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06 告白

 実際レヴァンにも、どうしてそうなったのかはわからない。

 校舎の階段を下り、昇降口で靴を履き替える。進級試験直前で部活もないため、帰路につくか練習場に行くかの二通りに別れている生徒は、どちらに向かうかによって大まかな人の波ができているようだった。そのどちらの波も無視して、一人校舎裏の、中庭へと向かう。

 レヴァンは生まれてこのかた、恋愛とは無縁……ではないが、自分自身の感情としての恋愛とは無縁な生活を送ってきた。数回告白されたことはあるが、それもすべてを断る形で幕を閉じている。友達以上に好きだとか、そういう気持ちは誰に対しても湧いてこなかったからだ。

 ミラノに、三年になって初恋もまだなのかと苦笑いされたのは記憶に新しい。好きと言う気持ちがわからないのだから当然だろうと答えていたが、よもや。

(………よりによって、あの先輩に、か)

 放課後の数時間共にいるだけの関係。言ってしまえば、レヴァンは彼女のことと言えば、呪文を噛んでしまう体質と、その性格の一部しか知らない。アカシアという名前は知っているが、苗字は知らない。それくらい曖昧で、悪く言えばうわべだけの付き合いだったと言っても過言ではないのかもしれない。

 しかし、さっきの女子生徒を見ていて気が付いたのだ。ミラノとは一緒に居すぎて、感覚が麻痺していたのかもしれない。

(アカシア先輩は、可愛い)

 ルックスだけで比べたら、一般論としてはさっきの女子の方が可愛いのかもしれない。でもレヴァンは、どうやって考えても、アカシアの方が可愛いと思うのだ。ミラノに言わせれば、恋は盲目というやつなのだろう。

 出会って三週間ほどしかたっていないというのに、アカシアはレヴァンの心を颯爽と奪っていった。上目遣いが可愛いのも、無茶をしているアカシアが心配になるのもすべて、

(………アカシア先輩が、好きだから)

 その結論は、驚くほどすんなりと、心の中に入っていった。



 感情の昂るまま、アカシアのいる中庭まで走っていく。相変わらず呪文を失敗しているが、魔力の向きをコントロールしているため、自分がぬれることもなさそうだ。足音に気が付いたのか、アカシアがこっちを向いた。

「あ、レヴァン! 遅い!」

「ちょっと用事があったんですよ」

「ふーん? 何、女の子からの告白とか?」

 思わず言葉に詰まり、顔を歪める。何で知っているのかと言う気持ちを込めて視線を向けると、アカシアもアカシアで驚いた顔をしていた。

「………ごめん、冗談だったんだけど」

「……いえ、大丈夫です…」

「…………で?」

 頬をかきながら、アカシアは苦笑いをする。冗談に反応してしまったせいで、アカシアに告白の件がばれてしまった。これではあの女子生徒にも申し訳ないとレヴァンが思っていると、興味津々といった声色のアカシアが聞いてくる。

「で、ってなんですか」

「で、どうしたの? 彼女出来た?」

「出来てませんよ!」

「ええー、勿体ない……せっかく、あのレヴァンにも春が来ると思ったのに」

「先輩は俺を何だと思ってるんですか………「あの」の部分を強調しないでください」

「初恋もまだっぽいウブな後輩」

「…………」

 確かに十数分前まではそうだったけれども、と言う言葉は飲み込んで、とりあえず黙った。先輩の中で俺はそんな位置づけなのか、と頭を抱えたくなったレヴァンだが、あながち間違ってないあたりすこしむかつくのが現実である。さらに目の前で当たってるでしょ、とでも言いたげな顔をされればイライラも数倍である。

 どうやって発言するか迷った末、レヴァンは心底楽しそうに自分を見上げてくるアカシアの額にデコピンを食らわせたのだった。

「いたッ!? ちょ、レヴァン、いきなり何するのさ! 先輩を敬って!」

「それなりに敬ってるつもりです。それに、俺だって恋くらいしたことありますから!」

 自分の額を抑え、さっきとは打って変わって頬を膨らませて怒っているアカシア。その表情が、一瞬だけ曇った気がした。しかしその直後に、ぷうと頬を膨らませる。まるで幼い子供のような行動だが、それすらも可愛いと感じてしまうあたり、本当に恋は盲目と言う言葉は本当なのだろう。勿論前から、表情がコロコロ変わる先輩だとは思っていたのだが。

「レヴァンのいじわるー、生意気ー!」

「はいはい、意地悪で生意気な後輩で結構ですよ」

 それはもう聞き飽きました、とわざとらしくため息をついて見せれば、背伸びしたアカシアからのデコピンが飛んできた。それは意外と勢いがあって強く、しかもなぜか二回連続でデコピンされたのだった。レヴァンは思わず額をおさえる。

「あたし、意地悪で生意気な後輩なんかに手加減しないもん!」

「~~っ………地味に痛いんですからねこれ、俺手加減しましたからね!!」

「男子が女子に手加減するのは当たり前でしょ! それにあたしも痛かったもん!」

 これでおあいこ! と言ってアカシアはレヴァンから離れる。レヴァンは額のデコピンされた跡をさすりながら声をかけた。

「……今日の練習はどうします? 俺、もう手伝えることない気がするんですけど」

「うーん、今日はねー……もうやっても意味ない気がするから、このままおしゃべりしてようよ」

「………そんなこと言ってると、本当に進級試験落ちますよ?」

「大丈夫大丈夫!」

「………来年、先輩が俺と同じクラスだったらどうしよう」

「失礼な、来年もちゃんと先輩してやりますよ~!」

「そうだといいんですけどねー、先輩のこと先輩って呼べることを期待してますよ」

 わざと馬鹿にしたように言えば、思った通りアカシアはすぐにむくれた。それでもどこか楽しそうで、すぐに笑顔に戻る。

 一瞬、沈黙が場を支配した。それは言葉に染めることのできる、透明な沈黙だった。

「………実際、ここで会うのは今日で最後ですかね」

「まあね。あたしの練習に付き合ってもらう意味はもうなくなったし」

 おそるおそると言った風に口に出したその疑問に、あっけらかんと答えたのはアカシアだった。とくに寂しそうなそぶりも見せることはない。

「先輩、」

「なに?」

「また会えますか」

 それは、自然と出た言葉だった。リトリシア魔法学園は、たくさんの生徒が通っている。今年の卒業生なんて、一学年に7クラスあったくらいだ。悪いたとえだが、例えばアカシアが留年したとしても来年一緒のクラスになれる確率は限りなく低い。筆記と魔法陣だけで進級試験を乗り切ったのなら、もっと会える可能性は低くなる。さっきまでのレヴァンだったなら、それでよかったのかもしれない。校内でばったり会った時に挨拶する、懐かしい先輩くらいでよかったのかもしれない。けれど幸か不幸か、さっきの女子生徒のタイムリーな告白のおかげで、レヴァンは自分の気持ちに気が付いてしまった。

 一瞬の沈黙が、レヴァンの心に火をつけたのかもしれない。ミラノから聞く恋愛の話も、自分が告白されたときのことも、まともに覚えていなければ考えたこともないレヴァンだ。恋愛が不得手であることも、経験が足りなすぎることも自覚していた。

「さあ。あたしは進級試験受かる気だし、同級生になるのは難しいだろうし……君が会いたいなら会えるんじゃない? なんちゃって」

「会いたいです」

「……え?」

「俺、先輩とこれっきりは寂しいなって思ったんです。……確かに先輩は呪文もまともにできないし、いきなり人を六階の高さまで持ち上げるくらいの非常識だけど」

 その言葉を聞いたアカシアが、不思議そうな顔をする。レヴァンも、いま自分が何を言おうとしているのかいまいちよくわかっていなかった。ただ、心からあふれてきた言葉を、ただ口にしているような。

「先輩はとっても明るいし、俺以外と話してる先輩見たことないですけどきっとおんなじ感じなんだろうし。これからも呪文の練習、一緒にしたいとか思っちゃってます」

 どうせまた、生意気って一蹴されるんだろうな、と思いながら口にした言葉たち。気が付くと、心臓はバクバクとうるさくて、頬が火照っていることに気が付いた。緊張しているのだと気が付くまでに、かなりの時間がかかった。アカシアの顔が見れない。あさっての方向を向いた視線を戻すことができない。


「…………俺、先輩のこと好き、……なのかもしれません」


 ようやくアカシアのほうを向いたレヴァン。アカシアが何かを言おうと口を開いたのを遮って、レヴァンは言葉を紡いだ。最後にとってつけた「かもしれない」という言葉は、まだ勇気が足りなかったせい。

 アカシアは何かを言おうとして口を開いたまま、間抜けな顔で固まっていた。今までに感じたことのない緊張と、早まる動悸。今まで聞いてきた告白の言葉も、ミラノからきく話も、こんなに心に負担をかけるものだとは思っていなかった。ふうと一息ついたレヴァンを見て、アカシアがはっと我に返る。そして、真っ赤になった頬を抑えて、え、と小さく声を紡ぐ。

「………好きかも、って」

「…………すみません、嘘です。俺、アカシア先輩のこと好きです」

 そこまで言って気が付いたのは、アカシアにも好きな人がいるかもしれない可能性と、もうすでに誰かと付き合っているのかもしれないという可能性のことだった。実際、自覚してから十数分しかたっていないのに告白に踏み切ったレヴァンは、恋愛は本当に不得手だ。普通ならば考えるであろう言葉も、相手にそういう相手がいるという可能性を考えるということもすっ飛ばして、勢いだけで告白したと同然だった。

 十数秒の沈黙があり、アカシアが小さく深呼吸する。そして、今までに見たことのないくらい幸せそうな、はじけた笑顔で言う。それは、世間一般的に見て、レヴァンに対しあまりよくない返事だったと言えるだろう。

「ねえ、生意気な後輩くん」

「……俺のことですか?」

「そうに決まってんじゃん。今ここにあんた以外に誰がいるの」

「俺と先輩だけですけど」

 結局また、生意気と言われそうな言葉を口走る。そして、アカシアは真っ赤な頬のままレヴァンに言った。それは、アカシアが初めて先輩らしいことを言った瞬間だったのかもしれない。

「高等部に来たら、魔法対戦部においでよ。あたし、そこにいるから。そこで返事するよ」

「入部しろってことですか?」

「ううん、別にそういう意味じゃなくってさ。仮入部の期間中、一度でもそこに来たら、見せてあげる」

「何を……」

「それはね、秘密だよ」

 そういって、アカシアはまた笑う。収まってきていた胸の高鳴りが、ふっとまた戻ってくる。悪戯っぽく笑ったと思えば、アカシアはレヴァンにくるりと背を向けた。そして、一度も教えていない、彼女の知るはずのないレヴァンのフルネームを言って見せたのだった。


「待ってるよ、レヴァン・ギオートくん」

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