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セカイでいちばんのわたし  作者: 風三租
第3章 転換
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受付嬢

 飲み物を作り終えた男が向かい側のいすに腰かけ、まずは一杯。

 男と赤毛はジョッキになみなみと注がれた酒をゴクゴクと飲んで、乱暴に机におく。


「プハァ〜! やっぱこれがないと始まらないわネェ!」


 幸せそう。

 そんな飲み物を飲んだくらいで、人生の最高潮を迎えた顔をされても、やっぱりわたしには意味がわからない。

 世の中はリルちゃんを中心にまわっているのだ。


「んじゃあ、自己紹介しましょ! お互いのコト、よく知らないと!」


 別に知りたくもない。

 早くリルちゃんを助けないと奴らに洗脳されてしまうのに。

 早く出ないと。

 早く、早く。


 ……冷静になろう。

 力づくではこの二人にかなわないから、適当に話を合わせて終わらせるのがいい。

 リルちゃん以外と会話するなんて鳥肌が立っちゃうけど、我慢。

 リルちゃんのおかげで我慢を覚えたから、今日はそれを有効に使おう。


「あちしはヨハン! 好みのオトコを求めてこのレフォーマまでやってきた、愛の戦士ヨォ〜ン!!」


 男は手を合わせて、わたしにウインクしてきた。

 避けた。


 ヨハンと名乗った男に対して、盛大にため息をつく赤毛の女。


「ま、こいつ、外ではそれが原因で捕まってたんだがな」

「愛の力の前には、牢屋なんて障害ですらないのヨ!」


 なんなのこいつ。

 そもそも男が好きって、頭おかしいんじゃないの?


「……アタシはオルガ。冒険者を引退後、エルフィード城下町の冒険者ギルドで受付嬢をやっていた。んで、なんだかんだで国家反逆罪に問われて、ここまで逃げ延びたってわけさ」


 こっちはまとも。

 こんな鋭い目つきの女が受付嬢だったら、ぜったいに人気が出ないと思うんだけど。

 いまみたいに酒をあおっていた方が似合っているよ。


「……で? アンタは?」


 二人の目がわたしに向けられる。

 耐えろ。

 話せば終わる。


「……アリア」


 自分でもびっくりするほどの低い声は、酒場の喧騒に消されてしまった気がする。

 でもヨハンとオルガと自称する人間は、わたしのつぶやきに笑顔を返してきた。


「レフォーマにはどうしてきたのかしらん? あ、嫌だったら無理に言わなくていいのよ?」


 名前を言ったのだから、もう終わりでいいでしょ。

 なんで続けようとするのかな。


「……きたくてきたわけじゃない。たまたま手をついたところが町の入り口のスイッチだっただけ」


 リルちゃんと離れ離れになるし、もう最悪だ。


「フッ。そいつは傑作だ。偶然ってのは、重なるもんだなぁ」

「だから帰らせて」


 動けば捕まる、という状態はまだ続いている。

 酒場の奥で目の前をムキムキの男にふさがれていたら、どんなに頑張っても逃げきれない。


「アタシの事、覚えてないのか?」

「は?」

「前にオマエの冒険者登録を担当したの、アタシだぜ?」


 まったく覚えていない。

 首にかけていたドッグタグを服の中から引っ張り出して、鉄のプレートに掘られた文字を眺めてみる。


 ……発行者の欄に、オルガの文字。


「手配犯のオマエをな、エルフィードから逃げ出す助けをしたって事で、アタシも目をつけられちまったのさ」

「……だから、わたしに復讐しようとでも?」


 オルガはジョッキを傾けて、今度は一口だけ飲む。

 その目には、わたしに対する敵意は宿っていなかった。


「怒るより、楽しんだ方が勝ちだろ。気にすんな」


 一息ついて、もう一口。


「これが生き方なのさ。今こうやって酒を飲んでんのも、オマエみたいにつまらなさそうに生きてる奴に、それを教えてやりたくってな」

「なに言ってるかわかんない……!」


 ふつう、自分を陥れた犯人が現れたら同じ目に合わしてやりたいと思うでしょ。

 わたしのせいで職を失ったというなら、憎んでいいはずなのに。


「オルガたんの言っていることは本当よぉん? 実は、ここにいるみんなも、おんなじ考えを持った同士なのぉん」

「底辺で長いこと生きてっとな、不器用な奴の面倒を見てやりたくなるもんだ」


 ヨハンが体をずらすと、入り口側に座る外野どもの姿があらわになる。

 そいつらと目があい、ぐちゃぐちゃな笑顔で手を振られる。


「どうだ、試しに大声あげて、笑ってみろよ」


 そして、隣のやつも向かいのやつも、遠くの人間たちもわたしに笑顔を向けてくる。


 居心地が悪い。

 ここはわたしがいる場所ではない。


 わたしは一人。

 リルちゃんを振り向かせるために生きている!


「もう満足でしょ……! ここから出してよ!」


 机が揺れるのもかまわず立ったから、グラスが倒れて液体が飛びちる。

 心の中に生まれたモヤモヤを何かにぶつけたくって、倒れたグラスをとって床に叩き付けようとした。


「そうだな。ちと早いが、今日はここまでにしようか」


 オルガにグラスを取り上げられて、わたしの手は空を切る。


 何もかも思い通りに行かない。

 拳を固くにぎりしめて、このどこにも抜けない感情を、自分の痛みでごまかす。

 大声を出して、走りたい。


「手配書見たが、王族ってのも大変なんだろう。ま、ちょっとずつやっていこうや」

「アリアたんってば、この町じゃ結構有名人よん? みんな優しくしてくれると思うわぁ。安心し・て・ね♡」


 出て行っていいと言われると、外に出たら負けた気がして嫌。

 だからと言ってこの空間はわたしの居場所じゃない。


 どう動いても負け。

 イライラが止まらない。


「……かえるっ!」


 もう宿に戻って寝る!

 リルちゃんを助け出すのも今の状態じゃむり!

 みんな自動的に死ねっ!




・・・・・・・・・・・




 結局、酒場から出ててきとうに歩き出したところで、オルガに捕まった。

 宿はそっちじゃないって言われ。


 一人で帰ってくるつもりが、最後まで道案内をされて宿についた。

 宿はあそこだぞと、念入りに指差し確認をされて、遠くから監視されながら宿の扉を開く。


「あら、帰ってきたのね」


 出迎えられたのは宿屋の女将。

 手には包帯が巻かれ、血がにじんでいた。


「もう、痛かったわよ。あなた、急に切りつけてくるんだもの」


 この女には、厨房で盗んだ短剣の試し切りをしたのであった。

 切れ味が悪くて、致命傷にはなっていなかったようだ。


「ヨハンのところに行っていたんでしょう? 今日のところは許してあげるから、明日もちゃんと行くのよ?」


 どいつもこいつも。

 善悪の判断がついていないのだろうか。


 切られたら切り返す!

 それがふつうなの!


 歩いて少し収まったと思ったイライラが、またぶり返してきた。

 女将とこれ以上話していたくないから、階段をのぼって自分の部屋にいく。


 リルちゃんはまだ帰ってきていない。

 ……でも、今日はもう疲れた。


 固いベッドに腰かけて、そのまま横たわる。

 目をつむると、酒場でわたしに向けられていた、満点の笑顔が思い返される。

 その映像に最後まで違和感を覚えながら、わたしは眠りについた。


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