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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
番外編
17/21

あなたの弱点 1

その日は金曜日で、いつもの通り打ち合わせの準備をこなしていた。


ーー会議室の準備に必要な資料の印刷。

けして難しいことをする訳ではなくて。もう数年やってることだから慣れたと言えば慣れたことなのだけど……地味に時間がかかるこの作業をいつも少しだけ不満に思う。


新人がうちの課に配属された今年こそ、この雑務から解放されるかもなんて淡い期待を抱いていたのに、新人である後輩くんは別のチームに奪い取られ、結局今年も私はこのチームでは下っ端扱い。

この役目は今のところ降りる予定はなさそうで。

今日もまたおじさん方から「打ち合わせで使うからこれ人数分印刷しておいてなんて」なんて軽いメールを頂いて、大量の資料を渋々ながら印刷する。



"不必要な印刷は控えること"

先日、部長からそんな御触れが出回っていたはずなのに。


「なんだかんだ言っても結局紙のが見やすいんだよな」

根強い紙派は健在で、これを必要なものと主張されれば何も言い返せない。大量の資料を前に、これ本当に必要だったかな? と多々思うことがあることも、「モバイル持ち歩いてますよね!」なんてツッコミも出来なくて。

遠くの部長より近くの上司。

権力に屈するしかない入社五年目、金曜の午後。







「もぅ、ペーパーレス化じゃなかったの……?」

コピー機の前で大量の印刷物を纏めながらも、やりきれない思いが思わず呟きと化したところだった。


「お疲れ様」

「えっ……あぁ、お疲れ様」


突然掛けられた声に振り向けば、歩いてきたのは同期の藤澤くんだった。


「なんかすごい量だね」

「これから打ち合わせなの。なんか既にもう疲れた気分だよ」

「ははっ、お疲れ様」

「あ、印刷するよね。ごめん、あとちょっとで終わると思うんだけど」

藤澤くんは課は違うけど私と同じフロアで働く同期。だからたまにこうしてフロア内で遭遇することはあるから、多少の会話を交わす仲ではあるのだけど。



「いいよ、大丈夫。桜野さんの姿が見えたから来たってのもあるし」

「え」

突然の意味深発言に反射的に「え」とは言ったものの、そういえば藤澤くんて支倉くんと仲いいんだよなーとか思っていたから。なんとなくだけど彼の次の言葉が予想出来てしまった。





「葉とは順調?」


だからこの質問が来たことにやっぱりなと思ってしまう。

それでも。

一瞬で質問を想定する頭は回っても、それに対するスマートな回答は残念ながら用意出来てはいなくて。

多少の振り回されてる感はありつつも、それなりに関係を築いていけている気は…する……と思うけど、私は彼のことまだ全然掴めていないことは否めない。

こんなんで順調と言ってもいいものなのかな……?


だから捻り出すように「順調……なのかな?」なんて返せば藤澤くんはまた「ははっ」と笑った。


「もしかして、葉に結構振り回されてる?」

「えっ」

「あいつ何考えてるか謎だしね」

「!」


ズバリ言い当てられたことに驚く。

だけど、彼らは仲がいいんだから、支倉くんの性格なんて承知してるに決まってる。


「……流石友達。その通りです」

「じゃあ、プライベートもお疲れ様だね」

そう言って彼はまた少し笑った。




「俺、あいつとは大学からの付き合いだけど、未だによくわかんないなって思ってるよ」

「えっ、ってことはもう九年位の付き合い?」

「うん。まあまあ長いでしょ?」

藤澤くんとはたまに仕事の話はしても、支倉くんの話をするのはこれが初めて。

たまに接する中で、私としては藤澤くんは裏表のない素直そうな性格に見えていて。だから、あの素直さをひた隠す支倉くんとなんで仲がいいんだろうなんて思ってしまっていたんだけど。

そっか、学生時代からの仲なのか。


「昔からあんな感じ?」

「んー、そうだね、あんな感じかな。入学したての時からだいぶ垢抜けてたし爽やかそうで。でも絡んでみたら中身あんなだったから。それが逆に面白かったっていうか」

「わかるかも。あれで中身が普通に優しい人だったらちょっと違うっていうか……」

「そこ同意してくれる? よかった。もしかして、あいつの見た目とのギャップに戸惑ってないかなって心配してたんだけど。調子に乗って嫌われてないかなとも」

そんなことを言いながら笑顔を見せる藤澤くんがいい人に思えてならない。

「あのギャップにガッカリはしてないから大丈夫」と答えれば彼は安心したように微笑んだ。









そうこうしている内に印刷が終わったようで。手早く紙の束を纏めてポジションを交代する。もう印刷は終わったのだから席に戻るべきなのだけど、ふと気になることがあってまだこの場に留まってしまった。


「あの……こんなこと聞くのは変かなとは思うんだけど……」

「何?」

「ちょっと聞きたいことがあって……」

二人が学生時代から仲がよろしいんだってことは伝わってきたし、藤澤くんは友人の恋路が順調か気に掛ける程にいい人だってこともわかった。

そんな中、こんなことを尋ねるのは少し気が引けるけれども……。



「支倉くんの弱みとか知ってる?」

「えっ?」

思い切って口にすると、案の定藤澤くんは驚いた顔を見せた。


「いや、あのね。支倉くんの魅力はそれなりにわかってるつもりではあるし、根は優しい人だと思わないこともないんだけど、なんていうか、その……。いつも振り回されたり言い負けたりしてるからたまには優位に立ちたいっていうか……」

自分で話題を振っておきながら言い訳がましく話す自分がおかしいような。だけど、オロオロと話す内に驚いていた藤澤くんの顔は徐々に笑顔へと変わった。


「突然弱みなんて言うから何かと思ったけど。でも、なんだそういうことか。俺も大体言いくるめられてるから、その気持ちはよくわかるよ」

「えっ、藤澤くんにもそんななの?」

「残念ながら」

なんだろう。支倉くんには気に入ったやつを言い負かしたい趣味でもあるのかな? やっぱりちょっと理解出来ない。それでも「あいつ負けず嫌いだから」という藤澤くんの言葉を聞いて「あぁ」と納得出来る部分はあった。




「それで、 何か支倉くんの苦手なこととか知ってる?」

支倉くんの狼狽えるところを私だって見てみたい。ちょっと揶揄うネタにするだけだから!

付き合いが長いのならそれくらい知ってるでしょう。そんなつもりで聞いたのだけど。



「えー。そうだなぁ……」
















***


大量の資料を用意して臨んだ打ち合わせは、例の如く脱線を交え予定時間をオーバーし、やっと終わったと思う頃には定時を既に過ぎていた。

まだやらなきゃいけないことが諸々残っている焦りに加え、やっぱりこれ要らなかったじゃない! という使わなかった紙たちを前にした苛立ち。

お陰で支倉くんとの待ち合わせ時間には間に合いそうもなくなってしまっていて。

だから急遽、"今日無理かも"とメールを送ったんだけど。

彼から届いた返事は"じゃあ家で何か作って待ってるよ"なんてちょっと嬉しくなるような言葉で、なんだか生き返るような思いがした。


そしてやっとのことで辿り着いた彼の家で「お帰り」なんて笑顔で出迎えられたことに、ちょっとキュンとさせられて。




「ミネストローネ作ってみたんだけど」


そして出てきた温かい食事。

彼だって私同様仕事終わりなのに、さらっと食事を用意してくれた上に笑顔でもてなす心の余裕。

当然のことながら差し出されたスープは美味しい。

なんだかホッと癒される思いがして、いつもは少し恨めしいくらいに思う彼のスマートさを今は尊敬したい気持ちになった。



だからかな。

そうなると、やっぱり疑問に思ってしまう。









「葉くんてさ、苦手なこととかあるの?」


食べ終わったお皿を洗い終えて、ソファに座る支倉くんに視線を向ければ彼は本を読んでいて。

それでも、唐突にそんな疑問をぶつけると彼はパッと顔を上げた。



「何、突然」

「だって、何でもさらっとやってのけるような気がするから。これ苦手だなって思うこととか、これ無理だなって思うものとか……」

「買い被りすぎじゃない? そりゃあるよ、人並みには」

「本当に?」

「うん。それなりに」

そう答えて視線は手元の本に戻る。

今日読んでるのはビジネス雑誌なのかな? 彼の隣に腰を下ろして見えた雑誌のページには、そんな雰囲気の写真やグラフが載っている。


だけど。

彼が経済やら先端技術やらにアンテナを張ってたとしてもそんなことには今興味ない。私の投げた質問に対する解の方が断然気になるから。

だからそのまま「例えば?」と軽く問い掛けてみると、雑誌に視線を走らせたまま答えは返ってきた。



「甘いものはあんまり得意じゃないかな」

「え、そうなの?」

あ、だから誕生日の時ケーキは要らないって言ったのかと先日の会話が過ったけれど、だからって知りたいのはそういうことじゃなくて。


「でも、なんか、うーん。他には?」

さらっと流して次を求めると、彼からふっと笑いが溢れた。




「俺の弱みでも握ってどうにかしたいの?」

「えっ」


純粋に何でも軽々とやってのけそうなことを疑問に思ったからの問いではあったのだけど……昼間の会話があった手前、下心は隠せない。

チラッと向けられた視線が全てを見透かしているように思えて、やっぱり今日も誤魔化せなくなってしまった。



「……だって、いつも余裕そうだから。ちょっとは狼狽えたりすることあるのかな、とは思いました……」

「彼氏のカッコ悪いところ知りたいの?」

「……多少は」

「ふーん。変わってるね」

そう言ってクスッと笑いながらページを捲った。



「でも、敢えて彼女にカッコ悪いところをカミングアウトする気はないかな」

「……そうですか」

そんな風に付け足されたら。これはもう答えてもらえないやつだな。

無言で雑誌を読み進める様子から、諦めてお風呂でも借りようかなと立ち上がろうとしたところだった。







「今日隼人に会ったんだって?」

「え」

「さっきLINEしててそんな話が出たから」

「……あぁ」

視線は雑誌のままだったけど、唐突なその問い掛けになんだか少し焦らされる。


「隼人と何話したの?」

「何のって。葉くんとは順調かって聞かれただけで……」


直接本人にもさっき聞いたけど……彼の弱みは?なんて質問を藤澤くんにも聞いている。探りを入れたことがバレてた? なんか気不味いじゃない。



「なんて答えたの?」

「え……順調だって答えたけど」

「順調なんだ?」

「えっ?! 違うの?」

「いや、頗る順調だとは思ってるよ。けど隼人からは、桜野さんを苛めすぎるなって注意されたんだけど」

「あぁ、それは……葉くんに振り回されてないかって藤澤くんが心配してくれたからで」

「へー。振り回されてるんだ」

ふっと笑いを漏らしながらまたページを捲る。

何その反応。自覚はあるでしょう。



「藤澤くんも葉くんに振り回され続けてるって言ってたよ」

「いいんだよ。隼人はそれで喜んでるから」

「え? 喜んでるの? 九年も振り回されて喜んでるとしたら、まぁまぁのMじゃない?」

多少は困ってるように見えたけどな。そう思ったから反論の意を込めてそうコメントしたのに「そうかもね。菜月と似てるよね」なんて言うからちょっとイラっとした。


おかしいな……さっきまではちょっと癒されるような思いがしてたのに、なんか今はおちょくられているような。


それにこうなると、なんで素直で優しい藤澤くんと彼は仲がいいのかという疑問もまた浮上してきてしまう。


「支倉くんの弱みは?」と詰め寄る私に藤澤くんは結局口を割らなかった。困った顔で「うーん。ちょっと思いつかないなぁ」なんて信じられないことを言って……。

でもそれは、親友を簡単に売れない彼の優しさか、揉め事を起こさせない為の気遣いだと思ってる。




「藤澤くんは誰かさんと違って素直で優しい人だからね。合わせてくれてるんだよ、わかってる?」

悔し紛れの嫌味を込めてそう口にして。一旦クールダウンしよう。そう思って今度こそお風呂に行こうと立ち上がったのだけど。




「隼人とはよく話すの?」

「へっ?」

「同じフロアだとよく会うの?」

「えっ?」

「素直で優しい人が好きだった?」

「…………」


突然の質問責め。

こんなに一気に捲し立てられることは初めてでドキッとする。

だけど、この質問はなんか……。


「どうしたの? ヤキモチ?」


まさかとは思いつつそう問い掛けると、雑誌を閉じた彼は上目遣いで私を見上げた。





「そうだね。情けないけど」



そんな爽やかに笑うヤキモチなんてある?

情けないなんて言葉が似合わない。ほら、だからそういうのじゃないんだってば!






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