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セカイでいちばんのわたし  作者: 風三租
第1章 衝動
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夜中のヤンデレ

 イライラが止まらない。

 学校にいたときは、わたしがリルフィさまのお側にいるために仕組んだことは、失敗したことがなかった。

 リルフィさまに言いよる男はモノ隠し・嫌がらせをして自主退学まで追い込み、リルフィさまを憎む女は悪評を流して家ごと潰し、リルフィさまと会話したり目があったりした人間には直接、制裁を加えに行くこともあった。

 それを徹底して行うことで、人間たちは入学してから半年もかからずに従順になった。

 学校では全ての生き物がわたしの手駒であり、リルフィさまと添い遂げるため舞台が整っていた。


 それなのに、一歩外に出ればこのザマである。

 リルフィさまについた変な虫がついたまま離れない。

 うるさい羽虫を潰すために幻想の森の結界を破壊し、エルフに仕留めさせようとしたが、あいつらは条約を踏みにじって友好的。


 リルフィさまの声は、わたし以外の生き物が聞いていいはずがないのに。

 リルフィさまの姿は、わたしだけが見ていいものなのに。

 リルフィさまの瞳は、わたしに向けられなければならないのに。

 リルフィさまの手は、わたしと繋ぐためにあるものなのに。


 良かれと思ってしたことが、さらに多くの虫を引き込んでしまう。

 外のセカイに出るために、我慢を覚えた温厚なわたしでも、そろそろ限界だ。

 くだらない根回しなどせず、最初からわたしが仕留めればよかったのだ。

 そうすればこんな思いをせず、いまごろリルフィさまと幸せなひと時を迎えていたのだろう。


 冒険者を殺す。

 リルフィさまにばれたとしても、わたしの愛する気持ちを伝えればきっと理解してくれるはず。

 リルフィさまだって、本物のアリを一匹二匹殺したところで、気にも留めないだろう。

 だったら冒険者だって同じだ。


 あれがいなくなれば、リルフィさまのお側にいるのはわたしだけ。

 いくらリルフィさまがわたしを嫌っても、一人では生きて行けない。

 リルフィさまは、わたしを頼らざるを得ないのだ。


 まだ口に残るリルフィさまの味を思い出し、なんでも成功する気持ちになる。

 とろけるような甘さと、さわやかな果実の香りが、わたしを幸せでいっぱいにする。

 リルフィさまは、わたしにとっての麻薬だ。

 一度口にしてしまってからは、もう手放すことはできない。


 さあ。

 これらもずっとリルフィさまを堪能するために。


 ()ろう。




 同室で呆けている2匹の冒険者の服を掴んで、部屋の外に連れ出す。

 引っ張れば大人しく歩き出し、それほど苦労はしなかった。


 エルフの魔法は強力だけど、こんな廃人寸前まで睡眠魔法が効くなんて普通はあり得ない。

 この人間たちは、魔法抵抗力が皆無なのだ。

 それだけエルフィード国民に流れるエルフの血が、薄まってきたということ。

 王族に濃く流れているエルフの血が、こういうところで役に立つ。


 木の上に建つエルフの長の家から出て、冒険者に地上に降りるように促す。

 触れているだけでジンマシンに冒されそうな嫌悪感。

 抵抗がないから耐えられるというものの、正気が戻っていたならこの場で殺してしまいそうだ。


 宴会でひたすら飲み食いして、夜もすっかり更けている。

 冒険者の呼吸音が聞こえるほど、辺りは静寂に包まれていた。

 エルフの里に階段やはしごなんて文明的な道具はなく、地上へは足場を見つけて降りる。

 木の枝を伝って降りる冒険者と、それに続くわたし以外、動くものはいない。


 冒険者は呆けている割に、器用に乗れる枝や出っ張りを見つけていく。

 抜けているのは理性だけで、運動能力は残っているらしい。


 冒険者のあとを追って地上に降り立ったところで、足を止める。

 見上げれば、深い闇が広がるだけ。

 木の葉やエルフの家に空が隠され、もうどこから来たかさえ分からない。

 極限まで威力を弱めた『明かりの魔法』で、ぼんやりと周りが見えるくらいだ。

 冒険者を仕留めるにはちょうど良い場所だった。


 わたしは2匹の冒険者を近くの茂みに向かわせて、魔法を当てるのに最適な位置どりをする。

 返り血を浴びて汚れたらイヤだから。


 どんな魔法を使おうか。

 リルフィさまの得意な炎の魔法は、光が強すぎるから使えない。

 水の魔法はバシャバシャうるさい。

 土の魔法で生き埋めにするのもいいが、確実に仕留められる保証がない。

 やっぱり、使い勝手のいい風だ。風の刃による切断の魔法がいちばん。


 冒険者の立つ方向へ意識を集中。

 鋭い刃物のイメージを元に、魔力を具現化させる。

 魔法を使う時には詠唱を伴うのが普通だが、はっきりしたイメージと魔力操作ができれば無詠唱で魔法が放てる。

 刃の形成は慣れたものだ。

 リルフィさまをわたしから奪った恨みを込めて、込めて込めて込めて込めて、込めて込めて。


 明かりの魔法の燐光が歪むほど密度が濃い風の刃を形成する。

 いつものように一刀両断では気が済まない。

 リルフィさまとのひとときが奪われた時間、238時間36分。

 リルフィさまの笑顔がわたしに向けられなかった回数、28回。

 リルフィさまがわたし以外に向けた言葉の数、7623文字分。


 この刃で、リルフィさまを奪った数字の分だけバラバラにしてやりたい。

 冒険者の苦しむ姿が見られないのが唯一の欠点。

 でも、これさえ終わればその先に素晴らしき日々が待っている。


 リルフィさま、あと少しだからね。


 持てる力で極限まで圧縮した空気の刃。

 暴走寸前にもなったその塊を、冒険者たちへ飛ばす。


 風はまず、冒険者の腹をえぐり。

 ナカの内臓が風圧で形を変えていくのがわかる。

 刃から溢れた風が腹に入り込み、冒険者が風船のように膨らんでいく。風船二つのできあがり。

 狩りの時に見たように、ニンゲンもウサギとおんなじナカミが詰まっていた。


 腸が破け、汚い内容物があたりに飛び散り、家畜の臭いを撒き散らす。

 心臓を穿ち、大量の血液をお互いの体に掛け合う。

 足を、手を、骨が軽快な音とともに砕かれて冒険者たちの体が崩れ落ちる。

 残った頭部に風が入り込み、ヒューと耳障りな音が鳴る。

 丸かった頭部の輪郭は、みるみる形が崩れて茂みと同化し、ここからではわからなくなる。


 もはや液体と言っても良い程ミンチ状になった冒険者の体は、どれがどちらのものだったのか。

 物言わぬ肉片は、もう勝手に自己主張をすることはなく、あとは土に還るだけ。


 こんなわずか十数秒だけの解体ショーのために、わたしはこれまで耐えてきたのだ。

 イライラの解消には程遠い。


 だから、これからいっぱい、リルフィさまに慰めてもらわなければならない。


 キスをしちゃったから、次はこの先に進んでも大丈夫だよね。

 リルフィさまはちゃんとわたしを受け止めてくれた。

 きっと次も受け入れてくれる。

 優しいリルフィさま。

 わたしとひとつになってくれますか。


「あっはぁ♪」


 二人だけのセカイで、貪るようにお互いを求め合う夢が、現実になろうとしている。

 どんなことをしようかと心を踊らせて、わたしはリルフィさまの眠るベッドへと帰った。

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