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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
6/21

私の恋人

「……で? 結局その後どうしたの?」



支倉くんに告白された翌週の昼休み。

「進展があったら報告よろしく」なんて言ってた雛子を社食に誘い先日起こった出来事を話すと、「ほらね、やっぱり」くらいのクールな反応が返ってきた。私はあんなに驚いたし今でも信じられないくらいなのに、雛子は特に驚いた様子もなくて。これがれもし中島さんだったら、ハイテンションで根掘り葉掘り聞かれそうなものだけど……。



「結局、次の駅で降りて引き返して帰ったよ」

「いや、そうじゃなくて……って帰ったの?! 支倉くんの家に泊まってけばよかったじゃない」

「えっ?! なんで?」

「だって付き合うことになったんでしょ?」

「なっ、なってないよ……!」



既に軽くパニック状態だったのに、電車を乗り過ごしたことでもう落ち着いて考える余裕なんてなくて。益々言葉の出てこない私に、支倉くんは「俺も気付かなくてごめん」と言ってくれたんだけど。自分の降りる駅くらい自分で把握するのは当然のことで、支倉くんは何も悪くはない。彼のことで頭がいっぱいで周りが見えてなかった私が悪い。それを認めるとなんだか恥ずかしさで堪らなくなってしまった。

なんて言って電車を降りたのかよく覚えていないけど、逃げるような気持ちだったことは確か。



「だから……なんて返事したらいいか悩んでるって話で……」

「何を迷う必要があるの? イエス以外の答えがある?」

当然とでも言うように食い気味に返される。


「え……。そりゃ嫌いじゃないし、不覚にも何度かトキめいたことはあるけど……なんて言うか流されてしまっていいのかなって」

「いいに決まってるじゃない。流されなさいよ」

「えぇっ、そんな簡単に言うけどさ。支倉くんのことやっぱりまだ好きかどうかわからないのに付き合っていいものかなぁって」

「でも惹かれてるのは事実なんでしょ?」

「……う、うん。まぁ」

そう答えると、雛子は一旦箸を置いて私を見た。


「菜月は変に難しく考えすぎなのよ。とりあえず付き合ってみればいいじゃない。付き合ってみなきゃわからないこともあるし、付き合ったから好きになることだってあるんだし。もう大人なんだから両思いから始まる恋じゃなくてもいいんだよ」

「そうかぁ、確かに。雛子はなんか大人だね」

「これくらい普通だから。それに支倉くんと付き合いたい女なんて行列が出来るくらいよ。この贅沢者」

「贅沢者って……。いや、だからこそ何かの罠なんじゃないかなって」

やっぱりこの考えも捨て去れない。私を嵌めて彼に何かメリットがあるとも思えないけど、何かあるんじゃないかなって。


「罠ならかかってみればいいじゃない。骨は拾ってあげるから」

そう言ってお味噌汁のお椀を口元に運ぶ。親身になってくれてるんだかくれてないんだか。どこまで本気かわからないその調子が誰かさんを思い出させる。

恋愛のはじまりってこんな疑心暗鬼になるもんだったかな……?


「一回抱かれてみれば、意外とあっさり好きになっちゃうかもよ」

「え! それってなんかダメな感じしない?」

「そういうのもまたアリなんじゃないかなって」

そう言ってニコッと笑うので、やっぱりどこまで本気かわからない。


「雛子ってちょっと支倉くんに似てるところあるよね」

「じゃあ支倉くんのことも好きになれるよ」

間髪入れずそんな返しが出来るところも、なんかね。

でも……。


「……一歩踏み出してみてもいいのかなぁ」

「もちろん。じゃあ気が変わらない内に返事しちゃいなよ」










「返事か……」

ここはとりあえずメールかなんかで返事して後日直接話すべきだよね。

雛子に言われたからってわけじゃないけど……。

なんか早急に返事をしなくちゃいけない気がしてしまって。

流されていいのか悪いのかわからなくて散々悩んでいたけど、雛子の言うことは一理ある。彼が掴めなくて、そんな状態で付き合っていいのかなって思ってたけど、付き合ってみてわかることもあるのかも。現に先週からずっと支倉くんのことで頭がいっぱいだから。それって彼に惹かれているってこと。

だから……。




"先日お話頂いた件ですが、お引き受けしたいと思います。つきましては金曜の定時後お会いしたいですが、ご都合はいかがでしょうか? 桜野"


職場に戻ってとりあえず思いの丈をしたためてみることにしたのはいいのだけど。

うーん。うーーん。

カタい……。自分で言うのもアレだけど、カタいかな。

だけど、今最も早くこの想いを伝えられる手段は社内メール。それならこれ位の方が……誰かに見られたとしてもまさかこれが告白の返事だとは思うまい。

でもそれにしても。

うーん。


やっぱりとりあえず下書きに入れて仕事しながら考えよう。マウスを手にしたところだった。

「なっちゃん、この仕様書ってさー」

突然中島さんから声が掛かったことにびっくりして……。


「ああっっ!!」

「えぇっ!どうしたの?!」

「い、いえ……。何でもないです。大丈夫です」

「えっ? 本当に? なんか大丈夫じゃなさそうな声出てたよ」

「いえ、本当に大丈夫です……」

驚いた拍子に送信ボタンを押してしまっただけですから……。



「本当に?」「大丈夫です」を繰り返す私たちに対して、「何事だ?」 とでも言いたいような周りの視線が気になったけど、それ以上に気になるものを目の端で捉えた。


新着メール一件。差出人は支倉 葉。

えっ? レス早すぎませんか?

なんとか中島さんを制した後にメールを開く。



"了解。二十時に下で待ち合わせよう。都合が悪かったら連絡して。 支倉"


カタいメールの返信にしては軽すぎて、これまたまさか告白の返事の返事とは誰も思うまい。

了解って、短か過ぎないかな? いや、あんなメールを送った手前文句は言えない。

だけど、返事をして了解されたってことは、ってことは……。


これから彼は私の恋人になるんだ。


そう思ったら突然すごくドキドキして、なかなか仕事が手につかなかった。
















***


そんなこんなでやってきた週末金曜日。

私は今、危機的状況に陥っている。





「お先に失礼します」と言って珍しく早目に帰る私を「今日は早いんだねー」なんて見送ってくれた中島さんにも、その内打ち明けなくてはいけないのかな。また揶揄われそうであまり気は進まない……。

うん、それは追々考えよう。


一階に降りると、約束通り会社のエントランス脇で支倉くんは私を待っていてくれた。

「お疲れ様。じゃあ行こうか」

微笑むその顔がいつもよりも心なしか眩しい。なんだかこの前会った時よりもソワソワして落ち着かなかった。



「今日は残業しなくてよかったの? いつも金曜は遅いみたいだったけど」

「うん、金曜はミーティングがあるから仕事が溜まることが多いんだけど、別に急ぎの仕事はないから大丈夫だよ。支倉くんも大丈夫だった?」

「大丈夫だよ。やっと桜野さんに会えると思ったら、仕事なんてしてる場合じゃなかったし」


今日もまた、どうやって知るんだろうと思うような洒落たお店に連れてきてもらって。たわいない話に混ぜられる軽い冗談のような台詞。いつもと変わらないと言えば変わらないんだけど……。

目の前にいるのはもうただの同期じゃないんだと思うとなんか……。

揶揄い百パーセントだと思っていたそういう発言も、何割かは本気なのかもしれないんだと思い始めてしまって、それが妙に恥ずかしい。


だけど、告白の返事があんな事務的なメールで、私の意図はどれくらい伝わったんだろう。好きとまではいかないにしろ、あなたのことが気になってしまっていたから、くらいの本音は伝えるべきなんじゃないかな。

どうやって切り出そう……。



「そういえば、メール」

そんなことを考えていた最中だったから。突然発せられた支倉くんの言葉にドキッとした。


「まさか社内メールで返事が来るとは思わなかったからびっくりした」

「あっ、あぁ……ごめん。早く返事しなきゃいけない気がしてきちゃって。仕事中ならメールが一番早いかなって思って」

「うん、丁度客先にメール打ってる時だったから、すぐ気付いたよ」

「でも……色気も何もなかったでしょ? 社内メールだから迂闊なこと書けないしと思ったら堅くなり過ぎちゃって……」

いざその話題が来てみると、酷く緊張してしまって。タイミングを伺っていたくせにオロオロする自分がいる。だけど、支倉くんは落ち着いていて、なんなら微笑ましい目で私を見ていた。


「確かに畏まり過ぎてるかなとは思ったけど、それが逆に萌えたって言うか。二人だけの秘密みたいで」

そしてまたいつものペースでこんなこと言うから。なんだかドキドキし過ぎてしまって、本音を伝える余裕なんてなくなってしまった。













「桜野さん、今日うち泊まってく?」


食事を終えて外に出て、真っ直ぐ駅に向かう最中。左隣から聞こえてきた言葉に驚いて顔を上げた。


「えっ……?」

「明日休みだしいいかなと思ったけど、ダメ?」

唐突過ぎる誘いにただただ困惑する。だけど支倉くんは純粋に私を誘っているのか、揶揄っているような感じはしない。


「ダメ……ではないけど、えーと……」

「必要なものがあればコンビニとか寄ってくけど」

「えーと……」

強いていうなら、今必要なものは世間のスタンダードについてのデータです。

付き合ってすぐお泊まりってするもの……? だって家に泊まったら少なからずそういう雰囲気になる可能性は上がるわけで、ちょっと早過ぎないかなって。

いや、でももう二十六だし、そんな勿体ぶるもんでもないと言えばないし……。

うーん……。


悩みながら視線を泳がせていると、不思議そうな顔をした支倉くんと目が合った。

そんなキョトンとした顔で見ないで……!

「はい」と即答しない方がおかしいみたいに思えるじゃん……。



「……わかった。うん。いいよ、大丈夫」

意を決してそう答えると、彼は嬉しそうに微笑んだ。大丈夫だとは言ったけど、そんな顔されるとやっぱり帰るなんてもう言えない。


どうしよう……。夜はまだ長そう。




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