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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
5/21

告白

仕事をしていれば邪念を振り払える。

そう信じて例の如く溜まった仕事をこなす金曜の夜。





「……なっちゃん?」

「…………」

「なっちゃん!」

「あっ! はい!」


一息ついたところで思い出したのは昨日の衝撃のメッセージ。

手を止めて固まっている私を、仕事の話で考え込んでいると思ったのか、中島さんが「なんか迷うとこでもあった?」とディスプレイを覗き込んできた。


「あー、いえ。ちょっと疲れてボーッとしちゃっただけです」

「そっか。あんまり無理しないでね」

そう言って自分のディスプレイに視線を戻す中島さんには、私の胸の内なんてわかんないよね。



なんなんだろう……?

一体何のつもりだったんだろう……?

私自意識過剰だったのかな……。

そんなことばかりを繰り返し考えていた。


いや、別にいいんだけどね。告白されたわけでもないし。気があるのかなってこっちが勝手に勘違いしそうになってただけだし。逆にやっぱり全部冗談だったんだなって判明しただけマシだよね。

今日は油断すると支倉くんのことばかり考えている。

本っ当に不毛な時間……。





「そういえば、今日は支倉くん来ないんだね」

また彼のことを考えてしまっていたから。何気なく呟かれたその言葉にドキッとさせられた。

この前教えた彼の名前をちゃんと覚えていたみたい。

「それで、どういう関係なの?」と目をキラキラさせて尋ねてきた中島さんに「ただの同期ですよ!」と力説したのは先週の夜。


「……今日は予定があるみたいですよ」

「そうなんだ、残念。イケメンの顔拝みたかったなぁ」

「あはは、そうですね〜」


単にイケメンを所望しているだけなのか、恋愛ネタに結びつけて話を盛り上げたいのか、よくはわからないけれど、私としてはこの話はこれ以上掘り下げないでほしい。

だって、この前は気まぐれで現れただけだろうし、彼と私がどうこうなんてことは、ありえない話なんだから。

だから流そうとしたのに……。


「予定はちゃんと把握してるんだ」


そんな怪しむような視線を向けられても。


「……だから、ただの同期ですって!」














***


とりあえず帰って寝よう。中島さんからのイジリに耐えて今思うことは、もう何事もなく帰りたいということ。

それなのに……神様は意地悪なのでしょうか。




会社を出て駅に着いたところで、改札を通り過ぎた先に支倉くんの姿を見つけてしまった。


彼のことばかり考えていたせいで、他人を見間違えてしまったのかと思ったけど、近付けば近付くほど紛れもなく本人だった。

少し前の私だったら彼の存在に気付かないか、気付いても一声掛けて通り過ぎるか。どっちにしろ今みたいな気まずさは皆無だったはず。昨日あんな断られ方をした手前、なんて声を掛けていいかわからなかった。


それに……。




彼は一人じゃなかった。


フワッとしたボブヘアーの女の子と一緒だった。

服の色味とスカート丈から察するに恐らくは年下。今日の合コンの相手だろうなってことくらい想像はつく。

相手の顔はよく見えないけれど、彼女の顔を見つめて話す支倉くんは笑っていた。


そんな所で立ち止まらないでほしいんですけど……。

このまま改札を通れば気付かれてしまいそうで。でも声を掛けるのは絶対に違う。

今最も相応しい対応は黙って通り過ぎること……!

一番端の改札を早足で通り抜けて、そのまま真っ直ぐ前だけ向いてホームに向かった。



なんでこんな気苦労みたいなことさせられなきゃいけないんだろう……?

結局また今日も振り回されているような。

電車は丁度着いていたけど、混んでる快速に乗り込む気にはなれなかった。代わりに乗り込んだ各停は空いている座席が目立つ。この余裕だけが今の救い。

なんか疲れたな……。

もたれるように座席に座り、瞼の重みに任せて目を閉じた。

後は電車に揺られて帰るだけ……のはずだったのに。




「遅くまでお疲れ様」


ここ最近で少し聞き慣れてきた低音を耳にして、反射的に目を開けてしまった。

敢えて無視してここまで来た私の気遣いとか、むしろ声を掛けてほしくはないこの気持ちは、彼にまるっと無視された。


「……いえ、支倉くんこそお疲れ様」

ささやかな抵抗とばかりに睨みつけるように見上げて返事をしたけど、その心もまた無視される。空いている私の隣に当然のように腰を下ろした。


「……これ、各停だけどいいの?」

「いいよ。ゆっくり帰りたい気分だし」

混雑する車内を避けたはずなのに、逆に今はこちらの方が落ち着かない。

快速に乗っていた方が心が休まったかも……。

結局また今日も不意打ち……。

そうこう思っているうちに電車は発車した。





「さっきの女の子とはもういいの?」

支倉くん相手に色々考えて言葉を選んでも、結局いつも彼のペース。もう計算とかいいやと思って思い付いたことを口にした。

だけど「え?」とまるでこちらが変なことでも聞いたかのような疑問符が返ってくる。そして「いいんじゃない? 電車は違う方面だったし」と彼にしてはドライな回答が付け足された。


「そうなんだ。合コンはどうだった? 楽しかった?」

さっき女の子と和かに話してたから。普通に楽しんだ後、いい感じになった二人なんだと思っていたけど、実は違うのかな? 探りを入れてるみたいだなという思いを誤魔化して出来るだけさらっと聞いてみた。この違和感は気のせいで、「楽しかったけど、どうだったか気になるの?」とかいつもの調子で返事が来るんじゃないかと思って。


だけど、すぐには返事は来なくて少し考え込むような間。

「どうだろう。 別に行きたくて行ったわけじゃないから、そんなに楽しくはなかったかな」

あれ? なんか珍しく素直な感想……。


「行きたくて行ったのかと思ってた」

「違うよ。隼人が人数足りなくてどうしてもって言うから仕方なく。合コン好きに見えた? 心外だな」

「いや、支倉くんともなれば合コンなんぞ行かなくても女子は勝手に寄ってくるんだろうなとも思ってる」

悔しいような気もするけど、今までずっとそう思っていた印象を伝えると「何そのイメージ」と少しだけ笑った。



電車が次の駅に着くと涼しい夜風が入り込んでくる。

前に支倉くんと一緒に電車で帰った時は、立っていたからわからなかったけど、隣に座るのって思ったより距離が近い。

今更恥ずかしがるわけじゃないけど……。

ほら。ねぇ。やっぱりなんとなく落ち着かない。

そんな私の胸の内にはきっと気付いてないんだろう。彼は「弁解するわけじゃないけど……」と私の方を見ながらゆっくりと話し出した。


「初対面の人に馴れ馴れしくされるのが苦手で。よく知らない人と連絡先交換したくもないし。だからどちらかと言えば合コンは苦手かな」

「ふーん。わからなくもないけど」

でも初めて話したばかりの私に連絡先聞いてきたくせに。同期という同カテゴリーだから例外なのかな。


「もういいかなと思って帰るって言ったら、あの子も帰るって言うから駅まで一緒に来たんだけど。駅に着いたのになかなか解放してくれないからちょっと面倒だった」

「……へぇ。でも笑ってたから楽しく話してるのかと思ったのに」

「愛想笑いだと思ってもらって構わないよ」

彼にしては珍しい厳しい言葉。

だけど、なんとなく思う。これも本音なんだと。


「どうしたの? 今日はなんか素直だね」

「そうかな。いつも素直だと思うけど。だから桜野さんに会って癒されようと思って追いかけてきたんだけど」

素直と言った途端に戻るいつもの調子。

余計なこと言わなきゃよかったかな。


「だからやっぱり今日も桜野さんと飲んでた方が楽しかったかなと思ってるよ」

「いいよ、そういうの」

「本音なのに?」

何目的でこんなこと言ってくるのかホントわからないけど、とてもじゃないけど本音とは思えない。

私だって少しは慣れてきた。もう冗談に一々反応しない。「そう」と一言返すとまた少し笑っていた。













「桜野さん、俺と付き合わない?」


暫しの沈黙の後。

ガタゴトと揺れる車内で、その一言は何故かすごくはっきりと聞こえた。

もう冗談に一々反応しないーーそう思ったばかりだったのに、耳が言葉を捉えた途端胸が激しく脈打ち始める。

だけど……さっきまでと変わらないトーンの話し方。

告白ってこんなに軽いもんだっけ……?

それに電車の中での告白なんてムードも何もない。

だからわかってる。これもきっと冗談だって。



「……ちょっと冗談が過ぎるんじゃない?」

「冗談じゃないって」

「あ、もしかして酔って……?」

「酔ってないよ」

「ひょっとして誰にでもそんなこと言う……」

「言わないから」


間髪入れずに返ってくる答え。信じられないけど、もしかして本気なのかなという思いがチラついてしまった。だけど、そうなるともうなんて言ったらいいのかわからない。言葉を紡ぎ出せない代わりに視線だけ向けてみると、支倉くんは穏やかな顔で私を見ていた。



「ただの同期じゃなくて、もっと気兼ねなく誘える関係になりたいんだけど」

そっと付け足されたその言葉が嘘だとは思えない。


「……支倉くんは……私のこと好きなの?」


確認したい最重要事項を口にすると、やっぱり間が空くことなく答えは返ってきた。


「そうだってアピールしてたつもりだったけど」


至近距離で見る真面目な顔。その瞳が真っ直ぐ私を見ている事実に耐えられない。いつもある和かな笑顔が今はないことが、言葉に重みを増していて。

これが冗談だったら相当な演技派。一介のサラリーマンにしておくのは勿体無いくらい。


「……ずるいな。そんな真面目な顔されたら、本気にしちゃうって」

「してよ」

「…………」


どうしよう……流されそう。

流されていいのかな?

相手は同期のアイドルで、周りの評判もよいスマート男子。掴めない所はあるけど、優しいし、話も合うし。どうしよう……。





「……桜野さん?」

「え? はい!」

「一つ言いにくいことがあるんだけど……」

告白を素直に受け止めて真剣に悩んでいたところで掛けられた遠慮がちな言葉と少し困ったような顔。

え? もしかして……。


「やっぱり冗談だった?!」

「いや……冗談なわけないって。ただ……」

「ただ……?」

「駅もう過ぎてるけどいいのかなって」

「えっ?!」


驚きと同時に次の行き先を示す電光掲示板に目を向けると……最寄の駅は既に通り過ぎた後だった。




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