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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
番外編
16/21

◆後日談◆ お願いの行方

「デートはどうだった? 楽しかった?」


職場に着いて開口一番中島さんからそんな疑問をぶつけられたのは木曜の朝。



「えっと、あの、まぁ、はい」

「えー、何? 照れてるの?」

「いえ、照れてる訳じゃないですが……」

「いいんだよ〜、惚気てくれちゃっても」

ニヤニヤする先輩を前にたじろぐ朝。

デートの話をそれほどオープンに先輩に晒す気はないけれど……昨日の出来事は楽しい楽しくないの尺度で測る話ではないような。

教えていないはずの誕生日を把握されていたり、浅はかな犯行の動機を暴かれたり、サプライズが激しくあったのは確かだけど。



「あんなイケメンが誕生日をエスコートしてくれるなんて羨まし過ぎるよ〜」

だけど、中島さんにはやっぱり今日も私の複雑な胸の内はわからない。とりあえずやんわりとお洒落なお店でフレンチ食べました的なことを説明すれば、心の底から羨ましいとでもいうような声が上がった。



「あの笑顔癒されるわぁ。あんな爽やかなイケメンが同期にいるってだけでも羨ましいのに」


そして付け足されるように飛び出した彼を賞賛する言葉。だけど、支倉くんのことは同期とは説明したけど、彼氏と説明した記憶はないんだけどな。そう思ったから。


「そういえば、なんで私の彼氏がその……支倉くんだって知ってたんですか?」

昨日から少し気になっていた疑問を口にしてみることにした。


「あぁ、そういえば言いそびれてたかも。この前朝エレベーター待ちの列に並んだら前が偶然支倉くんだったから、ちょっと声掛けてみたんだけどね」

「……え、はい」

一度挨拶した程度の後輩イケメンに声掛けちゃうのか……流石中島さん。バイタリティ溢れてるな。


「彼女がいつもお世話になってますって言われたから」

「えっ」

「もっとキョトンとされるかなーとか思ったのに、私のこと覚えててくれたみたいで。あんなアイドルスマイル見せられて、朝から得した気分だったわ」

「そうですか……」

声を掛けちゃう中島さんの気持ちもよくわからないと思ったけど、笑顔でさらりとそんなこと言っちゃう支倉くんの気持ちもイマイチ理解出来ない。

だって逆の立場だったら……。

『彼がいつもお世話になってます』なんて嫁気取りなこと言えない。なんかドギマギした空気が流れて、エレベーターよ、早く来い! とか思いそうだし……。






「おはようございます」


想像だけでドギマギしてしまっている中、掛けられたその声にハッとして。振り返った先にいたのは今年配属された後輩の男の子だった。

「おはよう」と中島さんと被るように挨拶を返す。

出勤の早い私たちに続いて後輩くんがやって来るから、これはいつもの光景なのだけど。

いつもの通り後輩くんはそのまま自分の席に向かうと思っていたのに、今日は何故か「桜野さん!」と私の名前を呼びながらこちらにやって来た。

そして。



「支倉さんと付き合ってるんですか?!」

「え」


朝から中島さんに絡まれるであろうことは想定して出社したけど、こちらは全くの予想外。

驚きのあまり一瞬固まってしまった。


「昨日定時後に支倉さんがここに来たじゃないですか?」

「え、あ、うん」

「お二人の雰囲気的に付き合ってるのかなって思ったんですけど、違いました?」

「え……いや、あの、そうだけど……」

「やっぱりそうなんですね!」

「……支倉くんと知り合いなの?」

未だに彼と付き合っていることをイエスと認めることに緊張してしまう。だから相手は四つも年下の後輩くんなのに変に緊張してしまって。辛うじてそれを認めると、私とは対照的に何故か後輩くんの目は輝き出したように見えた。



「支倉さん、うちの大学のOBなんですけど、支倉さんがリクルーターで大学に来てくれたときに色々話聞いて、就活の時にすごくお世話になったんですよ」

「へー、そうなんだ」

「僕がこの会社に入りたいなって思ったのも支倉さんがきっかけと言っても過言ではない位で」

「わかるかも。リクルーターであんな人来たらその会社興味出るわ」

私の緊張には気付いていないようで、後輩くんは少し熱が入ったように喋り、中島さんがそれに相槌を打つ。

支倉くんに憧れてるってことなのかな……。

こんな近場に憧れの人の彼女がいたら多少は嬉しいものなのかな。


リクルーターで支倉くん……。

わからなくもないけど、私も「うんうん」なんて同意したら惚気てるみたいだから言えない。

だけど、他人の人生に影響を及ぼすことの出来る彼の存在になんだか驚いてはいた。






最近の支倉くんは、私からすれば戯れの過ぎる困った人という印象が強すぎて。

だから忘れていたのかもしれない。


「ちなみにどこの大学だっけ?」






彼からイケメンを差し引いても、まだまだハイスペックであるということを。












***


翌日金曜日。待ち合わせの時間に約束した場所へ行くと、既にそこには支倉くんの姿があった。


すぐには声を掛けず、少し距離を置いてその姿を眺める。ただ時間を潰しているだけなんだと思うけど、スマホを片手に佇む姿ですら絵になっているような気がしてなんとなく悔しい。

整った容姿で爽やかで賢くて、仕事が出来て料理上手で男女から人気。

ちょっと持ってるアイテムが多過ぎませんか……?

そんなことを思いながら暫く注視していると、私の存在に気付いたのか彼は顔を上げた。



「もしかして見てた?」

「うん」

「声掛けてくれればいいのに」

「見惚れてたの」

「そっか、それは光栄」

「…………」

照れもせずそんな返しが出来るあたりがまた何というか……今日も通常運転だなとは思う。



「……お誕生日おめでとうございます」

「ありがとう」

「じゃあ、行きますか」

「うん」

なんだかいつもよりニコニコしているように見えるのは気のせいかな……?

そんな嬉しそうに微笑まれると、この後の展開に期待がかかっているようで気が重くなるんですけど……。

だけどそうはツッコめず、爽やかな笑顔を振りまく彼の横を黙って歩き出した。







「手料理が食べたい」


一昨日の帰り道。

「ちなみに誕生日に何が食べたい?」なんて聞いてしまったのが悪かった。

それが誰の手料理を指すのかは空気が読めればわかることで。家で食事をすることは既に数回あったけど、恥ずかしながらいつもメインで調理をするのは支倉くん。主導権を握ってキッチンに立ったことはなかったから、自分の料理のレベルを然程披露してはいなくて。だからそのリクエストに妙にドキッとしてしまった。


だけど、彼女の手料理が食べたいなんて愛ある気持ちからじゃなくて、突然手料理なんて言われたら私が困ると思って言ったように思えてならない。何故か支倉くんが私を困らせたいと思ってることには薄っすら気付いているから。

そして、残念なことに躊躇する私の意思をどこかに葬り去る位の話術を彼は持っている。

だから「それはやめておこう」と言うダイレクトな否定も、「時間かかるから悪いし」というやんわりとした抵抗も、等しく纏めて捨て去るように、結局今日も彼の思う通りになってしまっている。





彼の家に着いてキッチンで料理をして。出来上がったオムライスとスープをテーブルに並べた。


「嫌がってたからもっとアレなのかと思ってたけど……」

「意外と上手だった?」

「うん。想像を超えて」

「それは光栄」

まだ食べてもいないのに見た目だけで意外性をつけたことに嬉しさが込み上げる。そして「いただきます」と言って食べ始めた彼から「うまいよ」という感想が聞こえて正直ホッとした。

参考にと思って尋ねた好きな食べ物の中にオムライスがあったから。


料理はそんなに上手くないとは言いつつも、それなりに出来る自分を演出したい。それにせっかくの誕生日なんだから中途半端な物は出したくない。そんなプライドと真面目な性格が顔を出して、実は昨日の夜練習したなんてことは絶対に秘密。

食べきれなかったオムライスがまだ冷蔵庫に入ってるなんてことは絶対に秘密。


実はオムライスは昨日から三回目なんてことは絶対に秘密。





「ケーキがないと誕生日感ないけど、ホントによかったの?」

「いいよ、別に」

仕事が終わって帰る頃にはまだ最寄りのケーキ屋は開いていたのだけど。支倉くんはケーキは別になくていいなんて言うから、結局誕生日の食卓は私の作った料理だけ。

初めて手料理を披露したという特別感は若干あるものの、一昨日のご馳走に比べたら雲泥の差で。何を作るかってこともリクエストを聞いてからのことだからサプライズもないし。ポジティブな感想をもらえはしたけど、なんか質素だったかなって。

忘れられない日にしてあげたいなんて思ったけど、いつもの金曜日と大差ないような……。

食事を終えて、「どうぞ」と勧められて入ったバスルームで、一人シャワーを浴びながらもどことなく不安を抱えていた。


それでも一昨日知っての今日だから演出を考える時間なんてなかったし、手料理のリクエストに応えるためにオムライスの練習をするだけで手一杯だったから。

だから、不完全燃焼な気はしつつも、まぁこんなもんかななんて、少し諦めた気持ちでリビングの扉を開けた。



「お風呂ありがと」


「うん」と一言返した彼はソファで本を読んでいて、テレビは点いているけれど、見ているんだかいないんだか。その隣にそっと腰を下ろした。

私が戻ってきても視線はずっと手元の本。ブックカバーが掛けられているその本は小説か何かなのかな? 集中しているようだから、今いいところなのかなと。声を掛けるのも悪い気がして、代わりに流れているテレビに視線を向けていた。





そして数分の後。



「そういえば」



隣から発せられた声に反射的に顔を向けた。



「どうしたの?」

「大事なことがまだ残ってたなって」

「え」

「そろそろ聞いてもらわないと」


頭の片隅にはあって、来るか来るかと思っていたそれに遂に触れられて。彼が何の話をしようとしているのかはすぐにわかった。別にスルーしようとしてた訳じゃないけど、自分から言い出すのもなんかなぁと思って黙っていたのだけど。



身構える私に彼はニコリと微笑んだ。






















ホントにこんなんでいいのかな……?


膝の上に重みを感じながら疑問を感じずにはいられなかった。


この前はもっと意味ありげなこと言っていたから、当たり前に私を困らせるお願いだと決めつけていて。

準備の不十分な私に辛うじて出来ることは彼の望みを叶えてあげること。無茶に等しいお願いがきても聞いてあげたいような。そんな覚悟に近い気持ちを抱いてもいたのだけど。

なんだなんだと身構えたのに、彼の口から出た言葉は意外なものだった。



「膝枕して」


思わず「え」と言ったまま固まってしまった。



「ダメ?」

「……ううん、いいよ、どうぞ」


そんなこと? というのが正直な感想で。

うっかり「それだけでいいの?」と聞き返したくなってしまったのだけど。「いいよ」という返事を聞いて嬉しそうに笑うから、なんだかすごく拍子抜け。

私の膝の上に頭を置いて、ソファに寝転がりながらまた本を読み始めた。



なんなんだろうな、この人。

思わせぶりなこと言った割によくも悪くも期待を裏切るその感じ。

まぁ、見た目と何でも出来そうな性格からモテそうなというか、モテるんだとは思うけど……。

遠巻きに見たその魅力に惹かれる人は、本当の支倉くんをわかってはいないような気がする。だけど逆に近付いて、中身を知った人からはないなと判断されていそうな。

そうだよ! 私だってないないと思ってたはずなんだけどな……。


流されるように深入りしてしまったばかりに。




なかなか解けない問題を考え続けているような。そんな感じ。それを悪くないと思えてしまう不思議。

裏のない見た目通りの優しい人だったら、そんなのはつまらないなんて思う私はおかしいのかな……。

膝上の重みを感じながらそんなことを考えている中、「菜月」と名前を呼ばれてハッとして。

無意識にその柔らかい髪を撫でていたことにその時やっと気付いた。



「あ、ごめん。頭撫でるの嫌だった?」

「いや、幸せだなと思ってた」


急に名前なんて呼ぶからやめてほしいのかと思ったのに、安心したような調子で答えるから。「そう?」と言ってまたその髪を優しく撫でた。そうしている内に目を閉じたから、なんだ、眠くなったのかななんて思っていたのだけど。

目を瞑ったままの彼から、またも「幸せだ」なんて声が聞こえて。



「優しい彼女がいて幸せだなと思って」

「そんな大袈裟な」


らしくないその感じに、今日はどうしたのかなと思ってしまう。だけどそう言った後続く言葉はなかったから、やっぱり寝惚けてたのかなって。

そう思っていたのだけど。



ゆっくりと目が開くのと同時に撫でていた手を掴まれた。それにすごくドキっとして。

だからそれだけで私の動揺を誘うのは十分だったのに。



「オムライス、練習してくれたんでしょ? ありがとう」

「えっ……! なんで……」

「わかるよ、なんとなく」


私の目を見つめながら発せられたその言葉に、激しく心を揺さぶられた。


一旦距離を置いて体制を立て直したい気分だけど……膝の上にいられるとそれも叶わない。

私に出来る心ばかりの抵抗は、目を逸らすという行為だけで。今日もまた全てを見透かされているようで、何も言えなくなってしまった。

それなのに。





「キスして」

「えっ」


更にまた思いもよらない言葉が出てきて。



「お願いが膝枕だけじゃ物足りなさそうだったから」

「……えっ! いや、あの……十分足りてます!」

「そう?」

「うん」

「でも今してほしい気分なんだけど」

「えっ」



私の手を掴んでいた手が今度は頰を撫でるから、早まる鼓動は治らない。

じっと見つめるその瞳に抗えないような気がして、落ちる髪をかき上げながらその唇に軽く触れた。


そして、そっと顔を上げて見えた彼の顔は穏やかだったから、満足してくれたかなと思ったのに。




「もう一回」


そんな風に催促されるのは照れるーーそれをわかっての発言なんだと思う。

だけど真っ直ぐ見つめられるとやっぱり抗えなくて。


吸い寄せられるようにまた身体を折り曲げて唇を重ねた。体勢的に仕方のないことなのかもしれないけど、私からそんなことを二度もするのが恥ずかしくて。だからすぐに離れようとすると、今度は首筋に手が当てられて離れることを拒まれた。

そして、更に求めるようにもう一度唇を重ねられた。


「……んっ」




彼がさっきまで読んでいた本がバサリと床に落ちる音が聞こえたし、少し無理な体勢でいる苦しさも感じてる。

だけど三度目のそのキスは、強引さと優しさが混ざったような、甘い刺激を感じずにはいられなくて。

どうにも離れがたい気持ちでいっぱいになってしまった。






暫くしてやっと解放されると、少し息が上がる。

そんな私を下から見上げて彼は言ったのだ。



「やっぱり物足りなさそうだね」












今日は支倉くんの誕生日だから、彼のお願いを聞いてあげたいし、満足させてあげたい。

そんな気がしていたはずなのに……。



結局この後「お願い」と言わされるハメになったのは私。「満足した?」なんて確かめられたのも私。







この力関係はそう簡単には覆らないかもしれない。

そんな思いがチラついた金曜日の夜更け。



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