07 嘘つきソルシエール
レヴァンたちの卒業式も、入学式も、何事もなく進んでいった。後輩たちだって別校舎になるだけで、すぐ隣の高等部にいるのだから会おうと思えばいつだって会える。しかしそれなりに惜しまれて、レヴァン達は高等部へと進学した。レヴァンは、アカシアとの件を誰に言うでもなく、ひとりで抱えて進学したのだった。もとよりアカシアとの練習を知っている人はいないようなものだし、相談する必要性を感じなかったということもある。もともとあまり恋愛に興味がなかったせいもあるのか、はたまたレヴァン自身の性格なのかはわからないが、返事を待っている時間がつらいとも感じなかった。
入学してから一週間ほど経つと、部活動の仮入部の期間が始まった。中等部から続けてきた活動を選ぶ者あれば、ミラノやレヴァンのように一からやりたいことを探す人もいる。とりあえず、と言われた通り魔法対戦部を一日目の仮入部に選んだところ、どうやらミラノと一緒になったらしい。放課後、活動場所に向かっている途中、声をかけられて合流したのだった。
「今日はね、前に話した伝説の人と、三年生最強の人がエキシビションマッチするんだって! 私、とっても楽しみなんだよね」
「へえ、そうなの? じゃあ俺、今日選んでよかったな」
「私は多分、魔法対戦部はいるけど……レヴァンも入るの?」
「わかんない。とりあえず、知り合いに用事があって来てる感じ」
「そうなんだ…。残念、一緒に部活できるかと思ったけど」
「まあ、見てから考えるよ」
そういって、魔法対戦部の説明の羊皮紙をもって、練習場へ入る。そこではもうエキシビションマッチと思われるバトルが始まっていた。二人の生徒が、今日のバトル用であろう比較的動きやすそうな衣装を身に着けて、ひらひらと飛び回っている。片方は男性みたいだが、もう片方は女子生徒だ。そうか、あれがミラノの言っている、伝説の………
「レヴァン、あの人が伝説のアカシア先輩だよ」
隣でアカシアを指さして言うミラノに、レヴァンは何も言えなかった。くるくるとフィールドを飛び回り、心底楽しそうに笑う可愛い伝説……。レヴァンは間違いなく、アカシアだとは、思っていなかったのだ。「呪文を使えない」先輩であるアカシアだとは思っていなかった。しかし、フィールドにいるアカシアは、魔法陣のほうがよく使っているとはいえ、いろいろな呪文を駆使して相手と戦っている。
(………どういうこと)
どういうことだもこういうことだもなく、それはレヴァンが騙されていたというほかない。しかし、どうしても騙していたようには見えないアカシアの態度を思い出し、それに加えてこのハイレベルな戦いを見ていたくて、レヴァンは黙りこんだ。
レヴァンが返事をしなくても、ミラノはさして気にしていない様子だった。そのうちミラノもエキシビションマッチ夢中になって、そのハイレベルな戦いを穴が開くほど見ていた。
十数分で決着はついた。結果は自慢げに笑って勝ちを決めたアカシアで、そしてレヴァンを振りかえる。ここにいることはとっくに知っていたようだ。審判役の生徒に何やら話してから、アカシアはこちらへと走ってきた。観戦用の策を飛び越え、レヴァンの手を取って外に出る。ミラノが驚いた顔で追いかけてきたが、アカシアがちょっと待っててねー、と声をかけた。ミラノが何かを察してか、そっと引き下がる。
「ちょっ………先輩、どういうことです」
「レヴァン、来てくれたんだね! すごいでしょ、あたし進級したんだよ~!」
「いや、今はそんなことではなく!! 進級おめでとうっていうか、あんた呪文ばっちり使えるじゃないですか! なんで噛んでたんです!?」
「あ、バレた?」
「いやいやいやバレた? じゃないですよ!! 俺が練習付き合う意味ありました!?」
思わずキツい口調になりながらも、レヴァンはアカシアに質問を繰り返す。返事云々の前に、まず目の前の問題を解決しなければ。
「わざとだったってことですか!? わざわざどうして」
「レヴァンのことが好きだから」
「…………は?」
思わず間抜けな声が出た。数週間前の練習の時みたいに屈託のない笑顔を見せて、アカシアはもう一度繰り返す。
「あたしもレヴァンのことが好きだからだよ! あたしが練習してるとこにレヴァンが通りかかった時、これはチャンスだと思ったの」
「………どういうことですか」
アカシアはいたずらが成功したときの子供のような顔をして、レヴァンに話し始めた。
「あんたが覚えてるかわかんないけど…。あたし、中等部の時にレヴァンに助けられたの。校庭で遊んでた子たちの魔法があたしに飛んできてた時にね、レヴァンが助けてくれたんだよ! そこから何かと目につくようになって……、まあ、気が付いたら、こんなことに? えへへ、ごめんね!」
これでレヴァンが声をかけてこなかったら、まあこの小さな小さなあこがれは捨て去ろうと思ってて。年度末だし丁度いいでしょ? とアカシアは語る。あっけらかんと言って見せるアカシアに、レヴァンは怒りや困惑を通り越して、最早呆れていた。………呪文を噛むのは、わざとだったってことか。確かに、上級者が呪文を失敗させるのに一番楽なのは呪文を失敗する、途中で止める、そしてわざと噛むことくらいだろうが……
(俺の気を引くためって………)
その一言を思い出して、レヴァンは一気に頬が熱くなるのを感じた。いまだニコニコと面白そうに笑っているアカシアを見据えた。これは所謂、両思いと言うやつではないだろうか。レヴァンがアカシアの想いに気が付くずっと前から、アカシアはレヴァンを。
「ごめんね、嘘つきで」
「………いいえ、別に? 怒ってませんから」
「え、ちょっと待って地味に怒ってない?」
「怒ってませんって」
その可愛い嘘をついてレヴァンの気を引こうとしたアカシアの策略に、レヴァンはまんまと嵌ったわけだ。むしろ愛しさくらい感じるその嘘だが、やっぱり少し悔しい。それじゃあこちらからもやり返そうと、ちょっと拗ねたふりをしてアカシアと話すレヴァン。アカシアがちょっと心配そうな顔を始めるも、その少し拗ねた演技を続けてみる。目をそらすと、アカシアがすこし不安そうにのぞき込んできた。さらさらの薄茶色の髪が、春風になびいた。
「………なんちゃって。嘘ですよ」
「………っ!?」
そういってレヴァンは、その一瞬の隙をついてアカシアを抱き寄せる。そして、そっと、
アカシアの頬にキスを落とした。
「………騙されましたね、嘘つき魔女さん」
そう囁いて、体を離した。するとそこには、レヴァンが告白したときよりも真っ赤なアカシア。つい数週間前まで、レヴァンの気を引くために嘘をつき続けていたアカシアは、はじめてレヴァンに本当の姿で会ったのだ。そんな様子に、思わずレヴァンは笑ってしまう。
「な、な、生意気っ!!」
「生意気で結構ですよ」
甘酸っぱくも幸せな気分に浸っている二人が、すぐ後ろの練習場の扉から覗いている部活の人達に気が付くまで、あともう少し。