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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
12/21

近くて遠い

「で? 今度は何を悩んでるの?」

「えっ?!」

火曜日の昼休み。「ちょっと話せない?」とメールで社食に呼び出して、来てくれた雛子はテーブルに着くなり私に問い掛けた。


「どうせまた支倉くんのことで悩んでるんでしょ?」

「なんでわかるの?!」

「顔に書いてあるから」

そう言って箸を手にうどんを啜る。そんな雛子に対して、いきなりそんな見透かされると私は食欲が湧かなくて、スプーンを持ったものの目の前のカレーに手が出ない。なんで今日はカレーなんて選んじゃったんだろう……。

それでもそんなに時間もないし食べなくては。遠慮がちに少量掬って口に入れた。辛い。


「付き合い始めてそろそろ一ヶ月だっけ? 支倉くんに変な嗜好でもあったとか?」

「え……うん。まぁ、ちょっと変わってるかなとは思うけど」

「えっ?! 冗談のつもりだったんだけど……あんな爽やかそうな感じで変態なの?」

「あ! いやっ……違うって! そういう意味での変じゃなくて!」

変態疑惑を払拭すると「そうなんだぁ」と残念そうな顔を見せた。一体何を期待してたんだろう……。


「じゃあ、何を悩んでるの?」

「支倉くんがわからないんだよ」

「わからないって。あの人そういう感じじゃん。だだの爽やかイケメンじゃないでしょ?」

そう言いながらまたもうどんを啜る。


「うん。まぁ、そうなんだけど……」

私のこと好きそうな気がするけど、そうでもないような感じもする。特にこの前の結婚願望の話は何だったんだろう? 突然そんなこと言いだして。でもここで動揺したら負けな気がして必死で言葉を選んだのに。何が言いたかったのかよくわからなかったし。

うーん。そうだよ、確かあの時も……。


「この前支倉くんが同期と話してる場に偶然通りかかったんだけど、私のことノリが悪いとか、色気がないとかみんなに話してて……だけど、その後会った時は普通で、というか優しすぎるくらいで。なんか何考えてんのかよくわかんないなって」

「付き合ってること揶揄われて、誤魔化したとか謙遜したとかじゃないの?」

「いや、それはないと思う。付き合ってることは内緒にしてって話してあるから」

「えっ?」

「……ん?」

何か引っかかることがあったのか、視線は丼から私へ移る。正面から真顔で見つめられると緊張する。雛子は美人だから特に凄みがあるというか。

なんかまずいこと言ったかな……?


「付き合ってること秘密にしてるの? なんで?」

「えっ……この前話したでしょ? 他の同期に付き合ってないって否定したこと。それなのにやっぱり付き合ってるってなんか気まずくない?」

「そんなの気にしなくていいでしょ。同じ職場じゃあるまいし」

「え……なんか信用問題に関わらない?」

「何の? くだらないこと言うやつがいたら僻んでるだけなんだから気にしなくていいでしょ」

「そうなのかなぁ」

そう言えば支倉くんも「そんなの気にしなくていいと思う」って言ってたなぁ。

それでも彼は私の言い分を受け入れてくれた。


「じゃあ付き合ってるの誤魔化す為に嘘ついてくれたんじゃないの?」

「やっぱりそうなのかなー」

結局私と同じ考えに雛子も行き着いたのだけど、なんでかなぁ。あの時はそうだと確信出来なかったというか……。


「うーん」

「まぁ、敢えて周りに言いふらす必要はないと思うけど、聞かれたら認めるくらいの素直さは見せておいた方がいいんじゃない? めんどくさいことになるかもよ」

含みのあるその言い方が気になる。思わず「えっ」と声が出た。


「来週同期飲みあるでしょ? そこで杉浦さんが支倉くんにアピールしてみよっかなとか他の子と話してるの偶然トイレで聞いちゃって……」

「杉浦さん?」

確か支倉くんと同じ公共事業部にいる営業で……見た目は小柄で可愛い感じなのに、ハキハキしてて…そんな印象がある。

入社当時はよくあった同期飲みも、最近では少なくなっていて、だからこそそういう飲み会はチャンスなのかもしれない。

私が不安そうにしたからかな……?

「どこまで本気かわかんないけどね」と雛子は言ってくれたけど。



支倉くんがよくわからない。

そんなことに何か答えが出るなんて思ってはいなかったけど。消化不良のような心に新たな懸念材料が加わってしまったような。

そして、この懸念材料からの悪い予感。


残念ながらそういう予感は当たるものなのだ。













***


翌週水曜日。久々の同期飲み。

定時退社日だから大丈夫だと思っていたのに、帰り側に上司に捕まって。会議室の予約なんて明日でもいいような気もしたけど、早い方がいいような気もして結局席に座り直し。そのせいで集合時間に遅刻。

少し遅れて居酒屋に入り、店員に案内された大部屋の前で靴を脱いでいると「乾杯!」という声が聞こえてくるという、なかなか残念なタイミングからの参加になってしまった。

今日はもっと少人数かと思ったのに同期カップルの結婚祝いという名目があるせいか、意外にもかなりの人数集まっていて、扉を開けた先にはガヤガヤとした空気がある。

雛子は今日は欠席で「菜月、お疲れ。ここ空いてるよー」と声を掛けてくれた舞ちゃんの声に誘われて近付いたのはいいけれど。

何でだろう……?

これだけ人数いるのに何でだろう……?

その席の後ろはまさかの支倉くんで、彼と背中合わせで座ることになってしまった。


支倉くんは気付いてるのかな? 全くこっち見なかったけど……いや、気付いてそうだな。それでいてナチュラルに気付かないフリをしてるんだ。この人はそういう人だ。

だけど。

想定外の席の近さにドキドキする。噂はあったにしても周りは私たちの本当の関係なんて知らないんだから気にしているのは恐らく私だけ。

そして、きっとドキドキするのと同じ位モヤっとしているのも私だけなんだと思う。こちらは想定内のことではあったんだけど、いざ目に入ると無性にそれが気になってしまった。


「今年入った営業の新人君覚えてる? この前一緒に取引先行ったんだけど、ガチガチに緊張しちゃって」

「あぁ、覚えてるよ。職場に挨拶に来た時もガチガチでホントに営業出来るのかなってちょっと心配になったから」


支倉くんの隣には杉浦さんが座っていて、仲良く談笑する様子が目に入った。そして、いざ座れば後ろから二人の会話も聞こえてくる。

いやいや、同じ事業部なんだからそういう話題は普通だし。それでも杉浦さんのよく通る声はどこか嬉しそうな響きを放っているように思えてならなくて。


「菜月何飲む?」

「えっ?! あっ、メニュー取ってもらえる?」

「はい。何かこんなにみんな集まるの久しぶりだよね」

「う、うん。最近みんな忙しいもんね」

久々の飲み会を楽しもうと思っていたのに。

背後の二人が気になってしょうがなかった。






気になる。

気になる……。

気になるけれども振り返ることは出来ない。

同じテーブルのメンバーと話をしながら背中に何割かの注意を置いて。おかげで「桜野さん聞いてる?」なんて聞かれてしまって。

ダメだ。ダメだ。ちゃんとしなきゃ! そう思った時だった。


「はい! はい! はーい! 主役を連れて来たよー!」

同じテーブルにいた舞ちゃんがさっき席を立ったと思ったら、今日の主役の一人である小林さんを連れて帰ってきた。


「はい、そこ詰めてー! 小林さんはそこ座ってねー」

酔ってるのかな? テンション高めの舞ちゃんの有無を言わせぬ勢いにみんな従う。詰めてもらって空いたスペースに小林さんが座った。小林さんとはそれ程仲良いって訳ではないんだけど、優しそうな癒し系な雰囲気がいいなとは思っていた。

「結婚おめでとう」と口に出せば「ありがとう」とニコニコとした笑顔が返ってきて、癒しだけじゃなくて幸せオーラまで振り撒いているような。


「せっかくなんで色々聞いてみたいなと思って連れてきましたー。みんな聞きたいことはありますかー?」

舞ちゃん絶対酔ってる……。

いつもは割としっかり者なのに、お酒が入るとちょっとなんていうか……。何が可笑しいのかさっきからケラケラしてるし。それでもみんなそんな舞ちゃんの姿には慣れているのかスルーして。


「結婚の決め手は? 付き合って結構長かったよね」

「式はいつなの?」

「仕事は続けるよね?」

意外にも小林さんへの質問が続々と出てきた。

そうか、こんなこと聞ける機会そうないし。小林さんと絡むこともそんなにないし、私も何か後学の為に聞いておくべきか……。

そんなことを考えて背後への注意は一旦削がれた。



「実はもう半年前から一緒に住んでて……」

「いつから二人で住むの?」と聞いてみれば、笑顔で帰ってくる答え。さも普通のことのように返す小林さんに驚く。

そもそもこんな質問攻め私は耐えられないけどな。あれかな、幸せ故の余裕なのかな? 確かに入社早々彼氏を作って同棲して結婚だし。私より遥かに早くやることやってる……そりゃ余裕だよね。



「家事はどうしてるの?」

「早く帰ってきた方が料理したり、面倒な時は外で済ませたり。他の家事も手が空いてる方がって感じかな」

「へー。谷口くん料理するんだぁ」

「意外と料理上手なんだよ」

惚気てるのか本音なのか、だけどそんな風にすぐ言える素直さが羨ましい。


「ケンカになることないの?一人でいたい時とかない?」

「あんまりないかな。なんかもう一緒にいるのが自然になってて、何を考えてるのかお互いわかるみたいな感じだし」

誰かが聞いたその質問に、結婚前の人にそんなこと聞いちゃう? なんて思ったけど、それは杞憂だったようで。恥ずかしげもなく返ってきた答えに、みんな感心したようなリアクションだった。


だけど、なんか。

なんか私にはその言葉が引っかかった。


『何を考えてるのかお互いわかる』

なんか遠い言葉……。

付き合ってから支倉くんがわからなくなる一方で、彼の考えが読めるようになる日が来るとは思えなくて。

幸せオーラ満載の人にそんなこと言われると、私と彼の関係がすごく希薄に感じてしまった。









「支倉くんてさ」

彼の名前を呼ぶ声が聞こえてハッとした。

周りを見るフリをしながら思い切って振り返ると、杉浦さんが支倉くんを見つめている。

同じテーブルにいたはずの他のメンバーは盛り上がる別のテーブルに気を取られているようで、彼らは二人だけで話をしていた。

自然な動作で首を戻し、後ろの会話に集中する。


「オフィスラブってアリな人?」

え? え? そんなこと聞いちゃう? 背中越しに聞こえた杉浦さんの軽めのジャブ。


「どうかな。気になる子がいればアリかもね」

「じゃあ今は気になる子はいる?」

何とも取れない答えで躱すも追いかけるような問いがきて、私が緊張してしまった。



「そんなこと聞いて、俺に気でもあるのかと思っちゃうけど」

「別にそれで構わないよ」

積極的な杉浦さんにびっくりして、振り返りそうになってしまう。だけど気付いているのは私だけのようで、周りはまだ小林さんの話に集中している。

どうしよう……。

いや、どうにも出来ないんだけど、どうしよう。



「杉浦さんて面白いね」

「面白い子は好き?」

「そうだね。好きだね」


これは浮気ではない。

このはぐらかすような試すような話し方は彼のいつも通りの話し方だから。

支倉くんはいつもの調子で話してるだけ。

そうだよ、いつも通りだよ。




それなのに。

なんだかすごく。すごく……。



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