ぬいつけてはなさない
セレスタに引き続き、エリスもここに現れた。
つまり、この村にはユリアとマリオンもいるハズ。
ダンジョンで別れたみんなは、いち早く村に行って私たちを待ち伏せしていたのだ。
そうなると、両親が村の入り口にいた理由も説明できる。
大方、ユリアが私が来ることを言いふらしていたのだろう。
私たちがこの村に立ち寄った時に、捕まえるためか。
冒険者は私を見限って、ついに国家権力に頼り出したのだ。
もしそれが本当なら、一刻も早くここから離れなければならない。
冒険者も両親も結託していて、私をここで引き止めて、兵が来る時間を稼いでいるんだ!
セレスタとエリスは、物理的に私の邪魔をしようとしているのだろう。
魔剣を持った私に対抗できるのは、エルフか、魔剣そのもの。
私がエルフよりも実力が劣っていることは、今の戦いで十分に理解した。
そして、エリスから一方的に契約を打ち切られれば、私はただの一般人に戻ってしまう。
ユリアにすら勝てない可能性があるのだ。
二人には逆らえない。
都合が悪くなったら手段を選ばず逃げるという、村に入る前に立てた計画は見事に打ち砕かれた。
ああもう!
打つ手がない!
目の前では、エリスとセレスタが口論していた。
セレスタがアリアを害そうと、立ちふさがるエリスを抜こうとする。
身体強化によってセレスタが一瞬で移動するのだが、エリスは何事もなかったかのように、エルフの首根っこを掴んだ。
セレスタによる意識を惑わす動きが、通じていないのだ。
私のような人間には撹乱が有効だが、精霊のエリスには効かないのだろう。
「おまえもアリアのこと、邪魔だと思っているんねん!」
「……確かにそうだけどね、アリアに傷をつけたら、リルフィに嫌われるよ?」
「くっ……!」
エリスに言いくるめられ、セレスタが身動ぐ。
エリスの言う通りだ。
アリアにもしものことがあったら、私は命をかけて犯人を殺す。
アリアがいない世界で、生きる意味はない。
自分の人生のほとんどは、アリアと共に過ごしてきたのだ。
それ以外の生活なんて出来るワケがない。
「……さあ、帰って頭を冷やして。今のセレスタは、リルフィの敵。反省してきて」
エリスがセレスタにすっぱり言い放つ。
敵と言われて、泣きそうなセレスタ。
「…………リル、わっちは、諦めんぞ」
悔しそうに、セレスタは靴箱から私の靴を取り出して、持ち去って行った。
窓越しに白い姿が遠のいていくのを見送る。
代わりの靴を用意しないといけない。
はあ。
面倒だなあ。
でも、エリスの登場で状況は好転した。
結果的に、エリスがセレスタを追い払ったことになる。
エリスには戦闘の意思が見られない。
なら、早く帰ってくれないだろうか。
「……フフ、ボクにはボクなりのやり方があるの」
エリスはアリアに見向きもせずに、私の方に迫ってきた。
今度はどうなるんだ。
魔剣を握り直すが、魔剣の精霊に対して意味があることとは思えない。
「……リルフィ、剣を下ろして。ボクはリルフィの味方だよ」
エリスが剣先に手を触れると、魔剣はすぐに霧散してしまった。
やっぱり、エリスは魔剣を自在にコントロール出来るんだ。
「……ずっと、会いたかった。剣を通してではなく、こうして触れ合える日を、心待ちにしていた」
先ほどのセレスタのように、エリスもまた私に抱きついてきた。
でも、未だ敵意は現れない。
エリスが私の胸に顔をうずめたまま、時間だけが過ぎていく。
セレスタにやられた跡が生々しいアリアの姿。
何よりもまず、アリアを少しでも安全な場所に避難させたい。
「……うん。静かなところに行こうか。ボクが、落ち着けるものを作ってあげる」
私の考えを読み取ったように、エリスはアリアを介抱して、私の部屋の方へ向かった。
他人にアリアを任せてはおけない。
一秒たりとも目を離さないよう、すぐに後を追う。
「……そうだね。ボクじゃなくて、リルフィが見てあげた方が安心するだろう」
こいつ、絶対に私の考えを読んでいる。
エリスは魔剣の持ち主に対して、精神干渉が可能だ。
それは最初に出会った時に思い知らされている。
エリスが私の心を読むことなんて、造作もないことだろう。
アリアの身柄がこちらに引き渡されるが、警戒はしたまま。
エリスのドレスは走りにくいだろうから、スキを見つけて全力疾走で逃げる。
もしエリスが飛んだり瞬間移動したり出来るなら、逃げ場もないけど。
エリスの実力は未知数だ。
とにかく、やってみるしかない。
「……逃げないでね」
思考を読まれることになれていないから、逃走計画が速攻でバレてしまった。
やりにくい。
「……じゃあ、部屋でゆっくりしてるといいよ。キッチンを借りるね」
私とアリアを自室に送りこんで、エリスは行ってしまう。
今が逃げるチャンス。
でも、考えも居場所も筒抜けな状態で逃げたって、無意味だ。
こうなったら、見逃してくれるよう、エリスを説得するのが最善の策だろう。
悩んでいると、アリアが脇を通り抜けていった。
「リルちゃん、そんなに怒らないで、すわって?」
「アリアは攻撃されたのに、なんでそんな呑気なの!?」
真っ先にベッドに腰掛けたアリアを、思わず怒鳴ってしまう。
ところどころに付いた血が、セレスタの容赦の無さを表している。
打ち所が悪ければ、アリアはもう……!
「わたしはリルちゃんを残して死なないもん。ほら、いまもぴんぴんしてるでしょ?」
「それはエリスが間に入ったから……!」
「でも、生きてる」
アリアの強引な理論に、言い返せなくなる。
理屈が通らないから、タチが悪い。
アリアは勝ち誇ったような顔をして、ベッドから降りて部屋を出ようとした。
「……どこ行くの」
少しムカついたけど、それとこれとは話が別。
危険がいっぱいの外で、一人で出歩こうとするのは頭がおかしい。
「おてあらい」
「ダメ」
排泄の時間は、ひとがもっとも無防備になる時間だ。
「えっリルちゃん。トイレだよ? いいでしょ?」
「ここでして」
アリアにはことの深刻さが分かっていないようだ。
見ているところで済ませてもらわないと、また襲撃があった時に助けられないだろう。
「じゃ、じゃあ、リルちゃんもいっしょにお花つみに……」
「こ、こ」
ゴミ箱をアリアの足元に置いてやって、場所を作ってやる。
使ってない部屋のゴミ箱だから何も入っていない。
一思いにやってくれ。
「……ん。……リルちゃん、そういうの、好きなんだよね。わたし、がんばる」
アリアはわたしに見せつけるように、スカートをゆっくりたくし上げた。
真っ白な太ももから、可愛らしいおへそまでが、露わになる。
スカートの端を口でくわえて、手がぱんつへ。
「見せなくていい」
「えっ」
他人のそういうところは、気になるけど見ちゃダメ。
私はアリアの安全のために見守っているのであって、排泄行為を観察したら隙だらけになってしまう。
見たいけど。
私のいけない欲望が爆発しないように、アリアにはぜひ慎みを持って用を足してほしい。
「でもリルちゃん、いままでも見たそうにしてたよ?」
「してないし!」
全く心当たりがないことを指摘されて、つい動揺してしまった。
アリアに図星だと思われる。
早く言い訳しないと。
「道中は、ちゃんと茂みに隠れてするようにしてたでしょう!」
「でもリルちゃん、気にしてないふりしてちらちらわたしの方、見てた」
「あ、あれは安全確認……!」
思い返すと数々の痴態を、無意識の内にやってしまったような。
音とか聞こえちゃったりして、あのアリアの恥ずかしい姿を想像したり。
マズい、これ以上はボロが出る。
「もう! い、行っていいよ、トイレくらい!」
思わず、言ってしまった。
アリアは含み笑いを見せながら、私の横を通り過ぎる。
「見たくなったら、いつでも言ってね」
悪魔の囁きを残して、私はひとり、部屋に残された。
ポツンと。
目の前のゴミ箱を眺めて、私はアリアにさせようとしていたことを省みる。
自分でもゴミ箱にまたがって、ここでするように言われたアリアの気持ちを考えた。
これはなかなか、恥ずかしい。
するべきところじゃないところにカップインさせるという、背徳感あふれる構図。
アリアさんごめんなさい。
そんな現場を、音もなく帰ってきたエリスに目撃された。
「……リルフィ、かわいそうに」
やめて。
そんな目で見ないで。
エリスは手に持ったお盆をテーブルに置き、私は熱い抱擁を受けた。
「……よしよし。つらかったねぇ」
頭をやさしく撫でられる。
アリアとは違った香り。
とても安心する。
「……ボクの前では、頑張らなくていいんだよ。ちゃんとしなくても、いいの」
こんな間抜けな格好をしている私に、温かい言葉を投げかけないでください。
ゴミ箱の上でナニを頑張ってたというんだ私は。
「……うん、ここじゃあ落ち着かないね」
エリスに押されて、椅子ではなくベッドに移動することに。
軽いエリスの体重を押し付けられて、私はベッドに倒れ込んだ。
その隣に、エリスが横たわる。
「……フフ」
エリスが嬉しそう。
私は恥ずかしさから、エリスの方を見ないように努める。
背後で、エリスがもぞもぞと動いている。
「……リラックスして。体の力を抜くの」
耳元で、小さなささやき声。
「……目を閉じて。無理しなくていいよ。リルフィは頑張り屋さんだけど、今だけは特別。リルフィのまぶたは、とっても重い。重いから、目が閉じてしまうんだ」
え、どうしたの。
何がしたいの。
まあ、気を紛らわせる感じで、少しだけ付き合ってみようか。
「……そう。リルフィはだんだん、目を開けられなくなる。真っ暗闇。水の中。その中に、リルフィは浮かんでいるよ。ゆらゆら。ふわふわ。リルフィはその中で、リラックスしている」
言われた通りの情景を想像する。
水の中で漂っている私。
聞こえる音は、エリスのささやき声だけ。
言う通りにしていると、だんだん、体がベッドの上から離れていく感覚に。
「……水の中で、体の力が抜けてくる。力が抜けると、ぽかぽかと暖かくなっていくよ。さん、にぃ、いち、はい。ボクが数えたら、リルフィの体から、力が抜ける。気持ちよくなってくる。さん、にぃ、いち」
言われた通りに、体の力を抜く。
足が重い。
腕が重い。
胴体が重い。
頭が重い。
体が自分のものじゃなくなっていく。
「……ボクの声を聞くと、リルフィは安心する。気持ちいい。ボクの声だけに集中する。さん、にぃ、いち、数えるたびに、リルフィはボクの虜になる。さん、にぃ、いち、もっと気持ちよくなる」
私はエリスの声で安心する。
声を聞くたびに気持ちよくなるんだ。
カウントダウンが終わると、背中がゾクゾク震える。
「……リルフィはボクだけのもの。さん、にぃ、いち。ボクの声で、のぼりつめていく。さん、にぃ、いち……」
温かい。
エリスのささやきが、右から、左から。
声を聞くたびに、快感が蓄積される。
このままどこまで行ってしまうのか。
「わたしの声を聞くとリルちゃんイっちゃう。さん、にぃ、いち! はいイった!」
「誰だいきなり!」
エリスじゃないひとの声が聞こえて、飛び起きる。
「……アリアかぁ」
お手洗いから無事に戻ってきたアリアだ。
良かった、何もされていない。
「……まだ。ボクの声で、リルフィはどこまでも、遠くに、いけるよ」
目が覚めたのに、まだ体がふわふわする。
エリスの声を聞くと、体が勝手に快感を得るようになった。
「リルちゃん? エリスになんかされた?」
「う、ううん」
これ以上はダメになってしまいそう。
エリスから逃げるように、ベッドから降りる。
うう、歩きづらい。
体が思うように動かない。
「……次に、ボクが数えたら、リルフィは頂点を迎えるよ」
エリスの声がまとわりつくように、耳に残る。
小さな声なのに、体が勝手にエリスの言葉を追いかけてしまうのだ。
「さん」
始まった。
カウントダウン。
「にぃ」
怖い。
どうなってしまうの。
できるだけ前に進んで、エリスから離れようとする。
「いち」
あ、ダメだ。
逃げられない。
「リルフィ、いくんだ」
「——っっ!!」
エリスの命令で、私の足のつま先から頭のてっぺんまで、快感の波が通り抜けた。
その後を追うように、足がガクガクと震えて、腰から背中も痙攣して、何度も、脳に、白黒の電撃。
立っていられない。
「リルちゃん! どうしたの!?」
こんな姿を、アリアに見られたくない。
でも見て欲しい。
アリアの声で、こうして欲しかった。
「……もっと、もっと、いくんだ」
でも、体はエリスを求めている。
エリスの言葉で、全身の快感が唸りをあげて、私の自由を奪っていった。
急激な感覚の変化に、尿意を催す。
私の体が意思を無視して跳ねるたびに、強くなっていく。
我慢できそうにない……!
この歳になっておもらしはイヤだ!
考えられることは、それだけ。
快楽で思考が押しつぶされて、とにかくもらさないことだけを考えていた。
精一杯の力で這って、ゴミ箱まで進む。
この際アレでもいい。
私の不浄をきっちり受け止めてもらえるものなら、なんでもいい!
「リルちゃん! イっちゃってるんだね!?」
お願いだから茶化さないで。
深刻なんだ。
「すごく、色っぽいよ!」
尿意のリミットがもうすぐそこまで迫っている。
ちょっと力を入れただけでも決壊しそう。
でも私の体は貪欲に快楽を味わい、未だに痙攣が治らない。
理性と本能のせめぎ合い。
本能の私は、もうそのまま放水してしまえと言っている。
理性の私は、せめて服を脱いでからと言っている。
どっちにしろトイレにいくのは諦めちゃってる。
なんとか体を起こして、ゴミ箱によりかかった。
息も絶え絶えに、ズボンを脱いで、そこにまたがる。
エルフにぱんつを全部盗まれてから、下着を穿いていないのが救いだった。
もう一枚あったら、間に合わなかった。
「……リルフィ、思いのままに、やっちゃって」
そうして、エリスの最後のセリフで、体は思いのままに、全てを放出した——。
「なるほど! わたしに、見てほしかったんだね! リルちゃんのきれいな放尿シーン!」
アリア、あとでお仕置きだ。