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セカイでいちばんのわたし  作者: 風三租
第1章 再起
89/145

生死と執念と

 どんな時でもお腹は空く。

 領主を倒した安堵と、エリスの作る料理の匂いに、自分の空腹事情に気づく。

 アリアのお腹からも大きな音が聞こえてきて、自然と食事の気分へと切り替わった。


 野菜と茹でた腸詰め肉をパンに挟んだ、簡単なサンドイッチをエリスが持ってくる。

 エリスにしては時間をかけないお手軽料理だったけど、早く食事にしてアリアと私を引き離したいのだと察した。


 そんなこんなで、私たちはサンドイッチをかじりながら帰路につく。


「ん、おいしい」

「……よかった」


 ひとりでにつぶやいた言葉を、エリスは聞き逃さない。

 小走りで私の前に出てきて、後ろ歩きに頭頂部を見せてきた。

 たぶん撫でてくれという意思表示だろうけど、今の私はアリアの事が気になって相手をしてやれない。


 事あるごとにアリアを見て、辛そうにしていないかを確認。

 今のアリアは血を流しすぎて貧血状態になっており、フラフラになりながら歩いているのだ。

 おぶってあげると言っても拒否される。


「アリア、大丈夫なの? なにかして欲しいことは?」


 せめて手伝えることはないか聞いてみる。

 すると、ゆっくりした動作で手を出してきた。


「なに? 手をつなぎたいの?」


 日の光が眩しそうに、目を線のように細めたアリアがうなずく。

 持たされたサンドイッチは一口も進んでいない。

 お腹は空いているけど、食べるほどの元気がないようだ。

 かなり調子が悪そう。

 

 出来るだけアリアの意思を優先させようと、すぐにアリアの手を取った。

 指を絡めて、勝手にどこかに行かないようにしっかり固定する。


「あともう少しだからがんばって」


 向かう先は宿屋。

 これまで私たちが滞在していたところだ。

 従業員は全滅しているけど、建物がすばらしいことに変わりはない。

 アリアの着替えを用意するのと、おフロで汚れを落とすのを目的に歩いている。


 寝起きのような表情で、のっそり歩くアリアを誘導し、普通の倍の時間をかけて宿屋に着いた。

 ほぼ私がアリアを担いでいるような状態で階段をのぼり、泊まっていた部屋に入る。

 リビングの一番近いソファに、崩れるように座り込むアリア。

 座っているのも辛いのか、ふぅ、と一息ついてそのまま横になってしまた。


「やっぱりムリしてたよね」

「……わたしげんきいっぱい」


 なんでそんなに空元気を見せるのだろう。

 大人しく私におんぶされればよかったのに。

 アリアを見ると、もう寝てしまったらしく、手持ち無沙汰になる。


 なにかやることがないか考えていると、ポケットに入れていた首飾りを思い出す。

 そうだ、まずコレを洗わないと。

 領主エキスが染み付いたまんまだった。

 

「……お湯、沸かしてこようか?」

「できるの?」


 エリスが気を利かせて、おフロを再稼働させることを提案する。

 バルコニーの真下にある湯沸かし室は、ひとが3人いないと成立しない。

 しかも屈強な男の仕事だから、非力なエリスには難しいだろう。


「……リルフィのためなら」


 そう言ってくれたので、お願いした。

 でも、最初に入るのはアリアになるかもしれない。

 アリアには血を流してもらって、ゆっくりして欲しい。

 そうするとまたエリスが不機嫌になってしまうけど、我慢してもらおう。

 

 エリスが部屋を出ていったところを見送り、私もバルコニーのプールに移動する。

 プールで遊ぶことはないだろうから、洗い場として使おう。

 

 首飾りをつまんで、水の中に入れる。

 そのまま揺らしていると、白い粉とか灰色の粉とかが水中に霧散していくのが見える。

 超汚い。

 

 汚れが見えなくなってからは、両手を使って見えない汚れを落とした。

 ぬるぬるしていて気持ち悪かったけど、次第につるつるになっていく。

 水から引き上げてみると、見違えたようにキレイになった。


「これなら着けられるかな」


 細く、黒い革のような材質でできた首飾りは、水はけがよく、拭いてすぐに乾いた。

 また呪われないかと、恐る恐る首にまわして装着。 

 触れていても大丈夫だから、装備しても問題ないのは分かるけど。


 水で冷やされた首飾りが肌に触れて、鳥肌が立つ。

 ……それ以外には、なんともなかった。


 魔剣エリスフィアを持ったときのように、身体強化がなされる感覚もない。

 精霊さんと契約をした気がするんだけど。


 私の妄想?


 契約した気がするだけで、実際の内容は記憶にないし、この首飾りの名前も分からない。

 やっぱりただのアクセサリーだったのではないか。

 もしそうだったらまた探しに行かなきゃ。

 面倒だな。

 待っていたら出てこないかな。

 そう思って意識を首飾りから外し、遠くの山々をボーッと眺める。

 終わったんだなぁ。


 ——のそり。


 塀のフチで何かが動いたような。

 その方向を見つめていると、やっぱり動くものがあった。


 ——ぺた、ぺた。


 精霊さんが来たのかな、と思って出迎えの姿勢をとる。

 塀に見えるのは二つの手。

 その両手にチカラが入り、本体が姿を現わす——。




「リ゛ルフィさまああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」




 ……その姿を見て、私は魔剣を手にした。

 死んだはずの領主ソフィア・グロサルトが、這い出てきたのだ。


「みぃぃぃぃつうぅぅぅぅけぇぇぇたぁぁぁぁ❤︎」


 ボロボロの服、髪、肌、声。

 ソフィア・グロサルトという人間の全てを捨てて、それは私の元に近寄ってきた。


「すき、すき、すき、す゛、き゛ぃぃぃぃぃ❤︎❤︎」


 熱烈なラブコールを受けながら、領主が手を向けてくる。


「——なっ!?」


 それは魔法の合図だった。

 詠唱もなく放たれた魔力の塊は、火となり、水となり、石となり、風となって。

 あらゆる現象に置き換わった魔法が、私を襲ってきた。


 不意をついて放たれた、エルフィード貴族の魔法。

 下級の魔法だけではなくて、上位の魔法に匹敵するものも混じっている。


 下級魔法だけなら防げたかもしれない。

 上級魔法がひとつだけだったら防げたかもしれない。

 しかし、放たれた魔法は上級下級全てが入り混じって、しかも不意打ちのもの。


 いくつかの下級魔法は魔剣で防げた。

 それでも、目に見えない風の刃が私のふくらはぎを裂き、無数の石弾が防御している急所以外を貫く。

 水の魔法は上位になると毒が付加され、その雨粒が傷口にしみこんでくる。


 あっという間。


 知らないうちに、地面に倒れていた。

 毒のせいで体が痺れて動かない。

 体から急激に体温が奪われ、死の予感が大急ぎでやってくる。


「……ぁ、ぁ、ゃだ」


 走馬灯を見る暇もない。

 アリアは部屋で気を失っていて、エリスは別の部屋にいる。


「リルフィさマ゛ぁぁぁ!??!? 愛してくれないのなら、一緒に死にましょぉぉぉぉぉよぉぉぉぉぉ!❤︎!❤︎!」


 震えが止まらない。

 寒気がする。


 これが貴族のチカラだ。

 少し魔法が使える程度の兵士よりも、圧倒的な魔力を持つ。

 

「ソラの果てで、私とリルフィサマの王゛国゛をつくりましょうよぉぉぉ?」


 握っているのか触れているのか、手の中にある魔剣の柄が、熱い。

 失った分の熱を流し込むかのように熱くなっている。


 カラダが熱い。

 寒いのに、熱い。

 芯から昇ってくる熱で、額から汗が滲んで行くのが分かる。


 意識を手放すことを、許してくれない。

 このまま目を閉じれば、寒いのも痛いのもなくなるのに。


 魔剣の次は、首飾りが熱くなる。

 熱くて熱くて外したいけど、ずたずたに砕かれてしまった腕はうごかない。


 毒のせいで首も動かせない。

 心だけのささやかな抵抗をする。


「ぁ、ありあ、たすけ……っ」


 声にならない言葉で他人にすがる。

 意識を強制的に繋げられているせいで、死への恐怖が沸く。


「アリアアリアアリアアリアアリアって! 私の人生を台無しにした、その名前を、口にするなっぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 お腹を踏みつけられる。

 中身を守る防壁はすでに魔法で引き裂かれ。

 領主のヒールが、中へ中へと沈んでいく。

 ぷちりぷちりとなにかが切れていく。


 私が魔剣で何度も刺してしまったアリアとお揃い。

 これでアリアの痛みが分かった。

 とてもじゃないけど立っていられない。

 寝ていてもつらい。


 そのまま領主に、首を、掴まれる。

 首飾りを、引っ張られる。


 アタマが持ち上がるのが分かる。

 痛みも苦しさも鈍くなって来て、視覚だけが情報源。

 首飾りを引き千切ろうと、首飾りが両手で握られた。


 抵抗するチカラは残っていない。

 見ているだけ。


 私が殺されるところを、魔剣に、首飾りに、最後まで見させられる。


「かえし、なさいぃぃぃょおおぉぉぉぉぉ」


 血が滴り落ちてくる。

 誰の?

 私の?

 領主の?


 答えを待っていると、領主の手が膨らんで、膨らむ。

 残念ながら首飾りは傷つかず、領主の手がぱんぱんになっちゃった。


 故郷のノーザンスティックスで、小さい頃、オモチャにしていた魔物。

 パンガエルとよばれる拳大の大きさのカエル。

 その魔物に触れると一気にお腹が膨らんで、パンと音をたてて破裂する。


 そのパンガエルのように、領主の手が膨張していって。

 破裂した。


「がああああぁぁぁぁぁぁぁ、ぁ、ぁ、ぁ」


 支えを失い、私のアタマが地面に落ちていく。

 それが私のトドメになるのだろう。

 意識はハッキリ保ったまま、衝撃を待つ。


「——ワタシはリルフィの所有物。残念ながらアナタは眼中にない。今後のご活躍を祈る所存」


 領主でもない、知らない声が聞こえたと思うと、アタマがやわらかいものに着地した。

 どうやらまだ死ねないらしい。


「リルフィ、死んじゃだめ。契約したばかりだよ。ワタシはこれからリルフィのことを知りたいのに」


 頭上に広がる青い空、それと青い髪。

 無表情の少女に、ひざまくらしてもらっているようだ。


「リルフィ、よく見て。観察しよう。観れば全部分かる。フェノタイプ(領主)を観測して」


 少女にアタマを傾けてもらって、領主の姿を捉える。

 手首から血を吹き出して、撒き散らす領主。

 失った手でなにかを掴もうと、両手を必死に動かしている。

 瞳はどこかに行ってしまい、白目だけが見える。


「もっと。仕草だけじゃない。見えるものだけじゃない。リザルト(結果)から考察を導いて。本質を見抜くこと」


 死にかけのひとによくわからない言葉でアレコレ言うのは、ヒドいと思う。

 それでも、私のアタマは、少女の言うことを叶えようと動き始める。


 領主の手首から出る血。

 どれくらい出ただろう。

 思ったより勢いがない。

 吹き出すための血が通っていない。


 なにも見ていない目。

 瞳がどこかに行ってしまい、白目をむいている。

 思えば最初からそうだった。

 私を襲ってきたようで、実は何も見ていない。

 無差別な破壊行為だったのだ。


 意味のない動き。

 私を道連れにするという意思だけが、領主を動かしている。

 そこに思考はない。

 領主の魂に刻み込まれた行動。

 私に魔法を放ったのも、私を踏みつけたのも、首環を取ろうとしたのも、考えがあってのことではなかった。


 私が契約を済ませた王の遺産。

 フローリエットの首環を掴んで、領主は拒否されてしまった。

 その結果、手を失うことに。


 領主を観察し、理解する。

 理解をしようとすると、自然とその答えが導き出されるのだ。


 これが、フローリエットの首環のチカラ。

 知りたいことが、分かるようになる。


 本来の能力は、知的欲求を満たすところにある。

 暴走すると、その逆のことが起こる。

 所有者の欲求を歪ませ、他人にも伝播し、永久に満たされない想いに苦しむことになる。

 満たされない欲求が溢れかえって、人間はおかしくなってしまう。


 そんな首環の能力も、首環自身が教えてくれた。

 観て、疑問に思うだけで、答えが分かる。

 そのチカラを、改めて領主に向ける。


 ——ソフィア・グロサルト。

 グロサルト領を治める侯爵家の長女。

 その状態は、死。

 彼女はすでに死んでいる。

 死後1時間が経過している。

 感情の暴走が魔力の暴走へと変貌した。

 そして、その魔力がついえるまで、彼女は理性を失った魔物として、私を襲った。


 死んでいるから、私はもう何もしなくても良い。

 助けもいらない。

 待っているだけ。

 ここで領主を見ているだけで、全てが終わる。


 そして、たった今、魔力の灯火が消え。

 ソフィア・グロサルトは、完全に動かなくなった。




「そう。そういうふうに、ワタシを使いこなせばいい。そしてワタシにもリルフィのこと、よく教えて。くふふ」


 青い髪の少女の言葉を聞いて、そういえばこのひとはヘンタイだったんだと、余計なことを思い出して、私は眠りについた。




・・・・・・・・・・・




 ——授業の終わりを告げるチャイムの音で、私は目覚める。

 上級魔法理論の授業は催眠作用があるのだ。

 寝ずにはいられない。

 睡眠によって元気になった代償として、期末試験は泣きを見そう。


『リルフィ様? そ、その、ノートを貸してもよろしくてよ?』


 名前を呼ばれた方向に首を動かす。

 が、途中で動きがストップした。


「リルちゃん、寝てたでしょぉ?」


 声の主を確認する前に、アリアがアタマを掴んできて阻止されたのだ。

 腕をぐいぐい引っ張られて、講義室の長机から、話しかけてきたひとのいる方と逆から出る。

 

『リ、リルフィ様……』

「なんか私呼ばれてる」

「リルちゃん、それは空耳だよ」


 アリアが手を離してくれたので、振り返ってみる。

 しかしそこにはなにもなかった。

 揺れるカーテンの下でごろ寝している女子がいるくらい。

 厚化粧、豪華ドレス、手の込んだ髪型。

 まさにお手本のようなお貴族様女子だった。

 でもお日様にあてられすぎたのか、鼻血を出してしまっていた。


「ね、なにもないでしょ?」

「う、うん」


 医務室に連れてった方がいいんじゃないかと思うも、アリアがさっさと教室を出ようと急かしてくるから、放っておくことにした。


「わたしがノートを貸してあげる。実技もおしえてあげる。ぜんぶわたしを頼ってくれればいいんだよ。空耳は無視してね。ヤツラはリルちゃんをよくない所にさそいこんでくるから」


 憧れのアリアお嬢様は容姿端麗であるとともに、とっても優秀な子なのだ。

 そんなひとが私のような「名前だけ貴族」に構ってくれるなんて、奇跡以外の何者でもない。

 嫌われないように精一杯アリアの言うことを聞くのが、この学校で安全に生活する術だ。


「わかったよ。ありがと、アリア」

「〜〜っ!」


 差し出してきたノートに手を添えると、その勢いでアリアが抱きついてきた。


 ……このひとはそっち系のひとなのかもしれない。

 入学当初は仲のいいお友達だと思っていたけど。

 学年が上がるにつれて、周りで誰々がくっついた、とかいう話が聞こえてくるようになり、私も色々知識がついてきた。


 アリアが男のひととどうこう、ってウワサはひとつも聞かないし、実際にアリアが私以外のひとと一緒にいる所を見たことがない。


 そう、アリアは私を恋愛対象として見ているのかもしれないのだ。

 やけに私へのボディタッチが多いし。

 見つめると顔を真っ赤にするし。


 女同士でそういうのってあるのかと不思議に思う毎日だけど、もし私の勘違いだったら恥ずかしい。

 私の方が意識しているみたいだ。

 だからこの疑問は心にしまっておいて、アリアお嬢様のされるがままになっている。


「リルちゃん、お茶行こう!」

「うん」


 一日の授業が終わった後のお約束。

 アリアとお茶を飲みながら、ボーッと貴族サマたちの動向を観察するのが日課になっている。

 でも今日はノートを写して、さらにアリア先生の授業を聞くので終わってしまいそうだ。


 初級魔法なら得意だったけど、上級魔法になると全然できなくなってしまった。

 理論を理解しても全く使えない。

 くしゃみが出そうで出ない時と一緒で、寸前のところで魔法が止まってしまうのだ。

 使えないのに、やる意味はあるのかなぁ。


「今日はお花のカフェね!」

「はーい」


 アリア様のお心のままに。

 お花のカフェは言葉の通り、花壇に囲まれた所にある喫茶場。

 貴族の社交場として、学校のいたるところに設置されたカフェのうちのひとつ。


 トボトボ歩いていると、花の甘い香りがしてくるようになって、目的地に到着。


『あ、リルフィ様も……こちらにいらっしゃったのですか……!』


 席に座ろうとしたところで、さきほどの空耳と同じ声が聞こえた。

 今度こそその正体を見破ってやろうと、急に振り向いてみたが、そこにはアリアがいた。


「リルちゃん、飲み物なにがいい?」

「あ、じゃあアールレッドで」


 聞かれて、とっさに浮かんだお茶の銘柄を答えた。

 まあ、空耳は空耳なのだろう。

 気にしない方がいい。


 私なんかがアリアお嬢様のお手を煩わせるわけにはいかない。

 アリアがするよりも先に、私が近くの店員に目配せをして、席に呼ぶ。


「アリアはなににするの?」

「リルちゃんとおなじの!」


 店員に注文をして、机にアリアにもらったノートを広げる。

 さすが育ちの良いお嬢様。

 いつ見ても綺麗な字のカンペキノート。


「いつも悪いねぇ」

「いいの! いくらでも貸してあげる! むしろ見せたい! リルちゃんは授業中、ずっと寝てて!」

「それは……不良でしょう」


 雑談していると、ティーカップが運ばれてきた。

 熱いうちに一口いただこうとカップを取ると。


「ちょっと待って」


 アリアに止められる。

 持っていたカップをテーブルに戻し、アリアの次の行動を見守る。

 アリアはカップに入ったお茶のにおいを嗅いで、飲むのではなく、舌の先をちょっとつけた。


「……ん、これ、スイミンヤク」


 アリアが小声でなにかをつぶやき、カップをテーブルに置こうとする。

 しかし、手を離すのがちょっと早かったのか、中のお茶を盛大にこぼしてしまった。

 慌てたアリアが私のお茶までこぼしてしまって、テーブルの上が水浸しに。


「アリア、大丈夫!?」

「えへへ、こぼしちゃった……」


 すぐに店員がかけつけてきて、テーブルを拭き、代わりのものを持ってきてくれた。

 アリアにはかかっていなかったようで、ヤケドの心配はない。

 安心して席に座りなおす。


 そして今度はふつうにお茶を飲むアリア。

 さっきのはなんだったのだろう。


『くっ、リルフィ様を手に入れる計画が……!』


 例の空耳。

 やけに物騒な言葉が聞こえた気がして、アリアを見てみると、そっちは頰を染めただけ。


 仕方がないから辺りを見回してみたけど、やっぱり何もない。

 なんか釈然としないけど、ないものはない。

 諦めてノート写しの作業に入ることにした。


『次こそ、次こそは……!』

「はあ、うるさいなあ」


 机に向かって数分後、空耳とアリアの声がした。

 でもアリアのものにしてはトゲトゲしい言葉で、お嬢様はそんな言葉遣いをしないハズ。

 気にしていてもラチがあかないので、もう何も気にせず勉強に集中する。

 日が暮れる前に魔法の練習ができるようにしないと。


『リルフィ様、愛しています……』




 ——学生時代の、夢を見ていた。

 

 

 

 

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