我慢できなかったひと
エルフによる私たちの歓迎会は、大いに盛り上がった。
舌がとろけそうになるような素晴らしい料理に、陽気なエルフたちとの会話。
久しぶりに温かい時間を過ごした気がする。
エルフの長である老人との会話で、色々なことを教えてもらった。
曰く、エルフと人間とは、お互いに不可侵条約を結んでいたとのこと。
エルフは里から出ることがなく、人間は里に入ってはならない。
エルフが住むこの森は、幻想の結界という認識阻害の魔法で守られており、人間にはエルフの里が見えないようになっている。
もしも人間がエルフと遭遇してしまった時は、エルフは人間を殺すことで、秘密を保持する条約がなされているのだ。
ルールに従うなら、私たちは殺されている存在。
しかし、エルフは温厚な種族だった。
千年以上、世界から隔離されていたこの森で、エルフは人間への警戒心を忘れてしまったのだ。
そもそも、エルフは人間に対して悪い感情を持っていなかった。
それははるか昔にエルフの森に迷い込んだ、初代エルフィード国王が発端だ。
初代国王は、まだ更地だったこの地を開拓するべく、他の大陸からやってきた開拓団の一人だった。
彼は道に迷ったところを助けてくれたエルフに、お礼として多くの知恵を授けた。
人間の持つ、建築や醸造などの技術をエルフたちに広め、エルフの生活は豊かになったのである。
その恩返しにと見せられた魔法に、初代国王は感動し、同時に恐れをなした。
他の人間たちは、見目美しいエルフたちに危害を加えてしまうのではないだろうか。
欲深い人間は、自分が持っていないものを手に入れようとする。
温厚なエルフを騙して奴隷として扱い、慰み者や労働力としてもてあそぶ未来が、彼には見えてしまった。
エルフの持つ魔力は莫大だ。
もしエルフの反感を買ってしまえば、人間はなすすべもなく蹂躙されてしまう。
この地を開拓するためには、エルフと友好的でなければならない。
そして、彼とエルフは話し合った結果、もっとも無難な策として不可侵条約を結ぶことにしたのだ。
だからエルフは人間の悪い面を知らぬままに、交流を断絶してしまったのである。
ただ、人間という生き物に知的好奇心がおさまらず、エルフの里を抜け出してしまった者もいるが。
そのひとこそが、エルフィード王国の始祖メトリィさまである。
そんなわけで、あーだこーだ心配していた初代国王をよそに、エルフは人間に友好的だったのである。
エルフさん方面の問題は片付いた。
当面の問題はこちら側である。
「ふえー」
「はえー」
みてくださいこの冒険者たち。
エルフさんが睡眠魔法を解除したのはいいけれど、魔法が抜けきれずに呆けている。
魔法への耐性がなさすぎなんだって。
「リルちゃん、リルちゃん、リルちゃんリルちゃん」
そしてこの子。アリアさん。
寝室に通されてから、ずっと甘えてくるのだ。
熱っぽい吐息を私に吹きかけてきて、時おりほっぺたとか首すじを舐められる。
女の子どうしのスキンシップとしてはやりすぎなんじゃないかと思う反面、彼女なりの友情表現なのだろうと我慢しているところだ。
「リルちゃん、ねえこっちみて」
「はいはい」
おかげで呆けた冒険者のお世話をすることもできず、アリアとずっと見合うハメに。
目を合わせると、アリアはとろけたような笑みで喜ぶ。
エルフにいきなり襲われて怖かったのだろう。それをずっとガマンしていたのだろう。
やっと解放される時間になったので、どうかアリアの好きにしてもらいたい。
「リルちゃぁん……。あたま、なでて……?」
「はいはい」
アリアのつやつやした黒髪に、その流れに逆らわないように手を動かす。
さら、さら、と。身だしなみを整えるヒマがなくて、もつれてしまっているところを、手ぐしで痛くないようにほぐす。
癖っ毛な私にとって、アリアのストレートヘアは羨ましい。
自分に手ぐしをすると絶対どっかに引っかかってしまう。
「リルちゃん、ぜったいにわたしから離れないでね。わたし以外の人間に、振り向かないでね。わたしだけを、信じてね」
「はいはい」
ベッドに二人並んで、甘えん坊のアリアの相手をする。
私も小さい頃、夜さびしくて親に同じようなことをいったものだ。
その時の親をマネて、余計な言葉を出さず隣に寄り添ってあげる。
「リルちゃん……っ!」
「ひゃっ!」
アリアが私を押し倒してきた。
顔の両脇に手を置かれて、身動きが取れないようにされる。
見ないようにしていたアリアの色気が、視界いっぱいに広がってしまう。
頰を上気させ、潤んだ瞳は紅く輝き、密着している体温は急激に上昇していく。
長い黒髪は私の鼻先をくすぐり、額をなでて、耳に触れ。
妖しく笑みを浮かべるアリアの顔が、近く。
「——っ!」
「……ん、ちゅ、……はぁ、ん……」
唇どうしが触れ合ったと思ったら、ぬるりと舌が、口の中に入ってきた。
自分の舌を引っ込めて、アリアから逃れようとするも、より深くに入ってきて絡み合う。
唾液がこぼれるのもいとわず、アリアは私の口内を隅々まで舐め上げ、吸い上げ。
「ぁ、……アリ、ア……!」
自分のされていることにアタマが追いついてきて、アリアの名前を呼ぶ。
それに答えるように、アリアは顔をあげて、糸を引いた唾液を舐めとる。
これまで見たこともないような、淫靡な笑みを浮かべたアリアに、思わず見とれてしまう。
「なん、で……」
「ああ、ああ! リルフィさまの唇を、いただいてしまった……!」
「アリア、どうしたの……?」
「ふふふ、ふふふふふふ。リルフィさまぁ、少し、眠っていてね……! 目がさめたら、ぜんぶ終わってるからね……!!」
ゆらゆらと揺れて、ご機嫌そうに言葉を発するアリア。
瞳はこちらに向いているのに、私のことが見えていないかのように、焦点があっていない。
正気とは思えないアリアの様子に、恐る恐る声をかけるも、それは届かない。
そして、ゆっくり眠ってね、と耳元で囁かれる言葉を最後に、私は二度目の睡眠魔法にあてられた。