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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
番外編
19/21

あなたの弱点 3

彼氏と友人に心揺さぶられた週末。お陰でリフレッシュ出来たかわからないまま迎えた翌週。


急遽入った午後イチの打ち合わせの為に、会議室に向かう途中だった。ただ飲み物が欲しいなと思っただけなんだけど。

そう、それだけだったんだけど……。






***


会議室とは言ってもチームミーティングで使うものだから机がズラッと並ぶような大きな部屋じゃなくて、数人で打ち合わせする為の小部屋。同じフロアの部屋は午後は予約で埋まっていたから、一つ上の階の部屋を予約していた。

管理する部署まで行って鍵を借りて階段を登る。昼休みを若干返上するようなフライング気味な行動だけど、自分のデスクにいたって特にすることはない。逆に一人で静かな会議室に前乗り出来ることは悪くないようにも思えたから。


階段を登った先に目的の部屋があり、近くには自販機のある休憩スペースがある。まだ時間もあったし飲み物も欲しいような気がしたから、先に何か買っておこうと休憩スペースに足を向けたところだった。




「ホント、あの桜野さんがなぁ」

「それで、どんな感じ? 桜野さん」

不意に自分の名前が聞こえてきて、角を曲がろうとした足を止めた。

今、「桜野さん」って言ったよね……?

静かな廊下に扉のない休憩スペースからの声は意外と響いてしまうもので。

「桜野さん」なんてそんなに聞く名前じゃないから私のことだよね……?

頭でそう考えるのと足を止めるのはほぼ同時で、妙な緊張感が込み上げてくるのを感じた。

だってこの場面、つい最近遭遇した状況にかなり似ていたから……。

だから、もしや……という予感を抱いた時だった。




「そんなに気になる?」


壁越しに聞き慣れた声が聞こえてきて、予感が確信に変わる。

……なんでだろう? なんでまたこんな場面に遭遇してしまったんだろう?

出来過ぎた偶然にただただ驚きでいっぱいになった。






支倉くんと付き合い始めたある昼休み。

こうやって飲み物を買いに行こうと休憩スペースに来たところで私の名前が聞こえてきて。思わず立ち止まった挙句に聞き耳を立てるという行動に出たところ、そこにいた支倉くんが仮にも付き合いたての彼女である私のことを、ノリが悪いとか色気がないとかディスり出すのを耳にして疑心暗鬼になったことがあった。

そんなことが思い出されて、やっぱり引き返すべきかと咄嗟に回れ右してみたものの。


「いつ会ってんの? 週末?」

「大体金曜かな。仕事終わりに待ち合わせて飯食って、家に寄ったり泊まったり」

会話の展開が気になって、結局足を進められない。

結局また聞き耳を立てるように壁に張り付くことになった。




怖いもの見たさという訳じゃない。今日は大丈夫だとこの目で……もといこの耳で確認したいだけであって、探りを入れてる訳じゃない。不穏なワードが出ないことを祈りながら妙な緊張感を抱えて聞き耳を立てる。貴重な休み時間に何をしているのかということについては考えないようにしたい。



「だからか、最近金曜付き合い悪いよな」

「いや、お前らが飲み始める時間は大体まだ仕事してるから」

「え、じゃあデートだから早く帰るとかないんだ?」

「ないね。向こうも割と残業多いし」


今日は前話してた同期とは違う顔触れなのかな? 前回の暴言を聞いていたとしたら、あの言いようで実は付き合っていたってバレたら何かツッコミが入る気がするけど……もしくはそのやり取りはもう終わった後なのかな?

淡々と話す今日は、事実をそのまま述べているだけで不穏なワードは出てこない。

前は付き合っていることを隠していた時期だったから。やっぱり支倉くんなりに何か思うところがあってあんなこと言ったのかなぁ。今はもう隠してないし誤魔化すようなこともないから……。

前回の謙遜では済まされない暴言をそう解釈していた。


そして、だんだんと他の同期の話にシフトしてきたから、もういいかなと場を離れようとしたところだったんだけど……。




「俺の彼女料理全然しなくて……」


不意に耳に入った話題になんだか少しドキリとした。

私のことを言われた訳じゃない。他の同期の彼女への愚痴。それは承知しているのだけど、他人事とは思えない話だったから。

正直言えば料理が苦手。全く出来ない訳ではないけど、さらっと人様をもてなす技術は持っていない。

前に支倉くんの誕生日にオムライスを作ってあげたことがあったけど、あれは猛練習の賜物であって、それ以来と言うかそれ以前も殆ど料理という料理を披露していない。逆に彼は料理上手で料理好きのようで、何度か夕飯をご馳走になっているし、週末の朝には「おはよう。ご飯出来てるよ」なんて素晴らしい台詞も出てくる。

だから聞き慣れた声の主から「料理ねぇ」と漏れたことに、実は何か思うところがあるのかもなと、どこかヒヤヒヤとした精神状況に至りかけていた。

だけど。



「桜野さんて料理出来る方?」

「………!」

突如飛んできたダイレクトな質問の所為で、一気に窮地に立たされてしまった。

……えーー、それ聞いちゃいます?



考えを悟らせてくれない支倉くんが、実は何を思っているかなんて、本来ならとても聞きたい。そう、聞きたい筈なんだけど……この件に関しては正直あまり聞きたくない。

事実ではあるけど、私が料理しないことを実は不満に思っていたり、きっとあいつオムライスしか作れないとか面白可笑しく話されたりしたらと思うと気落ちする。

第三者の前でならポロっと本音が出そうなこの状況に、やっぱり引き返すべきかとまた回れ右したところだった。



「割と出来る方なんじゃないかな」


…………え?!

一歩踏み出した私の耳に、あっさりと放たれた声が届く。その意外過ぎる一言に足を進められなくなってしまった。

え、今、なんて言った……?


「金曜は待ち合わせた後、家に帰って飯食うこともあるんだけど、俺の家で料理してくれることもあるし」


…………え?


「俺の好きなもの練習してくれたりもするし」


…………へ?


「マジかよ」みたいな声が上がる中、誰よりも私がそう叫びたかった。

なんでそんなこと言うの……?!





金曜の夜、家でご飯を食べることはあるし、支倉くんの家で私が料理をしたこともある。彼の好きなものを練習したこともある。だけど、実際ご飯を作ってくれるのは毎回ほぼ支倉くんで、私が料理をしたのも練習をしたのも彼の誕生日の一度だけ。

事実ではあるけれども真実を全く露わにしていないその表現は全くしっくりこなかった。

こんな風に話したら聞いてる方はどう受け取るか想像はつく。それがわからないほど彼は天然でも考えなしでもないから、これは意図的な言い回し。

なんでそんな風に話すの? 今日は私のこと持ち上げたいの……?

なんだか全然わからなかった。

ありのままの真実を話されることが怖かった癖に、ここで誤魔化されたことがなんだかとてもモヤモヤする。

同期の手前、料理出来ない彼女だなんて情けなくて話せないってこと……?







「…………」


不本意な感嘆の声がまだ聞こえる中、今度こそ早足で引き返した。会議室の鍵を開けて中に入り、深呼吸をしてからスマホを手に取る。



"今、時間ある? 聞きたいことがあるんだけど。"


なんだかどうしても問い詰めたくなったのは、なんでそんなこと言うんだろうという思いが溢れてしまったから。何を考えているのかわからなくてたまらなくなってしまったから。











***


「どうしたの? 会社で呼び出すなんて珍しいね」


勢いで送ったLINEが既読になるのはすぐのことで、直後にかかってきた電話で呼び出したのはいいけれど。

金曜の夜は待ち合わせをしているけど、それ以外で会社で私から呼び出すなんてことは一度もしたことがない。だから社内の密室で二人で向き合う事態に直面して初めて、これをらしからぬ行動と認識してしまった。だからうっかり「急に呼び出してごめん」なんて下からな台詞を口にしてしまい、問い質してやる! と意気込んだ当初の勢いは本人を前に急速に失われつつある。

なんだかどうしても彼の真意が知りたくなって直情的な判断で行動に出てしまったけれど、彼を待つ数分の間に、もしかしたら特に深い意図はなかったんじゃないかなという考えが思い浮かんでしまったせいもある。支倉くんには愉快犯的なところがあるし、真実を伝えることを重視している人柄じゃない。

それでも本人を目の前にした今、私の行動は一択な訳で。

己を奮い立たせ、意を決して口を開いた。



「……ど、どうしても聞きたいことがあって」

「何?」

「……さっき、休憩スペースにいたでしょ? 偶然話を聞いちゃったんだけど……なんで私が料理上手、みたいな風に話したの?」

奮い立たせたつもりだったのに、結局失われた勢いを取り戻すことは出来ない。予定よりも随分とやんわりとした口調になってしまった。

それでも、陰で聞かれていたことを指摘されたら少し位動揺したっていいと思うんだけど。




「ふーん。盗み聞き?」

「いや、あの……偶然聞こえてきただけで……」

目の前の綺麗な顔に動揺の色は現れなかった。むしろ少し楽しそうに微笑んでそんな風に聞き返してくるから。確かに故意に盗み聞きをした手前その指摘は流せない。

もしかしたら、このタイミングであの休憩スペースから程近いこの場所に呼び出したことで、勘のいい彼は何か気付いていたのかもしれない。

ドキリとした私の目が泳いだのを確認したからか、フッと笑いを零した支倉くんは一歩前に出た。



「まさか、聞きたいことってそれ?」

「そうだけど……」

「わざわざすぐに呼び出す程気になったんだ?」

「そうだけど……」

腕を組んでこちらを見つめる顔はやっぱり何故か楽しそうに見える。わざわざ呼び出された挙句の質問がこんなことでおかしいって言いたいのかな。


「嘘をついたつもりはないけど」

「そう、かもしれないけど、料理したことなんて一回しかないじゃない。あんな風に話すのは誇張だし誤解されるってわかってたよね?」

「まぁ、そうだね」

あっさりと認める返事にたじろいでしまう。経験上こういうやり取りでは、揶揄われる、もしくは誤魔化される方向に持っていかれる可能性が高い。

対面しても彼の考えは全くわからなくて、頭を動かし続ける行為が無駄に思えてくる。無駄な時間とエネルギーを使ってしまったのかもなと、またしても後悔の念が湧いたところだった。







「独占欲かな」

「……………はい?」

次に耳に届いた言葉は想定外過ぎるもので。


……えっと、今なんて言った?


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