05 自覚
それは突然のことだった。アカシアとの練習は、努力の甲斐なく進歩は見られなかったものの最後の一週間も続けていた。噛むという不思議な体質と失敗は、本当に解決法が見られないもののようだ。普通に喋っているときは噛まないんですけどね、失敗はわざとですか? と嫌味を言えば、魔法陣による容赦のない攻撃が飛んできたりするが、まあ有意義だったと言えるだろう。少なくともレヴァンにとっては楽しい日々だった。
高等部一年生の進級試験が明日に迫り、練習が最終日となった放課後。HRが終わったところで、レヴァンはいつも通りに教室を出た。普通の学校ならば、卒業も間近ということで残り少ない学校生活を満喫しようという気にもなるのだろうが、あいにくとここは中高一貫校。卒業式も形だけのものとなるため、クラスメイトにも特に遊びに誘われたりはしない。
さて、今日も変わりないだろうアカシアのところへと向かっていたレヴァンを呼び止めたのは、後輩らしいひとりの女子生徒だった。
たしか、委員会で何度か一緒になった子だったか。一生懸命仕事をしていた姿は、うっすらとだが覚えている。
「……レヴァン先輩! 話があるんですけど……お時間、いいですか」
「……どれくらい? 俺今日、ちょっと用事があって…」
「そんなにお時間は取らせません。……三分くらい、いただけませんか?」
「わかった、いいよ」
鞄を背負い直したレヴァンを、ちょっとこっち来てくださいと言って人気のない教室前に連れていく女子生徒。あるところまで行くとくるりと振り返り、レヴァンの方をしっかりと見た。
アカシアとは正反対の色をした瞳に、アカシアと同じくらいに白い肌。髪色はこの子の方がかなり濃いな……などと、レヴァンは無意識に考えていた。ここまでされて、流石にこれから何を話すかわからないほど鈍感ではない。が、自分がどうしてアカシアとこの女子生徒を比べてしまうのかわからないくらいには、レヴァンは鈍感だった。
「………あの、」
「うん」
女子生徒が小さく呼吸を繰り返す。髪型は少しミラノに似ているな、背丈はアカシアと同じくらいか。でもやっぱり………
「私、ずっと前から、」
アカシアの方が可愛い、だなんて。この子に失礼だろうか。
「レヴァン先輩のことが好きでした」
「ごめん。でも、ありがとう」
レヴァンは女子生徒の告白に、自分でも驚くほど早く返事をしていた。別にこの子のことが嫌いなわけじゃない。いままでなら、恋愛に興味がないから、又は恋愛というものがよくわからないからこんなに早く返事ができるのだと自分でも納得できたのだろう。しかし今は、どこか違う気がした。
「………レヴァン先輩、誰かとお付き合いしてるんですか?」
「してないよ」
「じゃ、じゃあ! お試し程度でいいです、卒業までの一週間だけでも、私とお付き合いしてもらえませんか」
「………ごめん」
あんなに即決でフラれたというのに、彼女はまだ望みがあるとでも言いたげにレヴァンを見上げてきた。所謂、“上目遣い”というやつだ。
(………何かが違うんだよな)
決してこの女子生徒のルックスは悪い方ではないとレヴァンは思っていたし、実際彼女のルックスはクラスでも1・2を争う可愛さだった。言い方は悪いが、一般論で言えばアカシアよりミラノよりも可愛い、と言うことだ。
レヴァンだって健全な男子学生である。それなりに可愛い女子生徒は気になるし、告白されれば嬉しいと思うものだ。恋愛にあまり興味がないうえ、いきなりよく知らない人と付き合う気にはさらさらないとはいえ、ひとかけらも喜んでいない自分に、流石のレヴァンも疑問を覚える。
(………なんでだろう?)
「もしかして、レヴァン先輩、………好きな人がいるんですか?」
その一言で、すべてが腑に落ちた気がした。
(………そうか、好きな人)
「………うん。だから君とは付き合えない」
「……そう、ですか」
わかりました、と言って女子生徒は泣きそうな顔をした。それでも精いっぱい笑顔をつくって、彼女はぺこりとお辞儀する。
「お時間取らせちゃってごめんなさい。でも、先輩が卒業する前に答えが聞けて良かったです」
「……いや、こちらこそ。応えられなくて、ごめん」
「……高等部でも頑張ってくださいね!」
彼女は最後に必死に笑顔を作って、レヴァンにそう言った。そう伝えて、その女子生徒はぱたぱたと走っていく。
(………ありがとう、君のおかげで気が付けた)