カオス現象
エルフの里で別れたはずのセレスタは、私の拘束を解いてくれるわけでもなく、床を物色し始めた。
「リル、やっと一人になったんな。わっち、ずっと見てたんよ。リル、大変だったなぁ」
下を向きながら、セレスタは世間話をする。
辺りを手探りで探しているようで、私の足元をちょこまかと動く。
「あ、見つけたん!」
セレスタは何かを見つけたようだが、私には目立った落し物は見えなかった。
本来ここにいるべきではないセレスタが、見ず知らずの屋敷で探すものとは、一体何か。
セレスタは嬉しそうに、拾ったものを見せてきた。
「ほら! リルの爪なん! きれいな形じゃのう。朝見てた時からほしかったんじゃ!」
「……は?」
確かに、私が拷問をされた時、爪を剥がされた。
取られた爪はポイポイ捨てられていて、それは床に落ちていたのであろう。
その時、セレスタは私がやられているところを見ていたの?
見てたのなら、どうして助けてくれないの?
理解できなかった。そして、セレスタが次にやったことも、理解の範疇を超えていた。
セレスタは私の爪にくっついていた肉片をちぎって、信じられないことに、それを口の中に運んだのだ。
「はむっ。ぅんむぅ、んまんま。リルの味じゃぁ……!」
「ちょっと、ねえ、何やってるの」
真っ赤な舌を出して、外見の年齢に見合わない淫らな表情で、美味しそうに私の一部だったものを舐める。
私が声をかけても、セレスタは夢中になって味わっている。
「セレスタ、もういいから私の拘束を解いて。お願い」
「れろ……、んんぁああ、ふぅー、あむあむ。リル、心配せんでええんよ。わっちはリルと二人きりになれる時間をずっと待ってたんじゃ」
お話が通じていない。
私のパーツを堪能しようと、上を向いているセレスタの首元に、見覚えのあるドッグタグを見つけた。
あれは、私のギルドカード……?
色々と信じられないことが立て続けに起こったが、今はそれよりも大事なことがある。
アリアを助けなければならないのだ。
セレスタの助けが借りられないとなると、やはり自分でこの拘束を抜け出すしかない。
「炎よ、リルフィの名のもとに、顕現せよ」
「おっと、逃げちゃだーめ、なん?」
私が作った炎は、セレスタが手を一振りするだけで消えてしまう。
通常ならエルフの力は絶大だと関心するところだが、こうも邪魔をされてはイライラが溜まるだけ。
「邪魔しないでよ! アリアが危ないんだから!」
「ああ……! また、アリアって言った……! わっちと別れた時も、アリアと手を繋いでばっかで、連れて行ってくれなかったん……! ダメじゃ! あんな女のコト、すぐに忘れさせてやるんねん!」
セレスタが私の爪を大事そうに袋に詰めてから、私の胸に飛びついてきた。
私の髪を咥えて、手は私の胸にあてられる。
「子を為そう、わっちとリルの子を作って、ずっと幸せに暮らすんじゃ」
「セレスタ、無理なことを言わないで……!」
女の子同士で子供は作れない。
そんな常識を覆すかのごとく、セレスタは私にがっついてくる。
セレスタの手が不規則に動いて、私の胸を揉んできた。
まだ成長途中のそこは感覚が敏感で、無遠慮に触られると痛いだけ。
「ちょっと、やめて! 女の子同士で、子供は作れない!」
「うそじゃ! 二人で気持ちよくなれば子はできるって、じぃが言ってたん!」
「肝心な情報が足りてない!」
こんなにモタモタしてたら、アリアが……!
今すぐセレスタを振り切って出て行きたいのに、動けないし、魔法は無効化されるし。
セレスタが空いている手を私のスカートの中に入れてくるし。
言葉だけで必死に抵抗をしていると、部屋の外から地響きと、瓦礫が落ちる音がした。
かなり大規模な崩壊が起こったらしく、それが私の不安をさらに掻き立てる。
それでも構わず、セレスタは私から降りて、スカートの中を物色し始める。
足はしっかり閉じているから、セレスタは不満そうにする。
「リル、ここを開けてくれんと、気持ちよくなれんよ?」
「ねえ、セレスタは後ろの音が気にならないの?」
「リール! こういうんは雰囲気づくりも大事なんじゃぞ! 集中しような?」
出口から、さっきの轟音の余波なのか土埃が噴き出してくる。
濃いもやの中、よく目をこらすと人影が歩いてくるのが見えた。
また人が増えるの……。
どうせロクデモナイひとなんだ。
もうやめてったら!
「……リルちゃん、やっと、見つけたぁ」
この声はアリア!
ロクデモナイひとじゃなかった!
「げっ。邪魔が入ったん!」
「リルちゃんに何をしてるの!!」
アリアと思しき人影から、石弾が飛んでくる。
セレスタはそれを炎で燃やして、射線から飛び退いた。
セレスタが私の前からいなくなって、アリアと私を阻む障害はなくなる。
アリアはこちらに駆け寄ってきて、ついにその姿が露わになる。
長い間会っていなかったような感覚。
その黒髪には、懐かしささえ覚える。
「リルちゃん!」
「アリア!」
アリアが私に飛びかかってきた。
私も全身でアリアを受け止めたかったが、椅子に固定されたままなので体で受ける。
「リルちゃんの叫び声がずっと聞こえてて、わたし、心配で……ほんとうに壊れちゃいそうだったの……! でも、元気そうで、よかったよ……!」
「アリアも、生きててよかった……!」
アリアの腕から、痛々しい流血の跡がある。
それは肘のあたりから始まっていて、あるところを境に血で染まっている。
「アリア、それ……」
「あ、ごめんね。腕を切って、繋げただけなんだけど、洗う時間がなくってこのままきちゃった。リルちゃんのいったとおり、痛かったからすぐに直したよ!」
簡単に言うが、とても痛々しい。
この拘束具から抜け出そうとすると、アリアの傷にあたる位置で腕を切断すれば、拘束具もろとも破壊できる。
アリアも私と同じ拘束具にくくりつけられていたのだろう。
私が炎の魔法でやろうとしていたことを、アリアは風の魔法でやってしまったのだ。
回復魔法が使えるから良いものの、自分の腕を切断するなんて、正気の沙汰じゃない。
「部屋の扉が開かなくって、いっぱい魔法を使って、いまやっとこわせたの……! でも、リルちゃんが苦しんでいる時に、わたしは何にもできなくて……ごめんなさい!」
「いや、アリアはすごいよ……。私こそ、すぐに助けてあげられなくて、ごめん」
拘束はすぐに抜けられても、拷問部屋から出るのに手間取ってしまったようだ。
でも、無事でよかった。
リオ・ビザールとすれ違いになって、アリアは拷問部屋から抜け出せたのだ。
お互いの無事に安心して、私たちは黙り込んでしまったが、すぐにそんなことをしている場合ではないことを思い出す。
「アリア、銀髪のメイドは、見なかった……?」
「うん? 壁をこわした時に、悲鳴が聞こえた気がする」
アリアが拷問部屋を破壊した時、ちょうどリオはアリアの部屋の前に立っていたのだろう。
幸いなことに、リオ・ビザールは崩落に巻き込まれたのだ。
じゃあ、このスキに早く、屋敷から逃げないと……!
「アリア! これを解いて! ユリアさんとマリオンさんを助けて、すぐにここから出よう!」
「待った!」
今度こそこの拘束から抜け出そうとしたところで、背後のセレスタに止められる。
アリアはそんな言葉を無視して、すぐに拘束の解除に取りかかってくれたが。
「リルはわっちと子作りじゃ! 余計なことは考えなくていいんよ! わっちが守ってやるんねん!」
「はあ? リルちゃんはおまえなんかに興味はないから。このチビ」
アリアが信じられないほど無感情な声で、喚くセレスタに一喝。
後ろのセレスタの表情が見えないから、恐怖を覚える。
前にいるこのひとも、後ろにいるひとも、何をしでかすかわからない。
頼むから、ケンカを始めないでね……?
「アリア、セレスタを刺激しないで。ほら謝って」
「わかった! セレスタさんごめんなさい」
形だけの謝罪。
言っている間にも、足、胴体の拘束は淡々と解かれて、ついに私は自由の身になった。
振り返ると、セレスタは涙を浮かべて、その場に立ち尽くしている。
「ち、ちびじゃないもん……!」
セレスタはポケットからぐしゃぐしゃな白い布を取り出して、こぼれる涙を受け止めていた。
そのまま白い布を広げて、鼻に当てて、匂いを嗅ぎ出す。
大きく息を吸い込んで、セレスタの表情は一気に満足げに。
……ん? その三角形、どこかで見たような。
「それ私のぱんつだし!」
どうしてこんな危機的状況に、別の問題が起こるの!?
ドックタグといい、ぱんつ盗難事件といい、一連の事件の犯人はセレスタだったのだ。
リオ・ビザールの企みに巻き込まれる一方で、セレスタには物を盗まれていた。
セレスタは私の見えないところで、ずっと付いてきていたのだ。
……見てたのなら助けてってば。
ええい、詰問は後だ!
私のぱんつを握ったセレスタがとても落ち着いていたので、腹部に手を回して肩に担いだ。
そしてもう片方の手でアリアの手を握り、走り始める。
「アリア、転ばないでね!」
「うん!」
拷問部屋を駆け出ると、向かい側の部屋は瓦礫だらけ。
足場を選びながら少し進むと、アリアが言っていたように、瓦礫の下に銀髪が見えた。
隙間から少しだけはみ出た銀髪が、ピクリとも動かないことを確認する。
リオ・ビザールには、これまで冒険者を騙したツケが回ってきたのだ。
これでいい。
私は銀髪の様子をみるのもそこそこにして、他の拷問部屋へと急ぐ。
部屋の扉には鍵がかけられているようで、ドアを押してもびくともしない。
アリアが全力で魔法をぶつけても中々壊れなかった扉だ。
簡単には開かないだろう。
でも、今の私は秘密兵器を持っている。
っていうか、さんざんかき回してくれたんだから役に立ってくれないと困る!
肩に担いだセレスタをくるりと反転させて、ねらいは扉へ。
「セレスタ! ドアを壊して!」
「あ〜リルの匂いじゃぁ〜」
「セレスタ!! ドアを壊したら……あー、くつしたあげるから!」
「トリャァッ!!」
交換条件を持ち出した瞬間、セレスタがピンとまっすぐになって、魔法を発動した。
無詠唱だからなんの魔法を使ったのか分からなかったが、扉が砂になって、崩れてしまった。
相変わらずエルフの魔法は強力だ。
それを使うには代償が必要らしいが。
「マリオンさん!」
こっちの部屋には、マリオンさんが捕らえられていた。
その姿は傷ひとつなくて、閉じ込められる前と何も変わらない。
よかった、まだ何もされていないようだ。
「マリオンさん! 起きて!」
急いで拘束具を解くが、マリオンさんはぐっすり寝ていた。
私はあんな思いをしていたのに。
ムカついたので、マリオンさんの頰を往復ビンタ。
「わ! わ! わわわ! て、敵襲!?」
「助けに来ました! 早く行きますよ!!」
「あ、リルフィ、すごい叫び声が聞こえてたけど……元気そうだね!」
「おかげさまでねえ!」
マリオンさんを置いてさっさと次の部屋へ。
ここでもセレスタが大活躍だ。
「セレスタ、お願い」
「何くれるんじゃ」
「まだいるの……。えっと、じゃあ、か、髪の毛でどう!?」
「……セイヤァッ!」
他にあげられるものが思いつかなくて、適当に言ってみたので、一瞬ダメかと思った。
でも、セレスタは魔法を発動してくれた。
私の髪の毛をどうするつもりなんだ。
ここから抜け出したあとが本っ当に怖いけど、何よりも命が大切。
「リルフィさん! 心配してましたよ!」
「ユリアさぁん! 生きててよかったぁ!」
ユリアさんと目が合うと、真っ先に私の身を案ずる声。
あなただけがこのパーティーの良心です。
マリオンさんの時より優しく拘束具を解いて差し上げると、ユリアさんがハグしてきた。
お互いの無事を確かめ合う感動的なシーン。
これが普通というものだ。
「ユリアさん、私たちを閉じ込めたリオ・ビザールは、瓦礫の下敷きです。動かなかったから大丈夫だと思うけど、もしもの時のために早く逃げましょう!」
「わかりました!」
アリア、セレスタ、ユリアさん、マリオンさん。
無傷で、全員そろった。
あとはここから抜け出すだけだ。
セレスタを下ろして、五人で地下の廊下を走る。
私がリオに連れられた道をなぞって、地上への階段を駆け上がる。
使用人たちが追ってくると思ったが、そんなことはなく、なんの障害もなく屋敷の出口まで進むことができた。
そして、外への扉を開く。
やっとここから出られる。
「ようこそみなみなさま。お待ちしておりました」
銀髪のメイドが深いお辞儀をして、当たり前のように、出迎えられた。
やっぱり、そう簡単には出させてくれないようだ。
みんな頭おかしいと思います。