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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
4/21

同期と彼と私

「好きだよ」


微笑みを浮かべた支倉くんが真っ直ぐ私を見る。



まさかこんなにはっきりとした答えが貰えるなんて思わなかった。

それに、その綺麗な顔で囁かれた告白の破壊力ったら。ハートを射抜かれるとはこのことなのかと思えるほど、ドキドキさせられてしまった。


自分で仕掛けた話なのに……。

なんて返したらいいかわからなくて、だけどその目から視線を外せずにいたら。突然、彼は「ふっ」という息を吐いて、可笑しそうに目を細めた。


「好きだよって言ったら………」

「えっ」

「好きだよって言ったら嬉しい?って聞こうと思ったんだけど、嬉しそうに見えるのは気のせい?」

「…………!」


完全に遊ばれている……!

不覚にもトキめいた自分が恥ずかしい。


「気のせいだよ!」と言い返しても、「それは残念」とどこか上から見るような余裕のある笑顔しか返ってこなかった。


ここ二回で既に勢力図が出来上がってしまっている。

飲まなきゃやっていられなくなって、目の前のジョッキを手にビールを飲み干した。







***


一頻り食べて飲んだから、じゃあ帰ろうかとなったんだけど。

立ち上がると少しだけ頭に違和感があって、ちょっと酔ってるかなっていう感じがした。だからってフラフラになるとか、記憶が飛んでるとかそんなことはなくて、ホントにちょっとだけなんだけど。

彼のペースに乗せられていつもより飛ばしてしまった自覚はある。


支倉くんが飲み過ぎなんだよ……。


彼は顔に似合わず酒豪のようで、飲まなきゃやってられなかった私よりもナチュラルにかなり飲んでいた気がする。それでも顔色も足取りも普段通り。

彼のペースが乱れるのはいつなんだ?

なんだか憎らしい。



お店を出て駅に向かおうと歩き出してすぐのことだった。


「支倉?」

後ろから彼を呼ぶ声が聞こえたので振り返ると、そこにいたのは馴染みのある面々だった。


「あれ? 桜野さんも一緒じゃん」

「……うん。お疲れ様」

この距離間で歩いていて、同時に振り返ったら一緒にいたのは明白で。むしろ店から出てきた所すら見られてたかもなぁと一瞬で悪い予感が駆け巡る。


「何? みんなは同期飲み?」

「うん、まぁそんな感じ」

支倉くんと一緒にいる所を知り合いに見られるなんて、私はピンチに感じているのに、彼は全くそんな風には感じられないいつもの調子で話し出す。「支倉たちは?」と聞き返されても「さっきまでそこで二人で飲んでた」なんてしれっと答えるから、その正直さが腹立たしかった。


「何? 二人ってもしや付き合ってるの?」

輪の中にいた同期の中でも評判のお喋り男がニヤニヤしながら尋ねてくるから。

ほら、そういうことになるじゃん……!

この質問は今はしてほしくなかったんだよ。


他の同期が相手なら多分ここまで慌てないけど、相手はあの支倉くん。あらぬ誤解を招く発言をし兼ねないと思ったから。


とりあえず「違うよ!」と強めに否定したのに。


「俺は結構アピールしてるつもりなんだけど、桜野さんが全然靡いてくれなくて」


横から飛び出したとんでもない発言に絶句するしかなかった。

















***


週が明けた今日は社内研修の日。

年に数回開催されているもので、セキュリティに関する意識の再確認とかチームとしての関わり合い方とか講師の話を聞いたりグループを組んで話し合ったりするもので、ある程度の年次が進むと案内が来るもの。自分の仕事の都合を考慮して、事前に申し込んで受講する。


年上と思わしき社員の姿もチラホラあったけれど、それ以上に見かけるのは同期の姿で。同じように年次を重ねれば研修を受けるタイミングだってそうそう変わらないから当たり前といえば当たり前なんだけど。


先週末にあんなことがあった翌週の今日は、出来れば同期と顔を合わせたくなかったのに……。






研修中の休憩時間。一息入れようと立ち上がったところで、後ろから肩を叩かれた。


「桜野さん、支倉くんのことフったってホント?」


今日この質問を受けるのは朝から三度目。思わず「ハァ」と溜め息が出るのを止められなかった。

私の知らないネットワークが広がっているのか、お喋り男が私の想像を超えてお喋りだったのか、あらぬ噂は広まっていた。


残業が多い仕事ってことは会社にいる時間が長いってことで。娯楽に飢えた社員たちには人の噂はある意味いい刺激なのかもしれない。

社内恋愛ネタは結構耳にする。ましてや同期同士の恋愛話なんて格好のネタに違いない。


このタイミングで研修だもんな……。

支倉くんは今日の研修には来ていなかった。だから質問が私に集まるのは自然なことなんだけど。


「その噂は違うから。フってないから」

「えっ! じゃあ付き合ってるの?」

「いやいや、それもないから」

真相を確かめに来た女子に対して、このやり取りを繰り返す羽目になり、「じゃあなんでこんな噂が流れてるの」と更にツッコまれるという流れで、流石に少し疲れていた。


支倉くんの噂なんて今まで聞いたことがない。アイドルの恋愛ネタはある意味やっぱりスクープで、その相手が知ってるやつともなればみんな黙っちゃいられないらしい。

わかるけど。わかるけど……。







ううん、みんな全然わかってない……!


何が「靡いてくれなくて」なんだろう。

ハッと我に帰って「冗談はやめて」って言ったんだけど、「ほら、俺は本気なのに冗談としか受け取ってくれなくて」なんて困った顔で答えるし。

さっきまでの全部冗談みたいな軽い雰囲気じゃなくて、リアルに少し哀しそうな顔で話すから、何人かは本気にしたみたい。「支倉いいやつだよ」とか「男の本気を踏み躙るのはやめろよ」とか支倉くん派に流れる始末。

なんだか私が悪いみたいじゃない……!


困り果てた末に恨めしい気持ちで支倉くんを見ると、彼は私の視線に気付いて少しだけ身を屈めた。


「本当に冗談じゃないと思ってくれて構わないんだけど」

「…………!」



彼の目的がわからない。私を困らせて何が楽しいんだろう……?
















***


「とりあえず付き合ってみれば?」

「は……?……ええぇっ?!!」



研修は定時で終わり。

珍しく早く帰れるってことで同じく研修に参加していた同期の中でも割と仲のいい雛子ひなこを誘ってイタリアンのお店に来たんだけど。

そろそろ支倉くんに関する悩みが自分の中だけでは消化しきれなくなっていて。

雛子に話を聞いてもらうと、彼女は予想もしなかった答えを私にくれた。


「え? なんでそんな結論に至った?」

パスタをクルクルと綺麗に巻いて口に運ぶ雛子に、その理解出来ない発想について尋ねると、彼女は一旦フォークを置いた。

クールビューティという言葉が似合う彼女はワイングラスを持つ姿もよく似合う。形のいい綺麗な口元にワインが注がれていく。


「噂を聞いたときはびっくりしたけど、なんか菜月なつきの話を聞く限りだと、支倉くんが本当に菜月に気があるんじゃないかなと思えるから」

「えー、どこをどう取ってもないと思うけど。好かれることした覚えもないし。逆に嫌がらせに近いような気がしてるのに」

「じゃあ、嫌われることした覚えあるの?」

「いや、それもないけど……」


そう。部署の違う私と支倉くんは仕事上は全くと言っていいほど接触はない。同期が一同に過ごした新入社員研修時代だって話したことすらなかった。研修はグループ単位でやるものが多かったけど、グループは違ったし。たまに開催される同期の飲み会でだって、隣の席になったことはない。

それをどうして今更私に絡んでくるのか不明。


「まぁ、きっかけはよくわかんないけど、支倉くんにその気があるなら付き合えばいいじゃん。顔はいいし、同じ会社なら素性も確かだし。それに仕事も出来るらしいしね。結構大口の客先から今後も支倉さんでってご指名貰ってるみたいな話聞いたけど」

「何それ?!」

ベテランならまだしも、大口の客先からすれば私なんてまだまだひよっこ扱いなのに……。


「逆にそんなにすごい人だとやっぱり何かの罠に思えてならないんだけど」

「菜月は疑り深いんだから。何も考えず、一旦その気になってみれば。嫌いじゃないんでしょ? 支倉くんのこと」

「うん、嫌いではないけど……。でも、好きなわけでもないよ」

「いいよ、そんなもん後から付いてくるでしょ。もう大人なんだから」

そう言ってもう一度ワインを口に含む。雛子なんて可愛らしい名前をしているくせに、サバサバと物を言う。


「えっ、大人の恋愛ってそんな感じ?」

「そうだよ。好きです、付き合って下さいなんて始まりでも期待してるの? 中学生じゃないんだから」

「そうなの……?」

「むしろずっと乾いた生活してるんだから、支倉くんに気にかけてもらえるなんてありがたく思いなさい」


前に恋愛していたのはいつだっけ? それにどんな始まりだったかもうよく覚えていない。私がご無沙汰している間に恋愛のルールは変わってしまったの……?

そんな風に言われると、おかしいのはやっぱり私? みたいな気にさせられてしまった。













***


金曜を明日に控えた前日の夜。


先週もその前も金曜に誘われた。ということは、つまり明日また誘われるかもしれない、という考えに行き着くのは安易な発想でしょうか?


でも、この前別れ際に「また来週」って言ってたし……。



"明日の夜空いてる? また一緒に夕食はどうですか?"


どうせなら先手を打ってやろうと、私から誘ってみることにした。

これまでの二回は支倉くんからの不意打ちにも近い誘いによって、初めからどこかリードを奪われていた気がする。即ちこちらから誘うことで流れを優位に持っていけるのでは、と考えたのはやはり安易でしょうか?



雛子はああ言っていたけど、真意を確かめないで付き合うなんてやっぱり無理。せめてもう少し彼の何かを掴みたい。その為に会うんだ。もう揶揄われない。どういうつもりなのか突き止めてやる……!




返事が返ってきたのは思いの外すぐだった。

メッセージのやり取りは初めてで、意気込んだもののなんとなくソワソワする気持ちになる。だけどスマホを起動して目に入ったポップアップには、彼の名前と共に"誘ってくれてありがとう。"という肯定的な一文が表示されていたから、どこか安心した気持ちがあった。


だから。








だから油断した。


本当に油断した。




LINEを起動して目に入ったメッセージの全文。そこに書かれていた内容に目を見張った。



"誘ってくれてありがとう。嬉しいな。だけどごめん。明日は合コンだから無理。"





やっぱり彼が私を好きだなんて思えない……!





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