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セカイでいちばんのわたし  作者: 風三租
第3章 転換
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おかま

 わたしを担いだ赤毛の女は、リルちゃんが歩いて行った道とは真逆の方向に進んでいた。

 わたしは赤毛の腕の中を抜け出そうとしたけど、体がぜんぜん動かない。


 この街の入り口で出会った男と一緒だ。

 魔法の力ではなく、身体能力のみでわたしに歯向かってくる。


「離して」


 当然、離してくれるわけもない。

 わたしの言葉が届くのならば、とっくに自由の身になっている。

 言ってみただけ。


 仕方がないから、赤毛の女を殺すことにする。

 風魔法『切断』で、音もなく死ぬがいい。


「ここは街のど真ん中なんだからよぉ。そーいうのは我慢しようなっ、と」

「あうっ!」


 わたしが魔力を具現化しようとしたその時、赤毛の女に尻を叩かれた。

 集中が乱れて、風の刃を作り出すのに失敗する。


「長いこと冒険者をやってっとなぁ、身に危険が迫ってる時、なんか分かんだよな。まあ、今は犯罪者だがな」


 そんなあやふやな感覚でわたしの魔法が止められたの?

 たかが平民ふぜいが、腹立たしい。

 なんでわたしに楯突くかな。


「嬢ちゃんはよ、周りがみんな敵に見えんだろ。言われなくとも、初めて会った時から顔に出てたぞ」

「は?」


 いきなり世間話を始めようとする赤毛。

 そんなものに付き合う筋合いはない。


「この街に来るやつなんて、大抵がそういう人間さ。理由なんて人それぞれだがな」


 まわりと一緒にしないで。

 わたしにはリルちゃんがいればいいんだから。


「気楽にいこうぜ。アタシたち(・・)は、ここに堕ちたクズどもに、まず人生の楽しみかたってのを教えてやってるのさ」


 無視。

 余計なお世話、お節介、でしゃばり、偽善者。

 犯罪者がどう取り繕ったところで、それ以上にはならない。


 わたしは無言をつらぬき、情けない格好で抱えられたまま、景色が過ぎていくのを見ていた。

 赤毛もわたしの反応がないから、世間話をやめて目的地に向かっていた。


「さて、ついた」


 酒場。

 中から下品な笑い声が聞こえる建物の前で、わたしは乱暴に地面に降ろされた。

 固い岩盤に勢いよく足がついて、じんじんする。


 体が自由になったから、すぐにリルちゃんを追いかけようとしたが、赤毛に襟首をつままれて酒場に入れられる。


「よ、連れてきたぞ」

「あっら〜! この子が例の新入り!? ちっちゃくて細くて、お人形さん見たいネェ〜ん!」


 なんだこいつ。

 出迎えられたのは、圧倒的な存在感をもつ、男。

 いやでもまず目に入るのが、緑色の口紅に、紫色のアイシャドー。

 その厚化粧とは対照的に、あごからこめかみまで繋がった無精ひげと、剃り込みの入った坊主頭。

 男の異様な容姿に、さすがのわたしでも意識を吸い込まれる。


「かわいいわ〜! んー、まゅっ♡」


 男は女の言葉を話し、わたしに投げキッスをしてきた。

 背筋がぞっと凍る。


「……アタシもここにきてまだ日が浅いが、まあ、慣れさ」

「つれないわネェ、オルガたん! もっと元気よく〜?」

「アタシはいつもこんなもんだろ」


 男みたいな赤毛の女と、女のふりをするいかつい男に囲まれるわたし。

 性別とは一体なんなのか。

 当初の目的を忘れて、哲学せずにはいられない。


「ささ、中に入って座りなさァ〜い! まずはお互いのコト、知・り・ま・しょ?」

「だとさ」


 男女と女男にがっちり両脇を固められて、酒場の奥の席に引きづられていく。

 周りの人間どもに見られて、指をさされて笑われる。

 むせ返るような酒臭さに気分を害し、皆殺しにしてやりたい。


『ヨハンちゃん! それが新入りか! いくら可愛いからって、襲うんじゃないぞぉ!』

「んもぅ。アタシが好きなのは、アナタみたいな漢よぉ〜ん?」

『オエェェェッ』


 外野がヨハンと呼ばれた女男に向かってヤジを飛ばし、それを意味のわからない返しでかわす。

 わたしも吐き気をもよおした。


「お人形ちゃんは、まだ未成年よネェ? 洞窟イチゴのジュース、出しとくわ〜」


 酒場の一番奥の席に座らされ、男はカウンターに引っ込んでいく。

 赤毛の女は足を組んでわたしの隣に座っている。


「驚いたか?」

「……」


 聞かれるが、答えない。

 うなずけば、わたしが平民以下みたいな気がして、非常に悔しい。


 驚かなかったといえば嘘になる。

 男の迫力に圧倒されたのはもちろん。

 それにこの酒場の活気が、わたしには理解ができなくて、居心地が悪かった。


 どうしてこんな掃き溜めの人間どもが楽しそうにしているの?

 奴らは何が楽しくて生きているの?


「お・ま・た・せ♡ あちしの自信作っ」


 目の前に、男の口紅と同じくらい濃い緑色の液体が置かれる。

 これは……飲み物ではないでしょ。


「見た目は悪いけれど、おいちいから飲んでネ?」


 男に迫られて、一口飲んでみろと言外に脅される。

 人間離れしている男の顔は、近づいてくるだけでもこわい。

 このわたしがここまでひるむなんて。


 でも、この液体は飲めない。


「飲んでネ♡」


 グラスの中を見れば見るほど、黒いつぶとか、黄色い毛とか、液体じゃないものが見えて食欲がなくなっていく。

 これは洞窟イチゴのジュースと言っていたか。

 芋虫の絞り汁と言われた方が、まだ説得力があるでしょ。


「あちしの自信作が飲めねぇってのか」


 わたしがグラスの前で動かないままでいると、毛が生え茂った腕がぬるりと差し込まれて、グラスが取り上げられた。


「飲め♡」


 グラスと男の顔が、迫る。

 紫色のアイシャドウの下に、ギラギラと獲物を見据える瞳。


 わたしはあっけなく、口を開いてしまった。


「いい子ちゃんネ!」


 緑色の液体が、自分の口に流し込まれていくのを目で追う。

 わたしは、こんなにも無力だったのか……。


「味はどう!?」

「……」


 果実特有の酸味。

 鼻に抜ける甘い香り。

 どろりと濃いようで、するりと胃に落ちていく爽やかな喉越し。

 ふつうの飲み物にはない、つぶつぶとした食感がアクセントになっている。


 もう一口飲んだ。


「……おいしい」

「ほんとォ!? 嬉しいわァ〜! コレ、あちしが研究に研究を重ねて作り出したのに、だーれも飲んでくれないのヨォ!」


 男からグラスを受け取って、一気飲みした。


「……くっ」


 くやしい!

 でも体はそれを求めちゃう!


 液体を飲み干してしまったわたしと、男の目が合う。


「んん〜? 欲しがりさんネェ〜! 分かったわ、もう一杯作ってきてアゲル!」


 男はわたしの意思を察してカウンターに戻っていった。


 ……くっ!

 このわたしがただの飲み物なんかに屈するなんて……!


 リルちゃんごめんね!!

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