再出発
リルちゃんが目をさましたところで、休憩はおわり。
ひきつづき先に進むことに。
ユリアたちがこの場所から離れたことをさとったリルちゃんは、いくぶんか警戒心がやわらいでいた。
備えるのは魔物だけ。
しかもそいつらはリルちゃんの敵じゃない。
わたしたちは洞窟を速いペースで進むことができた。
ユリアたちは、おそらく地上に出て、ノーザンスティックス領に向かっているのだろう。
途中で出口っぽい分岐点があったから、そうにちがいない。
地上のほうが魔物も少なくて安全だし、途中で宿場町もあったりと、穏やかな道のりになる。
グループの足枷になっているのは、わたしだけなのだ。
なんの罪もないユリアたちは、堂々と外を歩いていける。
わたしたちはコソコソと、この『蛇の洞窟』の北端まで進まないといけない。
野生にかえったように、わたしたちはそこらにいる魔物を狩って食べ、硬い地面で野宿し、日々を過ごしていった。
二人だけの旅。
いろいろ夢を見ていたけど、やってみるとこれがなかなか辛い。
ハイペースで進んでいるのも、早くこの生活が終わってほしいから。
洞窟の魔物はグロテスクでネバネバなやつばかりだ。
食料を持っていないわたしたちは、それを食べないといけない。
倒すのには問題ないのだけど、それからが苦労の連続だった。
まず、さわりたくもない魔物を、どっちがさばくかで一悶着。
「私がやる。アリアは、向こう見てていいよ」
「だ、だめだよ……! リルちゃんは魔物退治でがんばってるから、さばくのはわたし……!」
というふうに、お互いにゆずらないから、なかなか始められない。
結局、交代でやっていくことにおちついて、魔物の処理にとりかかることに。
……いざ、解体をはじめてみると、やり方がわからない。
地上の魔物ならユリアたちにさばき方を習ったけど、洞窟の魔物は骨格からして異質。
わたしたちが持っているほんの少しの知識がまったく通用しなかった。
さんざん話し合ったあとなのに、さばくのはあきらめた。
とりあえず丸焼きだ。
「…………」
「……くさっ」
おし黙るリルちゃん。
一方で、焼いた魔物からでるあまりのにおいに、わたしは思わずつぶやいてしまった。
「言わないようにしてたのに」
「ご、ごめんね」
「罰としてアリアから先に食べて」
「ええっ」
……以外とおいしかった。
リルちゃんは吐いた。
料理スキルが皆無なわたしたちにとって、できる調理法は焼く、煮る、くらい。
味付け次第では、リルちゃんも食べられるようになっただろう。
そんなときに、エリスの存在がどれだけありがたいことか、気付かされた。
ユリアかマリオンでもいい。
わたしたちがやるよりも、食べられるものを作ってくれるはず。
もしかしたら、エルフも料理ができたかもしれない。
リルちゃんがつらそうだから、誰でもいいから助けてほしかった。
食事をなんとか終わらせて、次にくるのは睡眠。
二人で寝られてしあわせーなんて思っていたけど、現実は甘くなかった。
ダンジョンには魔物が出るから、どちらかが不寝番をしないとならない。
このときもお互いに気をつかおうとするから……。
「アリア、寝て」
「いやリルちゃん食べてないでしょう? わたしだって魔物をやっつけるのは余裕なんだから、安心して休んで」
結局、どちらが先に寝るか、がまんくらべをすることになった。
……こうして、最初はぐだぐだだった洞窟での生活。
数日後、だいぶ進んだいまとなっては、どちらもあきらめて素直になった。
食事にて。
「……アリア、さばいて」
「うん」
魔物の粘液で手が汚れるのが嫌だったのが、今ではぜんぜん気にならない。
この粘液、ぬっておくと肌がすべすべになるからきっといいものだ。
今日のごはんはナメクジの魔物。
さいしょに料理した魔物と同じ。
何回か料理する中で、焼いた時にひどいにおいがでる器官を発見したから、もうだいじょうぶ。
それを取りのぞくために、迷わずに短剣をねじ込んだ。
リルちゃんの魔剣の方がリーチが長くて便利なんだけど、わたしが持つと刀身が赤く光ってはじかれるのだ。
仕方なく予備の短剣をリルちゃんにもらって、魔物の体内に手をつっこみながらさばいていく。
リルちゃんがもう1匹、スライム型の魔物を倒してこっちに蹴り飛ばしてきた。
こいつを火にかけると、ドロドロに溶けていい出汁になる。
それでこのナメクジを煮るのだ。
そうすると独特のくさみも抜けて、コリコリとした食感のおいしい食材に生まれ変わるのだ。
「イチゴもとってこよっと」
道端にけっこうな頻度でなっている洞窟イチゴ。
あの街で飲んだジュースを再現したくて、地味にまいにち試行錯誤している。
「うぇえ……アリア、またそれ食べるの……?」
手に持った緑色の果実をみたリルちゃんが、顔をしかめる。
ナメクジをあるていど克服したリルちゃんも、洞窟イチゴは認められないらしい。
それはあのジュースのおいしさを味わったことがないからだ。
今度こそ完成させて、リルちゃんを喜ばせてあげたい。
イチゴをすりつぶしただけでは、ぜんぜんだめだった。
火を通したら、甘みが増したけど青臭さが残る。
水で茹でたのは、酸味だけが口に残る感じになって失敗。
今日は、スライムスープで煮てみる。
洞窟イチゴのジュースに大事なのは、香り、酸味、食感、喉越し。
スライムならイチゴのよさをそこなわずに、味をととのえてくれるはず。
洞窟の岩で作った器を、火の魔法で熱する。
そこにスライムを投入して少し待機。
グツグツと、ゼリー状だったスライムがとけて沸騰する。
そこに潰したイチゴを投入っ。
ここからが勝負だ。
火を止めるのが早すぎると、イチゴのつぶつぶが口の中に残る。
逆に、長すぎると実がふやけてゴワゴワした食感になる。
これは前の失敗で学んだ。
…………。
いまだ……!
風魔法で火を消して、水魔法で器をひやす。
じゅーっとした音が爽快。
鍋がやけどしない程度にさめたから、指をつっこんで味見をする。
「————っ!」
甘い香り。程よい酸味。プチっとした実。するりとした喉越し。
完成だ。
「リルちゃん! これ飲んでみて!」
「ええ……」
見た目は緑色のドロドロでまずそうだ。
わたしも最初はそう思った。
でも飲んでみればセカイが変わるはず……!
リルちゃんに器をわたして、いやいやながらも口を付ける瞬間を見届ける。
「……ぐっ、ゲホッ」
「リルちゃん!?」
な、なんで。
リルちゃんはイチゴジュースの入った器を突き返してきて、すぐに水魔法でうがいをしはじめた。
言われるまでもなく、まずいとの意思表示。
わたしの大好きな味なのに。
受け取ったジュースを、大切に少しだけ口にふくむ。
うまい!
「…………ア、アリア、おいしかったよー……」
リルちゃんがむりして笑顔を作って、感想を言ってくれた。
リルちゃん、嘘はだめって、自分で言ってたでしょう。
「もう。わたしが飲むからいいですぅ」
「あっはい」
ちびちびとイチゴジュースをたしなみながら、料理を進めていくことに。
まさかわたしが料理をするなんて、昔のわたしには想像もできなかっただろう。
とは言っても切って煮るだけだけど。
旅が落ち着いたら、練習するのもいいかも。
打倒エリス。
できたナメクジのスライム煮を、そそくさと食べ終えて、就寝の準備に入る。
自分の好きなものを共有できなくてショックだったから、不寝番をリルちゃんに押し付けてふて寝した。
——二人の旅は、こんな調子で進んでいた。
そして。
「わぁい。お外だぁ」
「リルちゃん、わたしの足踏んでる」
危険とはいっさい遭遇せずに、わたしたちは洞窟を抜けたのだ。
ほんとうの敵は自分。
最低な生活環境で、いかに自分をたもっていられるかが勝負だった。
リルちゃんはだめみたい。
「もっと喜ぼうよ! アリア!」
「じゃあ足、どけて?」
お日さまの光に当てられて、セカイに色がよみがえってくる。
リルちゃんのきれいな金髪とか、青い瞳とか、ひさしぶりに見ることができた。
ちょっと崇拝したいからひざまずかせてほしい。
「これでナメクジ生活から解放されるね!」
リルちゃんはいきなり駆け出して茂みに入り、草を食べはじめた。
かわいそうに。
「ああ〜! 私は生きているんだ!」
よかったね。
かたい洞窟の岩盤から解放されて、ひさびさに土のうえに立っていると、ふわふわした感じがする。
ここで寝っ転がったら、寝心地がいいんだろうな。
思い立ったら行動だ。
ゆっくりと寝そべって、あおむけになって空をみた。
空気がすんでいる。
鳥がさえずり、花が咲いている。
リルちゃんの言ったとおり、生きていることを実感する。
これこそが、人間が生活する大地なのだ。
「アリア!」
となりにリルちゃんも寝そべる。
二人で空を見上げて、ふわふわと流れる雲をながめた。
「もうすぐ、だね」
外の空気をいっぱい吸い込み、リルちゃんは正気にもどったようだ。
しみじみと、旅の終着点を告げてきた。
「あとはあの山をこえて、隣国だ」
遠くにそびえ立つ、大きな山。
流れていった雲は、その山に行く手をふさがれていた。
だいじょうぶ。
ぜったいに、乗りこえられる。
リルちゃんの手をにぎって、何があってもくじけないと、決意をかためた。
第三章『転換』 完
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