09 後輩、再会
沈んだきもちのまま部活をしていると、ぼうっとしていたらしい。いつのまにやら手首を捻っていて、保健室に詰め込まれた後に帰ることになった。別に部活に支障をきたすレベルの怪我ではなかったが、ブラッジによれば「部活に集中してないやつは帰れ」ということらしい。きっとそれは遠回しな心配だろう。
それに甘えててくてくと校舎内を歩く。今日は特に、レヴァンとアカシアのことを考えてしまい練習に身が入らなかった。ため息をつくと同時に涙が頬を滑り落ちた。だめだ、こんなところ誰かに見られたら言い訳が面倒くさい。何よりも疲れていたのだろう、そう思う反面、ミラノは着替えようと向かっていた更衣室に行く途中でずるずると座り込んだ。疲れているときは無駄に悲観的になるものだ。
わかっていたくせにレヴァンに恋をしたのは私だ、ミラノは自分にそう言い聞かせて涙をとめようとする。そう、わかってたくせに。は、と嗚咽を逃がすべく息をついたミラノは、ごしと部活着の袖で涙を拭く。早く帰って、甘いものでも食べて、しっかり休もう。もうすぐ週末だし、高等部にあがって暫く経つし、きっと疲れてるんだ。そんなことを考えていると、肩がぽんと叩かれた。
「先輩、久しぶりで……」
反射で顔をあげたミラノの泣きっ面に驚いたのか、目の前の男子がぎょっと目を見開いた。
「……っ、ラーギ……?」
「えっ、ちょっ……! 先輩、……」
涙で歪んだ視界に映ったのは、中等部時代の科学部で同じだったベルラーギだった。ふわふわとした髪とその緑色の瞳、高めの声でわかる。知り合いに会ってしまった恥ずかしさと、それが優しいベルラーギだったという安心感からか、涙に歯止めが聞かなくなったのがわかった。
ラーギと呼んでいたその後輩は、今や同じ部活仲間として友達になった同級生、リントーネの弟である。今日もきっとリントーネに用事があったのだろう。しかし、泣きっ面を晒すミラノを見て言葉を詰まらせたあと、しばしの沈黙をはさみ、ベルラーギはミラノの手を取った。
「……ここじゃ、人が来ちゃいます。移動しましょう、先輩」
「え、……どうして」
「話、聞きますから。先輩昔っから、一人で抱え込む癖あるでしょう?」
◇ ◇ ◇
「二月ぶりくらいですかね?」
ミラノの手を引いて歩くベルラーギは、なんでもないような話題からはいった。ベルラーギの手が冷たいのかミラノの手が熱いのか、温度差をやけに明確に感じる。
「……そう、だね」
「僕、科学部の部長になりましたよ。先輩は?」
「魔法対戦部。……の、ただの部員」
「高等部じゃ先輩、一年生ですもんね」
ミラノの泣き顔から目を背けるようにしてか真っ直ぐに前だけ向いて歩くベルラーギ。途中からミラノにもわかっていた、向かっているのは中庭である。そこは、レヴァンとアカシアの思い出の場所だ。それをレヴァンから聞いたというのがなんとも言いがたいところだが。
まるでどこかの姫でもエスコートするのかと言う風に、ゆっくりした足取りで進んでいったベルラーギは、やがてミラノを真っ白なベンチに落ち着かせた。相変わらずどうでもいいような話ばかりするベルラーギに、ミラノも大分落ち着いた。
「そういえば、王都からこっちに、王子殿下が来るらしいですね。姉さんたちが言ってました」
「来るっていっても、隣の大きな町のお祭りに、だけど……こっちにはこないんじゃないかな、きっと」
「やっぱりそうですよね……まあもしもいらっしゃるならぜひとも御目にかかりたいです」
「そうだなあ……私もお会いしてみたいな」
ひとしきりそんなことを話していたが、あるとき話題が途切れた。すっかり涙も乾いていたが、ミラノが黙ったその一瞬で、ベルラーギがそっと声を出した。何かを躊躇うような声だった。
「……先輩、なんで泣いてたのか、聞いても良いですか」
「…………なんとなく、悲しくなったの」
だから平気だよ、とミラノはベルラーギにぎこちなく笑いかけた。落ち着いてから考えてみれば、後輩であるベルラーギに変な心配をかけて甘えるべきではないのだ。ひらりと身ぶりもつけてなにもないよ、と主張するミラノに、ベルラーギは鋭い目つき。
「……うそ、ついてるでしょう」
「…………え、」
「なにもないはずないです。先輩は、なんでも一人で抱える人だし、……あんな顔してたのに」
「あんな顔って、……」
「自覚ないんですか? なんていうのかな、こう……、僕が最後の望み、みたいな……」
「うそ、……私、そんな顔してない」
「してましたよ」
ベルラーギはそう言って、少し目を細めた。むかしから思ってはいたけれど、相も変わらずベルラーギは大人びている。
「話したくないなら無理に聞いたりしませんけど、遠慮して話さないだけなら、聞き出します」
「……ごういん」
「先輩はそれ位しなきゃ駄目でしょう? 話したほうが楽になることだってありますし」
「……そうかな」
「わかってるくせに。それでまたひとりで、片隅で泣くんですね」
「もう泣かないもん」
「……僕がだめならレヴァン先輩だっていますよ。みんな先輩の力になってくれ___」
一緒に部活をしているときからそうだったが、ベルラーギは優しくて鋭い。ミラノがなにか悩んでいるとすっと聞き出して楽にしてくれる、そんな後輩だった。まるで先輩である。だから今回こそは彼に頼らず、と思ったのもつかの間だった。
レヴァン、という名前に肩を揺らしたミラノを見逃さなかったベルラーギは、言葉を止めて、ミラノにゆっくり問いかけた。
「…………レヴァン先輩関係、ですか」
……完全に見透かされた。
目をそらしたミラノは黙秘する。それを受けて、ベルラーギは優しく言った。
「……ミラノ先輩が言いたくないなら、無理に聞きません。でも、話して楽になるなら、話してください」