空元気
——正気にもどった時、わたしは食堂のテーブルに座っていた。
となりにリルちゃん。
その姿をみるとさっきのことを思い出して、また昇天しそうになる。
しかし、向かい側に座る奴らの存在に、一気に冷めてしまった。
「……リルちゃん、なんであいつらがいるの」
「お、アリアが治った」
わたしの声にリルちゃんがすぐさま反応して、よかった、と背中を叩いてくる。
もっとやってほしいけど、今は目の前の問題を片付けないと。
「……あいつらとは酷い。ボクは仲間じゃないか」
魔剣。
「アリアっ! しねっ!」
エルフ。
「探したんですからね?」
「エリスがいなかったらこんなとこ見つからないよ」
冒険者ども。
至福のひと時は、もう終わってしまったのか……。
その大半をトンでいたわたしには、ショックが大きい。
もう少しリルちゃんの猛攻にがまんできていたら、もっといちゃいちゃできたのに。
「エリスが私の魔力を感知して来てくれたんだ」
「リルちゃん……。その剣、捨てたほうがいいと思うよ?」
リルちゃんと魔剣には謎のつながりがあって、リルちゃんがどこにいても魔剣が見つかってしまうのだ。
今までの旅路で何度かリルちゃんを魔剣から遠ざけようとしたけど、むしろ先回りされるくらいの察知能力。
こいつさえいなければ、リルちゃんとずっと二人きりだったのに……!
「……一回契約したら解除できない。ボクが許さないから」
「リルちゃんに付きまとわないでよ!」
思わず机を叩いて、魔剣に向かって声を荒げてしまった。
これではリルちゃんにおこられちゃう。
リルちゃんはわたしがあばれそうになると、すごく冷たい目をしてにらんでくる。
その目は、わたしが王宮で、両親や兄弟から振りかけられたものを思い出して。
セカイに取り残されたような恐怖に、身がすくんでしまう。
「アリア……」
「ひっ……」
あんのじょう、リルちゃんの瞳はわたしのことを責めるように向けられていた。
言葉にしなくてもわかる、黒く渦巻いた感情。
それが、リルちゃんだけでなく、向かい側の人間からも伝わってくる。
この宿屋の外にいる人間でさえも、わたしを責めているような気さえする。
「ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」
わたしを置いて行かないで。
お願いします。
「アリア……ちょっと部屋に戻ろう?」
リルちゃんが席を立つ。
付いて行きたいけど、恐怖で手が伸びない。
わたしが何かをすると、かならず事態が悪化する。
そうすると、リルちゃんはもっとわたしから離れて行ってしまう。
「ほら、しっかりして」
リルちゃんがわたしの手に触れて、立ち上がるように促す。
行動する許可をもらえたわたしは、リルちゃんの手を離さないように、そっと席を立つ。
そして、リルちゃんに連れられて、借りていた部屋に戻った。
二つのベッドだけしかない狭い部屋で、わたしはそこに腰掛るように言われる。
「ちょっとだけみんなとお話してくるから、ここで待っててね」
「え……」
そんな、置いて行かないで……!
リルちゃんがいないとわたし、どうにかなっちゃう……!
「やだ、行かないで」
「あとで好きなだけ一緒にいてあげるからさ、大人しく、ね?」
リルちゃんにこれ以上の発言を禁止されてしまったので、わたしはもう喋れない。
声を出せば、捨てられる。
むりに引き止めても、捨てられる。
わたしは、部屋を出て行くリルちゃんの背中を、見ていることしかできなかった。
・・・・・・・・・・・
リルちゃんが出て行った扉を、ずっとずっと見ていて、ぼーっとしていた。
そういえば、ひとりきりになったのも久しぶりだ。
ビザールの屋敷に閉じ込められた時もひとりだったけど、別の部屋にとらわれていたリルちゃんを助けようと必死だった。
静か。
誰もいない恐怖は、すでに振り切ってしまって何も感じない。
ふわふわとした感覚。
ふと、窓の外をみた。
「あ、リルちゃんだ」
宿屋から出るリルちゃん。
それに他の人間。
「殺そっか」
やっぱり、あれらがリルちゃんを惑わせているんだ。
本当のリルちゃんはわたしだけに笑顔を向けてくれて、わたしだけを守ってくれる。
わたしを置いて出て行ってしまうのは、全部あのゴミクズのせい。
行こ。
さっきまでは遠く感じた部屋のドアも、歩き寄れば簡単に開けられた。
頭が冴える。
エルフと魔剣には魔法がきかないから、物理的にやるしかない。
見つからないように、ゆっくりと忍び寄って、刃物でひと刺しすれば良い。
冒険者は魔法で一撃。
これで皆殺し。
食堂に降りると、当たり前だけどリルちゃんはいない。
女将がわたしを見つけて何かを言ってくるけど、どうでもいい。
厨房に入って、肉を切るための短剣を手に取る。
ちょうど女将が近寄ってきたから、試しに一振りしてみる。
あー。
調理器具であって武器じゃないから、ちゃんと急所を狙わないと殺せない。
使い方はわかった。
外に出て、リルちゃんが歩いて行った方に向かう。
少しもたついてしまったから、リルちゃんの姿は見えないけど、ゆっくり探せばいいよね。
派手に動いて、リルちゃんの周りのハエに見つかる方がだめ。
この間にどうやって仕留めるか考えておこう。
素直に後ろから心臓を刺すか。
なんかの罠に嵌めて動けなくさせたところで、確実に息の根を止めるか。
この際リルちゃんのことは考えないようにする。
リルちゃんのことを考えると、そっちばかりに気が行ってしまって、上手に殺せない。
今までのもそれが敗因。
わたしを邪魔してきた奴らの苦しむ顔が、やっと見られる。
さんざんわたしをコケにして、リルちゃんに媚を売って。
何回も刺してやる。
途中でリルちゃんに嫌われちゃったら、わたしも死ねばいいんだ。
どうせわたしはセカイから必要とされていないんだから、リルちゃんが振り向いてくれないのなら、ここにいる必要はない。
簡単だね。
「ふふふふふ」
この短剣、刃こぼれしてるから切りにくいだろうなぁ。
切れないから、よーく力を込めないと。
「——楽しそうだなァ、嬢ちゃんよ」
わたしの行く道をふさぐ人間。
掠れた声の赤毛の女。
邪魔だから魔法で動きを止めよう。
傷つけたら騒ぎになって目立ってしまう。
「……ん? 『拘束』か」
わたしが放った風魔法を、女はすぐに見破る。
拘束の魔法は、空気の壁で体全体を包むことで、動きを止める魔法。
だから魔法がきいている間は、まったく動けないのだ。
「アマいな」
女の脇を通り抜けようとすると、わたしの腕が掴まれた。
振り返ると、女の手が、わたしの腕にかかっている。
前に進もうとも、動けない。
まるでわたしが『拘束』をかけられたかのようだ。
「嬢ちゃん、せっかくだから、楽しんで生きようぜ?」
女とは思えないような低い声。
赤毛の女は、わたしを強い力で引き寄せ、持っていた短剣を奪われた。
そして、肩に担がれて、運ばれた。