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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
番外編
18/21

あなたの弱点 2

「情けないけどヤキモチ妬いた」


突然そんな風に言い出した支倉くんのテンションは、明らかに言葉に似つかわしくなかったから。

疑いの心は隠せず、軽く流してお風呂に入って。

私が出た後、入れ替わるように彼はお風呂へ向かったので、今は一人リビングでソファに座って寛いでいた。


テーブルに置かれていたビジネス雑誌を手に取り、ペラペラと捲る。

目に入ったのは投資とか資産運用とか、せっせと通帳にお金を貯め込む私とは縁のない言葉の羅列。さっきは興味ないなんて思ったけど、なんか勉強になるなぁと読み耽っていたところだった。



「……ん?」

突然響いたスマホのバイブ音。

反射的に目を向けると、雛子からの着信を告げているのが目に入った。


「……はい、もしもし」

「もしもし、菜月? ごめん、こんな時間に。今大丈夫?」






美術館で開催中の絵画展のチケット。それが手に入ったから、暇なら明日行かないか、そんな誘いの電話だった。

だけどそれは客先の男性社員から頂いたという話で。

それって二枚とも貰うのはいけないやつなのでは……?

だからなんとなく気が引ける思いがするのに、私の細やかな心配なんて振り払うように雛子は何故か自信たっぷり「大丈夫」を繰り返すから。

モテる女は何かが違うのかもしれない。




「うーん、夕方なら大丈夫かな」

「ホント? よかった。だけど、土曜だけどホントに平気? デートとか」

「大丈夫。今のところ予定はないし。出掛けるなら昼間にしておくから」

なんとはなしに答えたつもりだったのに、これは失言だったようで。電話の向こうからふふっと笑う声が聞こえた。



「ふーん。もしかして、今日は支倉くんの家にお泊り?」

「え」

「そのノープランな感じはそういうことかなって思っちゃったんだけど」

「うん……えっと、まぁ、そうだけど……」

付き合っていることはもちろん知られているのだから、容易に想像出来る事態であるとは思うのだけど。ずばりバレていることがなんかちょっと恥ずかしい。



「なんだ。金曜はいつも残業なんて言ってたのに。潤いのある生活に変わったみたいね」

「そうかな。今日も残業だったけどね」

「へー。じゃあ残業後に駆け付けたの? 思ってたよりラブラブじゃない」

「いや、けしてラブラブではないけどね」

私を揶揄う気満々な雛子の言葉を斬って捨てるように返した。だけど。


私達はラブラブではない。

私の思うラブラブのイメージと私達はなんか違う。

だから正直本音なのに。「照れてるの?」と言う声を「そうじゃない」と窘めて。


そして、そうこう言い合っている内に「そう言えば」と電話の向こうから切り出されたから。

やっとイジられるのが終わったかと思ったのに。



「菜月が支倉くんと付き合い出して、ショック受けた同期結構いたらしいよ」

「……は? 何の話?」

突然飛び出した内容が理解出来ず、思わず眉間に皺が寄る。


「隣の課の男子から聞いたの。菜月は隠れファンが多いんだって」

「え! 全然そんな気配感じたことないよ」

「そりゃそうよ。隠れファンだもん」

「……なんで隠れるの?」

「さぁねぇ。みんなシャイなんじゃないの」



初めて聞いたそんな話……。

隠れファン……本当にそんなものががいたとしても、みんな見事に隠れていたからモテた記憶も何もない。

だから。


「それって結局声掛ける程までの気はないってことじゃないの?」

こんな風に卑屈な考え方しか出来ない女がモテる訳がないと思う。


「支倉くんも実はヤキモキしてるのかもね。モテる彼女がいて」

それでも雛子はシャイな隠れファン説を譲らないようで。だけど、そんな風に言われてもモテるに同意出来ないし、ましてや……。


「え! 絶対ない。支倉くんがヤキモキとかありえない」

私の彼はニコニコしながらヤキモチ妬いたなんて言う人。彼がこんなことで心乱すとは到底思えない。



「あ、じゃあ、この前の病院の先生の話は支倉くんにしてないの?」

「するわけないでしょ」

だからこの話題も終わりにしてほしい、そう思っていたのに。逆に話題を膨らめるように、雛子はまたイジってほしくないことを口にした。


客先の病院の先生である大和先生に、気があるような告白をされた話。

そう頻繁に会う訳ではないけれど、断った手前気不味くて、こういうことに慣れていそうな雛子に相談していた。



「じゃあ話してみたら。ヤキモキするかもよ」

「完全に面白がってるでしょ。突然そんなこと言い出すの絶対おかしいでしょ」

『私この前客先で告白されたんだ』なんて話題を自ら振る自分……おかしい気しかしない。


「そうね、おかしいとは思うけど」

「雛子に相談するなんて人選ミスだったかも」

真剣に取り合わない様子の雛子に呆れたような声を上げれば、楽しそうにクスッと笑う声が聞こえた。


「そう? 結構いいアドバイスしたと思うけど」

「どこが?」

とりあえず態度は今まで通りで。そこまではよかったものの、食事くらいなら行きなさいとか、多少気がある素振りを見せてもいいとか。彼女の助言は私が求めていたものとは違う方向に流れていた。



「ふふっ。結構本気で私は先生キープしておくのアリかなって思うけど」

「またそんな……もうきっぱり断ったのに」

「別に何とでも言えるでしょ。真面目で優しい病院の先生。そっちのが菜月には合ってるかもよ」

「え! 支倉くんのこと推してたくせに」

「でも人は心変わりするものだし」

「心変わりって。確かに大和先生は真面目で優しい感じではあるけど……」


そういう人じゃちょっと違う……。

だけど、そんなこと伝えたら雛子からもまぁまぁのM扱いをされそうで、何も言えなくなってしまった。

私が黙ったことで満足したかのように「じゃあ、続きは明日」なんて言って電話を切るから。

なんかこういうところやっぱり誰かに似ているような。

ちょっと疲れた気分になって、ふーっと息を吐きながらソファに凭れかかった。















「明日どっか行くの?」

「………!」


気を抜いた所で掛けられた声。

予想外の声掛けに思わず身体が飛び跳ねた。

恐る恐る振り返れば、声の主はタオルで髪を拭きながらこちらを見下ろしている。


「……あ、あぁ。お風呂出たんだ」

「うん、さっき出たとこ」

「……えっと、雛子と電話してて。明日の夜会う話になって」

「そうなんだ」


あれ? いつからいたんだろう……?

別にやましいことはないんだけど、声を聞かれていたかもと思うとなんとなく焦る。


「ぜ、全然気付かなかったぁ……いつからいたの……?」

『今来たとこ』そう言ってほしくて。

だから、「え? 今来たとこだけど」とさらりと答えが返ってきたからホッとしたのに……。



「真面目で優しい先生と何かあったの?」


微笑みを携えながら返ってきた言葉に、気まずさで埋め尽くされそうになった。


「心変わりされたら寂しいな」




話す訳がないと思っていた話がこんな形で伝わるなんて。この状況を招いた自分の行動が愚かに思える。

何をどこまで理解したのかはわからないけど、こんな茶化し方をされてしまえば、私が多少モテたとしても彼がヤキモキするなんて、やっぱり到底有り得ないことのように思えて仕方がなかった。



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