!?」
朽狗級ではないか!
その言葉に合わせ、シロウタの体をまだら状に雲が包む。
「え? 誰? っていうか、この虹色のドーム……これって……駅で見た……何これ?」
綺堂がきょろきょろしているが、懇切丁寧に説明している暇など無い。
「我が傍らに在りしは霊なる剣! 来たれ! 中窪霊戮錬刀!!」
愛刀を召喚し、その切っ先を突き付ける。
『小童、やはり縛鎖空間を経験しているな? そしてその記憶を保持している。しかし、お主からは縛力を感じぬ……なんとなれば』
「黙れ!」
二の句を継がせぬよう、その顔面に刀を打ち込む。
が、その姿が蜃気楼のようにかき消える。
残るは雲の残滓のみ。
『まぁ、落ち着かれよ』
いつ移動したか、離れた位置の岩に腰かけ、くつくつと笑うシロウタ。
『もし想像の通りであれば、これは事だ。……が、早々現れるような者でもあるまい』
「貴様の目的は何だ!」
『ふむ。我が主は海のツィレード公。されど、あの方は弱者にまるで興味無きがゆえ、敵が弱いとみるや簡単に切り上げてしまう。功に頓着せぬわけだが、討ち漏らしで我が将に恥をかかせるわけにはいくまい。ゆえに拙者が後始末をするが常でな……』
……成程。
私を生かしておくほど、敵も甘くないということか。
同時に、ツィレードもシロウタも私などいつでも殺せると考えている事がわかる。
それは自信であり油断だ。
だからこそ、バルフレアやラーゲルトはソウタの策に嵌って次々討たれた。
……絶対に勝てないわけでは、無い、はずだ。
正体を明かしたのも迂闊。
シロウタについては情報はほとんどないが、ツィレードの配下は水を操る者ばかり。
それがわかっているだけでも強みだ。
『さて、そのようなわけであるから、これからお主を斬る。小童はその後調べればよかろう』
淡々と言い、ぬるりと背から長刀を引き抜く。
まるで朝食の野菜を切るかのようだ。
人斬りになんの感慨も持たぬほど、斬り続けて来たのだろう。
シレン衆の正体は未だつまびらかになっていないが、教本に寄れば、縛力を操りて異界から来たと言う。
人のように見えても、外道の存在。
良心の呵責など持ち合わせていなくても不思議ではない。
『痛むのが嫌であれば立っておれ。楽に斬ってやる。戦士として死にたければ、好きにあがけ』
狂気が正気となったシロウタ。
「な、何言ってるんだよ……かか、刀なんか出して……な、何を……」
自然に放たれる殺気に、綺堂はがちがちと歯を鳴らして震えていた。
無理もないが、とても連れては逃げられない。
そして、私も死ぬ気もない。
「胎動せし大地、連続なる世界の揺らぎ、砕け散る凍て蕾――切り裂け! 中窪霊戮錬刀!」
振動の属性解放。
剣での打ち合いになるならば、こちらの切れ味を増すのが得策。
中窪霊戮錬刀は折れぬ刀だが、属性解放をせねば切れ味は業物には及ばない。
『戦うか。ならば無惨に死すを覚悟せよ』




