初心者は添えるだけ
「おはよう! リルちゃん!」
「おおおおはようアリア!」
商人護衛任務・二日目。
元気なのはアリアだけだ。実に可愛らしくて、移動で疲れた私たちの、心のオアシスになるような笑顔である。
私は寝不足でどんより、商人は動きがいびつ、凸凹コンビは警戒モードでぱりっとしている。
「床、硬かったけどリルちゃんは眠れた? わたしはなんども起きちゃった……」
「う、うんうん。私、ぐっすり。野営の才能あるかもねーははは」
アリアが商人にお仕置きする姿がアタマの中でリピート再生される。
おかげで私は混乱状態。いつも通りの接し方が思い出せなくて、挙動不審になってしまっている。
どうにかしないと昨日起きてたことがばれる。
ばれたらアリアに蹴られる。
思わず内股になって股間をガードしつつも、このままではダメだと気合を入れることにする。
「アリア、私の顔面に水魔法、お願い」
「え? えええ!?」
「顔を洗ってスッキリしたいの」
「い、いいのリルちゃん? 水魔法は結構はげしいよ?」
攻撃魔法だから激しいのは当然。でも死ぬほどじゃない。
実技の成績は中堅なアリアさんには、むしろ思いっきりぶっぱなしてもらいたい所存だ。
私は魔法の適正範囲のちょっと手前まで、アリアと距離をとる。
初級魔法の飛距離はだいたい馬車一台分だ。
「どんとこい」
「えーっと……ほんとうにいいの?」
「ばっちり」
「じゃあ……ア、アリアの名のもとに、水球よ、顕現せよっ……!」
アリアの手の先に、水の球が形成される。
じわじわと形を大きくしていき、大きさが一定になると、一気にこちらに向かって射出された。
……なんか勢いがすごい!
「ぶふぅっ!!」
「リルちゃあーーーーーん!」
水って、当たると痛いのね。
ちょうど風呂桶一杯分の水球。その重さを一身に受け、私は吹っ飛ばされた。
脳震盪を起こしてしまい、そのまま意識を手放してしまった。
水魔法が当たるとどうなるか、深く考えなかった私の自業自得である。
まあ、気を失ったおかげで睡眠時間が確保できたから、ラッキーといえばラッキーである。
・・・・・・・・・・・
「はっ! 私は何を!」
商人の馬車の荷台で目を覚ました私。
辺りの景色は夕焼けで赤く染められていた。
睡眠は一日10時間。朝に気を失ってしまった私は、いつもの時間眠ってしまったようだ。
習慣ってすごい。
「もう着いてるし!」
進行方向へ首を向けると、商人の後ろ姿の向こうに、街を囲む外壁が見える。エルフィード王城の隣町、シェインと呼ばれる街である。
どうやら私は、護衛任務の後半を寝て過ごしてしまったようだ。
アリアを守る、強くなると決心しておきながらこの体たらく。みなさまにお見せできる顔がない。
私は馬車から少しだけ顔を出してアリアの姿を探す。
隊列の後方を守るマリオンさんが、胸を揺らしながら苦笑いで手を振ってくる。しかしアリアはいない。
前方には、ユリアさんが、揺らす胸がないので長い茶髪を揺らして歩いている。そこにもアリアはいない。
一体どこに行ったのだと探していると、突然、何者かにふとももを触られた。
「ひっ!」
「……んー。……リルちゃぁん」
すぴー。
足元に、寝息を立てて気持ち良さそうに眠るアリアがいた。地味な色のローブが馬車の貨物に紛れて気づかなかった。
さらさらな長い黒髪が無造作に顔にかかって、幽霊みたいな様相である。
顔にかかった絹毛をどけてやり、白い肌を露出させる。
こうしてみると、人形のようである。完成された芸術品だ。人々の理想の形を体現しているかのような、かわいい顔をしている。
立てば女神、座れば人形、歩く姿は小動物。
ありがたやーと拝んでよし、愛でてよし。田舎者のキンパツと違って、アリアは人類の宝である。
「……起きたなら降りてくれないか」
心の中でアリアに賛辞を送っていると、御者席からクレームが出てきた。
大事なところをアリアになんども蹴られた商人。その加害者とは1ミリでも遠く、距離をおきたいのだろう。
むしろ気を失った私を馬車に乗せてくれた商人は、人間ができている。私ならそんな迷惑なひとは置いていく。本当に申し訳ない。
アリアを起こして馬車を降りようとしたところ、馬車は徐々に速度を緩めて静止した。
現在地は広範に日陰になっており、すぐ目の前には大きくそびえ立つ壁。
なんだかんだしているうちに、街の入り口に着いてしまったようだ。
これで二日目はずっと馬車に乗っていたことになる。
「アリア、起きて。着いたよ」
「んむぅ、あと五分」
そうゴネるアリアのほっぺたを手で挟む。
柔らかいほっぺたが面白いように形を変え、アリアの顔が残念なことになる。
「うへへへぇ」
まどろみの真っ只中にいるアリアは、だらしなく笑いながら、私の攻撃を受け続けていた。
あまりにも起きないものだから、どうしたものかと考える。
私が学校に入学する前の幼少期。母親が父親にしていた目覚まし法を思い出す。
ううむ、あれで良いのだろうか。
「……すぴー」
悩んでいるうちにアリアは二度寝をはじめてしまう。
こうなったらヤケだ。
母親が父親にやっていたみたいに。
私はそっと、アリアの頰におはようのキスをした。
その瞬間。
「リリリリルリルリルリルリしゃぁん!!?」
アリアはぱっと目を覚まし、起き上がった。
顔を真っ赤にして、ろれつが回らない口で意味不明な言動を繰り返している。
そんな反応をされると、こっちまで恥ずかしくなってしまう。
「……着いたから、降りるよ」
自分の顔が熱を持ち始めるのを感じたので、馬車から飛び降りて夕日で赤面を隠そうとする。
しかしここは街の外壁の影になっていて、アリアに背を向けて悶々とするしかなかった。
一団は無言のまま、検問を突破して、ついに隣町シェインにたどり着いた。
この護衛任務はランク7で、比較的低ランクの依頼である。これまでの旅路を考えると、魔物や盗賊とも遭遇せずに、ランク相応に穏やかなものだった。
トラブルといえば、アリアが暴れたり、私が寝たり……。
護衛を雇わない方が、よほどストレスなくここまで来られたかもしれない。
ごめんなさい、商人さん。
「……報酬だ」
商人は馬車を止めて、先頭のユリアさんに小袋と依頼書を渡す。
そしてこちらには挨拶もせず、馬にムチをうってさっさと行ってしまった。
「……ハハハ、報酬、全額もらえませんでした」
ユリアさんの久しぶりに聞いたような声で、肩の力が一気に抜けた気がした。
深呼吸すると、これも久しぶりの呼吸に思える。
任務、という言葉が知らず知らず私の心に重石をつけていたのだ。そのせいで色々と空回りしてしまったのかと、悟ってしまう。
そんなスッキリ状態の私の後ろに、マリオンさんがデカい胸に青筋を立てて、仁王立ちしていた。
「……リルフィちゃん?」
普段ちゃん付けで呼ばないマリオンさんが、のっぺりとした笑みを浮かべて私に顔を近づけてくる。
近いです。怖いです。
「これから猛特訓しようね……?」
いいえと言ったらその胸を振り回してはっ倒されそう。
質問なのに選択肢を一択しかくれない、たいへん恐ろしいマリオンさん。
「ごめんなさい。次からしっかりやります……」
「うふふ」
「うふふ」
中堅冒険者二人に囲まれて、気味の悪い笑みで圧をかけられる。
……初依頼は、散々な結果でした。