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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
7/21

彼の家

付き合うことになって早々に家になんて誘うから、もしかしたら実は肉食系だった?! なんて妄想をしたり。でも草食そうな外見で意外と肉食だったらそれはそれでまたモテるんだろうなとも思ったり。

もし部屋に入った途端に抱きしめられて盛り上がってしまったらどうしよう……。そんな妄想も交えて激しく動揺していたんだけど。



「どうぞ、上がって」

彼のイメージに逆らうことのない、よく整理されたシンプルな部屋に通されても、待ちきれなかったとでも言うように抱きしめられる気配はなく、距離感が急速に縮まることはなかった。

ホッとしたような、拍子抜けしたような……。

いやいや、私! 何考えてんだろう。



とりあえず支倉くんが着替えてくる間ソファに座ってテレビを眺めていて。暫くして戻ってきた彼は当たり前なんだけど部屋着で、スーツではないその姿になんだかドキドキしてしまった。


「これよかったら後で着て」

そう言って服を差し出されたので、反射的に立ち上がって受け取る。寝間着も何も持っていない私への気遣いなんだろうけど、支倉くんの服に袖を通すなんて……。

なんか彼女っぽい……!


「ありがとう……。部屋、綺麗だね。いつもこんな感じ?」

途端にまた恥ずかしくなる胸の内を誤魔化すように思いついたことを口にする。

「まぁね、大体こんなもんかな。物が出てると落ち着かなくて」

私とは対象的に支倉くんが落ち着いているのは、ここがまさしく彼のホームだからか。だけど見慣れぬTシャツ姿はなんだか恥ずかしくて。

なんか直視出来ない……!


「綺麗好きなんだね。だからかな? 支倉くんて清潔感漂う感じだしね。それに、はせく……」

不自然にならないよう部屋を見渡すように目を逸らした次の瞬間……。



「…………!」

来ない来ないと思っていたその瞬間がやって来て、途端に身体が強張る。


「……ごめん。抱きしめてみたくなっちゃった」


なっちゃったって……そんなかわいい言い方。

だけどそれとは対象的に抱きしめる腕は強くなり、急速に鼓動が早くなるのを感じた。












だけど……。



だけど、やっぱりちょっと展開早過ぎませんか?!


彼の背中に腕を回す気にはなれず、そっと胸を押し返す。


「あ、あの……家までついて来ておいてこんなこと言うのも悪いとは思うんだけど……。ちょっと、まだ恥ずかしいっていうか、えっと……その…」

想像はしていたけど、実際にそんな事態になってみると流されることに対する抵抗感が止められない。意を決したつもりだったのに、やっぱりちょっと……なんて言う自分が情けないとは思うんだけど、もうキャパオーバーで。


「ごっ、ごめん。だから……その……」

今更こんなこと言い出してガッカリされているかもと思ったのに、恐る恐る顔を上げると支倉くんは優しい瞳で私を見ていた。


「いいよ、わかったから。むしろ突然抱きしめたりしてごめん」

「いや、えっと、ううん……」

ここまでノコノコついて来たんだからその気があると思われても仕方がないわけで、支倉くんは悪くない。だけど、彼の期待には応えられないから私が悪いような、でもこういうことは二人の問題だし……とか何とか色んな思いが渦巻いて上手く言葉が出てこない。

すると、戸惑う私を安心させるように「とりあえず座って」とソファに優しく促して、彼は少し離れた隣に座った。



「正直に言えば断られるんだろうなって思いながら泊まる? って聞いたから、ついて来てくれたことに驚いた」

「えっ……冗談だったの?」

「期待値は低かったって感じかな。流石にこんなにすぐに家に来てくれるとは思ってなかった」

そう言ってふっと小さく笑う。


あ……冗談だったんだ……。

どうにも居た堪れないような恥ずかしいような気持ちが溢れて、俯いた顔を上げられない。

そんな私の頭をそっと、彼の手が優しく撫でた。


「でも、嬉しかったかな。ここまで来てくれたのは。だから嬉しくてつい抱きしめたくなっちゃった」

そして恥ずかしげもなくそんな言葉が掛けられる。驚いて思わず顔を上げると、優しい笑顔が向けられていた。


「大丈夫。嫌ならもう何もしないから」

「えっ、うん……」

人のこと試すようなことをして、私を困らせることばかりするのに、その笑顔はズルいよ……。

こんな風に撫でられて、その笑顔で大丈夫だよと優しく諭され続けたら、前言撤回してしまいそう。

そう、流されてしまいそう……。

悔しいけど、この表情かおが好き。たまに見せてくれる心からの笑顔みたいな優しい表情。

そう、確かあの時も……。

初めて会った日とか、告白してくれた夜にも……。


…………って…ん?

……もしかして!



「これも何かの作戦じゃないよね?」

「作戦?」

「優しくして懐柔させようとしてる?」

うっかり連絡先を教えてしまった時や、告白されて電車を乗り過ごした夜を思い出す。

彼の手の上で転がされているような、もしかして手懐ける為の作戦? 急に疑う心が湧き上がる。

チラっと彼の顔を見れば、少し驚いた顔をした後、一瞬だけニヤッと不敵な笑みを浮かべた。

そして……。


「!」

近づいてきたと思ったら、チュッと触れるだけのキスをされる。


「えぇっ! ……えっ! 何もしないって言ったよね?!」

「人の優しさを疑うからお仕置き」

「…………」


お仕置きにしては優し過ぎるような軽いそのキス。

戸惑う私を見つめる彼は満足そうに笑っていた。













結局本当にその後は何事もなく、各々シャワーを浴びた後、テレビを見ながら喋ったりするだけの、のんびりとした時間を過ごした。

急にキスなんてするからかなり驚いたのに、それ以外は宣言通りの紳士振りで。優しい仮面の裏には実は少し意地悪なところが隠されていたんだと思っていたのに、やっぱり優しい人なんじゃないかななんて、譲ってもらったベッドで一人そんなことを思いながら眠りに就いた。









そして翌朝。

私よりも早く起きて朝食を用意してくれた支倉くんに驚きつつも感心して。ダイニングテーブルに並べられたトーストにハムエッグ、野菜スープまである出来過ぎたその朝食を全部平らげ、食後のコーヒーを飲んでいた時だった。


「そうだ……! お願いがあるんだった」

「お願い?」

「お願いっていうより提案っていう方がいいのかな?」

昨日言いそびれた大事なことを思い出す。コーヒーカップをテーブルに置き、姿勢を正して顔を上げた。


「私たちが付き合ってること、会社では秘密にしない?」

そう切り出すと、彼はコーヒーカップを手に持ったままふっと目を細めた。


「なんで? 恥ずかしい?」

「恥ずかしいっていうか……この前研修で会った同期たちに、支倉くんと、その……付き合ってるのかみたいなことを聞かれて……。違うって否定したばっかりなのに、やっぱり付き合ってますなんてちょっと言いづらいっていうか……」

「そんなの気にしなくていいと思うけど」

なんてことはないとでもいうように言葉を返し、彼はカップを口に運ぶ。


「いや、気になるよ! そ、それに、だって……支倉くん、自分がなんて呼ばれてるか知ってる?」

「あぁ、アイドルってやつ?」

「あ……知ってるんだ。でもっ、 だからなんて言うかその……」


落ち着いて話す支倉くんとは対照的に焦りを感じてしまうのは、私が不利な立場にあるからだと思う。

あの時ですら何人もに支倉くんとの関係を聞かれたから。それはきっと興味というより、まさか本当じゃないよねっていう、歓迎モードではない空気を含んでいて。私じゃ彼に相応しくはないと遠回しに言われたような。

だから、そう……! あなたはアイドルなんだよ! そんな大っぴらに付き合ってるなんて言えないよ……。


「周りの視線が気になる?」

この胸の内を曝け出していいものか? 迷っている中聞こえてきたのは、私の考えなんて見透かしているような問い。


「……うん」

「わかったよ。いいよ。その方がいいなら。だけどその代わり俺からも一つ提案していい?」

「えっ?」

私の提案を受け入れてくれたのは嬉しいけど、その発言にドキリとする。

支倉くんからも……? 何を言われるのかドキドキして待っていると、微笑む彼と目が合った。


「二人だけの時は名前で呼ばない?」

「えっ?」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど……」

彼の口から出てきた提案が予想外のもので。そんなこと言わずさらっと呼んでくれればいいのに。こうやって持ち出されると恥ずかしい提案。


「じゃあ、呼んでみて」

「えっ?! 私から……?」

「ほら」

だから、こういうのは待ち構えられると恥ずかしいのに……!


「…………よ、葉くん?」

呼ばないときっと勘弁してもらえない。そんな気がして躊躇いつつも口に出すと、彼は突然立ち上がった。「えっ?」と思って見上げるようにその動作を見守っていると、彼はテーブルに手をついて……。

キョトンとする私の顔に触れるだけのキスを落とした。


「……なっ、なっ、何するの?!」

「ちゃんと言えたからご褒美」

「えっ……! それって昨日はお仕置きだったよね?!」





なんだか翻弄され続けている。優しい人だと思ったのに、やっぱり揶揄われているとしか思えない。

付き合ったら彼のことがわかるかも。雛子に言われてそう思ったはずだったのに……。


今の所、益々彼がわからなくなっています。



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