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金曜日の恋と罠  作者: 高槻 汐
本編
1/21

金曜の夜の出会い

金曜の夜って、ホントは早く帰りたい。



「お疲れ様。お先に」

「お疲れ様です」

帰り支度をした課長が私のデスクの向かいを通り掛かる。反射的に挨拶を返すと、さっと通り過ぎて行くであろうと思っていた足を止めて、一度私の方を見た。


「頑張るねぇ、もう誰もいないし程々で帰りなよ」

「はい、もう少ししたら帰ります」


「私だって本当は今すぐにでも帰りたいんです」という本音を隠して、笑顔で課長を見送る。「頑張るねぇ」とは言われたものの、まだいるのかという驚きと皮肉のニュアンスが含まれているような気がした。


課長が帰ってしまうと、私の部署で残っているのはもう私一人。いい歳の娘が金曜の夜に予定もなく、まだ一人で会社にいるのかという心配でしょうか?





金曜は早く帰る人が多い。

明日が休みだから飲み会の予定を入れる人も多いし、そもそも一週間頑張ったんだから早く帰りたいと思うのは普通だと思う。私だってその気持ちはあるんですよ! ツッコまれれば答えるけれど、その後の会話のラリーはなく、課長は一人帰っていった。


フロアには多くの部署が混在しているので、まだ人が残っている部署はいくつかあるけれど、それでももう活気のないフロアは静かで。私のいるデスク周りも、昼間は二十人程が在席している状況を思うと、どこか寂しい空気がある。たとえ五十手前のただのおじさんという感情しか抱いていない課長であっても、誰もいなくなるとなんかなぁ。


「んーー……」


寂しいとは思いつつも、近くに誰もいないのをいいことに一度大きく伸びをした。そして、開いている作業中のファイルに目線を戻し、ディスプレイの右下に表示されている時計にチラと視線を走らせる。午後九時十五分。

今日の会社の滞在時間も十二時間を超えている……。家より会社にいる時間の方が長い。



プライベートって何だっけ?

久々に疑問に思う金曜の夜。









IT企業は激務。常識かのように囁かれるイメージそのままに、私が入社した会社も残業は当たり前だった。納期に間に合わせるように残業。客先トラブルで至急対応の為に残業。急な受注が入って作業をこなす為に残業。

こんなことはよくあることで、四年も働けばいつのまにか慣れてしまった。でもだからと言ってブラック企業だと罵りたいわけじゃない。うちの会社は残業代もきちんと出るし、有休消化率も高いらしい。休める時にはきちんと休む。つまり緩急があるってこと。


それでも金曜の夜にこんな時間まで会社にいるとなると、ゲンナリするのはしょうがない。"花金"なんて伝説で、"プレミアムフライデー"は夢の話ですか?




今日はチームの打ち合わせが定時過ぎまで長引いたせいで、他の作業が遅れてしまった。今週までに終えておきたい製品のテストがあって、それを終わらせないまま週末を迎えるのはなんだか気が引けて……。

そんな感じで、今日も滞った他の作業の遅れを取り戻すべく、健気に働いているのです。


「来週また頑張りますんで!」

そう言って帰って行く後輩を見送ったのは夜七時。飲みの予定があるそうです。私だって何か予定があれば帰るかもしれないけれど、悲しいことに正直予定もないし、会いたい人がいるわけでもない。早く帰りたいとは思うものの、別に何があるというわけでもない寂しいプライベートであるのも事実なのです。




製品のテストの結果を報告書に起こして、今週の作業内容を週報に纏めて課長にメールで送る。作業が終わって帰る目処がついた頃には十時を少し過ぎていた。PCの電源を落として不要な資料を整理し、もう帰ろうと思ったところだった。



「お疲れ様」


背後から聞こえた声は、私に向けられたものだとわかるほどの近さ。

あれ? もうみんな帰ったと思ってたのにまだ誰かいたのかな……?

「お疲れ様です」と言おうとして振り返ると、そこに立っていたのは同じ部署の人ではなかった。



仕事終わりのはずなのに、疲れを感じさせない爽やかな表情。その姿に癒されるような思いがして、思わずじっと見つめてしまった。


「随分遅くまで仕事してるんだね、周りは誰もいないのに」


座る私を見下ろして話すその声を、少し驚いた気持ちで聞く。


「そうだけど……。こんな時間までいるんだったらお互い様でしょ」

「まぁ、そうだね。隼人はやとが最近遅くまで仕事してるって言うから寄ってみたんだけど、今日はもう帰ったみたい」

「そうなんだ……。ホントだ、藤澤ふじさわくんの席のあたりはもう真っ暗だね。残念だったね」


実は彼と話をするのはこれが初めてで、それなのに、さも知り合いかのように話し掛けてくるその調子に少し戸惑う。


桜野さくらのさんも最近遅いの?」

「うーん、今日はたまたまかな。いつもはもう少し早く帰るけど、来週まで持ち越したくない作業があって」

「へー、でも一人でも頑張るなんて真面目だね」

そう言ってニッと笑う顔が少し可愛いななんて思った。





同期の支倉はせくらくん。

切れ長の目。スッと通った鼻筋。初めて見掛けた時から綺麗な顔だなぁと目を引いていた彼は、陰で同期のアイドルと呼ばれている。

彼の職場は別のフロアだから仕事中に見掛けることはほぼないのだけど、彼はこのフロアにいる同期の藤澤くんと仲がいいみたいで、昼休みとか仕事終わりに藤澤くんに会いに来たと思わしき姿を何度か見掛けたことはある。だから「お疲れ」程度の挨拶なら何度か交わしたことはあるのだけど、会話という会話はしたことがなかった。


初めてその顔を間近で見ながら会話が出来たことに、残業しててラッキーなこともあるものだななんて少しだけテンションが上がった。


だからかな……。



「桜野さんも、もう帰るよね? 一緒に何か食べて帰らない?」


思わず「うん」と即答してしまったのは、私らしからぬ行動。


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