夜中のヤンデレ
イライラが止まらない。
学校にいたときは、わたしがリルフィさまのお側にいるために仕組んだことは、失敗したことがなかった。
リルフィさまに言いよる男はモノ隠し・嫌がらせをして自主退学まで追い込み、リルフィさまを憎む女は悪評を流して家ごと潰し、リルフィさまと会話したり目があったりした人間には直接、制裁を加えに行くこともあった。
それを徹底して行うことで、人間たちは入学してから半年もかからずに従順になった。
学校では全ての生き物がわたしの手駒であり、リルフィさまと添い遂げるため舞台が整っていた。
それなのに、一歩外に出ればこのザマである。
リルフィさまについた変な虫がついたまま離れない。
うるさい羽虫を潰すために幻想の森の結界を破壊し、エルフに仕留めさせようとしたが、あいつらは条約を踏みにじって友好的。
リルフィさまの声は、わたし以外の生き物が聞いていいはずがないのに。
リルフィさまの姿は、わたしだけが見ていいものなのに。
リルフィさまの瞳は、わたしに向けられなければならないのに。
リルフィさまの手は、わたしと繋ぐためにあるものなのに。
良かれと思ってしたことが、さらに多くの虫を引き込んでしまう。
外のセカイに出るために、我慢を覚えた温厚なわたしでも、そろそろ限界だ。
くだらない根回しなどせず、最初からわたしが仕留めればよかったのだ。
そうすればこんな思いをせず、いまごろリルフィさまと幸せなひと時を迎えていたのだろう。
冒険者を殺す。
リルフィさまにばれたとしても、わたしの愛する気持ちを伝えればきっと理解してくれるはず。
リルフィさまだって、本物のアリを一匹二匹殺したところで、気にも留めないだろう。
だったら冒険者だって同じだ。
あれがいなくなれば、リルフィさまのお側にいるのはわたしだけ。
いくらリルフィさまがわたしを嫌っても、一人では生きて行けない。
リルフィさまは、わたしを頼らざるを得ないのだ。
まだ口に残るリルフィさまの味を思い出し、なんでも成功する気持ちになる。
とろけるような甘さと、さわやかな果実の香りが、わたしを幸せでいっぱいにする。
リルフィさまは、わたしにとっての麻薬だ。
一度口にしてしまってからは、もう手放すことはできない。
さあ。
これらもずっとリルフィさまを堪能するために。
殺ろう。
同室で呆けている2匹の冒険者の服を掴んで、部屋の外に連れ出す。
引っ張れば大人しく歩き出し、それほど苦労はしなかった。
エルフの魔法は強力だけど、こんな廃人寸前まで睡眠魔法が効くなんて普通はあり得ない。
この人間たちは、魔法抵抗力が皆無なのだ。
それだけエルフィード国民に流れるエルフの血が、薄まってきたということ。
王族に濃く流れているエルフの血が、こういうところで役に立つ。
木の上に建つエルフの長の家から出て、冒険者に地上に降りるように促す。
触れているだけでジンマシンに冒されそうな嫌悪感。
抵抗がないから耐えられるというものの、正気が戻っていたならこの場で殺してしまいそうだ。
宴会でひたすら飲み食いして、夜もすっかり更けている。
冒険者の呼吸音が聞こえるほど、辺りは静寂に包まれていた。
エルフの里に階段やはしごなんて文明的な道具はなく、地上へは足場を見つけて降りる。
木の枝を伝って降りる冒険者と、それに続くわたし以外、動くものはいない。
冒険者は呆けている割に、器用に乗れる枝や出っ張りを見つけていく。
抜けているのは理性だけで、運動能力は残っているらしい。
冒険者のあとを追って地上に降り立ったところで、足を止める。
見上げれば、深い闇が広がるだけ。
木の葉やエルフの家に空が隠され、もうどこから来たかさえ分からない。
極限まで威力を弱めた『明かりの魔法』で、ぼんやりと周りが見えるくらいだ。
冒険者を仕留めるにはちょうど良い場所だった。
わたしは2匹の冒険者を近くの茂みに向かわせて、魔法を当てるのに最適な位置どりをする。
返り血を浴びて汚れたらイヤだから。
どんな魔法を使おうか。
リルフィさまの得意な炎の魔法は、光が強すぎるから使えない。
水の魔法はバシャバシャうるさい。
土の魔法で生き埋めにするのもいいが、確実に仕留められる保証がない。
やっぱり、使い勝手のいい風だ。風の刃による切断の魔法がいちばん。
冒険者の立つ方向へ意識を集中。
鋭い刃物のイメージを元に、魔力を具現化させる。
魔法を使う時には詠唱を伴うのが普通だが、はっきりしたイメージと魔力操作ができれば無詠唱で魔法が放てる。
刃の形成は慣れたものだ。
リルフィさまをわたしから奪った恨みを込めて、込めて込めて込めて込めて、込めて込めて。
明かりの魔法の燐光が歪むほど密度が濃い風の刃を形成する。
いつものように一刀両断では気が済まない。
リルフィさまとのひとときが奪われた時間、238時間36分。
リルフィさまの笑顔がわたしに向けられなかった回数、28回。
リルフィさまがわたし以外に向けた言葉の数、7623文字分。
この刃で、リルフィさまを奪った数字の分だけバラバラにしてやりたい。
冒険者の苦しむ姿が見られないのが唯一の欠点。
でも、これさえ終わればその先に素晴らしき日々が待っている。
リルフィさま、あと少しだからね。
持てる力で極限まで圧縮した空気の刃。
暴走寸前にもなったその塊を、冒険者たちへ飛ばす。
風はまず、冒険者の腹をえぐり。
ナカの内臓が風圧で形を変えていくのがわかる。
刃から溢れた風が腹に入り込み、冒険者が風船のように膨らんでいく。風船二つのできあがり。
狩りの時に見たように、ニンゲンもウサギとおんなじナカミが詰まっていた。
腸が破け、汚い内容物があたりに飛び散り、家畜の臭いを撒き散らす。
心臓を穿ち、大量の血液をお互いの体に掛け合う。
足を、手を、骨が軽快な音とともに砕かれて冒険者たちの体が崩れ落ちる。
残った頭部に風が入り込み、ヒューと耳障りな音が鳴る。
丸かった頭部の輪郭は、みるみる形が崩れて茂みと同化し、ここからではわからなくなる。
もはや液体と言っても良い程ミンチ状になった冒険者の体は、どれがどちらのものだったのか。
物言わぬ肉片は、もう勝手に自己主張をすることはなく、あとは土に還るだけ。
こんなわずか十数秒だけの解体ショーのために、わたしはこれまで耐えてきたのだ。
イライラの解消には程遠い。
だから、これからいっぱい、リルフィさまに慰めてもらわなければならない。
キスをしちゃったから、次はこの先に進んでも大丈夫だよね。
リルフィさまはちゃんとわたしを受け止めてくれた。
きっと次も受け入れてくれる。
優しいリルフィさま。
わたしとひとつになってくれますか。
「あっはぁ♪」
二人だけのセカイで、貪るようにお互いを求め合う夢が、現実になろうとしている。
どんなことをしようかと心を踊らせて、わたしはリルフィさまの眠るベッドへと帰った。